第154話 懺悔
大きな部屋にドンドンという音だけが響き渡る。
俺が殺せないと分かって族長の怒涛の攻撃はシャルロットにだけ集中している。それら全てを俺は自分の首を差し出すことによって止めていた。
今でも腕は落ちたままだ。変に意識が戻ったからか、痛みも再発して今にでも倒れてしまいそうだ。
俺は必死な声でシャルロットに叫ぶ。
「シャルロット!! 俺に治癒魔法を!! お願い!!」
たとえどれだけ死ななくても意識は失ってしまう。
シャルロットの治癒魔法なしではこの痛みと戦いながら動くことなど無理だ。
常識よりもさらに先のことを知ってしまったシャルロットは動けるだろうか。少しだけ不安があったが、俺の後ろで控えるシャルロットはなんとか自分のストレージから杖を取り出すと、俺への魔法を再開させた。
緑の光に包まれ、体から痛みが引いていく。
俺は足を踏みしめると、族長の腕を防いだ。威力が上がっているのか感じる風と聞こえて来る音が迫力を増している。
俺は次の攻撃に備えて体勢を整えた。
その時後ろのシャルロットと目が合う。
シャルロットは杖から魔力を注ぎながらも俺の方を見ていた。
俺はそれに対して族長の攻撃に意識を向けながらも口を開く。
「ごめんね。ずっと黙ってて」
ここに来てから謝ってしかいない気がする。
でも、俺が出来ることはこれだけだった。
シャルロットはそっと口を開くと、小さな声で俺へと確認を求めてくる。
「転生者って本当なんですか……? 別の世界から来たって……」
「本当だよ。私―――ううん。俺はロンダニウスで生まれていない」
俺は意図して一人称を変えた。
転生者とばれてしまったのならば、中身を隠しておく必要もない。男だとか女だとかそんなの関係ない。今はしっかりと本当の自分でシャルロットと向き合いたいのだ。
族長の攻撃は続く。俺はそれを防ぎながらシャルロットへと本当のことを告げた。
「俺の本名は『栗生拓馬』。リュウカなんて美少女じゃない。地球ってところの日本で生まれた正真正銘の男だよ」
「くりゅう、たくま……え? リュウカさんじゃなくてたくまさん……男……ちきゅうの、にほん……訳が分かりません! なにを言って……!」
族長の攻撃の音の中でもはっきりと分かるぐらいに、シャルロットが声を上げていた。
そりゃあそうだよな。転生者ってのも驚きだってのに中身が男と来たもんだ。信じられないことの連続で理解が追い付かないのも無理もない。
俺はそれでも話し続けた。
これが嘘じゃなく本当だと信じてもらうために。
俺は今までずっと隠してきた真実を口にする。
「混乱するのも分かるよ。こんなときに話すべきじゃないってことの十分わかってる。でも聞いて。これは全部本当のことなんだ」
「リュウカさん……」
「俺の世界は、暮らしていた日本は、ここに比べて物凄く平和で、争いなんてなくて、魔物なんてものは存在してなかったんだ。魔法なんて夢のまた夢。そんな世界で生きてきた」
きっとシャルロットにとってはこのこと自体考えられないだろう。魔物のいない世界。魔法のない世界。ロンダニウスで育ちロンダニウスが全てのシャルロットには理解が出来ない。
それでも俺は続ける。自分を理解してもらうために。
「俺はそこで何の力も持たないただの人間だった。運動も大して得意じゃない。頭もそんなに良くない。見た目も普通。魔法なんてあるわけがない。シャルロットなんかよりも弱い人間だった」
「そんな。リュウカさんが弱いなんて」
「シャルロットには信じられないかもしれないけどね。俺は弱いんだよ。この力も全部、全部借りものなんだ。本当の強さじゃない」
俺は横顔で薄く笑った。
自分を嘲るように笑った。
「結局何も変わらなかった。弱いままでなんにも変わってないんだ」
「違います! リュウカさんは強くて……私には追いつきたくても追いつけない、それだけの力を持っています」
「ううん……それは違うよシャルロット。あの族長も言ってたでしょ。俺は守られてるだけなんだ。これも俺は何もしてないよ」
ドンといって族長の腕が止まる。
俺はただ立っているだけに過ぎない。武器も持っていなければ魔法を使っているわけでもない。ただただ立っているだけなんだ。
「俺の力は借り物で、これだって神様の恩恵のおかげなんだ。俺は、俺自身は何の力もない。まったく変わってなかったんだ」
ドンドンと族長は懲りずに攻撃を繰り返している。
圧倒的な攻撃の質量と迫力は正真正銘、族長の力が生み出しているものだ。こんな攻撃を前にしたら誰でもひるんでしまう。
シャルロットだってなんとか自分の魔力を振り絞り俺の回復に努めてくれている。それは紛れもなくシャルロットの力だ。
この場で唯一何の力を持っていないのは俺だけ。俺だけが恩恵任せで戦っている。
「なのに、俺は自分に力があると勘違いして―――これが自分の力だと驕って―――突っ走った。それがこのざまだ。守りたいと思った人をここに連れてきてしまった。なにも考えていなかった。ほんとに変わっていない。俺はきっと知らないうちにシャルロットに雫を重ねてたんだ。守ってやれなかった後悔を重ねていた」
「後悔って……いったいなにを……」
「シャルロットも雫を見ただろ。あいつは同性も羨むぐらいの容姿を手に入れた。努力して必死に手に入れたんだ」
シャルロットは頷く。
やはり異世界人から見ても雫はかわいかったらしい。まぁ、市場で絡まれていたときから気づいていたが、同じ女性のシャルロットから見ても雫の容姿はよかったようだ。
俺はそれが少しだけ嬉しくなり小さく笑う。だが、すぐに表情は沈んだ。
「雫はあんなだからモテたんだ。告白なんてよくされてた。そりゃあもう男の俺が嫉妬するぐらいにな」
「……分かる気がします。なんとなくですけど……」
「何も無い俺に唯一あったのが雫という幼馴染だった。俺は内心嬉しかった。自慢でもあった。あんなかわいい幼馴染を持って、勝ち組だと。これは内緒ね」
ドンと音がする。
俺は少しだけ体を後ろに動かすとシャルロットの目の前に陣取った。
わざわざ動かすのもしんどい。族長の狙いはシャルロットなんだからシャルロットの前にいれば十分だろう。
族長の動きが変わる。
腕を背中にやり大きな骨を取り出した。
先端の尖った部分が目に見えない速さでこちらに迫ってくる。
刺さると思われた瞬間には俺の目の前で止まってしまう。
「でもそんな俺は雫が周りに与える影響を考えなかったんだ。雫は簡単に人気者になった。俺の世界には同じ年の子供が集まるある場所があるんだ。男女関係なく多くの人が一日の半分以上を過ごす場所。雫はそこで誰もが憧れる女の子になった」
「それは……」
シャルロットは不意に言葉を落とした。
なんとなく分かったんだろう。
「何も無い俺と人気を得たしまった雫。あとはすぐだった。俺は雫から離れようとした。実際少しだけ離れた。自分と雫は釣り合っていないと、そう雫がなにを思っているのかなんて考えもしなくて決めつけた」
「でも、シズクさんはリュウカさんに会いに……」
「結局、雫が俺を離してくれなかったんだ。情けない話だけど、雫との関係が続いたのは雫のおかげなんだ」
「よっぽど、シズクさんはリュウカさんを手放したくなかったんですね」
シャルロットの声音が少しだけ上がる。こんな状況だというのに楽しそうなのは女性特有のなにかがあるのだろうか。
俺はため息混じりに呟く。
「かもね」
「そうですよ。じゃなかったら追いかけてなんて来ません」
「俺もそう思う。今だったらよく分かるよ。雫はずっと俺を優先してくれていた。気づいてもよかったんだ。でも気づけなかった。気づこうとしなかった。だから勝手に決めつけて、押し付けて、傷つけてしまった」
「…………」
「俺はさ、何度も言うけど弱いんだよ。雫が告白されている現場を見ながら、やめろという勇気もなくて、その場にいく勇気もなくて、ましてや他の男子と同じように告白する勇気もない。ただただ遠くから見て、守っているつもりになっていた。雫がどんな思いでいるかも知らないで」
雫はずっと待っていたんだ。俺のことを。待ちながら、好きでもない男からの告白を受け続けた。
それがどれだけ辛いのかなんて分からない。でも、人を振るというのは明確に傷つけるのと同義だ。他人を傷つけ、そして自分を傷つける。
そんな場所で生きていた。ヒントはいくらでも貰っていたのに、俺は勝手にそれらを踏みつけ、見守っているという自己陶酔に浸った。
「雫がどれだけ俺のことを想ってくれていたのか。今ならよく分かる。異世界にまで追いかけてくるなんて普通なことじゃない」
俺は神様に頼んで栗生拓馬の記憶を消した。なのに、雫は俺を覚えていた。ましてや自分からあの神様に接触してこんなところまで追いかけてきた。
神様は言っていた。神通力をも弾いてしまう純粋で強い想いあると。雫はそんな強い想いで俺のことを想っていてくれていた。
なのに俺はそれをすべて踏みにじったんだ。勝手な思い込みで。
「嬉しかったんだ。ここに来る前に俺は雫に告白された。本当に嬉しくて嬉しくて」
「じゃあ」
「でも、俺はそれを断った」
「え」
「断ったんだよ。俺と雫は違う世界の人間だってな。現にあいつには時間がなかったんだ。転生者じゃないあいつはこの世界にいつまでもいられない。だったら、変な希望を与えないようにしようって」
そうして告白を断ってここに来た。
今ならよく分かる。それもまた自分勝手な想いだと。
シャルロットが力強く俺の服を掴む。
優しい彼女にしては珍しく、怒っているかのようにギュッと握っている。
シャルロットの気持ちは痛く伝わってきた。
「うん。自分でも何してんだってぶん殴ってやりたいよ。せっかく追いかけてきてくれたのに振るなんてって。しかもね。許せないのが、その理由としてシャルロットを使ったんだ」
俺は後ろを振り向くと懺悔するようにシャルロットの表情を見つめた。
「俺はリュウカとしてシャルロットを守るなんて言って、雫を振った。自分には力があるとして、守らなくちゃいけないと思って、かっこつけたんだ。バカだよな。なんの解決策もない癖に。どうにかなると思ってさ。結局、守れなかった雫の代わりにシャルロットを守ろうと思ったんだよ」
ああ最悪だ。視界が滲む。
言葉にして自分の情けなさに涙が出てくる。
そのシャルロットは今俺の後ろでボロボロになっている。状況はなんにも変わらない。負けないだけで勝つ方法が分からない。
こんなんでどうやって守るっていうんだよ。バカらしい。
「ごめんね。ごめん……結局俺は自分勝手で仲間を巻き込んだ。雫を、シャルロットを傷つけた。守るなんて最初っからできなかったんだ」
滲む視界の中で族長の攻撃は止まらない。
四方八方から来る拳は、確実に人を殺せるものだ。取り出された骨は完全に凶器と化している。
エターナルブレードも投げてしまった。
死なない恩恵しかない俺にはこの場の切り抜けるのも不可能。
シャルロットをここに来させてしまったのも俺の判断ミスが招いたこと。
全ては俺のせいだ。
「俺がいけなかったんだ。早く気づいていればよかった。こうなることを予見しておけばよかった。守るなんて言って危険にさらさせてしまった。ごめんね。ごめんねシャルロット。こんな弱い人間でごめん。ずっと嘘ついててごめん」
謝罪しか出てこない。
2人の女の子を傷つけ、結局俺には何かすることも出来ない。
「だから、だからせめてシャルロットだけはなんとしても死なせないから。たとえ俺の気力が無くなろうと、シャルロットだけは、シャルロットだけはここから出して」
「これで終わりよ―――!!!!」
族長の轟く声に殺気が増す。
腕が確実にシャルロットへと―――いや、俺の残った腕へと伸びていた。
少しの油断が起こしたミス。
涙にぬれる視界で俺の目は族長の腕を確実に捉えきれなかった。
このままでは両腕がなくなる。
そうなればさすがに意識が。
まずいと思い咄嗟に動いた瞬間、足元が滑る。
たまった血が俺の足をからめとって体勢を崩していた。
歪む視界の中で俺は見た。俺の腕へと向かっていたはずの族長の拳はそのまま吸い込まれるようにしてシャルロットへと向かっていったのを。
まさかの展開に族長の頬が上がる。
そしてそのまま拳がシャルロットに直撃すると思われたその時。
突然目が眩むほどの光が辺りを包み込んだ。
≪ドンッ≫
全員が顔をしかめるなか、族長の拳はこれまでよりも激しい音を立てた。
しかし、族長の表情は明るくない。
むしろさっきよりも険しく感じるぐらいだ。
「誰!?」
族長が戸惑った声を上げる。
声は拳の先の人物へと向けられていた。
一瞬の隙をついて俺を捉え、予期せぬ展開でシャルロットへと向かっていた拳は、突如光と共に現れた1人の女の子によって阻まれていたのだ。
「はぁ……まったく、拓馬はどうしようもないんだから。やっぱりなんにも分かってないんじゃない」
この世界でも浮かない黒を基調としたゴシック調の制服を身にまとった黒髪美少女、俺の幼馴染でもある桐沢雫は、少し気だるげに、しかし確かな怒気をはらんで、族長の拳を止めていた。
どこで手に入れたのかも分からない1本の刀を手にして。
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