第155話 繋がる想い

 雫がこの場所に現れたことに誰よりも驚いたのは俺だった。

 なによりもどうやってこの場所に来たのかが分からない。俺とサキュバスの会話を聞いていたとしても海底神殿までの行き方なんて知らないはずだし、分かったとしても魔法がなければ海の底にあるこの場所には来られない。

 そもそもがまず雫は突然光と共に現れたのだ。

 なにがどうなっているのか理解が追い付かないまま、俺は地面に体を打ち付けた。衝撃で一気に目の前の光景が現実味を帯びてくる。

 見間違いなんてあるわけがなく、桐沢雫はしっかりとそこにいた。

 見慣れた特徴的な制服に身を包んで、シャルロットの前に立っている。

 族長の拳を真っ正面に受けながら何とかという思いで両手で持った刀を振る。


「……いったー……さすがにこれはきついかな……」


 雫の口から弱弱しい声がもれる。

 見れば刀の柄を握る手が震えているのが分かる。

 当たり前だ。あれほどの質量と威力を誇った族長の攻撃を刀一本で防いだのだから。普通の女子高生には奇跡に近いことだ。刀を持ち続けているだけでもしんどそうなのが目に見えてわかる。腕なんて限界だろう。

 そんな雫を見て一番最初に声を上げたのは族長だった。

 弾かれた腕を気にしながらも雫への視線を外さない。


「今日はずいぶんと来客が多い日ね。まったく嫌になるわ」

「ごめんなさい。気分を害してしまったみたいで」

「別にいいわよ。たとえ人間がどれだけ増えても変わらないんだから」

「死なないからってこと?」

「そうよ。私はアンデット族の族長。死なない種族の長なの」

「知ってるわ。全部聞いてたから」


 雫は事もなげにそんなことを言う。

 族長はその言葉に対して驚くこともなく淡々と続けた。


「あなたもリュウカちゃんの仲間ってとこかしら? どうやってこの神殿に入ってきたのかは分からないけれどその感じ……もしかしてあなたも転生者?」

 

 族長の言葉にシャルロットが雫の背中へと視線をやる。

 雫は一瞬の間を置いた後に変わらない口調で答えた。


「似てるけど違うってところかしら。私は転生者じゃない」

「そう」


 族長の声がワントーン下がる。

 しかし次に発する声には確実な殺意が込められていた。


「それを聞いて安心したわ!!」


 拳が雫に一直線に迫る。

 俺は直感でまずいと思い立ち上がる。

 雫と拳の間に割ってはいると首を差し出すことによって族長の攻撃を止めた。


「大変ねぇリュウカちゃんも。1人だったらまだしも2人も守らないといけないなんて」

「…………」

「転生者のあなた1人だったらなんとかなったかもしれないのに。こうなってしまえばもう時間の問題じゃないかしら。いくら死なないとは言っても同時に2人も守ることなんて出来ない」


 止むことのない攻撃の最中でも族長の声ははっきりと俺の耳に届いてくる。


「少し前の言葉は撤回させてもらうわ。死なないだけであなたは強くない。武器も持たないあなたになにが出来るっていうの? 戦いにおいては素人も同然。私を止めるですって? 仲間を守るですって? 笑わせないでちょうだい。あなたは何も出来ない。誰も守れないただの弱虫よ」


 族長の言葉に俺は歯を食いしばった。

 悔しいが言い返す言葉もない。こうなってしまったのは全て俺が原因。俺の自分勝手な行動が起こした顛末だ。

 途端、自分の体の横から衝撃が来る。

 気づけば俺は族長の拳を食らい地面を転がっていた。驚き見ると族長が答える。


「なによ。驚いちゃって。簡単なことでしょ。死なない力が働くのなら死なない程度の攻撃にとどめればいいだけのこと。そうでしょ」


 族長は嫌な笑みを浮かべる。

 無力な自分に腹が立つと同時に藁にもすがる思いで俺は叫んでいた。


「雫……シャルロット……逃げろ……!!」


 俺の必死な声は虚しく空間に響く。

 雫もシャルロットも動かない。その場から一歩として動こうとはしなかった。

 族長の攻撃が2人に迫る。

 絶望しかない。一気に大切な人を2人も失う状況を前にして、今の俺にはどうすることもできない。転生者だからなんだ。チート持ちだと。笑わせる。結局俺は何も出来ないじゃないか。あの時と同じ。見てることしか出来ない。

 手を伸ばしてももう遅い。俺の手は虚しく虚空をつかむ。

 族長の拳が雫に迫る。

 当たると思われたとき、どこか怒気をはらんだ厳かな声が聞こえてきた。


「逃げろって……そんなのするわけないじゃない!!!!」


 雫の声が轟く。

 刀を拳めがけて振るい真っ正面から捉えていた。

 今度はしっかりと柄を握り、確かな意思を込めて刀を振るう。

 これにはさすがの族長でも少しだけ意外な声を出した。


「あら、そんな体でずいぶんと強いのねあなた」

「似てるけど違うって言ったでしょ。普通に死ぬからって私が普通の人間だとは思わないで。少なくとも私だって他の世界から来た人間よ。ちょっとの力は持ってるんだから!」


 族長の腕が雫の刀によって弾かれる。

 一瞬出来た間に俺と雫の目線が交錯する。

 雫の目は明らかに怒っていた。


「あのね拓馬。あんた勘違いしてるんじゃないの」

「え……」

「逃げるなんてするわけない。私は拓馬を、シャルロットさんを助けるためにここに来たのよ。勝手に全部1人で抱えて、物語の主人公にでもなったつもり!?」


 ずかずかと雫は俺の方に歩いてくると、ボロボロになった俺の体なんてお構いなしに胸ぐらをつかみ上げた。


「ふざけないで!!」

「雫……」

「全部、全部聞いてたわよ! なにもかも! 全部自分のせい? 全部自分が悪い? 弱い自分が……ふざけんな! 誰があんたのせいよ! 誰があんたを弱いって言うのよ!! 少なくとも私はそうは思ってない!!」


 そういう雫は泣いて怒って、笑っていた。


「あんたはちゃんと私を守ってくれてた。見守ることしか出来なかった? 違うでしょ。あんたは全部引き受けてくれてた。私に危害が加わらないように。自分を盾にして私を守ってくれてた」

「でもそれは……」

「私に告白を受けるなって言う勇気がなかったから?」

「…………」


 俺は力なく頷いた。

 それに雫は首を振る。


「あんたが勇気がないなら私だって同じよ。私だって事前に断る勇気なんてなかったんだから。あんたに言ってほしい。行くなって言われたい。そうして待って待って、それでも来ないから、わざと告白を受けてた部分は少なからずある。本当はあんたに嫉妬してほしくて、焦ってほしくて、そうして黙ったまま、あんたが裏であんなことになってるのなんて知る由もないまま押し付けた。私だって同じよ」


 雫は涙ながらに笑った。

 初めて見る雫の感情に俺はどうしようもない気持ちになる。


「あんたは優しいから、かっこつけだから、全部1人で背負って、そうして何食わぬ顔で隣を歩くけど、それって気づいちゃったら結構寂しいことなんだよ」


 視界の端でシャルロットの白いローブが見える。

 ボロボロになりながらも無言で立ち上がると、強い意思で俺の方を向いた。

 シャルロットの目と雫の目が俺を捉える。


「私は、いえ、私たちは拓馬が大事だと思ってくれているのと同じぐらい、拓馬のことが大事なの。弱いからなによ。自分勝手が何よ。全部わかってるんだから。それが誰かのために動いてることなんて。だから」


 雫が俺の胸ぐらから手を離すと、俺を守るかのように族長との間に立ちふさがった。

 

「拓馬の思う、弱いあんたも、自分勝手なあんたも、全部私たちが背負ってあげる。もう1人で抱えこむことなんてさせない。させてあげない。今まで必死に私達を守ってきた分、今度は私たちが拓馬を、リュウカを守る番。そうでしょシャルロットさん!!」

「はい!!!」


 2人の女の子はそう言って力強い意思で足を踏みしめると、目の前に立ちはだかる強敵と対峙した。

 雰囲気の変わった2人に族長の目が光る。


「お涙ちょうだいの感動場面を壊すようで悪いけど、これで終わりにさせてもわうわよ!!」

 

 2つの拳がそれぞれに迫った。

 2人は逃げることなく対処する。

 雫は手に持った刀で真っ向から拳を止める。

 そしてシャルロットはというと……なんと俺の武器エターナルブレードを魔法によって操っていた。弾丸のような勢いで族長の腕の部分に向けて刀身を放つ。大きな音を立てて族長の攻撃が止まった。

 意外な行動に俺は驚き言葉を失う。

 族長の方もシャルロットの行動は予想外だったようで戸惑った様子が見てとれる。

 そんな中シャルロット本人はと言うと変わらない強い目つきのまま族長に向けて言い放った。


「なめないでください。私だってこれまでいろいろとありましたから。こんなピンチ慣れっこなんです」

「あらそう。自分の境遇が功を奏したってところかしら」

「私だって守られてばっかりは嫌なんです。自分で自分を守れるようになるために故郷を、家を抜けてきました」


 シャルロットの杖が力強く光る。

 それに共鳴するかのように俺のエターナルブレードも勢いを増した。


「なんのためにここにいるのか。いきなりびっくりなことばっかりで忘れかけていました。でもシズクさんのおかげで思い出せました。私は、私は、リュウカさんと一緒に戦うためにここにいます!!」


 エターナルブレードが族長の体を横薙ぎにする。

 衝撃で族長の体がよろめいた。

 その隙にシャルロットが動き出す。

 こちらに合流するように走ってくると、俺の前で膝をついた。

 脇にはエターナルブレードが置かれている。


「リュウカさん。これを」


 シャルロットはエターナルブレードの柄を俺へと渡して来る。

 俺が残っている左手でそれをつかむとシャルロットの両手が優しく俺の手を包んでくれた。


「ごめんなさいリュウカさん。私にできるのはここまでです。私にはまだリュウカさんみたいに強い力はありません。シズクさんみたいには戦えません」

「シャルロット……」

「私だって弱いです。まだまだダメなんです」

「そんなこと、ない」

「いいえ、弱いんですよ。でも、こうして戦おうって思えてるのはリュウカさんのおかげなんです。リュウカさんが私を肯定してくれました。仲間として認めてくれました。それが嬉しかった。生きていていいんだって思えた。私はリュウカさんに助けられているんです」


 シャルロットの目には涙が浮かぶ。

 それは嬉し涙なのか悔し涙なのか。きっと両方入り混じったものなんだなと何となく理解できた。


「たとえリュウカさんが逃げろと言っても、私はリュウカさんを置いていくつもりなんてありません。知ってました? 私ってこれでも結構頑固なんですよ。お姉ちゃんに似て」

「あははは……知ってる」

「だから、今は頑固で弱い私を守って下さい。借り物でもなんでもいいんです。私はリュウカさんになら守られたい。リュウカさんの力で、私たちを守って下さい。きっと死なないアンデット族と同等に渡り合えるのは、死なないリュウカさんだけですから」

「……分かった」


 シャルロットが手を離すと、俺はゆっくりと立ち上がった。

 力が溢れてくるのが分かる。2個目の恩恵は発動した。

 痛みはない。気づけば体の数か所にあった切り傷が無くなっている。


「支援は任せてください」


 シャルロットが後ろで笑っていた。杖から治癒魔法特有の緑色の魔力が俺へと続いている。

 肩の力が抜ける感覚が来る。ずっと背負っていたものを雫が、シャルロットが抱えてくれている。

 守りたいものはある。間違いなくここにある。

 俺はシャルロットの笑顔を糧とし、刀一本で必死に攻撃を止める雫の肩を優しく後ろに引くと最前線に立った。

 左手1本でエターナルブレードを掲げ、渾身の力で族長の腕へと叩き落す。

 粉塵が舞い族長の腕が地面へとめり込む。

 そんな中、後ろから呆れた声が聞こえてきた。


「まったく、相変わらずかっこつけなんだから」

「……うっさいな。仕方ないだろ。これでも男の子なんだから」

「体は女だけどね」

「ふふっ。何だかこうして見るとアンバランスですね。リュウカさん」

「…………」

「あれー? 私のときみたいに反論しないんだ。もしかして贔屓ひいき?」

「違うわ。そうじゃなくて……なんかシャルロット言われるとどうしていいか分からなくてな」

「ふーん。なんだかあれね。ちょっと嫉妬かも」


 雫がシャルロットを横目で見る。

 シャルロットはシャルロットで苦笑いを浮かべていたが、雫はすぐに「冗談」といって場を流した後、刀を握って俺に近づいてくる。


「まぁ、復活したんなら問題ないかな」


 そして隣に並ぶと前を向く。


「どれだけ持ちこたえられそう?」

「さぁ。分からん。ただまぁ、やれるだけやるつもり。なんていったって死なないから」

「羨ましい」

「雫は……」

「私は死ぬわよ。死なない恩恵は転生者だけだもん。転移者には通用しない」

「そっか」

「だからってわけじゃないけど私には違うものがある」

「なに?」

「それは見てのお楽しみってこと。少なくともアンデット族には効果覿面だと思うから」

「分かった。それで俺はどうすればいい?」

「とりあえず私を守って。もういいって言うまでずっと。できる?」

「そんなの聞いても無意味だろ」

「一応ね。それで、どうなの?」

「出来なくても死ぬ気でやるさ。雫もシャルロットも絶対に守って見せる」

「じゃあ頼んだわよ―――リュウカ」

「っ! まかせろ」


 こうして俺は雫に背中を押される形で、族長に向かって足を踏み出した。

 今度は1人じゃなく仲間を守るリュウカとして立つ。来たときよりも明らかに俺の体は身軽だった。

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