第117話 家持になりました
「ナイルーンはどうですか? アイリスタと比べて」
ギルド会館から出てしばらくナイルーンの街を歩いていると、前を歩くお姉さんが親し気に後ろの俺たちに話しかけてくる。
声音は少し柔らかく、会館で感じていた鋭い空気は身を潜めている感じだ。
だからだろうか。俺よりも先にシャルロットがお姉さんに対して反応を示した。
「きれいですね。なんというか……さわやかで過ごしやすいです」
「だと思います。私も職員として全ての街を訪れたことがありますが、正直ここナイルーンが一番だと思っていますから。食事も美味しく人柄もどこか開放的な気がします」
「海が近いからでしょうか?」
「その影響もあるでしょうね。ナイルーンはその街並みや景観から訪れる方も多いですが、街の雰囲気が気に入りそのまま移住なされる方もたくさんいる街として有名です」
「じゃあ家を買えたことはラッキー?」
「ふふ。どうでしょうかね」
俺の質問にお姉さんが不安をあおるような呟きを返す。
しかしすぐにまたもやふふっと笑い、横目でこちらの様子を見てくる。
なんだか楽しそうなのは気のせいだろうか。
「ごめんなさい。どうもリュウカ様を見るとからかってしまいます」
「別にいいですよ。今更なので」
「実際幸運だとは思いますよ。街の中心地から離れているとはいえ、あの家は立地的に素晴らしい場所にあります。海も近く崖上ということで水平線まで一望できます。さらに言えば街から離れているだけあり、ナイルーン名物の白い街並みも見れますからね。これはあの家の特権でしょう」
迷いない口調でお姉さんはあの家をほめちぎる。
最初からそう言えばいいのに意地の悪い人だ。
俺がそう思いジト目で見ていると、どうもシャルロットはお姉さんの言葉に疑問を覚えたようで首をかしげながら不安そうな声を上げる。
「そこまでいいのにどうして何年も残っていたのでしょうか……」
……確かにそうだ。あの家の場所は素人が見ても立地条件が完璧。
街に訪れそのまま街に魅了されて住もうと思えば、あの家なら候補に挙がりそうなもの。それこそもう買い手が見つかっていておかしくもない。
俺もシャルロットと同様、なぜかという目でお姉さんを見た。
するとお姉さんはまるでその質問が来ることを分かっていたかのように、すぐに疑問に対する答えをくれた。
「詐欺被害が横行していたのです」
「あ……」
身に覚えのある単語に自然と口から声がもれた。
「どうやらその感じを見るにリュウカ様も被害にあわれたようですね」
「まぁその」
「あそこは街外れとしてあまり人目につきにくいですからね。元々ナイルーンに住んでいる方はまず行きません。来るとすれば街に来たばかりの旅行者かギルドメンバー。そんな方達を狙った詐欺がよく報告されていたのですよ」
「なるほど確かに。そうですね」
住民だったらあんな場所に来る意味がない。
そうなると必然的に通るのはナイルーンにまだあまり馴染めていない人となる。
観光地として有名なら気分も最高だろう。
困っている人を見れば助けてしまうかもしれない。そんな気持ちを利用した犯行があの家の周りで横行していた。
こういってはあれだが上手い手口だと思う……さすがは俺をはめただけはあるな。うん。
「手口としては単純明快です。家の住人だと装い、悲劇のヒロインを演じ同情をかいお金を不正に入手する」
「詐欺に気づくのはその後。まさかあの家が空き家だなんて気づけない。だから貼り紙にも目がいかずに残っていた」
「そんなところですね。自分の家の近くで詐欺被害が横行しているなんて嫌ですしね。売れ残ってしまうのも仕方がありません」
「売れ残り……」
シャルロットが復唱するように呟く。
声が沈んでいるのは気のせいじゃないだろう。
「まぁとは言っても、家自体は何の問題もありません。貼り紙に気づきこうして家を手に入れたのは幸運ですよ。シャルロットさんが気にする必要はありません」
「……ありがとうございます。気を使っていただいて」
「構いません。私たち職員はなにがあろうとギルドメンバーの方の味方です。そこに耳など関係ありません。ギルドメンバーになれた時点ですでにシャルロットさんはそれだけの信用を勝ち取っているということです」
「はい……!」
お姉さんの言葉でシャルロットの顔が上がる。
フードの耳もピコピコと動き嬉しそうだ。
華やかな笑顔を俺に向けてくる。
「いい方ですね」
「私意外にだけどね」
「そうですか? 私にはリュウカさんにも優しいような気がします」
「いやたぶんそれはないかな……」
俺は苦笑いを浮かべお姉さんの背中を追う。
セクハラした事実は覆らない。ミスったかなぁ。調子に乗り過ぎた部分はあるかもしれない。
美少女になった自分に慣れてきた今、振り返るとあのときテンションが高すぎたのは確実だ。だがまぁ、後悔はしていなのでいいか。
それから俺たちは街から離れていき、崖上にある木造2階建ての一軒家に到達した。
お姉さんが足を止める。
「着きました。ここで間違いありませんね」
「はい」
代表に俺が返事をする。シャルロットも隣でうなずく。
「分かりました。では中に入りましょう」
そう言ってお姉さんはどこからともなく出てきた鍵を持つと、貼り紙が張られている1階の扉を開けた。
俺とシャルロットも続く。
家に入ってすぐ木の独特の匂いが漂ってくる。
懐かしくもある匂いに俺の気持ちは自然と落ち着く。
「先ほども言ったように家の状態は問題ありません。会館がしっかりと保持していますから。埃もなければ家具なども前住んでいた方が置いていったので、そのままご使用になれます」
「じゃあなにかそろえる必要もないということですね。今日すぐにでも普通に家として機能すると」
「はい。こだわりがなければ」
「私は大丈夫だけど」
「私もいいですよ。屋根があるだけマシです」
シャルロットが当たり前のように顔を変えずにそう言う。
たくましいことこの上ない。
お姉さんもシャルロットの事情を知っているからか、どこか優しい目でシャルロットのことを見つめていた。
「では少し家の中を案内させていただきます。どちらか壁に手をつき光魔法を使っていただけませんか」
「光魔法……?」
「分かりました」
俺が聞きなれないことに困惑していると、シャルロットがすぐにお姉さんの意図を理解し、近くの壁に手をつき魔法を使った。
すると、見る見るうちに家に光が回る。
家の内装がよく分かるぐらいにまでなった。
「この家では照明器具の類はありません。壁に光魔法を使い家に明かりをともす仕組みになっています」
「へぇ。すごいね。こんな家初めてだ」
「え? リュウカさん初めてなんですか?」
「え? 何か変だった?」
「いえその……」
俺とシャルロットの間に変な間が生じる。
すかさずお姉さんが俺に耳打ちしてきた。
「この世界ではこういった家がごく一般的なのです」
「うそ?」
「本当ですよ」
「でも宿屋じゃ……」
「あれは特別です。戦いにつかれた方や、道中で疲労困憊の方に、余分な魔力を使わせるわけにはいかないとした配慮でして」
こんな家初めての方がおかしいというわけか。
通りでシャルロットが意外そうな顔をするわけだ。
俺はすかさず、今思い出したかのような言葉をあげる。
「い、いやぁ。ついうっかり忘れてたよ。そうだったよね。うん。そういえばこんな感じだったな」
「そうだったんですね。びっくりしましたよ。初めてなんて」
「うんうん。ごめんね」
といいながら俺はホッと胸をなで下ろした。
危ない危ない。ここは魔法ありきの世界だったことすっかり忘れてたよ。電気ガス水道、いわゆる日本では当たり前のライフラインはたぶん全て魔法で解決できる。
その証拠じゃないが、扉を入って左手にある、大きな机に4脚の椅子がセットされているリビングに行ったとき、お姉さんは同時に奥にあるキッチンに向かうとこう言った。
「説明しなくても大丈夫でしょうが一応、このコンロやシンクも火・水魔法で使えますので安心してください」
「はい」
俺としては驚きの多い説明だが、シャルロットは難なく返事を返す。
それだけ当たり前のことだということだ。
「ちなみに調理器具や食器の類もキッチンに常備されていますので、何の心配をありません」
お姉さんはそう言うが食器類がどこにあるのか俺にはさっぱり分からない。
だけど、照明の件もあり積極的に聞けない。俺が困っていると、お姉さんが俺の視線の意味を察し微笑む。そしてキッチンのシンクからどこからともなく皿や鍋が出てきた。
「キッチン自体がストレージのような役割もあります。無いと思われたものがあれば試しにキッチンに魔力を注いでみてください。ほとんどがあると思いますから」
「……ありがとうございます」
「いえいえ。サポートも私の仕事のうちですから」
優しく微笑むお姉さんを俺は今だけは女神の様に思えた。
その後、リビングを離れ玄関を入って右手、今とは逆の空間に向かうと、トイレとお風呂の紹介をしてくれる。トイレに関していえば地球でもおなじみ水洗トイレで、取っ手を引くと自動で魔力を吸い水が流れる仕組みとなっているらしい。
お風呂も湯船にシャワーとしっかりしており、それなりに大きく、同時に何人も入れるんじゃないかと思えるほどだ。まるでお金持ちの家の用に、大きな窓から海も一望できる仕様になっていた。
シャルロットが一番反応したのがこのお風呂だ。今まで人目を避け温泉なんかに行けなかったためにちょっとした憧れがあったという。
嬉しそうに耳がピョンピョン跳ねていたのはめちゃくちゃかわいかった。これで尻尾もあったらきっとぶんぶんと振っていたことだろう。
それを想像して頬を緩めていると、お姉さんから冷たい目線が送られてきた。
「リュウカ様?」
「誤解ですからね」
「どうでしょうか」
「本当です」
「分かりました。今はそういうことにしておきます」
そういうことって……。
お姉さんの冷たい視線を感じながら今度は階段をのぼり2階に行く。
部屋は2つ。どちらも寝室とのことで、ベットが置かれていた。本当にそのまま全部おいていったのが分かる。まるでショールームみたいに揃っていた。
というわけでお互いに別々の部屋を使うことに決め1階に降りる。
同じ部屋でもよかったが、今ここでそんなこと言えばお姉さんの誤解はもう誤解ではなく確信へと変わるのでやめておいた。
最後にリビングに戻り俺とシャルロットが隣同士に椅子に腰かけ、お姉さんが対面に座る。
諸々の説明を受けると、鍵を手渡され一連の手続きは終了した。
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