第314話 その頃、君は・・。


「だから、言うたであろう?」


 リールが顔をしかめて嘆息した。


『まさか"女の園"を贈って褒美にしようとは・・私の想定を軽く超えています』


 デミアが眉間を押さえて呻く。


『それを喜ぶ殿方もいらっしゃるでしょうけど』


 死の国の女王が嘆いた。


 贈った相手は、あの使徒である。

 その手の冗談が通じる訳がない。そのくらい分かりそうなものだが・・。


『ちょっとした意趣返しのつもりだったのでしょう』


 マーブル主神の"悪戯"は、全力で自らの首を絞めた形に終わった。


「異界の賢者・・オグノーズホーンであったか? あの主殿を前によく持ち堪えたものじゃ。素直に尊敬する」


 リールが呟いた。


『歴戦の強者つわものですもの・・と言いたいところですが、かなり追い込まれていたそうですよ? ユアとユナが乱入してくれたおかげで命拾いしたと』


 女王が苦笑を漏らした。


『それで・・そのユアさんとユナさんは大丈夫なのですか?』


 デミアが訊ねた。


『どうなのでしょう?』


 女王がリールを見る。


「あの2人で鎮められなければお手上げじゃ。もう、祈ることしかできん」


 リールが自嘲気味に笑う。


「しかし、どうにも残念な神世になりそうじゃ」


『ぐだぐだで締まりがない感じが、現世の主神殿らしくて面白いわ。シュンも、ぎりぎりのところで思いとどまってくれたのでしょうね』


 女王が酒瓶へ手を伸ばした。


 同じ部屋の中で、ロシータ、アオイ、ミリアム、ジニーが談笑をしていたが、声は聞こえてこない。

 リールが結界を張って空間を分断していた。


「その内、また神界から抜け出して色々やるのじゃろうな」


『分体は懲りたでしょうから・・次は何でしょうね?』


「あれは主神の形をした子供じゃ。今はしょげておっても幾日か経てば、けろりと忘れて似たようなことをやらかすじゃろう」


 リールがぼやく。


『あははは・・そうねぇ、確かにやりそうだわ』


「・・笑えぬ」


 リールが吐き捨てた。


『まあ・・大丈夫でしょう。どうやら、シュンは世界を壊すつもりはないようです。少々際どかったですが、最後の一線は守るでしょう』


「そうかの?」


『主神殿が創った迷宮を気に入っているようですし・・何だかんだ言っても、主神殿を嫌ってはいない様子ですもの。時には、腹を立てることもあるでしょうが・・』


 神と使徒の関係には色々な形がある。

 女王がグラスに注いだ琥珀色の酒をひと息にあおった。


『本気で怒って、怒られて・・それで上手くいくのかも知れませんよ』


「・・いい加減じゃな」


『だって、私の世界じゃありませんもの』


 女王が小さく舌を出す。


「いっそ、この世界も支配してみたらどうじゃ? 住みよい世界になりそうじゃが・・」


『私はまだ死にたくないのよ。こんな危ない使徒がいる世界なんて、怖くて食指が伸びません』


「・・言うてくれる。あれで、主殿は優しいところがあるのだぞ」


 リールが憮然と言った。


『あら? あらあら?』


 女王が目を輝かせる。


「なんじゃ?」


『まさかの横恋慕? 不倫の兆し? もうそんなことに?』


「どこの世に、あの双子の防壁を突破できる者がおる?」


 リールが苦笑した。


『まあ! それじゃあ、あの子達が許せば貴女も?』


わらわは最初から主殿あるじどの一筋じゃぞ?」


 リールが艶然と微笑みながら腰に手を当てて胸を張った。


『何てこと! 神界なんかより、こっちの方が断然面白そうだわ!』


 グラスに酒を注ぎながら、死の国の女王が身を乗り出した。


『陛下・・そろそろ、お時間です』


 デミアが女王の手からグラスを奪い取った。


『あぁっ・・もうっ! いいところなのよ?』


『そろそろ、バローサが痺れを切らす頃ですよ? あの使徒を相手に戦争をやるおつもりですか?』


『・・はぁ、そうね・・』


 これ以上の滞在は、"緊急事態"だと判断されかねない。生真面目なバローサが死国の軍を引き連れて迎えに来てしまう。


『さすがに、それは洒落にならないわ』


 嘆息する女王を見て、リールが笑った。


「いずれまた会議がある」


『・・そうね。それまで我慢しましょうか』


 女王がグラスを逆さまにして置いた。


『ああ・・そうだ。貴女に、これを渡しておくわ』


「これは?」


 リールが受け取りながら首を傾げた。鳥の卵ほどの球体である。石のような肌触りだった。


『何と言ったかしら? ユアとユナのお友達の・・奪われちゃった魔法器官よ』


「・・ケイナの?」


『それを体に入れてあげれば、神聖魔法を使えるようになるわ。カーミュが探せ探せってうるさかったのよ』


「死の国の女王よ、感謝する」


 リールが深々と頭を下げた。


『あははは・・どうして、魔界の女帝さんがお礼を言うの?』


 女王が笑う。


「うちの奥方達が喜ぶ。それは・・妾にとっても嬉しいことなのじゃ」


『あら? 恋敵じゃないの?』


「敵ではない。何しろ、初めから負けておるからな」


 リールが笑顔で言った。


「妾が勝手に盛り上がっておるだけじゃ。同志としてな」


『同志ねぇ・・?』


 女王が笑みを含んだ眼差しでリールを眺め、すぐに小さく肩を竦めた。


『まっ、良いでしょ。今日のところは退散するわ。次はお酒に付き合いなさい』


「望むところじゃ」


 リールが首肯した。



****



 その頃、マーブル主神は死にかけていた。


 オグノーズホーンから貰った秘薬が無ければ、今頃物を言わぬ骸と化していたかもしれない。


 これが、最後の一瓶・・。


 力が入らずに震える手で瓶の蓋を外し、なんとか液体を喉に流し込む。


 ここで死んだら、世界から神が居なくなる。主神として神界を立て直す使命があるのだ。


 秘薬が素晴らしい効力を発揮し、疲労困憊していたマーブル主神の肉体を回復してくれた。


 長く苦しい戦いだったが、どうやらまた生還したらしい。


「まだだ・・まだ終わらんよ」


 マーブル主神は闇中でそっと呟いた。まだまだ遊び足りない。やっと世界が面白い事になってきたというのに・・。


 途端、


「まあ、神様・・まだだなんて!」


 感動したような声と共に、真っ白な腕が伸ばされ、マーブル主神の体に巻き付いた。


「ちょっ・・ちがぅ・・ひいぃぃーー・・」


 引き攣った悲鳴が、"闇の祠"にはかなく響いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る