第151話 死なない者同士の戦い

 しばらくの間俺と族長の根気合戦が続いていた。

 途中からはお互いに反撃をするというよりも、同じことの繰り返しかのように自分の攻撃のあとの相手の攻撃を耐えるだけの展開になってきた。さながらターン制のバトルかのよう。

 にもかかわらず俺は骨の1つ折れておらず、族長もアンデット族という名がふさわしい程に傷1つ付いていない。

 死なない者同士の対決というのはここまで長く果てしないものだとは、さすがの俺も初めて知った。これがゲームだったなら途中でコントローラーを投げて電源を切っていたところだ。

 だがしかし、俺は意識がある以上このドМ族長の攻撃を耐え続ける。


「しぶとい子ね!! そろそろ死んだらどうかしら!!」


 族長が両腕を高速で振り抜く。

 俺は片腕をエターナルブレードで弾き返すものの、それ以上何かをすることも出来ずにもう一方の腕をもろに食らう。

 何個目か分からない穴を壁に作ったところで、立ち上がる。


「まだ立つのねあなた」


 呆れ交じりに族長がため息をこぼす。

 俺はその隙に足を踏みしめるとエターナルブレードを掲げて頭蓋骨へとその刀身を叩きこんだ。

 鈍い音が辺りに響くというのにこれといった感触はもうない。


「あなたの攻撃はもう痛くもなんともないわ。初めの頃よりも力が落ちてきてるようね。早く諦めなさい」


 頭蓋骨にのっている俺を族長の手が掴み上げる。

 そのまま思い切り地面に投げつけられた。

 粉塵が舞い俺の視界が悪くなる。

 それでも俺は立ち上がった。全身に感じる痛みはもうほとんどない。長い戦いの末感覚がマヒしてしまっているようだ。


「あなた本当に人間? もう頑丈とかの域を超えているわよ」

「……うるせぇ…そっちこそあれだけ叩き込んでるのになんでぴんぴんしてんだよ」

「私はほら、アンデット族だから。ちょっとやそっとじゃ傷にもならないわよ」


 簡単に言ってくれる。

 転生者の恩恵の力はチート級に強い。それをちょっとやそっとと言ってしまえるほうがおかしいんだ。

 これじゃあナイルーンが襲われたらひとたまりもないぞ。

 ここまでは死なないからと恩恵があるという理由で戦えているが、普通に戦えばもうすでに俺は10回以上は死んでいる自信がある。

 駄目サキュバスのせいで薄れていたが魔界の上位をしめる魔物の強さを垣間見た気がする。


「それになにより気持ちがいいもの」

「変態め」

「お褒めにあずかり光栄よ」

「褒めてねぇよ!」


 俺は再度エターナルブレードに力を入れる。

 刀身が光り斬撃を飛ばす。だが、途中で族長の腕に叩き落されてしまった。


「なに……!」

「ざんねーん。ごめんね」


 初めての出来事だった。

 これまで止められることなく目の前の敵を靄にしてきた斬撃が、今初めて簡単に壊された。あれってちゃんと質量持った物質だったんだ。

 ってそんなこと思っている場合じゃない。

 弾かれたということはそれだけ俺の力が弱まっているということ。

 持久戦だと息巻いていたが、どうやら先に息切れを起こし始めているのは俺の方だ。


「はぁ、はぁ」

「ずいぶんと疲れているようね。もう私を楽しませてくれないのかしら」

「……ああもう。うっさいな。言われなくても楽しませてやるよ!!」


 俺は疲れ切った体にむち打って一直線に突っ込む。

 芸がないのは重々承知だ。それでも攻撃の手をやめてはいけない。族長の気が変わるまで。

 ナイルーンに行かせてはならないんだ。

 それだけの強い想いが俺の体を動かす。

 俺と族長の距離が近づく。

 族長の目が細められた。


「すごいわ。これでも私に向かってくるそのメンタルの強さ。少し尊敬しちゃう。でもそれだけ。あなたの攻撃はもう私に届かない」


 左腕が動く。

 手が拳に握られ俺を捉えた。

 避けられない。直感でそう悟る。

 そのまま族長の腕が振られ、俺は向かっていく力と相まって今まで以上に強い衝撃を受けて吹き飛ぶ。

 壁に穴を開けてその場で崩れ落ちた。

 意識はあるのに体が動かない。


「さすがにお終いね。いくら頑丈でもあなたは人間。アンデット族の私には敵わないわ」

「バカいえ。まだ」

「無理よ。もう体に力なんて入らないでしょ」

「…………」


 事実に俺はなにも言えなくなる。

 くそったれ。動けよ! 動け!!

 俺はまだ死んでないだろ! 守るんだ! この手で! 彼女の笑顔を!!

 だが、いくら自分を叱咤しても体はピクリとも動かない。

 悔しくてムカついて、俺は目の前の族長を睨むことしか出来ない。


「こうなっては無様よね。でも仕方のないこと。私とあなたでは違いすぎる。元々人間は弱い生き物なのよ。元人間だった私だから分かるわ」


 慈悲の言葉か。族長は尚も話し続ける。


「弱いからこそ武器を振るう。自分じゃないものに頼ろうとする。それで強くなったと勘違いする。昔の私もそうだった。だから魔王に捕まってしまったの」

「それが……なんだっていうんだ。説教なら、お断り」

「違うわよ。私は褒めてるの。武器の力を自分の力と勘違いしてしまった私と違ってあなたはちゃんと強い。精神面においても強いわ。ここまで魔物となってからの私を楽しませてくれたのはあなたが初めて。だから」


 そういって族長は腕を振り上げる。


「だから、楽に逝かせてあげる!!!」


 死の宣告とでも言いたげに族長の腕が俺へと迫ってくる。

 俺は目を瞑った。動けないのだから仕方がない。

 でも1つだけ、残念ながら楽になることも逝くことも出来ない。ただただ痛みがはしるだけ。まぁ、しゃーない。これだけは耐えてやろう。

 そう諦め気味の俺の体にしかし衝撃は訪れなかった。

 代わりに聞きなれた声が届く。


「敵を貫いて! サンダーアロー!!!」


 幼くも高い声が辺りに響く。

 目を開ければ族長の腕が眼前で止まっていた。黄色い光がはしりビリビリといっている。

 腕の側面に黄色に光る矢が刺さっていた。そこから流れ出るように雷が族長の腕を止めていたのだ。


「あら? 新しいお客さんかしら」


 族長が余裕の表情で部屋の扉を見つめる。

 俺も同じように視線をやると、そこにはいるはずのない、いてほしくない人物が立っていた。


「リュウカさん!!」


 優しくも切羽詰まった声が届く。

 声の主―――シャルロットが真っ白なフードをたなびかせてボロボロで崩れ落ちている俺へと駆け寄ってきた。

 一瞬夢を見ているのかとも思えた。シャルロットがここにいるはずがない。だってシャルロットは雫が……。

 しかし、ここにいるシャルロットは夢でもなんでもなく本物で、俺の体を支えるようにして壁から起こす。

 治癒魔法で徐々に体の傷が治っていく。


「どうして……」

「全部シズクさんに聞きました。ごめんなさい。また私のせいで」


 シャルロットが俺の体を見て涙を浮かべる。

 俺は必死に手を動かすとシャルロットの目を拭った。


「シャルロットのせいじゃないよ。だから泣かないで」


 それでもシャルロットは首を激しく振る。


「私のせいです。私がいたからリュウカさんはこんなに」

「違うよ。これは私が決めたこと。雫に聞いたのなら知ってるでしょ」

「はい知ってます。全部。リュウカさんが1人で行ったこと。私のために戦いに行ってくれたこと。全部知ってます」

「じゃあ来ちゃったらダメじゃん。これじゃあ意味がないよ」

「ごめんなさい。でも我慢できなかったんです。私のためにリュウカさんだけが傷つくのは黙ってられません」

「あのー……私のこと忘れてない……? 一応ここ私の場所」

「シャルロット……」

「私はリュウカさんの仲間です。だから戦う時は私も一緒に戦います。1人で無理しないでください」

「……ごめん」

「私のこと全部背負ってくれようとしなくていいんです。一緒に背負いましょ。仲間なんですから」


 シャルロットの言葉が心に染み渡る。

 なんていい子なんだこの子は。全部わかったうえでそれでも仲間として助けに来てくれた。

 視界が滲んでくる。特に今の状況ではシャルロットの優しい言葉が素直にグッとくる。


「だから、いつかちゃんと話してくださいね。リュウカさんのことも。1人で背負いすぎないでください」

「ありがと」

「―――ああもう!!! 無視なんていい度胸ね!!!!」


 族長の大声が部屋に響き渡る。

 空間が揺れ土がぽろぽろと天井から落ちてくる。


「キャ!!」


 シャルロットの短い悲鳴が聞こえる。

 見ればシャルロットの体が族長の腕に掴まれていた。

 そのままシャルロットが族長の前へと連れていかれる。突然来たシャルロットに族長は体全体を見るように視線を動かした。


「あらまぁ。ずいぶんとかわいい子」

「や、やめて」

「ごめんね。それは無理なことよ」


 シャルロットの怯えた声が俺の耳にも届く。 

 だがいくら治癒魔法で傷が癒えていても俺の体はとうの昔に限界をむかえていたのか動いてくれない。

 族長はシャルロットと俺を交互に見ると面白いものを見つけたかのように目を細めた。


「この子、あなたのお仲間さんかしら」

「……だったらなんだって言うんだ。シャルロットを離せ!」

「へぇ。ふーん」


 俺のなんとか返した言葉に族長は適当な返事で答えるだけで、シャルロットの体を舐め回すように見つめた。

 そしてなにを思ったのか急に顔を近づけると、無い鼻をクンクンとさせている。


「うーん。嗅覚がないから分からないけど、何かしらこの感じ。魔物を興奮させるような」


 と言いながらシャルロットの頭へと動いた瞬間、族長の動きが止まった。


「あらこれ……はぁ。なるほどね。シャルロットちゃん、あなた悪魔憑きってやつね。なるほど~。初めて見たわ」

「く……」


 シャルロットからくぐもった声がもれる。

 族長はそんなこと意にも返さないように、俺へと視線を移した。


「もしかしなくてもこの子を守るためにあなたはここへ来たのかしら? リュウカちゃん」

「…………」

「うんうん! いいわその反応!! これはいい情報を聞いちゃったわ」


 族長の様子が変わる。

 まるで活路を見つけたかのように上機嫌だ。


「そういうことなら簡単ね」


 族長の目が嫌な細め方をする。


「この子を殺してしまえばリュウカちゃんの戦う理由がなくなる。そういうことね!!」


 族長が面白いというように笑って腕の力を強めた。

 徐々に閉まっていく腕にシャルロットの苦痛の悲鳴が木霊する。


「あ、あぁあああがああ!!!!!」

「うふふふふ。いいわよ。もっと叫びなさい。ほらほらどんどん骨がきしんでいく。その様を体感していきなさい」

「やめろ……!」


 動け! なんで動かないんだ! くそが!!

 目の前で大切な人が殺されかけてるんだぞ! ここで動かなくてどうする!

 なんのためにここに来たんだ! なんのための恩恵だ!

 自責の念だけが強まるばかりで体がそれに反比例するように固まったままだ。

 すると、不意に族長の手が緩まったように感じる。

 シャルロットの悲鳴も途切れた。

 死んだわけじゃない。


「はぁ……はぁ……」


 微かにだがシャルロットの荒い息遣いが聞こえて来る。

 まだ生きている。肩が動きなんとか息をしているといった感じだ。

 安堵したのもつかの間。またしてもシャルロットの悲鳴が木霊する。


「あぁぁああ! やめて、骨が……!」

「あらあらかわいそうにねぇ」


 くそ。あいつシャルロットで楽しんでやがる。

 握っては緩めてを繰り返し、シャルロットの体をおもちゃのように弄ぶ。


「リュウカちゃん。こんな子の仲間なんて気の毒ねぇ」

「な、ん、だと……」

「悪魔憑きなんて一緒にいても意味がないわよ。ただ不幸になるだけ。大陸中から嫌われているような存在よ」

「黙れ……」

「現に今のあなたはとっても不幸よ。だってそうでしょ。せっかく助けるために戦っていたのにここに来てしまっているんだもの。守るために1人で来たのに、その守る子が来ちゃったらねぇ。本末転倒よ」


 族長は心底楽しそうにそう言う。

 なにも出来ない自分が辛い。

 確かに族長の言っていることは正しい。シャルロットさえ来なければこんな展開にはならなかったかもしれない。

 でもだからって、それを認めるわけにはいかない。たとえこの状況を見た全員がシャルロットが悪いと言ったとしても俺だけはそうは思わない。

 シャルロットは助けに来てくれた。守られてると知ってもなお、仲間として、俺を助けに来てくれたんだ。

 それを攻めるなんてするものか。

 シャルロットだって全部わかっているはずだ。それでも来てくれたことに俺は心底嬉しいんだ。だからもっと守りたいと思えた。死なせちゃいけないと思えた。

 アーシャさんのため。シャルロット本人のため。そしてなにより俺自身のために。

 族長は尚も楽しそうに口角を上げる。

 全身の骨を震わせカタカタとかきならす。


「もう見捨ててしまいましょうよ。リュウカちゃんは強かったけど。この子は弱い。悪魔憑きで戦う能力も乏しいこの子を仲間にしておくなんてそれこそ不幸よ。この子はね死んでも構わない子なのよ!!!」

「…………ざけんなよ」


 シャルロットが死んでも構わない子だと?

 俺の中でなにかが切れた気がする。

 気づけば俺はあれだけ願っても動かなかった腕を動かし、エターナルブレードを投げていた。

 目にもとまらぬ速さでエターナルブレードは族長の手に当たる。

 ガンという鈍い音と共に族長の手が解かれた。

 シャルロットが力なく地面に落ちていく。

 俺はそれめがけて走った。

 エターナルブレードを持っていない俺はただの女の子だ。足も速くない。力も出ない。それでも、俺はこの子を守る。シャルロットを守るんだ!!

 地面ギリギリで俺はシャルロットの体をつかんだ。

 

「こざかしい子だね!!」


 族長が怒ったように片腕を裏手で振る。

 俺は体を丸めてシャルロットを守るように族長の攻撃を背中で受けた。


「が―――!!」


 今まで以上に体に感じる痛みが強い。

 やっぱ武器を持たないと恩恵は発動しないな。そのまま俺とシャルロットは壁に激突した。

 腕の中でシャルロットが俺を見る。


「リュウカ、さん」

「大丈夫?シャルロット」

「ごめんなさい……私……」

「謝んなくていいの。シャルロットは悪くない」


 そう言っていつもの様にシャルロットの頭を撫でようとして、あることに気づく。

 そこにあるはずの腕がない。

 潰れて血だらけだ。


「え……」

「リュウカさん、腕が……」


 シャルロットが目を見開く。

 俺の視線は無くなった腕から地面へと動く。するとそこには俺の右腕が二の腕部分から潰れて地面に落ちていた。あり得ない光景に言葉も出ない。

 途端マヒしていた感覚が戻ってくる。

 

「――――!!!!!!!!!!」


 今まで感じたことのない痛みに言葉にならない悲鳴が口から出た。

 

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