第234話 龍語り
軽く、ざわっと空気が揺れた。
動揺というより、驚きや好奇心の視線が集まる。
ユアとユナ以下、霊気機関車"U3号"の指令室に全員が集まっている。そこへ、シュンが入って来たのだ。龍人を
シュンが連れていたのは、身の丈が2メートルほどの真珠色の鱗をした龍人だった。
「ブラージュという、今回の騒動の事情に通じているので連れて来た」
シュンが紹介した。
「レギ・ドラゴ・・成体のようじゃ」
リールが警戒の視線を向ける。
「本来の大きさは、ルドラ・ナイトほどだが、邪魔になるから縮んでもらった」
『私はブラージュ。龍神様の使徒をしていた者だ』
真珠色の鱗をした龍人が名乗った。途端、ユアとユナが大急ぎでシュンの後ろへ逃げ込んだ。
『主人を失った龍人は、しばらく隠者となり、
「隠者というのはよく分からないが、俺は敵でも味方でもない期間だと理解した。その上で、今世界で起きていることについて、ブラージュが知っている情報を話して欲しいと頼んだ」
『シュンの理解は正しい。感情的な問題はさておき、隠者には敵も味方も存在しない。拠点の場所や規模など、教えることができない内容については答えない。それ以外については、知る限りの情報を伝えよう』
ブラージュが淡々とした口調で語りかける。口が動いていないため、多少の違和感はあるが、この場の全員にはっきりとした声が届いている。
「・・時間の約束は3時間だ。ここに居る皆で自由に質問をしてくれ」
そう言って、シュンは壁際に下がった。シュン自身は、ブラージュをここへ連れて来るまでに、ある程度の事は質問済みだ。
だが、一人の人間が思い付く程度の質問では、引き出せる情報が少なすぎる。
「ボッス・・もしかして、このブラージュさんはとても強い?」
「ボッス・・アルマドラ・ナイトで仕留められなかった?」
背中に隠れているユアとユナが、ヒソヒソと小声で訊いてくる。さして広くない室内だ。静まり返った指令室の全員に、2人の声は筒抜けだった。
「アルマドラ・ナイトが損傷した。かなり危険な相手だ」
シュンが真面目な顔で言った。
「・・おぅ」
「・・わぅ」
シュンの背を掴んでいる2人の手に力が入る。
「質問、宜しいでしょうか?」
ロシータが口火を切った。
「龍神は、我々の主神様が創造した世界で何をしようとしていたのでしょう?」
『あの御方は神界での権力拡大だけが目的だった。争乱は、ゾウノード・・おまえ達が異界神と呼ぶ者が仕組んだことだ』
ブラージュが答える。
「争乱とは?」
アオイが訊く。
『神界の争乱、そして現世界で起きている争乱全てだ』
「神々の争いも、異界神・・ゾウノードが?」
『前の主神、太陽神や月神など、主だった大神は全て、ゾウノードに使役される状態だった。完全な支配ではなく、時折、支配から抜け出したことがあったようだが・・』
ブラージュも、どの神がどの程度支配されているのかまでは把握していないらしい。
「異界の神の支配を、この世界の神々が受け入れたのですか?」
『こちらの世界の神々は、数十年という歳月をかけて侵食され、自身は支配されていることにすら気づかないまま、ゾウノードの意向を自らのものとする状態に陥っていた』
「龍神も?」
ミリアムが訊ねた。
『そうだ』
「あなたも?」
『そうだった・・だが、覚めた』
ブラージュがわずかに首を振った。
「覚めたとは、支配下から抜け出したという事ですか?」
『そうだ』
「どうやって? そもそも、自分でも支配されていると気づけないはずなのに?」
『・・殴られた』
「殴る・・あなたを?」
ミリアムが軽く眼を見開く。
『霊力を込めた拳で・・な』
答えたブラージュが自分の頭を撫でた。どうやら、頭の辺りを殴られたらしい。
『あれで眼が覚めた。覚めねば・・殺されていただろう』
「支配の方法は? どのような手段によって、神々に悟られずに思考の侵食・・支配を?」
訊ねたのは、タチヒコだ。
『おまえ達が魂と呼ぶものに、ゾウノードの霊力から生み出した虫を巣食わせるのだ』
「虫・・霊体の虫」
『こちらの世界の神々は神力を尊ぶ。神力の大小がそのまま神界の地位になるほどだ。霊力については、その存在を知っていても興味を持たず、当然、理解をしようとしない』
「つまり、霊力による攻撃には弱かった?」
アオイが訊いた。
『無防備だった。神の肉体は神力で構成されている。だが、魂は霊力が大部分を占めている。ゾウノードが生み出した霊虫は霊力に侵入し、魂の核に付着し、魂を養分にして増殖する』
「それが・・神々を支配したのですか?」
『神々が有する霊気の総量に比べれば、あまりにも微細な霊虫だ。だが、その霊気はゾウノードの魂が宿ったものだ。魂に入り込んだ霊虫は、ゆっくりと時間をかけて侵食し、魂を支配下に・・ゾウノードの魂を宿す人形に変える。異界の神々はまったく同じ手法で支配され、やがて魂が毀損して死滅するまで使役されたそうだ』
「ブラージュさんを殴って目覚めさせたのは、どなたですか?」
ミリアムが訊ねた。
『神界での争乱時、現主神を護るオグノーズホーンという者に、霊力を使った技を受けた。その際に、ゾウノードの霊虫が破壊されたらしい』
「霊力を使った技・・」
ロシータがシュンを見た。自然、他の皆もシュンを見る。
以前、神界の騒動から戻ったシュンが、霊力という力の存在を教え、その使い方を伝えた。さらに、エラードとアンナ、キャミが指南役に加わって手解きした事で、レギオンの主だった者全員が霊力の扱いを習得している。
「破ることが霊力で出来るなら、防ぐことも霊力で?」
アオイがブラージュを見る。
『無論だ。そうと気づく事が出来れば・・
ブラージュの龍眼がアオイを映す。
「気づくことは難しいのですね?」
『神々が気づかぬほどに・・』
「・・そうですか」
アオイが頷いた。
ロシータ、タチヒコ、ミリアム、そしてアオイが思い付くままに疑問を投げかけ、ブラージュが淡々と答える。
「おう! それで、そのゾウノとかいう奴はどこにいやがる?」
アレクが大声で訊ねた。
『答えられない』
「ああん? じゃあ、なにか? てめぇは、そのゾウノの側か?」
『私は誰の側でも無い』
「・・だがよう? てめぇが言う通りなら、主神側か、そうじゃねぇか、どっちかしかねぇぜ? こっちじゃねぇってんなら、向こう側だろうが?」
アレクが
龍神も、太陽神も、異界神に操られていたとなると、今の争乱は、マーブル主神と異界神の争いという事になる。
壁際で見守っていたシュンがわずかに笑みを浮かべた。ここへ連れて来る前に、言葉遣いは違うが、シュンも同じ質問をしたのだ。
「でも、誰に訊いた?」
「誰が教えてくれた?」
黙っていたユアとユナが、シュンの後ろから顔だけ覗かせて疑問を投げかけた。
異界神の支配から覚めたとしても、ここまで詳しい情報をどうやって知り得ることが出来たのだろう? ブラージュ自身で、霊虫の存在に気付くことが出来たのか?
『・・前の主神様だ』
ブラージュが、ユアとユナを見ながら答えた。
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