第273話 寄り道


 サヤリとロシータが食堂車の壁面に、大陸図を投影して迷宮との位置関係や、大陸の状況などを説明している。


 リールが発見し、救助した妖精族達の中から、それぞれの種族を代表して数名ずつが、霊気機関車"U3号"の食堂車に集まっていた。


『ずいぶんと色々な種族が集まっているみたいだね』


 マーブル主神が物珍しげに食堂車の中を見回した。


 リールが見つけた森の妖精エルフィスの他にも、様々な妖精族が集まって大きな町を作っていたようだ。

 町の周囲には結界を張り巡らせてあったそうだが、魔王種に発見されてしまい、結界を喰い破られて町へ入り込まれてしまったらしい。


 例の耳障りな音と共に、魔王何某なにがしが使徒によって斃されたと報せが流れたので、それなりに育った魔王種が混じっていたようだが・・。


「あまり良い結界では無かったのだろう」


 シュンは疲弊した様子の妖精族を見回した。

 森の妖精エルフィス洞窟人ドワフル羽根妖精ピクシーといった見覚えのある種族から、キャミのような獣人や、白い毛をした猿のような姿の者まで居る。


「それなりに出来の良い結界だったが・・何とかという魔王種が勘の鋭い奴でな」


 リールが笑った。


「何の虫だ?」


「さてのぅ・・わらわは虫が嫌いじゃ。種類など見分けがつかん」


 リールが首を傾げる。


「そうか。そうだったな」


 シュンは小さく頷いた。


『迷宮に連れて行くのかい?』


 マーブル主神が、シュンの横に近付いて来た。


「それを希望するなら拒みません。残りたいなら残れば良い」


 シュンは即答した。


『君らしいけどね・・なかなかの稀少種揃いだし、みんな連れ帰っちゃえば?』


「この辺りの魔王種は処分しましたから、しばらくは安全に暮らせますよ?」


 先ほど、近隣の森林地帯から山岳地にかけて、魔王種を掃討している。


『どうせ、別の魔王種が湧いて出て、また襲われて虫の餌になるんじゃない? 虫にくれてやるくらいなら、君の町へ放り込んじゃえば良いじゃん?』


「妖精族の宗旨はどうなっているのです?」


 神殿町に入れるなら、アリテシア教に入信させる必要があるが・・。


『さあ? 大抵は精霊を崇拝しているけどね。それとも、君の創りたい世界には妖精族は居ないのかな?』


 マーブル主神がシュンを見る。


「種族に拘りはありません。人でも鳥でも獣でも魚でも・・」


『神でも・・かい?』


「はい」


 シュンは小さく頷いた。


「そこに、悪魔も加えて欲しいのぅ」


 リールが口を挟む。


「おまえは種族云々以前に、"ネームド"だからな」


「"ネームド"という種か。不思議と・・喜びが湧くようじゃ」


 リールが豊かな胸元を指先で撫でるようにして、満足げに呟いた。


『って言うか、もう悪魔って、ほとんど居ないんじゃない? ムジェリが食べたじゃん?』


 マーブル主神が意地悪く言う。


「勘弁して欲しい・・あれを思い出すと、寒気が湧いて肌身が粟立つようじゃ」


 リールが上着の胸元を握り締めて身を震わせた。本気で恐怖し、血の気を失って真っ青になっている。


『あぁ、ゴメン、ゴメン・・おや、なんか移住希望っぽい?』


 マーブル主神が、話題を変えるように妖精族達を見た。


 説明を聴き終えた妖精族達が、迷宮へ移住が出来ないか、全員が無理なら若い者だけでも連れて行って貰えないか、など口々に訴え始めた。


 そこへ、ユアとユナが輪廻の女神を連れて入って来た。女性専用区画の案内をすると言って連れ出していたのだ。


「おや・・フィーバー開始ですな」


「おや・・お祭りですな」


 ユアとユナが、妖精族を眺めながら近付いて来る。


『オグ爺?』


 輪廻の女神が主神の護衛をしているオグノーズホーンに問いかける。


「見ての通り、御無事だ」


 オグノーズホーンが壁に背を預けたまま苦笑する。


『やあ、闇ちゃん。何か面白い物があったかい?』


 マーブル主神がにこやかに出迎えた。


『いいえ、そんな・・ただ、その者達は話が面白いので、ついつい話し込んでしまいました』


 輪廻の女神が、ユアとユナを目顔で示す。


『ふうん? あ・・そう言えば、闇ちゃんの眷属とか、どこに住んでるの?』


マーブル主神が訊ねた。


『闇烏ですか?』


『妖精・・居たよね?』


『あぁ、妖精・・居ましたね。そう言えば、あの子達って・・どうしたかしら?』


 輪廻の女神が首を傾げた。

 完全に忘却してしまったらしく、すぐに思い出す努力を放棄すると、ユアとユナに貰ったのだろう小箱を開いて、金色の紙に包まれた酒瓶のような形をしたチョコレートを摘まんで、マーブル主神の方を見る。


『神様、いかがですか?』


『・・あぁ、ボクも貰おうかな』


 マーブル主神が素直に言った。


『これ、とても美味しいんです』


 輪廻の女神が、嬉しそうに包みを開いてチョコレートをマーブル主神の口元へ差し出す。


 シュンは、横目でユアとユナを見た。

 視線を感じた2人がシュンを見て小さく舌を出して見せる。どうやら、何やら仕込みをやって来たようだ。

 チョコレートを用意したのも、ああして勧める方法も、ユアとユナの入れ知恵だろう。


「ボッスも食べる?」


「ボッスもいかが?」


 ユアとユナが笑みを浮かべた。手元に、冷気漂うチョコレートの小箱が出現している。


「・・後にしよう」


 シュンはそっと視線を外して、リールを振り返った。


「大丈夫か?」


「・・大丈夫じゃが・・何というか、本能が恐怖しておる」


 リールが青ざめた顔で自嘲気味に笑って見せた。


「さすがに同情する」


「さすがに痛々しい」


 事情を察したらしいユアとユナが、まだ震えが残るリールの背中を摩った。


「すまぬ」


「いいって事よ~」


「お化けが出たら頼むぜよ~」


 2人が笑顔を向けた。


「シュン様」


 ロシータが声を掛けて近付いて来た。

 食堂車内の視線が、一斉にシュンへ注がれる。


「可能であれば、全員が移住。人数に制限があるなら幼年者を優先して移住させて欲しいと・・全種族が希望しています」


 ロシータが報告した。


「全員、アリテシア教に?」


「はい。それについては即答でした」


「よし、全員を受け入れよう。必要な家財などあれば残さず貨物車へ収納する。遠慮無く申し出るように伝えてくれ。収納の魔導具を使えば問題無いだろう」


「はい。空の鞄を大量に持参してあります」


 ロシータが頷いた。


「では、これより、霊気機関車"U3号"は、この地の妖精族を全て収容する。ロシータ、収容の指揮を執れ。妖精族を収容後、周辺地域に残存する魔王種を掃討する」


「畏まりました」


 ロシータが一礼をした。

 すでに想定してあったのだろう。すぐさま、妖精族の代表達に向けて収容手順の説明を始める。


 にわかに騒然となる車内で、


『神様、あ~~ん』


 輪廻の女神が、次のチョコレートを手にマーブル主神に迫っていた。


 その後ろを妖精族の代表者達が連なって通って行く。

 地上へ戻って同族達に伝えるのだ。

 新天地へ行けると。魔王種に怯えて暮らす必要が無くなると。妖精族の誰もが、文字通りに降って湧いた幸運に顔を明るくして、転移室へ向かう。


「"ケットシー"全隊、降下して妖精族の救援活動を開始。アレク、アオイ、レギオンを動員して周辺地域の掃討を開始して下さい」


 ロシータが通話器で指示を出しながら、転移室前の妖精族達に声を掛けて順番に並ばせる。


「主殿・・」


 リールがシュンに声を掛けた。声に微かな緊張が含まれている。


「どうした?」


「異界の人形が近付いて来ておる」


「何体だ?」


「5体じゃ」


「たった5体か・・」


 今更、5体程度で何をしようというのだろう。


「ロシータ、異界人形ドールが近付いて来ている。そのつもりで、収容作業を急がせてくれ」


 シュンの指示に、ロシータが頷いた。


「サヤリ、リールと共に"U3号"を護れ」


「はい」


「承知じゃ」


『異界の残兵かい?』


 マーブル主神がよろよろと近付いて来た。強烈な酒気と甘い匂いが漂っている。酒入りのチョコレートを詰め込まれたらしい。


『闇が行って参りましょうか?』


 輪廻の女神が熱っぽくマーブル主神を見つめた。


『いや、その必要は無いんでしょ?』


 マーブル主神がシュンを見る。


「はい。敵なら討つだけです」


『ふうん? 例のミザリデルンかい?』


「それは分かりませんが・・まあ、少し付き合ってみましょう。妖精族の収容を優先します」


 シュンは、マーブル主神に一礼をして踵を返した。左右で同じく一礼をしたユアとユナが、シュンを追って小走りに駆けて行く。


『異界の人形さん・・あの使徒君に喧嘩売るほど無知じゃないよね?』


 マーブル主神がオグノーズホーンを振り返りつつ、大きな欠伸を漏らした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る