第150話 族長の性癖

「人間族がここまでたどり着いたのはあなたが初めてよ。素直に褒めてあげる」


 アンデット族の族長は細めた目の奥を光らせて落ち着き払った声をあげた。

 俺はいつでも踏み出せるようにエターナルブレードを持つ手に力を入れたまま、族長へと視線を上げる。

 

「無理して落ち着いた雰囲気出さなくてもいいよ。ほんとは部下たちを倒されてびくびくしてるんだろ」

「あら。ずいぶんな言いようね。女の子としては少し言葉遣いがなってないんじゃないかしら」

「悪いな。あまり言葉遣いに関しては教育がされてこなかったんだ。許してくれ」

「まぁいいわ。ギャップ萌えというのは大事よね。美少女な出で立ちに男口調。悪くないキャラ付けね」


 ふむふむと言いたげに首をカタカタといわせて、族長は俺を値踏みするように見つめた。


「大きな武器を使うのね」

「まぁな。おかげであんたの仲間なんて簡単に粉砕出来た」

「あらまぁ。素敵」

「素敵?」

「ええそうよ」


 族長の不敵な発言に俺は警戒心を強くする。

 あれだけ居たアンデット族を全員倒してここまで来た俺に、族長は大して気にした様子もない。

 むしろ余裕しゃくしゃくといった感じまでする。

 それがなんというか不気味でしかたなかった。


「あなたの戦いぶりは見ていたわ。すごいわね。私の部下がまるでそこらにいる魔物達と同じぐらいに倒れていった。あんな光景初めて。もうドキドキしちゃった」

「ドキドキだと……?」

「ええそうよ。せっかく1個の街を壊すぐらいの戦力を集めたのに1人にやられるなんてね」

「それは悪かったな。せっかくの集めたのにもうあんた以外いなくなった」

「いいわよ。部下なんてまた簡単に集められる。なんていったってアンデット族なんですもの」


 族長はそう言って全身の骨という骨を震わせた。

 カタカタカタカタというけたたましい音が空間に響く。

 すると、どこからともなくカタカタと共鳴する音が聞こえて来る。さらにはぐふぉ……といった文字にするのも難しい音まで聞こえてくる始末だ。

 地面が揺れる。

 一緒に揺れる視界の中で俺は見た。

 固い岩で出来た地面をまるで砂のようにかき分けて這い出てくるスカルマンとゾンビの集団。

 数秒もしないうちに俺と族長だけだったこの空間をアンデット族が埋め尽くした。

 

「うそだろ……」


 俺は目の前の光景になんとも言えない小さな声をあげた。


「ほらこの通り。元通りね」


 逆に族長の声は楽しそうだ。

 俺が倒したはずのアンデット族が、族長の出した音で一瞬で復活した。


「なんでもありかよ……」


 ついついそんな声がもれてしまう。

 項垂れたくもなる。せっかく倒したというのに、こんなにも簡単に復活されてしまえば何の意味もない。なんのために神殿内を駆けまわっていたと思うんだ。


「ごめんなさいね。あなたの苦労を水の泡にしてしまって」


 族長の声に歓声のように周りのアンデット族も反応する。

 大合唱を聞きながら俺は考えた。

 これからこの数を相手にどうする?

 戦えないことはないだろう。確実に一体一体倒せばいける。死なない条件はお互い同じ。

 だが、さっきみたいに簡単に仲間を呼べるとしたら俺に勝ち目はない。無尽蔵に増える敵を相手に、終わらない戦いなど精神的に持つかどうか。

 族長1人ならまだ何とかなったかもしれないのにこれはさすがに……やばいかもしれない。

 俺は生唾を飲み込んだ。


「ふふふ。さすがに驚いたみたいね。まぁそれも仕方のないことよね」

「……アンデット族は無限なのか?」

「無限よ。なんといっても死んでしまえば魔物だろうと人間だろうと同じ。私たちの仲間にするなんてたやすいのよ」

「ルール違反だろ。じゃあどれだけ倒しても意味が」

「ええそう。あなたがどれだけ強かろうと、どれだけ倒そうと増え続ける。この私がいる限りね」

「…………」


 言葉を失う俺に族長は楽しそうな笑みを向ける。

 実際に表情はほとんど変わらないが、目の部分の奥に光る赤い点が細くなっている。笑っているのが丸分かりだ。

 しかし次の瞬間、その目は急に違う細め方をした。

 族長が大きな腕を横薙ぎにする。

 突然の出来事に俺はエターナルブレードを風よけのように体の前にやり、腕の出す突風に耐える。

 風が止み、エターナルブレードを退けたとき俺は目の前の光景に目を疑った。

 先ほどまで居たアンデット族はきれいさっぱり消えていたのだ。


「でも今は必要ないわ」

「なに?」

「少し気持ちが変わったの。街を壊す前に私はあなたと戦いたい。この私とどれだけやり合ってくれるのか。その大きな剣で私の体を貫いてみなさい。私はそれが楽しみで仕方がないわ!」


 テンションの上がった族長に俺は身構えた。

 なにを思ったのか知らないが、それならこちらとしても好都合だ。

 族長と一騎打ちならば、同じ死なない条件のもとで戦える。持久戦になろうと戦い続けることは可能だ。

 俺は族長のお言葉に甘えるようにその無防備に広げている上半身に向けて飛び出した。 

 地面を抉り、一瞬の間に族長の頭蓋骨の上に来る。


「速いわね」

「驚いたか?」

「いいえ。見ていたもの。それぐらいできなくちゃ」


 会話の刹那、俺は容赦なく頭蓋骨に向けてエターナルブレードを叩きこんだ。スカルマンを相手にしていたときと同様刃の部分は使わない。刀身による打撃攻撃だ。


「がは!!!」


 族長が苦悶の声を上げる。

 よし効いてる。さすがに頭蓋骨への攻撃はクリティカルヒットだろう。

 俺はすかさずさらに叩き込む。


「ぐは! がは!! あはん♡」


 なにか途中変な声が聞こえた気がするが気にするか。

 俺はそのまま満足のいくまでエターナルブレードの刀身を頭蓋骨に叩きこみ、いったん距離を取るように離れた。

 地面に着地して族長を見る。

 すると族長は自分の頭部を触りながら、不敵な笑みをこちらに向けてくる。

 俺の体に鳥肌が立った。

 なんだこの感覚は。まるでアイリスタでキャサリンを見たときと同じような……


「いいわ! さいっこうよ!!! あなた! もうドキドキしちゃう!! もっともっともっともっとよ!!」


 族長の声に艶がこもる。

 無い頬を染めているのがなんとなく分かると同時に、やばいものに手を出してしまった後悔にも似たなにかを感じていた。

 

「お前……まさか」

「なに? どうかした? ほらもっとやって。もっと私のこといじめてちょうだい!!!!!」


 何時でもどうぞというようにさらに族長は腕を広げて自身の骨の体を前に突き出してくる。

 俺はある種の恐怖で後ずさった。


「なにしてるの? もっと私を攻撃していいのよ? 痛めつけていいのよ!? それだけで私はどんどん満たされていくわ!!」

「満たされてくってなにが……」

「快楽よ! 私が唯一感じる快楽! わざわざ魔王様に頼んで無くした痛覚を蘇らせてまでもらったのよ! 楽しまなくちゃいけないじゃない!!」

「お、お前バカなんじゃないのか」

「バカとは失礼ね! 私は単純に痛めつけられるのが好きなの!! その大きな剣で私のことをもっといじめて! さぁ! 早く!!」

「…………」


 俺はあまりのことに頬をひきつらせる。

 エターナルブレードを叩きこんだとき、確かに効いているとは思ったけど、まさかわざわざ自分から痛覚を蘇らせていたなんて。

 それで快感って……うえ、やばい、キャラ酔いしてきた。

 精神的に大打撃を負った俺は、その場に膝をつくように倒れこんだ。

 

「アンデット族の族長がドMだったなんて……」


 そりゃあ駄目サキュバスが嫌がるもの当然だ。

 これはきつい。この図体でこの性格は破壊力があり過ぎる。

 俺でさえ若干の気圧され感があるもん。清潔感なし、性欲なし、そして超がつくほどのドМっぷり。なんかもう、やばい。

 そんな俺の気持ちなど知りもしない族長は、俺の呟きに対し至極まっとうな返しをしてきた。


「あらいけない? 趣味嗜好はその人それぞれよ」

「人って……お前魔物じゃん」

「なに知らないの? 私はもともと人間よ」

「まじかよ」


 すっげー衝撃的な事実なのに変態情報のおかげで大してびっくりしなかったわ。


「当たり前じゃない。そもそも元からアンデット族だったら快楽なんて関係ないわ。快楽というのを知っているということは私も元はあなたと同じということよ」

「やめてくれないか。その言い方だとこっちまでドMみたいに聞こえるだろ」

「違うの?」

「ちげぇよ!!!」


 俺は全力で否定した。

 悪いがこっちはそっちの趣味はない。あの妖艶なサキュバスでさえも足を向けられてブチ切れたんだからな。

 まぁあれは駄目サキュバスだったからだろうけど。

 だが言わせてもらおう。俺にそっち系の趣味はない……たぶん!


「残念ね。同士だったらそれはそれで面白かったのに」

「面白いってな」


 ドM同士ってダメじゃないか?

 MにはSがいなければ成り立たない。それこそ男の俺だったら痛めつけられてもいいいと思えるような美しい女性がいる。駄目サキュバスのせいでイメージが崩れているが、サキュバスなんてそれの筆頭な気がする。生粋の女王様タイプだ。

 まぁ、だからといって叩かれたらキレそうな気がするけどな。

 俺はMじゃないし。


「痛みによる快楽を得たいならサキュバスにでも頼んだらどうだ。それこそ最高の夢が見られるぞ」

「嫌よ。私、女にいたぶられる趣味はないわ。やっぱりごつごつした男の手で痛めつけてくれないと。痛みが強ければより興奮するの」

「生粋の変態だな。むしろ清々しく感じるぐらいだ」


 もう混じりっ気のないMだな。

 まぁ、じゃないとわざわざ痛覚を蘇らせるようなバカなことはしないか。


「でもだったら私も女なんだけど。そこはいいの?」

「それが不思議とあなたの攻撃には興奮できるのよ。なぜかしら」


 いやほんと何でだろうな。

 さっぱり分かりません。うん。


「まぁ細かいことはいいじゃない。それよりも続きをしましょ。私を快感で包んでくれたら気分も変わるかもしれないわよ」

「それはナイルーンを襲わないということか」

「さぁ。どうかしらね。そこはあなた次第。私を楽しませてちょうだい!!」

「ああ! 分かったよ!!!」


 俺はエターナルブレードに力を込めた。

 足を踏み込み体を固定させる。エターナルブレードの刀身が光り始める。

 俺はそのまま族長の大きく開いた体めがけて振り抜いた。

 光が斬撃となり族長のあばら骨へと叩きこまれる。

 これまでにない程の粉塵が辺りに巻き起こる。


「あはんんん!!!!!」

 

 と同時に族長の艶やかな声も辺りに響く。

 お楽しみいただけているみたいだ。

 俺はニヤリと笑うと今度はエターナルブレードを回す。


「どんどん行くぞ!! フルコースだ! 喜べよ!」


 俺を中心とした竜巻が発生する。

 俺はそのまま器用に足を動かしながら族長に近づくと、族長の上半身を竜巻の中へと巻き込んだ。


「あぁああああ!!! いい!! いいわ!!! 最高よ!!!!! すっごく痛くて、すっごく興奮する!!!!」


 族長の喜ぶ声を目印に、俺はさらにエターナルブレードを族長の体にこれでもかと叩きこんだ。

 斬撃からの竜巻。さらには怒涛の叩き込みと、もれなく俺のフルコースの攻撃をうけて、族長は荒い息をはいていた。

 俺は元の位置に戻る。

 竜巻が晴れたそこには今までにない程の最高の緩み切った顔がある。


「どうだ。Mな奴にはもってこいだっただろ」

「……ええ、最高よ。私をここまで満足させたのは魔王様以外であなたが初めて」

「お褒めにあずかり光栄の―――!!」


 俺はそこで口をつぐんだ。

 というか開けなくなった。

 油断していたつもりはない。だが気づいた時には俺は地面をゴミのごとく転がっていた。

 勢いよく壁に激突する。


「がはっ」


 肺から空気が逆流した。

 見れば族長は自分の部下を蹴散らしたと同じように、大きな腕を横に振っていた。


「でも残念ね。足りないわ。私を満足させるにはこれじゃあダメよ」


 俺のフルコースの攻撃を受けてピンピンしていた。まるでダメージがない。

 体中が痛い。

 やっぱ、痛覚で興奮するとかあり得ねぇわ。ただ痛いだけで最悪。いっそ死んでいた方がよかったぐらいだ。

 俺はなんとか手に持ったエターナルブレードを杖の様にして立ち上がろうとする。

 途端に上に嫌な予感がはしった。

 俺は咄嗟に壁から離れるように横に飛びのく。

 見れば、さっきまで立とうとしていた場所には族長の右腕が振りかざされてた。

 地面を壊し地震のような衝撃が部屋一帯に襲う。


「あら。ずいぶん頑丈なのねあなた。私の攻撃を受けてまで動けるなんて。だいたい人間は今の一撃でなすすべなく潰されるというのに。意識があったなんて驚きよ」

「ま、まぁな……これでもお前らアンデット族に負けないぐらい体は頑丈なんだ」

「じゃあどうかしら。私の攻撃の痛みは。興奮した?」

「悪いな。痛いだけで興奮はしない。どうやらお前とは分かり合えないようだ」

「残念……じゃあ死んでもらうわよ。もう十分楽しんだから」


 そう言って族長は大きな手を俺へと振りかざした。

 最悪なのは体中が痛いのと、この族長の攻撃が図体に対して俊敏だということ。腕の振るときの音がまるでない。

 空間が揺れる。圧倒的な質量を持った腕が間髪入れずに迫りくる状況というのは絶望に他ならなかった。転生者でなければ生を諦めたくなるぐらい最悪な状況だ。

 それでも俺はなんとかこの空間全てを使って攻撃をかわす。しかし、族長にしてみればこの空間全部が両腕が届く範囲にある。

 ちょこまかと動く俺を捉えるのなど造作もない。

 すぐさま族長の拳が俺の体を捉える。

 一撃が当たればバランスを崩す。さらにそんな体に追撃も来る。

 空中に浮き上がらされ、族長の連打が俺を襲う。

 四方八方から来る拳に骨は軋み視界が揺らぐ。

 声なんて出るはずもなかった。


「ほらほらほら。どう? 私の攻撃は! 感じてる!?」


 族長はどんどんと調子を取り戻すように声を上げる。

 俺は声もなくそのまま地面に落ちた。


「……あら残念。もう終わっちゃった。やっぱり頑丈っていっても人間ね。柔くて全然張り合いがないわ。さてと、そろそろ街でも襲いましょ―――」


 緊張感の抜けた族長の声が途切れる。

 それもそのはずだ。ボロボロの体で地面に倒れていたはずの俺が、その瞬間には族長の口の部分にエターナルブレードを突き立てていたんだから。

 驚きで族長の目が見開かれる。


「勝手に終わらせんなよ。悪いけど街は襲わせないから」

「……驚いた。生きていたんだ」

「ああ。言っただろ。頑丈だって」

「頑丈にもほどがあるわね。普通だったら生きていても全身複雑骨折で動けないはず」

「だろうな。でも動ける。きっと運がよかったんだろう。だから……これはご褒美だ!!」


 俺は口に突き立てたエターナルブレードをこれでもかと振った。

 刀身の光が斬撃として口からあばらにまで行く。

 さすがの族長もゼロ距離斬撃には体をよろけさせた。

 

「げは……」


 苦しそうな声を聞いて安心したのもつかの間、俺の体を振り落とすように腕が近づいてくる。

 俺はそれをかわすといったん地面に着地した。

 族長は体勢を立て直すと俺を潰そうと拳を叩きこんでくる。

 よけながらも今度は俺も攻撃に出る。

 拳をエターナルブレードで耐えると腕と伝って頭部まで到達。頭蓋骨に重い一撃を加えた。

 ドンという鈍い音がする。


「いいわ!! いい!! すっごくいい!!!!! もっと楽しめるなんてあなたってホント最高!!!!!! どんどんいきましょ!!!」


 俺の攻撃が効いている感じは見受けられない。

 ダメージというよりも攻撃すればするほど回復しているような気さえする。

 だがこれで族長を止めることが出来る。興奮するならしろ。なんだったらイってしまっても構わないぞ。

 持久戦だ。

 このまま続けていればいずれ飽きが来るはず。なかなか死なない俺に対して苛立つかもしれない。とにかく何でもいい。

 街を襲わせなければそれで十分だ。

 どれだけ戦ってもシャルロットが悲しまなければ俺の勝ち。

 俺はシャルロットのために耐え抜く。たとえどれだけ辛くても痛くても、大切な人の悲しい顔よりマシだ。族長が嫌気をさすまで戦いを続ける。

 それだけだ。

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