第132話 仲良くしましょう

 市場までの道のり。おそらくシャルロットの耳が原因で起こる数々のトラブルを、クオリアさんの的確な魔法とシャルロットの驚くほどの被弾率をもってして、なんとかくぐり抜けた俺たちは、目の前に見えてきた屋台風の商店を見て同時にため息をこぼした。

 最初の方は涼しい顔をしていたクオリアさんもすっかりお疲れ気味だ。シャルロットもまた肩で息をしている。きっと両者とも魔法の使い過ぎだ。クオリアさんは起こるトラブルに対して適した魔法を小規模に発生させていたし、シャルロットは汚れてしまった衣類のリカバリーに相当量の魔力を使っている。

 シャルロットが自虐的に言った言葉があながち間違っていなかったということだ。リカバリーのみでシャルロットの魔力は無くなる寸前にまでいっている……と思う。

 実際は魔力なんて見えないので様子を見ての憶測でしかないが、だいたいはあっているはずだ。

 クオリアさんがストレージからエナドリならぬ魔力補給用の缶をシャルロットに渡す。


「あ、ありがとうございます」

「いえ……シャルロットさん。その、大変ですね」

「あはははは。まぁ、慣れてますから。それよりもクオリアさんは飲まないんですか? 私と似た感じでお疲れに見えるんですけど」

「私は大丈夫です。魔力切れと言うよりも少しばかり油断していただけですから」


 そういうクオリアさんの視線はシャルロットのフードに注がれていた。

 シャルロットもクオリアさんの視線の意図に気が付いたのか苦笑いをして返す。


「あ……すみません。そんなつもりでは」

「いいんです。それも慣れてますから」


 シャルロットの言葉にクオリアさんは少しだけ表情を曇らせる。

 今の慣れていますからはさっきとは違う意味が含まれていた。その違いにクオリアさんが気づかないわけはない。

 お互いに無言のまま気まずい雰囲気が流れるなか、沈黙はシャルロットの方から破られた。


「クオリアさんがそう言った意図で私のことを見ていないことは分かっていますから」

「ふふ。ありがとうございます」

「だからってわけじゃないですけど……」


 シャルロットの視線が動く。

 その先には俺の姿があった。

 急に向けられてキョトンとしてしまう。


「リュウカさんにも優しくしてあげてくれませんか?」


 なんということか。シャルロットは天使のような微笑みでクオリアさんにそんな提案をした。

 どうしよう。抱きしめてあげたい。

 さすがのクオリアさんでもこの天使の微笑みで懇願されては断りずらいだろう。これにて俺への理不尽な態度の数々が半減されるはずだ。

 しかし、


「お断りします」


 クオリアさんは天使の微笑みに対して素晴らしく綺麗な微笑みで断った。

 迷いなんて一切ない。


「なんで!?」


 俺の空しい声だけが木霊する。


「シャルロットさんに優しくするのは当然としてもリュウカさんにだけは嫌ですね」

「ひどくないですか!?」

「ひどいもなにもあなたにへりくだった態度を取ろうものなら、なにされるか分かったもんじゃない」


 クオリアさんは自分の体を自分で抱くようにして俺から体の正面をずらす。

 失敬な。俺がそんな変なことする奴と一緒にしてほしくない。確かにクオリアさんは美人だしじっとしてれば美しいお姉さんだけれども、俺には年上趣味はない。

 だいたい明らかにこの人20代だし。俺10代だよ。変なことなんて想像もしたことはないぞ。ちょーっと同性同士裸の付き合いをしようかと思っているだけで。

 俺がそんな思いでクオリアさんの肢体を見ていたら、物凄い形相で睨みつけられた。怖い……。


「何やら侮辱された気分です」

「な、なにを言いますか! 言いがかりもよしてください!!」

「その反応はやはり……」

「ち、違いますよ! 別に変なことなんて想像してませんからね! ちょーっと同じ女性として、担当するされる関係としてクオリアさんとはもっと親密に……」

「やはりしていましたね。いやらしい」

「しまっ……」


 ついさっき裸の付き合いを想像してしまい口を滑らせてしまった。

 ええい。こうなったらシャルロットに助けを求めるしかない。

 俺は素早くシャルロットに歩み寄るとその背中に隠れるようにしてクオリアさんを見る。


「シャルロット! 言ってやってよ。女同士であの人変な想像したよ! おかしいですって!」

「え、え」

「シャルロットさん! あんな人の言うこと信用してはダメですよ! あなたはまだ知らないだけでリュウカさんの中身は獣なんですからね!!」


 な、ななななな、なにを言い出すんですかねこの人は!?

 中身が獣とか。敏い子なら気づいちゃうんですけど!?

 え、なに、もしかして今、俺正体バラされてるの。クオリアさんに。ついでみたいな感じで。なにこれ悲しい……。

 どうしよう、これでこのままシャルロットが俺を直結厨の気持ち悪い奴だと思って離れていってしまったら俺は自殺するぞ。


『リュウカさん、サイテーですね』


 なんて冷めた目で見られてみろ……ドキドキするだろ。もちろん怖いという意味で。

 俺の心配をよそにシャルロットは俺とクオリアさんの発言のどちらが正しいのか判断がつかないように顔をきょろきょろさせている。

 そんな仕草もかわいい。なんてのんきなことを言っていられない。

 無言のまま火花を散らしてシャルロットの答えを待つ俺とクオリアさん。

 しばらくすると、シャルロットはスクッと立ち上がり俺とクオリアさんの視線を遮るように間に立った。

 審判が下されるとき。シャルロットの表情はフードに隠れて見えない。

 さぁどうなる。シャルロットはどちらの味方をするのか。

 結果は……


「お2人とも仲良くしてください! ここは公共の場ですよ!!」


 シャルロットの大きな声が辺りに響き渡る。

 結果シャルロットはどちらの味方にもならなかった。

 俺とクオリアさん。俺たちはシャルロットに叱られただけだ。

 うん。シャルロットさんマジ正論。


『ごめんなさい』


 この後2人そろって謝りました。

 シャルロットとこちらを見ていた市場の方々に。

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