第121話 担当職員のありがたいお言葉

「送っていきましょうか?」


 玄関から外に出たクオリアさんに、俺は見送るついでにそんな提案をしてみる。

 俺とシャルロットがギルド会館に向かったときにはすでに日は完全に落ちていた。それから諸々の説明をうけ、今に至るまで結構な時間を使っている。

 時計がないから分からないが、ずいぶんと遅い時間になってしまっているはずだ。

 たとえ観光名所のナイルーンとはいえ、こんな遅い時間に女性を1人で帰らすなんて、リュウカの男の部分が許さない。

 ましてやこれからいろいろお世話にならざるを得ない相手なら、より一層大切にするべきだ。

 そう思っての提案だったが、クオリアさんはこちらを振り返ると、常に冷静な顔をそのままにして、抑揚ない声で答えた。


「必要ありません。その心遣いだけで十分です」

「でも……」

「リュウカ様……失礼しました。リュウカさんに送ってもらうほど私は気弱ではありません。これでも荒くれ物の多いギルド会館アイリスタ支部の職員です。ちょっとやそっとの相手には屈しませんよ」

「それはまぁ分かりますけど……」

「女性を1人で帰らすのは気が引けますか」

「はい」


 俺が迷わずそう言うと、クオリアさんはまたしても呆れ、ため息をもらした。


「リュウカさん。あなたはよっぽどのお人よしのようですね。優しいのはいいことです」

「あ、ありがとうございます?」

「違います。呆れているのです。褒めていません」


 でしょうね。

 俺は心の中だけで毒づいた。


「優しいのは結構ですが、ちゃんと守るべき順番を見誤らないでください」


 クオリアさんは真剣な目で俺を―――いや、その後ろの扉を見つめていた。


「こういってはリュウカさんはきっと不快に思われるでしょうがあえて言わせていただきます」

「は、はい」

「あなたと一緒にパーティーを組んでいるシャルロットさんは悪魔憑きです。常に、毎日のように、生きている限り、悪魔的不運に見舞われる。今はなぜだかその効力もあまり発揮されていないように感じますが、この時間にお風呂に入っているシャルロットさんを1人にして、リュウカさんが私を送っていったとしたら、はたしてシャルロットさんは無事で済むでしょうか」

「それは」

「高い確率で何かが起こります。特に、この家の周りでは詐欺が横行している。悪魔憑きは誰にも予想できないほどの不運を呼び寄せます。詐欺にあうだけですめばいいのですが、最悪の場合」


 クオリアさんは続きをあえて言わなかった。

 言う必要がないと思ったからだろう。

 実際、それだけでクオリアさんがなにを言いたいのか、俺にもしっかりと伝わってくる。

 最悪の場合『死ぬ』

 シャルロットには常にそれが付きまとう。寝ていようと、お風呂に入っていようと、場所や時間なんて関係ない。想像がつかないほどのなにかが起こってしまう。悪魔憑きとはそういうものだ。

 でも、だからこそ、俺もそれに対して真剣に答える。


「シャルロットは死にませんよ。悪魔憑きじゃないので」

「それはリュウカさんの勝手な思い込みです。たとえあなたがどう思われようとシャルロットさんは悪魔憑き。これは大陸の決まりです」

「大陸の決まりだろうと、私には関係ありません。元々別なんですから。私は私の意思でシャルロットが悪魔憑きじゃないと思っています。だから死にません。最悪の場合なんて起こりません」


 俺はまっすぐな視線をクオリアさんにぶつける。

 揺るぐことはない。シャルロットは悪魔憑きじゃない。幸運の女神だ。たとえどんな不運が起ころうと絶対になんとかなる。そんな幸運を持った、ちょっとケモミミが生えた女の子だ。

 

「……そうですか。すみません。怒らせるようなことを言ってしまい」

「いいですよ。前置きしてくれたじゃないですか。それに怒ってませんし」

「ではなぜそこまではっきりと?」

「そう思ってるからです。シャルロットは悪魔憑きじゃない。絶対にね」


 そういって俺は笑った。

 怒ってないと信じてもらうためと、俺たちはそういう関係で成り立っているとクオリアさんに分かってもらうために。

 クオリアさんはしばらく俺の笑顔を見た後、その表情を変えた。柔和な笑顔が凛とした顔に暖かみを与える。


「分かりました。シャルロットさんは悪魔憑きじゃない。リュウカさんが本気でそう思われるなら、担当職員の私もそう思っておきます」

「そうですか。だったら」

「ではなおさら私を送るなどとは言ってほしくありませんね」

「へ?」

「リュウカさんは仮にも男性でしょ? 女性を1人で帰らせない程度には紳士的な、ですけど」

「褒めてます?」

「もちろん」


 嘘だ。完全にけなしてるこの人。

 さっきみせていた柔和な笑顔がどこかにいき、意地悪なお姉さんの顔に戻っていた。


「そんな紳士的なリュウカさんが、悪魔憑きでもない、華奢きゃしゃで可憐な女の子を1人にするわけないですよね。シャルロットさんは鍵もなんにも持ってないんですよ?」

「う……」

「分かったのなら、私を送っていこうなどと言わないでください。私、言いましたよね。守る順番を見誤らないでほしいと。私が仮にも一緒に行動を共にするパーティーメンバーだったのならともかく、そうでもないただのギルド職員と、苦楽を共にするパーティーメンバーとを一緒に考えてはいけません」


 クオリアさんの目は真剣なものだった。

 言葉はきつく、抑揚のない事務的な声に聞こえるが、その奥には俺とシャルロットへの愛情にも似たなにかを感じる。

 大陸ロンダニウスで生きてきた先輩としての、転生者を見守り助ける担当職員としての言葉を、俺は聞く。


「言ったのでしょ。アーシャさんに。シャルロットさんを私に任せてくださいと。だったらなにがなんでもシャルロットさんのことを一番に考えなさい。それがあなたとアーシャさんの約束でもあり、シャルロットさんを助ける一番の方法です」

「クオリアさん……」

「誰にでも優しい男の子より、なにがなんでも約束を守る男の子の方が私は、好きですよ」

「……はい!」


 クオリアさんの言葉に俺は強く心打たれた。

 というか、この人カッコ良すぎだろ。なんだこれ。やばい惚れる。

 アーシャさんとも違うカッコよさをクオリアさんは持っている。

 今後この人のことはクオねぇと呼ぼう。


「ありがとうございますクオ姉! 大好きです!」

「なっ―――クオ姉とは何ですか!? やめてください気持ち悪い」

「気持ち悪いとはひどい! 純粋に尊敬しているだけなのに!」

「それが気持ち悪いと言っているんです」

「そんなぁ」

「……まったく。あなたという人はやっぱり最後はこうなるのですね。はぁ」


 クオ姉はため息をこぼすと、頭をおさえながら俺を見つめた。


「さぞ疲れたでしょうね。元の世界のご友人は」

「そうですか? 別にそうでもないと思いますけどね。これでも一応幼馴染もいたんですよ。クール美人。クオ姉ほどじゃないですけど。モテてたんですよねその子。お互い名前で呼び合うぐらい仲良かったんですからね」


 腐れ縁だけど。

 最後は心の中で付け足した。

 じゃないと自慢にならない。このまま呆れられて終わるぐらいだったら自慢の1つもしてやる。

 まぁ、あいつが俺にとっての自慢っていうのが癪だが。それ意外思いつかないのだから仕方ない。

 今の俺みたいな彼女でもいればよかったんだけどな。


「へぇ。嘘みたいな話ですね。男のあなたにそんな美人な友人がいたなんて。参考までにその付き合いのいい、とても優しい女の子の名前でも聞いておきましょうか」

「いやいや言うわけないじゃないですか。シャルロットに聞こえたら」

「いまさらそんな心配不要ですよ。これだけ転生者だの本当は男の子だのと言ってるんですから。それにお風呂に私たちの声は聞こえません」

「分かんないじゃないですか。もしかしたらって可能性も」

「ありませんよ。お風呂の壁には音を遮断する魔法がかけられています。発動のトリガーはドアですが、そのドアが開いていない今、シャルロットさんの声も私たちの声も互いに壁の魔法によって無音となるんですからね」

「初耳ですよそれ」

「言ってないですからね」

「なんで?」

「言う必要がないと判断しました。なにやらご自分でお確かめになっていたので。てっきり知っているものかと」

「あーあれは……」


 俺は明後日の方を向いてごまかした。

 というか、じゃあ俺が1人待機してるときに聞こえてきたシャルロットとクオリアさんのお風呂での会話。あれはドアが開いてたから聞こえたってことか。しかし、なぜにドアを……まぁ今はいいか。

 名前ね。聞かれるなんて思わなかったけど、別に構わないかな。どうせクオリアさんには全部ばれてるんだから。

 俺は少しだけ風呂の扉が開かないか注意した後、口を開いた。


「桐沢雫。桐沢雫ですよ。その子の名前」

「……なるほど。雫さんですか。分かりました」

「分かったってなにが」

「嘘ではないことがです。桐沢雫……驚きましたね」

「なに1人で納得してるんですかクオ姉」

「―――やめてくださいと言いましたよねリュウカさん。その呼び方」

「いや、別にいいじゃないですか。かわいいですよ。クオリアさんにあってて」

「そういう意味で言っているのではありません。不快ですので即刻やめてください」

「えぇーどうしよっかなー?」


 適当な返しで流していると、どぎつい睨みが俺の前から発せられた。

 相当嫌らしい。

 これは怖い。


「わ、分かりましたってクオリアさん。だからそんな怒んないで。マジでその顔、雫の怒ったときの顔に似てて結構きついんですから」

「だったら怒らせるような真似はしないでください」

「はい……」


 俺がシュンとなると、クオリアさんは勝ち誇った顔でにこやかに笑った。

 クオリアさんはこういう時だけいきいきとした顔をする。

 ムカつくけどかわいいので許す。


「それでは私は帰ります。くれぐれもシャルロットさんに変なことはしないでくださいね」

「分かってますって」

「おやすみなさい―――拓馬さん」

「っ―――お、おやすみクオリアさん」


 俺は離れていくクオリアさんの背中に手を振りながら、びっくりしている自分の心を落ち着かせた。

 いつぶりだろうか。拓馬と呼ばれたのは。リュウカリュウカとばかり呼ばれてちょっとドキッとしちゃっただろ。

 ていうかそもそも―――「俺、本名言ったっけ?」

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