第119話 クオリアさんが見ていたこと
さてそれから俺たちの家では微妙な空気が漂っていた。
というのも、全ての説明を終えて帰るだろうと思っていた知的なお姉さんことクオリアさんが、数分経った今でも俺とシャルロットの対面に座っているからだ。
無理に追いかえす理由もないし、家の説明をしてくれたというのもあり、俺もシャルロットも何も言えずに、沈黙が流れていた。
当のクオリアさんはなぜだか俺とシャルロットを交互に見ており、その態度もまた気まずい空気に拍車をかけていたりする。
しかしこのままというわけにもいかない。
意を決して俺がクオリアさんに口を開こうとしたその時、対面に座るクオリアさんが立ち上がった。
突然のことで俺の口があんぐり状態で止まっているのは見ないでほしい。
「シャルロットさん」
「は、はい。私……ですか?」
「はい。少し来ていただけますか?」
「いいですけど……」
前置きのない言葉にシャルロットは戸惑いながらも椅子から立ち上がり、クオリアさんの後をついていく。
向かった先は玄関から入ってきて右側にある空間。風呂とトイレがある方だ。
しばらくすると、そこからジャーっというシャワーの音が聞こえて来る。
さらには嬉しそうなシャルロットの声も。
「大丈夫そうですよ! 問題なく使えます!」
「そのようですね。安心しました」
「お湯も水もすぐに切り替えられますし、不都合なところはまったく」
「では、湯船にお湯をはっていただけます?」
「はい。分かりました」
シャルロットの楽しそうな声と、クオリアさんの落ち着いた声を聞きながら、俺はおおむねの状況を理解していた。
つまり、女性2人で我が家の風呂が問題なく使えるか確かめているのだ。
女性2人で……。
俺だって一応女子なんだけどなぁ。別に混ざってもよくないのかなぁ。
そう思い立ち上がろうとしたところで、リビングにクオリアさんが姿を現した。
お尻が途中で止まる。
「……リュウカ様。もしかして混ざってもいいかと思ってなんていませんよね」
「あ、当たり前じゃないですか。やだなぁもう」
まるでこちらの行動を見ていたかのように的確なクオリアさんの言葉に、俺は冷や汗をかきながら浮かせたお尻を下ろす。
「やはり思っていたんですね」
「いやいや、だからそんなこと―――」
「普段のリュウカ様であればむしろそこは否定しないかと思います。私も女なのだから別にいいだろと強気でこられますよね」
「ま、まぁ」
「なにか心にやましい気持ちがなければそんな粛々な態度になりません……嘘は苦手のようですね。ふふっ」
「うぅ……」
なにも言えません。
目を伏せた俺を見てクオリアさんは先ほど座っていた椅子に座り直した。
「まぁ、やましい気持ちがあろうとなかろうと今湯船に近づくのはやめておいた方がいいでしょう」
「なんで……?」
「シャルロットさんが入浴中です」
シャルロットが入浴だと!?
俺の体に生気が戻ったところで、すぐさま対面から冷たい視線を感じ、体の力を抜いた。
「別に行っても構いませんよ」
「やめときます」
「そうしていただけると助かります。私も知り合いに犯罪者が出るのは困りますから」
クオリアさんはさらっと言ってのけるが、つまりは今行けば俺は犯罪者に仕立て上げられたということだ。
恐ろしい恐ろしい。ほんと、優しくないよなこの人。
シャルロットにはあんなにも優しいのに。
俺が口をとがらせてクオリアさんを見ていると、そのクオリアさんは表情を少し変えて俺に目を合わせてきた。
「少しだけ確認させてはいただけませんか?」
「なんです? 改まって」
「いえ、シャルロットさんの前では難しいかと思いまして迷っていたのですが。ちょうどいいかと思いましてね……」
といいクオリアさんは一度風呂のある方を気にしながら、少し声のボリューム抑えて俺に問いかけてくる。
「リュウカ様、自分が転生者であることシャルロットさんに言ってないのですか?」
「はぁ、まぁ、そうですけど」
なぜそんなことを聞くのか、俺にはよく分からなかった。
しかし、俺の返答を聞いたクオリアさんはなにやら納得したように頷くと「分かりました」といい続けた。
「では、これから話すことはリュウカ様にだけお話します」
「は、はい」
俺はクオリアさんの言葉に居住まいを正す。
「ああ、別に特に重要なことではないので普通に聞いていてください。ちょっとした補足なので」
その言葉を聞いた瞬間に俺はピシッてしていた体を少しだけふにゃっとさせる。
いちいち反応の大きい俺にクオリアさんの顔に少しだけ笑みが宿る。こうなるとこの人は普段とのギャップでとても素敵に見えるからずるいと思う。
「ギルド会館の裏側のことは、ここに来る前にお話ししましたよね」
「ええっと、裏で全部の支部が繋がっているってことですか?」
「はい。それの補足といいますか、なぜそのような形式になったかという説明です」
「ギルドメンバーのためじゃないんですか? ていうか、クオリアさん自身がそう言ってたじゃないですか」
「ええ。ですがもう1つの理由は話してないですよね?」
そう言われ俺は数時間前の記憶を思い出す。
確かに、手続きの対応を受付でしたとき、なにかを言おうとしてクオリアさんは言葉を詰まらせていた場面がある。
あのときまたの機会にと言っていたが、俺と2人になった今がその時らしい。
するとおのずと理由も分かってくる。
俺は自分を指さした。
クオリアさんが頷く。
「あの時に言わなくて正解でしたね。言っていればシャルロットさんの常識を覆してしまっていたかもしれませんから」
「ですね」
俺もほっと一息つく。
どうやらクオリアさんが気にしていたのは俺とシャルロットの距離らしい。それを会館でとさっきまでの間で図っていたのだろう。
そして俺がシャルロットに自分のことを秘密にしていると分かると、シャルロットをお風呂に行かせ2人の状況を作った……だぶんだけど。
あとは普通に話せばいい。声の大きさを気をつければシャルロットには聞こえない。お風呂の壁が厚いのはすでに確認済みだ。
なぜ確認したのかは聞かないでほしい。ヒントは音だとだけ言っておく。
「ということで改めて言いますが、ギルド会館が裏で全ての支部と繋がっているその理由は、リュウカ様のような転生者のためという部分がほとんどを占めております」
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