第118話 お姉さんのお名前は?

「ひとまずはこれですべての説明を終わらされていただきます。鍵はなくさないようにストレージの中にしまっておいてください。もしそれでもなくされた場合は、会館で書いていただいた契約書に名前がある方であれば発行は行えますので、職員の方まで尋ねてください」

「はい」

「ありがとうございます」


 眼鏡のお姉さんの丁寧な説明で俺とシャルロットは頷くと、言われた通り受け取った鍵を、シャルロットと目配せした後に俺のストレージの中へとしまう。

 すると、お姉さんが机の上に自分の体から出したストレージを置く。

 コトンという軽い音で俺とシャルロットの視線が置かれたストレージに集まる。


「それではリュウカ様。このストレージにリュウカ様のストレージをかざしてください。自動的に既定の金額が渡るようになっていますので」

「分かりました」


 俺は手に持ったままだったストレージを置かれたお姉さんのストレージにかざす。

 俺のストレージに文字が浮かび上がってくる。

 そこに映し出された金額の数字を見て、俺はすこし首をかしげた。


「10万……これだけ?」

「これだけとは?」

「いえその、もっと高いのかと思ってまして……10万って」


 詐欺られた金額と全く同じだ。

 家を買うにしては安すぎるような……。

 異世界の金銭感覚が日本とは違う可能性もなくはなかったが、隣のシャルロットも俺のストレージに浮かび上がった金額を見て、訝しそうに眼鏡のお姉さんを見つめている。


「これでは安すぎると?」

「はい。桁が違うような気がして……」

「確かに普段であればもっと値が張るものです。何百万ルペでも安い方でしょう。ですがこの家は、ここに来るまでに言ったように付近で詐欺被害が横行しております。そのため、住みたいと思われる方も少なくここ数年でどんどんと価値が下がってしまいました。どれだけ外観や立地条件が良くても、詐欺が目の前で行われる可能性があると思うと嫌ですよね? なので今では、いくらでもいいから誰か住んでほしいといった位置になってしまっています」

「ああ……厄介な物件ということですね」


 事故物件ってわけじゃないが、持ってても良いものではないので、会館側としては手放せるものならといった具合なのだろう。

 だから安くても大丈夫。1円でも儲けもんといった感じだ。

 俺は納得の上で譲渡のボタンを押す。


「今の話を聞いても迷いなしですか」

「野宿よりかはマシですよ。それにこれぐらいの金額だったら問題ないこと、お姉さんだったら分かりますよね」

「ええ。では確かに受け取りました」


 お姉さんは自分のストレージを引くと、もう一度だけストレージを見つめてから体の中へとしまった。

 俺も所持金欄を見る。しっかりと10万減っているのを確認すると、ポケットにしまおうとして押し留まる。

 横からの視線を感じる。見るとシャルロットがしっかりと俺のストレージの行方を目で追っていた。仕方なくというわけじゃないが俺はストレージをシャルロットに見えるように、自分の体の中へと収納させた。


「ほっ……」

「そんなに心配しなくても」

「なに言ってるんですか!? 大金が入ったストレージをポケットにしまうリュウカさんがおかしいんです!」

「ご、ごめんなさい……」


 勢いよく怒るシャルロットに俺もついつい謝ってしまう。

 こういうときのシャルロットはアーシャさんと似た顔になる。姉妹だと思わされるところだ。


「ふふっ。どうやら大丈夫そうですね」


 すると、対面に座るお姉さんから笑い声が聞こえてきた。

 俺たちを見る目はどこか穏やかな気がする。


「大丈夫そうってどいうことです?」


 俺はお姉さんの言葉が気になってシャルロットに向けていた体をお姉さんの方にむける。


「いえ、リュウカ様がシャルロットさんとパーティーを組んだことは知ってましたが、少しだけ心配だったのですよ。お2人ともいろいろとした事情をお持ちですから」

「ああそれは……」

「アイリスタでも異色の2人がパーティーを組んだ。アイリスタ支部の職員の中では結構驚きだったんですよ。どうなるんだろうってみんな言ってます」


 お姉さんの言葉は別段驚くことではない。

 職員には全部分かってしまう。俺が転生者でシャルロットが悪魔憑きだということは最初から知っていたのだ。

 そんな2人がまさかパーティーを組むとは。職員でも予想外だったのだろう。なんといっても本人達が一番驚いている。


「ですが上手くやっているようで安心しました」

「リュウカさんが優しいんですよ。私なんかと一緒に来てくれるなんて。そんな人いませんから」

「そんなことは……」

「まぁ確かに、リュウカ様という理由はあると思います。なにも知らなければ調子のいい無垢な女の子ですからね」

「?……なにかあるんですか?」

「ううん! なーんなにもないよ! ですよねお姉さん!?」

「……まぁそう言うことにしておいてあげましょうか」

「しておいてあげましょうって、なにもしてないですよ」

「別に私は気にしてないのでいいですよ。女性同士、お尻を触るのもスキンシップの1つですもんねぇ、リュウカさま?」


 といって微笑むお姉さんだったが、その目はまったく笑ってなかった。

 完全にセクハラを忘れてはくれていない。

 シャルロットはよく分からずきょとんとしているが、このままお姉さんに居続けられてはなにを言われるか分かったものじゃない。今のうちに帰ってもらおう。

 俺は早く話を切り上げようと立ち上がりかけたそのとき、意外にもシャルロットがお姉さんに話しかけた。


「あの……すみません」

「はい。なんでしょう」

「お名前教えていただけませんか?」

「名前ですか」

「は、はい! ええっと、本当はリュウカさんとの会話で分かるかと思って……でも、お姉さんお姉さんばかりでその……」

「あ。そういえば私も知らないや。お姉さんの名前」

「え!?」


 シャルロットが驚くように俺を見る。

 まさに驚愕といった感じだ。まぁ、気持ちは分かる。まったく気にしてなかった俺もどうかと思った。


「言ってませんでしたっけ?」


 お姉さんが確認するように俺を見るので、俺はかぶりを振った。


「聞いたことないですよ」

「ああ……確かに言ってないですね。だいたいリュウカ様のせいですけど」

「なんで!?」


 ナチュラルに俺に罪をきせたお姉さんに対し、俺の渾身の申し立ては華麗にスルーされ、お姉さんは俺とシャルロット2人を見るとそのまま自己紹介に入った。


「名乗るのが遅れて申し訳ありません。私はギルド会館アイリスタ支部所属の職員、クオリア・サルバーニュと申します。どうぞ、今後ともよろしくお願いします。リュウカ様、シャルロットさん」


 深々と頭を下げ知的なお姉さん改め―――クオリアさんは俺たちに今更感のある挨拶をした。

 出会ってもう数か月。初めて知るお姉さんの情報だった。

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