第153話 恩恵の使い方

 あの日ミルフィさんの言っていた言葉が思い出される。

 転生者と会ったことあるミルフィさんが、相手が本当に転生者だと信じた理由。それは武器で心臓を一突きするというものだった。もちろん半信半疑のミルフィさんがそんな過激なことを率先してやった訳ではなく、転生者だと名乗った人物がミルフィさんに提案したものだ。

 結果は死ななかった。

 というか、殺せなかったというのが正しい。胸に刺さった武器が心臓にまで武器が届かなかったんだという。見えないなにかが心臓にまで達しようとしている―――つまり、その人を殺そうとしている武器を止めたということだ。

 それでミルフィさんはその人の言っていることを信じた。

 死なない恩恵は本当にあってこの人の言っていることが本当だと。

 転生者が存在するんだと信じるしかなくなった。

 俺も同じだ。その人と同じ転生者。

 死なない恩恵はしっかりと働いてる。

 エターナルブレードを持って戦っていたとき、腕を潰した攻撃よりも激しい攻撃を何度も受けてきた。なのに、その攻撃は俺の五体を潰すまでいかず、骨も折ることは出来ていないのだ。

 もちろんエターナルブレードをもったことでもう1つの恩恵が発動しているということもあるだろうが、きっとなんともなかったのは全身に攻撃を受けていたからだろう。

 全身打撲は死に匹敵する。

 だから見えないなにかが衝撃を消したかしたのだ。

 しかし、シャルロットを守るときに受けた攻撃そうじゃなかった。俺は背中で受けたと思っていたが、その時だけは運悪く腕だけに当たってしまったんだろう。

 だから腕だけ潰れた。腕だけなら死なないから見えないなにかが働かなかったんだ。

 理屈は分かりやすい。死なない程度の攻撃ならば転生者といえども普通に食らう。エターナルブレードを離した俺は身体能力も体の耐久値もただの人間のそれだ。もしかしたら男だった頃よりも華奢な女の子の今の方が無いかもしれない。

 今攻撃を受ければ簡単に骨は折れるだろう。

 全身だったらまだしも、細かい箇所は簡単にいく。

 そんな状況でシャルロットを守るなんてこと無理に等しい。

 だから、俺は族長の攻撃に首を差し出した。

 腕をなくしても、足をなくしても、それこそ極端な話、臓器の一部を欠損しても生きている人間はいる。だがどこを辿っても首から上がなくても生きている人間なんて見たことがない。アンデットのゾンビでも死ぬんだ。

 心臓と同じで損傷すれば死が確定する。

 心臓なんて見えないものを的確に相手にあてるなんて不可能。だから分かりやすい、首を差し出した。

 もうほんと怖い。どこに自分の首を自分から差し出す奴がいるのか。

 迫りくる恐怖で俺は目を閉じた。

 途端、ドンッという音がして風が俺の髪を揺らす。

 音のわりに痛みはない。見れば俺の目と鼻の先、数センチの場所で族長の腕が止まっていた。

 それこそ誰も武器を持っていない。見えないなにかに阻まれ族長の拳が俺まで攻撃が届いていないのだ。


「な、なによこれ!」


 族長の驚き戸惑う声が聞こえてくる。

 そして何度も何度も俺の体めがけて拳を振るってくるが、全て俺へは届かず見えない壁に阻まれ終わっていく。

 ドンドンという音だけが響きその先には続かない。

 武器も何も持たない無防備な人間にアンデット族の族長が攻撃の1つも与えられないという異様な光景が、現在進行形でこの空間に広がっていく。

 俺はニヤリと口元を緩めた。


「どうした族長さん。攻撃が届いてないぞ」

「な、なに、なんなのよ! あなたいったいなにを」

「なにもしてないぞ。ただ立ってるだけで」

「チッ……! 仕方ないわね!!」


 族長は訳が分からない様子で顔を歪めると、大きな腕を器用に動かし俺の後ろ、壁にもたれかかっているシャルロットに向かって攻撃を仕掛けた。

 俺が無理だと悟ってシャルロットだけを狙う。切り替えといい腕の速度といいすべて早い。さすがは魔界の上位というだけあるのか。

 しかしそれだけだ。

 シャルロットと俺の距離は少しか開いていない。いくら攻撃が早かろうと俺が間に割り込むなんて、身体能力の落ちた俺でも容易だ。

 族長の腕とシャルロットの間に俺が頭から割り込む。

 それだけで族長の腕は数センチのところで止まる。

 ドンという音と風だけが俺の髪とシャルロットのローブを揺らす。

 諦めたように族長の腕が戻っていく。

 俺は意識を族長に向けたまま、後ろから感じる視線に答えた。


「ごめんねシャルロット。こんなの驚くよね」

「リュウカさん……いったいなにがどうなって……」


 シャルロットの疑問は当然だ。

 俺を一番近くで見ているシャルロットにはよく見えたはずだ。俺が何もしていないことを。本当にただ立っているだけだということを。

 なのにあれだけ苦戦していた族長の攻撃を止めている。

 常識外の何物でもない。シャルロットの頭は混乱でいっぱいだろう。

 冒頭でも言ったがミルフィさんは心臓に一突きした武器が見えない力で止められたのを感じた。だから常軌を逸した発言を信じた。信じるしかなくなった。

 俺は今それと全く同じことをシャルロットにしている。

 シャルロットには意味が分からないはずだ。なぜ止まったのかも。なぜ俺は何もせず立っているだけなのかも。全てが分からず答えを求めている。

 俺はそれに応えるように口を開こうとした。

 しかし、シャルロットの疑問に対して答えたのは俺ではなく族長の方だった。

 族長は俺を指さしながら言う。


「そう、そういうことねリュウカ。体が頑丈なんて嘘だったのね」


 俺はその言葉に、開いていた口をそのままに族長に答える。


「なんだ。まだ信じてたのか」

「おかしいと思ったのよね。私の攻撃を受け続けているのにも関わらず立ち上がる。いくら精神力が強くてもあり得ないってね。でも今のでよーく分かったわ。あなたは私と同じ。アンデット族と同じで死なない。違う?」

「違わなかったらなんだって言うんだ」


 後ろでシャルロットが息をのむのが聞こえて来る。

 族長が笑った。


「やっぱり。でも驚いた」

「なにがだ? 死なないことか?」

「まぁそれもあるわね」

「ふん。バカバカしいな。アンデット族のあんた達には当たり前のことだろ」

「私たちには当たり前でも人間族にとってはそうじゃないでしょ。それに今はそのことじゃないわ……魔王様の言っていたことは本当だったのね……」

 

 最後に発した族長の小さな呟きが聞こえて来る。

 まだ見ぬ魔王という存在。そいつが族長に何を言ったのか、俺には分からないが次の瞬間に叫ばれた言葉で全てを悟った。

 魔王が侮れない存在だということを。


「あなた、他の世界からきた人間―――転生者ってやつね!!!」


 族長の声が部屋中に響き渡る。

 一時の静寂の後、一番初めに声を出したのはシャルロットだった。

 か細くも驚いた声が聞こえて来る。


「てんせいしゃ……?」


 知らない単語に呟かれた言葉は形を成してない。ただ文字を言っただけ。

 そんなシャルロットの声に答えたのはまたしても俺ではなく族長だった。


「ええそうよ。このリュウカはね元々こっちの世界の住人じゃない。別の世界から来た人間ってこと」

「別の世界……リュウカさんが別の世界の人……」

「あら? あなた知らないの? そう。なら教えてあげる」


 そして今度は族長が得意気に笑う。


「この世界にはね2種類の人間がいるのよ。ロンダニウスで生まれロンダニウスで育った人間とそうじゃない人間。簡単な話よそ者ね。元々この世界とは別の世界で生まれていろいろな理由でこの世界に来た人間がいるのよ」

「それがリュウカさん……」

「あなた一緒にいておかしいと思わなかったの? 戦いにおいての他の人とは違う心の在り方。まるで死ぬのを怖がっていないかのような立ち振る舞い。そして常軌を逸した力の数々。まさか全員天才だからだと思った? 違うのよ本当はね」


 といって族長は腕を振るう。

 今度はシャルロットを狙うなんてことはしない。まっすぐ俺へと向かってきている。ドンという音と共に俺の数センチ前で止まる腕。それに対してニコッと笑う族長の顔が見える。


「転生者は死なない。神かなにか、見えないもので守られてるのよ。だから、なんの恐怖心もなく突っ込んでくる。まさに今のような状況ね」


 そして族長はシャルロットに畳みかけるように声を出した。


「つまりあなたの行動は何の意味もないのよ。初めからリュウカは死ななかった。あなたのやったことは全部足でまといの自己満足でしかないのよ!!!」


 族長の言葉にシャルロットの目が見開かれる。

 腕がシャルロットへと迷いなく振りかざされる中で俺は叫んだ。


「そんなことはない!!」


 ドンという音が辺りに木霊する。

 族長の腕とシャルロットの間で俺は確固たる意志で立ちふさがる。


「シャルロットは私―――いや、俺のためにここまで来てくれた。こんな状況になって責めるとしたらなにも話さなかった俺のせいだ。仲間を信じられなかった俺の責任だ!!」

「そう。だったらいつまでその子を守れるか根比べと行きましょうかよそ者のリュウカちゃん!!!! しっかりしないとその子だけ死んじゃうわよ!!」


 怒涛の攻撃がシャルロットを襲おうとする。

 俺はその全てを引き受けるように動く。

 ドンドンという音の中、シャルロットの眼差しだけが俺の背中を貫いているのを、俺はひしひしと感じた。

 

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