第152話 裏に隠された本当の気持ち

 分からない。なにがどうなって、どうしたのかさっぱり分からない。

 ただあるのは俺の腕が片方無くなり、地面に転がっているということだけだ。

 潰れた個所からは血がとめどなく流れ、俺とシャルロットが座ってる場所を赤黒く染めている。

 地面に着いているシャルロットのフードが鮮血に染まるのが見える。

 俺がなんとかして分かることはここまでだ。

 体中に寒気がして、意識が薄れていく感覚がある。頭も働いていない。

 死ぬ。直感でそう感じた。だが、それだけだ。俺は死なないし、死ぬことが出来ない。

 俺は咄嗟に残っている左腕でシャルロットの手を掴んだ。

 シャルロットの涙で濡れた顔が正面にくる。


「シャルロット……お願いがあるんだ」

「は、はい」

「治癒魔法を……治癒魔法を腕にかけ続けて……!」


 何とかして振り絞った声で俺はシャルロットに懇願した。

 痛い。意味が分からない。どうして……死なないはずの俺の体の一部が潰れているのか。分からない。訳が分からない。でもそれでも、なんとかして耐えている意識の中で、ここで目を瞑ってはならないという意思が働いている。

 ここで俺が意識を失えばシャルロットは殺される。

 俺が死ななくてもシャルロットは死んでしまう。族長がシャルロットだけを見捨てることなんて考えられない。

 それじゃあ意味がない。ここまで来た意味がないんだ。

 だから、俺はシャルロットの腕を思い切りつかむ。離さないように離れないようにしっかりと俺の体に引き寄せる。


「お願いだシャルロット。私はまだ戦わないといけない」


 シャルロットのために。街のための。そしてなによりも大切な人を今度はしっかりと守るために。シャルロットの力が必要だった。

 情けない限りだ。シャルロットを泣かせてしまっている。笑ってほしいと心から願った子を自分から泣かせてしまっている。

 まったく成長していない。どれだけ恩恵で力を持ったとしても、俺は結局かっこつけることが出来ないみたいだ。

 泥臭く転がって、そして泣かせる。

 くそみたいに自分が嫌になる。

 どうして気づけなかったのか。シャルロットの性格なら、悪魔憑きの自分をなによりも嫌い、強くなって誰にも迷惑をかけないように、そう願っている彼女なら、迷いなくここに来ることをどうして予見できなかった。

 分かっただろうに。どうして……。

 ふっと体から力が抜けるのが分かる。

 何かを悟るように俺は虚空を見つめた。


 あぁ……そっか……


 きっと雫のときと同じだ。

 俺はシャルロットのことを決めつけていたんだ。

 この子は弱い子だ。だから守ってあげないと。そう心のどこかで決めつけて、押し付けていた。あれだけ精神面で強い一面を持っていることを知っているのにもかかわらず、俺は勝手にか弱い女の子と決めつけてしまっていた。そして1人でかっこつけて突っ走った結果がこれだ。

 本当に嫌になる。シャルロットが黙ったまま守られると思ったのか? くだらない。この子は強い。自分のせいだと分かれば必ず来る。誰かに守られることを良しとするわけがない。そんな子が1人大人しくしているとでも思ったのか? シャルロットがそんな子だったらわざわざ危険を冒してまで、姉を追いかけアイリスタに来るわけないだろ。俺たちが出会うことさえもなかった。

 冷静になれば分かったことだ。

 結局雫の言った通り、俺はなにも分かっていない。

 勝手に理想を押し付けて、勝手に相手の気持ちを決めつけて行動してしまう。

 力が無かったわけじゃない。無力だったわけじゃない。結局自分が大好きなんだ。

 雫の告白を遠巻きから見ていたのは、ただ雫を守りたかったわけじゃない。遠くから見守る俺ってなんてかっこいいんだと思っていただけだ。告白現場に乗り込む勇気もなければ、告白する勇気もない癖に。

 くだらない。分かっていたことだろう。雫の態度を見れば迷惑そうなのを。俺が告白なんて受けなくていいって言えばそうすることを、俺は分かっていた。なのに無視した。雫は俺の言うことなんて聞かない。彼氏でもないのに口をはさむのはかっこわるい。そう思って。逃げていたに過ぎない。

 だから俺のことなんて忘れてしまえば悲しまないと思って、そう決めつけて俺は神様にお願いした。

 俺に関する記憶を消してくれと。

 考えなかった。まさかそれ自体雫が嫌うなんて。考えられなかった。なぜって簡単なことだろ。自己犠牲する自分に酔っていたんだから。

 こうして俺は悲劇のヒロインを演じた。周りの気持ちなんて関係ない。ただただ自己犠牲したかっただけだ。誰かのためにと嘘をついて。自己陶酔して、そして傷つけた。

 今回だって変わらない。ただただシャルロットを守る俺かっこいいと思いたかっただけにすぎない。

 彼女の笑顔を守る? 笑わせる。

 見てみろよ俺。今目の前にいる彼女は笑っているか? 違うだろ。彼女は泣いている。自分のせいで、自分の耳のせいで俺をボロボロにしたことを悲しんでいる。

 俺がシャルロットを泣かせているんだ。雫に続いてまたしても俺は大切な人を泣かせてしまっている。

 なんにも変わってない。自分が嫌になる。

 自然と俺の目から涙がこぼれていた。


「リュウカさん……」

「ごめん、ごめんねシャルロット……私のせいでこんなことになって……」

「違います! そうじゃないです! これは私のせいで」

「違うよ……全部私のせい……シャルロットが泣いてるのも、雫が泣いたのも全部、全部私のせいなんだ……」

 

 そう。全部俺のせいだ。

 俺の弱さが。俺の自己陶酔が。彼女を、彼女たちを傷つけた。

 俺は弱い。なにも変わらない。力を持っていなかった高校生のときと、恩恵で強くなった今も、何ひとつ変わっていない。弱いままだ。

 だから、だからこそ、今からはちゃんとしなくちゃいけない。

 俺はシャルロットの体を力強く抱きしめる。

 シャルロットは震えていた。気高く振る舞ってはいるがやっぱり怖いんだ。それでも、この子は俺を見捨てない。

 それがひどくありがたかった。なによりも心強い。

 俺は前を向く。

 弱い自分が分かったからこそもう逃げだすこそは許されない。

 片腕をなくし、エターナルブレードも投げてしまった絶望的な状況の中から、弱いながらに精一杯彼女を守るんだ。

 それが俺の、今一番しないといけないこと。


「友情ごっこはもう見飽きたわ!! 続きはあの世でしてちょうだい!!!」


 族長の叫び声が聞こえる。

 腕が大きく引かれて俺たち2人を潰そうと迫ってくる。

 シャルロットはなにかを覚悟したように顔を強張らせた。

 こんなときでも決して俺の前から離れようとしない姿は、すごくシャルロットらしい。

 俺はそんなことを思いながら―――シャルロットの体を自分の後ろに引っ張った。

 シャルロットの驚いた顔が俺の目に飛び込んでくる。

 俺はそれを横目に立ち上がった。

 怖いながらも俺を見捨てないその強さ。見習わないといけないな。

 俺はそのままシャルロットの前に、自分の体を族長の方に向けて立つ。

 潰れた腕から血がしたたり落ちる。

 シャルロットの必死な声が耳に届いてきた。


「嫌……ダメです!! リュウカさん!! その体で攻撃なんてまともに受けたら今度こそ!!!!!」


 俺はシャルロットの叫びにふっと笑って見せた。

 

「シャルロット。嬉しかったよ。仲間だって言ってくれて。背負わせてくださいって言ってくれて嬉しかった」

「嫌、いやです! やめてください!! そんなこと、そんな別れ話みたいなこと。聞きたくないです!!」

 

 シャルロットは必死に首を振っている。

 認めなくて、認めたくなくて必死になって俺の言葉を否定しようとして来る。

 本当に優しい子だ。こんな俺を、危険にさらした俺を泣きながら止めてくれるなんて。

 そして俺はこんな子を弱いと決めつけていた。

 バカらしい。俺よりも強いじゃないか。

 何かを隠していることを知ってもなお、この子は俺についてきてくれている。静かに待っていてくれている。

 だから、俺はそれに応える必要がある。

 弱い俺を、どうしようもない俺を知ってもらう。

 もう隠すのはお終いだ。

 族長の腕が眼前に迫ってくる。

 シャルロットの叫び声が、族長の高笑いが部屋中に木霊する。

 俺はそんな中そっと自分の腕に手を当てた。

 死なない恩恵。それは寿命以外では死なないというもの。どんな攻撃を受けても、どんな病気になっても寿命でない限り死なない。

 じゃあなぜ腕が潰れたのか。

 それは簡単なことだ。人間腕の一本や二本無くなったところで死にはしない。

 大量出血では死ぬかもしれないが、腕が無くなったということだけでは死ぬことなんてないのだ。

 現に俺の腕からあれだけ出ていた血が、今はまるで塞がっているかのように落ちてこない。きっと限界まで出てしまったんだ。これ以上出たらダメだというラインまで出た。だから止まった。死なない恩恵は健在だということは分かる。

 じゃあ止めるにはどうすればいいのか。

 理屈は分かっていても怖い。だけどやらなくちゃいけない。

 弱い俺がシャルロットを、大切な人を守るために。避けて通るわけにはいかない。

 怖い。眼前に迫りくる死の恐怖が。怖くて怖くて逃げだしたい。

 でも、これしか方法が思いつかないんだ。エターナルブレードを投げてしまった俺にはこれしか。

 だから、俺は覚悟して迫りくる族長の腕の真っ正面に自ら―――首を差し出した。

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