第30話 作戦成功です!……でも、なにも起こりません。

 落ち着きを取り戻したリーズさんと俺は話を進める。


「それでその。部屋って空いてたりします?」

「ええもちろん空いてますよ。なんていったって今はお客さん、あの方しかいませんから」


 リーズさんは俺の後ろ、机の端で無言で食事をとっている人物を見る。


「あの方が使っている部屋以外はどこでもいいですよ」


 そう言うリーズさんの言葉に、俺は視線を建物の構造に移した。

 部屋らしき扉が1階には1つもなく、全て2階に集まっていた。構造自体は単純で、ゲームの宿屋の様になっている。

 1階は飲食店部分として使われており、その両端に2階へと繋がっている階段が設置されている。中央の受付部分からどちらでも上っていけるようになっていた。

 2階という2階はなく、部屋に入るための廊下は木で出来た柵で落ちないようにされているも、1階から丸見え。ほんとに、部屋に入るためだけの部分だ。

 そしてその廊下の壁に等間隔で着けられた扉が9つある。

 壁に沿ってコの字に作られている廊下の、右、中央、左に3つずつ扉が見え、その先が部屋となっているようだ。


「ちなみに、あの方はどの部屋を使っているんですか?」


 他の宿泊客の部屋を聞くことにためらいもあったが、ここは確認しておく必要があるだろう。

 どっちにしろ、その人の部屋以外を使うのだ。知っておかなければならない。


「あの方は一番左のお部屋ですね」

「左ですか」

「はい」

「じゃあ……」


 俺はその真反対、右の一番端の扉を見つめる。


「私は一番右の部屋でいいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 俺の言葉を受け、なにやら紙にペンを走らせているリーズさん。

 俺はそれを盗み見る。


『転生者 リュウカさん』


 綺麗な文字で紙にはそう書かれていた。

 ……いやいやいや、そこに書いちゃうんですか!


「あ、あのそのことは」

「ああ大丈夫ですよ。これは私しか見ませんから」

「そ、そうですか」


 少し不安が残ったが、ニコニコしながら言うリーズさんにこれ以上何か言うこともできなかった。

 俺は渋々リーズさんの作業が終わるのを黙って待つ。


「これでよしっと。ではリュウカさん。お部屋にご案内しますね」

「ああはい。よろしくお願いします」


 リーズさんが受付を離れ、階段を上り始めたので俺もその後について行く。

 それにしても、食事中の性別謎の人物はこちらを見向きもしない。

 不思議な人だ。

 リーズさんが自分の手に持っている鍵で部屋の扉を開けてくれる。


「さぁ、どうぞ」


 リーズさんに勧められるまま、俺は部屋の中へと入った。

 部屋は簡素な造りをしていた。

 正面のには外を見れる窓があり、右手にはベットがある。ベットの対面には化粧台にも似た机と1人がけの椅子があり、扉の近くにはクローゼットのようなものまである。

 生活に必要最低限の物とスペースしかない小さな部屋だ。

 もちろん床と壁は木造である。

 そして天井には照明器具が取り付けられていた。

 夜ということもあり、部屋に入る前にリーズさんが壁に備え付けられているボタンを押して点けておいてくれた。

 やはり、電気の類は存在するみたいだ。

 まぁ、宿屋の明かりを見た時に気づいていたけどね。


「ごめんなさいね。なにもなくて」

「いえ、大丈夫ですよ」


 出来ればテレビなんかが欲しいところだが、こんな異世界にあるとも思えない。

 仕方がない。こんな優しそうなリーズさんの宿屋に出会えただけで十分といったところだろう。

 だって、ここに泊まっている限り毎日リーズさんの顔が見られるんだから。それだけでどれだけ毎日頑張れる思っている。元男子高校生をなめたらいけない。

 かわいい女の子と挨拶しただけで1日は余裕で頑張れるぐらいの魂なんだぞ。こんなお姉さんを、しかも毎日見れるだなんて、もうどんなことがあっても生きて帰って来れる気がしてならない。

 まぁ、死なないから必ず帰って来れるんだが、やっぱりモチベーションは大事だ。


「そうそう、リュウカさんには色々と話しておかなければならないこともありますから、少し部屋の扉を閉めますね」

「ああはい」


 リーズさんが後ろ手に扉を閉める。


「立っているのもなんですし、リュウカさんは座ってください」

「分かりました」


 俺はベットに座り込む。

 椅子でもよかったが、ベットが一番座りやすそうだ。

 それに……。


「よかったらリーズさんも座ってください」

「いえ、そんな。私は大丈夫ですよ」

「そう言わずに。1人で切り盛りしてるんですよね。こういったときでも座って少しでも休まないと。私、リーズさんの体が心配です」

「まぁなんて優しいの。でも……」

「気にしないで私の隣にでも座ってください。だって私達」


 俺は自分の隣を、つまりベットの上を勧める。


「同じじゃないですか」


 美少女の顔を利用した満面の笑み。

 さすがに、この笑みを向けられて断ることはできまい。

 俺の予想通り、リーズさんは俺の顔を見ながら、ゆっくりと頷く。

 そしてそのまま俺の勧めた場所に腰を下ろす。


「あ、ありがとうございます」

「いえー、気にしないでください」


 むしろこっちがお礼を言いたいところだ。

 表の笑みとは対照的に、俺は心の中でガッツポーズをとった。

 よっしゃ! 成功だ!

 名付けて『同性だから問題ないよね』作戦。大成功だ。

 ギルド会館ではうっかり調子に乗ってしまったが、俺の本当に心配した態度と相まってリーズさんはなにを疑うこともなく俺の隣に腰を下ろした。

 ベットの上。至近距離にリーズさんの体がある。女性同士だというのが効いたのか、なんだか座っている距離が近い。

 ……自分でやったことだけど、異常にドキドキするな。心臓がうるさいし、ちょっと動けば肩と肩が触れ合う。

 やばいぞ、勢いでやった手前、何も考えてなかった。近すぎて話すこともままならない。こんなことならもっと前の世界で経験を積んでおくべきだった。童貞のくそ野郎……!

 俺が自爆して人知れずパニックになっている間に、リーズさんが話し始めた。


「それで、ここに泊まるにあたってですけど」

「は、はい!」

「門限はないので、リュウカさんが出たいときに出て、自由に帰ってきた構いませんよ。鍵は渡しておきます」

「あ、ありがとうございます」


 リーズさんから鍵を受け取った。


「無くさないようストレージに入れておいてください」

「分かりました」


 すぐさま、俺はポケットからストレージを取り出す。

 はう! 動くたびにリーズさんの体に触れるぞ。しかもいい匂いが鼻をくすぐる。

 女性がいい匂いを発するのはどの国、世界でも共通だな!


「食事ですが、朝昼晩、3食ともに1階で提供できます。もし食べたいものがあれば、私に声をかけてください。一応レシピは豊富のつもりですから、なんでも作りますよ」

「手作り……」

「はい。……嫌ですか?」

「そんなことありません!」


 むしろ、リーズさんのような方の手料理なら3食欠かさず食べたいぐらいです!


「あらあら、そこまで嬉しそうな顔をされては私も頑張らないといけませんね」


 ふふっと言ってリーズさんが嬉しそうに微笑む。

 女神のようだ。ミルフィさんとは似ているが確実に違う微笑みに、本日2度目の癒しを受ける俺である。


「ですが、食事が提供できる時間は決まってます。さすがにいつでもとはいきません。なんせ、私1人ですから」

「ああそうですよね」

「すみません」

「いえいえ、気にしないでください」


 むしろ、ここまで全部1人でやっていること自体すごいことだ。

 そこら辺は文句を言う資格はない。文句をいう奴がいようものなら俺がヤる。女神を困らせる外道は俺が許さない。


「あと、食事は宿泊とは別料金になります。ですので、毎回料金を取るのですが……」

「はい?」


 リーズさんがなにやら気づかわし気は視線を送ってくる。


「リュウカさんは転生者ですし、それ以上に宿屋にはお金が入ってくるので、払わなくても」

「いいえ! そこは周りと変わらずにお願いします」

「……いいんですか? これでは私だけ得することに」

「いいんですよ。それに、私だけ払わないなんて変ですよ」

「それはそうですが」

「なので気にしないでください。払います」


 なんて言ったって、毎日使いきれないと言われるぐらいのお金が入ってくるんですよ、俺って。

 払わない方が罪悪感が残る。


「分かりました。食事代は他の人と変わらずリュウカさんからも貰います」

「はい。それでお願いします」

「なにからなにまですみません」

「いいですって。むしろ、これまで頑張ってきたご褒美とでも思って下さい」


 初対面の俺が言えた義理じゃないが。

 それに、俺自身は何もしてない。転生してきただけ。後はこの世界の誰かがやってくれていることだ。

 だから俺に礼を言うのは違うと思うので、リーズさんの言葉を軽く受け流す。

 

「ご褒美だなんて。では、私からもリュウカさんにご褒美をあげなければ」

「いえ、もう貰ってるので大丈夫です」


 この状況が俺にとってはご褒美です! 

 ありがとうございます!


「はい? それはどういったことで……」


 俺の言ったことを理解できないように、リーズさんは俺を不思議そうに見てくる。

 まぁ、分かんないよね。仕方ない。

 というかむしろ助かった。ついつい口走ってしまう癖、治さないとな。

 なにかと危ない。


「な、なんでもないですよ。気にしないでくださいー」


 俺はそっぽを向く形でリーズさんにそう返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る