第120話 転生者に対するギルド側の対応の仕方

「ほとんど?」

「はい。ほとんどです」

「ええっと……一部分だけってわけではなく?」

「違います。ほとんどです」


 俺はクオリアさんの言葉に首をかしげた。

 ギルド会館はすべてがギルドメンバーのためになっているのはよく分かる。大陸全体を渡り歩く可能性のあるギルドメンバーのために、どの街に行っても戸惑わないように会館の内装全てを同じにした。

 それと同じ理由で、職員の行き来を自由にできるようにしたのかと思っていた。

 しかし、クオリアさんはそれを否定し、ほぼ全ては俺のような別の世界から来た人間のためになっていると言う。


「それはどうして」

「どうしてといえば簡単な話です。リュウカ様のような転生者はいわば、この世界を選んでくださったお客様となります。大事なお客様には快適に過ごしていただきたい。そう思うのは当然のことでしょ」

「確かにそうですけど。だからってそれがギルド会館がつながっている意味とどういう関係があるんですか? 正直、毎日入るお金でもう十分というか……わざわざ裏側でつながる意味が……」

「リュウカ様。よく考えてみてください。あなたのような人が世間に知られた場合、世界はどうなります? 十中八九混乱するでしょうね。そして最悪の場合は転生者が危険にさらされる」

「それは……」


 否定はできないだろう。

 何度も言ってきたことだが、圧倒的な強さを持っている人は周りから妬まれる。しかもそれが日頃何もしてないように見えたらなおさらだ。

 もちろん、だいたいそういった人は裏で誰にもわからない努力をしている。だが、一部に存在する天才。何もしなくてもすぐに何でもできてしまう。そんな輩が少なからずはいるのだ。

 そして大陸ロンダニウスにおいてその天才という括りに入る人の割合は、地球よりも多い……気がする。

 圧倒的な強さで魔物を倒していく人。誰にも想像できないような身体能力を持ち、他の追随を許さない奴が。そんな奴がこの世界には多い。

 しかも、そのほとんどがどんな戦闘をしたところで必ず生きて帰ってくるのだ。

 まるで人じゃない。ゲームで言えばチート。反則のような強さと強靭な体をもった人がこの世界には溢れている。

 天才とよばれる人たち。しかし、その正体は別の世界から来た人間。転生者だ。

 強靭な体もチートのような強さも、全ては恩恵によって与えられているだけにすぎず、本人の実力かと言われればまったく違う。

 なのにこの世界では転生者への感謝を込めて、なにからなにまで無償で与えてくれる。特に金銭面でも援助はえげつないものがある。

 なにもしていなくても毎日5万も手元にきて、いざギルドメンバーとして依頼をこなそうものなら、は他のギルドメンバーよりもより早くよりいい成果をあげることが出来る。

 恩恵に種類があるのかどうかも知らないし、転生者全員がギルドメンバーになるとは限らないので、決めつけて言うことはできないが、それでも転生者の待遇はロンダニウスに限って言えばおかしい。

 俺だったらさすが評価ランキング1位の世界だなと思うだけだが、それをロンダニウスで生まれロンダニウスで育た人が聞けばどう思うか。

 深く考えなくても分かる。

 俺が得心が言った顔をしていたのか、クオリアさんが無言でうなずく。


「妬み、差別感、自分たちが特別じゃないという不快感。それら起こり得る全ての負の感情からギルドメンバーになった転生者の方を守る。それもまた我々ギルド会館の職員の仕事です。そしてそのためにギルド側で作ったものが、ギルド会館支部全てを魔法でつなぎ、職員の行き来を可能にするということ」

「それが守るとどう関係するんです」

「簡単に言ってしまえば、対応する職員の固定ですね」

「固定?」

「はい。転生者の情報というのは我々にとっては一番大切にしなければいけない情報です。外に漏れてはいけませんし、他言無用。しかし、職員はその方が転生者だということもしっかりと把握していないといけません。そのために転生者の方がもしギルド会館に来られ、ギルドメンバーになる手続きをされた場合は、即座に支部長に報告、諸々の説明をされた後に、支部長によって職員全体に伝わります。リュウカ様も身に覚えはありますでしょ」


 俺は頷く。

 確かにクオリアさんの言う通り、あの時もすぐにヘイバーン支部長のところに案内された。

 そしてこの世界の仕組みを簡単にだが教えられたのを覚えている。

 クオリアさんの説明によると、その後にクオリアさん以外の職員に俺の正体が伝わったということになるのだろう。


「でも固定するメリットはなんです? 別に職員全員が知っていれば問題ないような気もするんですけど……」

「確かにそうですが、いわば世話役とでも言いましょうか。その転生者の方がこの世界のことをどこまで知り、どこまでを知らないのかを把握し、的確に教えていく必要があります」

「それは違和感をなくすため?」

「はい。成人、もしくはそれなりに大人に近づきつつある人間が、ストレージも持たずに、なおかつ買い物のときの金銭感覚がおかしく、支払い方法が分からないとなった場合。それを見た人々はどう思います?」

「変、ですね」


 まぁ俺の場合はそこを『お嬢様』という設定で乗り越えたんだけど。

 普通だったら早々上手くいかない。だいたい、俺だってミルフィさんには看破された。ミルフィさんが転生者を知っていたというものあるが、俺の行動が軽率すぎたのが原因だ。

 そういったことを極力減らすのが担当職員の仕事。全ては元々この世界に生まれた人に違和感を与えないために。確かに世話役だ。


「なるほどです。よく分かりました」

「ありがとうございます……とはいってもさすがにこの世界に来たばかりの転生者は私たちギルド側も把握できないですし、職員の人数にも限りはあります。よって我々職員がサポートするのはギルド会館に訪れ、ギルドメンバーとなると言った方のみとなっています」


 クオリアさんは声音を少しだけ軽くして、最後にそう付け足した。


「でしょうね。転生者全員の把握なんて無理ですもんね」

「いえ、転生者がこの世界にどれだけいるのか。それは分かります。その後のサポートをするのがギルドメンバーになった方だけというだけで」

「いやいや、嘘言っちゃあ」

「嘘ではありません。ギルド側は転生者のほとんどすべてを把握しています。もちろん100%とは言い切れませんが、99.9%はその存在を把握できます」


 俺の否定に対してクオリアさんは揺るぎない口調で言う。


「どうしてそう言いきれるんですか?」

「質問に質問で返しては失礼でしょうが、この世界に一番必要なものがなにか、リュウカ様は分かります?」


 クオリアさんの突然の問いに俺は少しだけ考える時間をつくる。

 そしてすぐに1つのものへとたどり着いた。


「ストレージですか」

「正解です」


 クオリアさんが自分のストレージを体から取り出し、机の上に置く。


「大陸ロンダニウスでは物の所有、金銭の管理、譲渡や商品の購入。それら全てをストレージ1つで行います。これがなければまず生活すらできません。よって、転生者の方はおのずとストレージ確保が一番最初の目的になります。そしてストレージというのはギルド会館でしか発行できません。これはギルドメンバーだろうと、一般の方だろうと関係ありません。そのため、必然的に身元保証のために魔法を使い、その正体が分かるということです」


 俺はその説明に頷くしかない。

 クオリアさんは俺が頷いたことに満足したのか机の上のストレージを手に持つと、体の中にしまった。


「お分かりいただけましたか」

「ええまぁ、しっかりと分かりました」

「ありがとうございます」

「ちなみに担当はどうやって決まるんです?」

「最初にその方の身元を調べた人……リュウカ様で言えば私となります」


 クオリアさんは自分の胸に手を当てる。

 眼鏡の奥の瞳が俺の顔をばっちりと捉えていた。


「つまり、リュウカ様はどこの街のどのギルド会館にいっても、諸々の手続きの場合私が承るという仕組みになっています。今回の様に」

「じゃあ、俺が受付に行くたびにクオリアさんがいたのは」

「偶然ではありませんよ」


 はっきりとそういって、クオリアさんはなぜか口元をあげた。

 笑ったというよりも、意地悪なお姉さんといった印象を受ける。

 この人、わざと今まで言ってなかったな。


「……意地悪ですね」

「お忘れですか? あなたが初対面の私にしたこと。私、結構根に持つタイプですから」

「それはもうよく分かっていますよ」


 じゃなかったら、ここまで守られる側の転生者に対して意地悪な態度を取らないだろう。クオリアさん真面目そうだし。

 俺は机の上に項垂れるように体を突っ伏した。

 担当とかあるならもっと良好な関係を築いておくべきだったかな。

 俺がジト目でクオリアさんを見ていると、クオリアさんの方はクスッと笑う。


「安心してください。肝心なところはしっかりとサポートいたしますから」

「別にそこの心配はしてませんよ。ただ、もっと普通に接してればよかったかなと思って」

「へぇ。では興味本位でお聞きしますが、その普通とはどういった感じになられるんですか」

「それ言われて普通になれるわけないじゃないですか。なれたら後悔した段階で変えてます」

「それもそうですね。まぁ、私は知ってますけど」

「は……?」

「少なくとも私に対する態度と、シャルロットさんに対する態度はまるで違いましたから。きっとシャルロットさんと接しているリュウカ様の態度が普通に近いのでしょうね。違いますか?」

「ちが……わないけど」

「もし私がいなくシャルロットさんがお風呂に入ったら、リュウカ様はどうしました? 私の予想では興奮はするものの、混ざろうとまではいかないのではないでしょうか?」

「う……」


 クオリアさんの的確な指摘に、俺はなにも言えなくなる。

 実際、シャルロットと2人だけだったらたぶん椅子から立ち上がろうともしなかっただろう。覗くとか混ざるとかという思考にならない。

 シャルロットはなんというかそういう感じじゃないのだ。

 守ってあげたいというか、こう、邪な感情をぶつけるには彼女は純粋すぎる。大事に大事にしたい。シャルロットの体質のこともあるし、よりそういった気持ちの方が強くなる。

 とはいっても俺も男なので、ドキドキはする。そこは仕方ない。


「リュウカ様にとってシャルロットさんはどこか守るべき存在。それこそ妹のような感じなのですね」

「そう、なのかな。一応本当のお姉さんには私に任せてくださいなんて言っちゃったし」

「男らしいです」

「女ですよ。私は」

「体はですよね。でも心は男の子ですよ。しっかりと」


 男、男ねぇ。

 それはかっこいいという意味で言っているのか。はたまたどうなのか。


「……クオリアさん」


 俺は突っ伏していた体をあげると、クオリアさんを見つめた。


「はい?」

「とりあえずなんですけど、その俺の名前を呼ぶ時の様付け、やめてくれませんか? ずっと引っかかってはいたんですけど言うタイミングがなくて」

「無理です。そういう決まりですから」

「俺だけ様付けはおかしいでしょ。これじゃあ他の人はよくてもシャルロットにはばれます。なのでさん付けにしてください。転生者からのお願いです」

「……分かりました。リュウカさん」

「ありがとうございます。あと、クオリアさんが担当している転生者って俺含めて何人います?」

「それを知ってどうするのです」

「いえ、なんとなく気になってだけです。別に言えないなら言わなくてもいいですよ」

「……リュウカさん1人です」

「本当です?」

「本当です。悪いですか?」

「いやそんな。へぇ、私が、ふーん」

「なんです。なんだか嫌な感じがするんですけど」

「じゃああれですね。クオリアさんの初めては俺が―――」


 ガツンッ。

 鈍い音と共にクオリアさんの掌底が俺の頭にクリーンヒットした。

 痛いどころじゃない。マジで割れるかと思った。涙目になりながら頭をおさえる。


「ちょっと何するんですか!? まだなにも」

「いえすみません。なんだかそれ以上は口にさせてはいけないという直感が働きまして」

「だからってここまでしなくても……!!」


 俺が頭をおさえて痛さに顔を歪めていると、対面のクオリアさんはため息をこぼした。

 呆れたような雰囲気はビシバシ伝わってくる。

 ちょっとは労わってくれよ……。


「はぁ。やはりリュウカさんは男の子ですね。せっかく褒めていたというのに」

「うぅ。痛い……理不尽な」

「どうしてあなたという人は最後の最後でこうなってしまうのですか。あのまま大人しくしていればかっこよかったというのに」

「男だって思い出させたのはクオリアさんです」

「あれは……言わなくても分かったでしょう」

「さぁどうでしょうね。俺、鈍感なんですよ」

「嘘つきなさい。誰だってあの流れで褒めていることぐらい分かります。それをわざわざ自分から……はぁ……」


 クオリアさんは額に手を当て、本当に呆れた目で俺を見つめてくる。


「どうしました? 具合悪いんですか? だったら泊まっていきましょうよ。私が体の隅々まで看病」

「もうそのやり取りはしました。それに本当に具合が悪ければシャルロットさんに頼みます。リュウカさんには一切部屋にも踏み込ませません」

「なに言ってるんですか。シャルロットはめちゃくちゃ優しいんですから。そんな私を除け者にするようなことしませんよ」

「そうですか。だったら大人しく帰ることにします」


 そういってクオリアさんが立ち上がった。


「怒りました?」

「……まさか。これぐらいで怒りませんよ。あなたのその感じ、慣れましたから」

「ですよね」


 俺も続いて立ち上がる。

 我が家の玄関まで見送りだ。紳士たるものそれぐらいしないとね。

 ほら、俺、男の子だから。

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