第133話 リュウカさん戦力外です

「わぁ~~!!! すごい! すごいですよここ!! ザ・市場って感じがしてテンション上がります!!」


 俺とクオリアさんの不毛な争いを、シャルロットがこれでもかという正論で解決したあと、俺は疲れた様子の2人を置いて勝手にナイルーンの市場の中に直行していた。

 ある程度広い道の両脇に商店がずらりと並んでいる。バックにある白い街並みとは対照的にここでは様々な屋台風の店が行きかう人々の興味をそそっていた。

 肉や野菜、魚のような食量はもちろん、異世界特有の武器や防具、ローブの専門店などなにからなにまでそろい踏み。ファンタジー系のアニメやゲームで出てくる露店風景を想像してくれればオーケーだ。

 誰もが一度は憧れる異世界の活気ある市場。今、俺はそこに立っている。

 

「感動だ……」


 人の行きかう道の真ん中で俺は天を仰ぎ見た。

 ありがとう神様。もうほとんど出て来なくて忘れてたけど、あんたのおかげで俺のちょっとした夢がかなったよ。

 道のど真ん中で立ち止まった俺に対して、すれ違う人は見向きもしない。邪魔だとごつい男にどつかれることもなければ、子供に足を踏まれることもない。

 なんて治安のいい市場なのだろうか。

 だが、邪魔は邪魔である。俺の首根っこがつかまれた。そのまま道の端まで連れて来られる。


「リュウカさん。なにをしているんですか。急に動き出したかと思えば道の真ん中で立ち止まって。迷惑です」

「ご、ごめんなさい」

「まったく……」

「でも、本当に活気がありますね。びっくりしました」


 呆れ顔のクオリアさんと調子に乗って注意された子供の様な俺に、シャルロットはほとんど慣れたかのように笑顔で流すと、市場の雰囲気を見て感嘆とした声をあげた。

 クオリアさんも俺の首根っこを離すと、シャルロットと同じように市場の先まで見つめて応える。


「まぁ、ここは観光名所でもありますからね。人が絶えることはありません」

「ピークの時間はきっと過ぎているというのに、私の暮らしていた街とはまったく別物の風景です」

「へぇ、シャルロットの故郷にも市場あるんだ」

「はい。もっと小規模のものですけどありますよ。もしかしてリュウカさん……」

「うん。初めて見た」


 そう言った後にまずったかと思ったがそんな心配はいらなかった。

 シャルロットはいつもと変わらない表情で笑う。


「そうなんですか」

「仕方なんじゃないでしょうかね。アイリスタにもバルコンドにも市場なんてありませんから」


 クオリアさんの冷静な補足が入った。

 一瞬バルコンド?と思ったが、そういえば自分の設定が『バルコンド出身のお嬢様』だったことを思い出して口をつぐんだ。

 すっかり忘れていたが一応シャルロットの認識はそれで通っている。

 クオリアさんはしっかりとそこまで補足していた。

 さすがである。

 俺は内心で感心しつつ、シャルロットに怪しまれないように会話の流れのままクオリアさんに聞き返した。


「なんでなんですか?」

「バルコンドに関しては街がある場所に由来しています。草木も生えない山岳地帯ですから、これだけの露店を出すためのスペースがありませんし、そもそもそこまで人が多いわけではありませんから必要ないのです」

「あぁ……そうですねぇ」


 バルコンドのことはさっぱり分からないが一応それらしい反応はしておいた。

 クオリアさんはそんな俺を気にした風もなく続ける。


「アイリスタは、お2人も分かると思いますが、ギルドメンバーの街といっても過言ではありません。血の気の多い人たちが大勢いる街でこんな人が一か所に集まるようなことをしたら……十中八九トラブルが起きます」

「あぁ……」


 バルコンドはともかくこちらは簡単に想像できてしまった。

 しかも全員が地味にステータスが高いときている。なんと言ってもゲームでいうラスダン前の街なのだ。そんなところでトラブルなんて起きたら……俺はぶるっと身震いをする。

 

「最悪ですね」

「はい。ということでアイリスタではなにがあってもこういった1つの場所に、不特定多数の人が集まるようなことはしないという決まりになっています」

「賛成です」

「あはははは……」


 俺と同じようにシャルロットもなにかと想像してしまったようで、苦笑いを浮かべて渇いた笑いを出していた。


「まぁ、とはいってもここはナイルーンです。関係ありません。早く食料をゲットしましょう。私がこうしてお2人の買い物に付き合える時間にも限りがあります。早くしないと朝食が昼食になってしまいますよ」


 クオリアさんが歩き出す。

 まぁもうこの際、朝食兼昼食でも構わないのだが、どっちにしても今の俺たちには食材の調達が最優先だ。

 食べ物がなければ何も始まらない。魔力補給用ジュースでごまかされている空腹の虫がいつ泣き出すかも分からない。早いとこ買い物を済ませるのに俺もシャルロットも賛成だ。

 俺たちはお互いに頷き合うとクオリアさんの背中を追って市場へと繰り出した。


        **********


 しばらくクオリアさんの案内の元市場を歩きながら、俺たちは思い思いの買い物を済ませていった。

 残念なことに露店は数々の食材などがあるのだが、買ってそのまま食べれる系の露店は1つもなかった。

 結局、ここで食材を買って帰ってから料理するという話になり、シャルロットは食材の露店に立ち止まり、クオリアさんと一緒にどれがいいかなどと話し合って決めていく。肉や野菜など多くの店舗が軒を連ねる市場では、決めるのにも時間がかかると思われたが、クオリアさんの的確なアドバイスの元、安くて新鮮なものがある店を的確に攻めていき、意外にも買い物自体は順調に進んでいった。

 そして俺はというと、


「あぁ……女の子の買い物風景ってなんでこんなにも心に来るんだろうか」


 フードで隠れた耳をピコピコさせながらうーんと唸るシャルロットと、それに自然な笑みでアドバイスをするクオリアさんの様子を少し離れた場所で見ていた。

 買い物に参加していない。

 いや、別に面倒だとかそう言ったわけじゃないからな。決して全てを嫁に任せっきりの旦那ではない。ただただ戦力外なだけだ。

 だってさ、ここに並べられてる肉って全部魔物の肉だったりするんだよね。鳥豚牛の3種類の肉しかお目にかかったことのない俺にはなにがどう違うのかさっぱりだ。

 野菜類になればさすがに分かるものもあるが、なにがどういいのか分からない。シャルロットとクオリアさんの会話を聞いても頭にハテナマークしか浮かばなかった。

 さらにさらに海沿いの街ということで魚を扱っている店が一番多いのだが、ここが一番の難所でもあった。魚なんてマグロとか鮭とかサンマとか、食卓に並ぶ代表的なものしか分からない。異世界の、それこそ何百種類もある魚の種類なんて分かるわけがない。

 つまり俺は使い物にならないというわけだ。

 この世界の料理もいまいちわからないし、地球でもカップ麺だの冷凍食品だのにしか触れて来なかったんだぞ。そんな俺が異世界の食材の知識を聞いて理解できるとでも。無理だね。というわけで自ら身を引いたわけである。

 露店と露店の間。人がいない場所を見つけてそこに立つ。


「暇だな……」


 物欲がないわけじゃないが対してほしいものもない俺にとっては、楽しく買い物をしている女性2人を見る以外にすることがない。

 最初こそイメージ通りの市場にテンションが上がったが、あれがMAXだったらしくそれ以降はテンションが右肩下がりでこの調子である。

 シャルロットの耳がどこでどう力を発揮されるか分からないため、2人の姿が見えないところまで離れたりはしないが、だからといってもやることがない。

 スマホでもあったらと思って、左手からストレージを取り出しても、映し出されるのはリュウカの情報だけ。

 何かを調べたりも出来ない。

 すると人間というのは不思議なもので、次第に周囲の人に視線を集中させていた。

 アイリスタではあまり見かけない人たちが多い。家族連れや主婦のような出で立ちの女性、元気にはしゃぎまわる子供、手を繋ぐ恋人……チッ……など様々な人達が、露店に並べられている品物を吟味しながら各々で市場を楽しんでいる。

 それはいいことなのだ。本当にザ・ファンタジー。日本じゃ味わえない光景だ。

 しかし、よく見ると武器を持った人もちらほらと見える。

 俺と同じギルドメンバーだ。

 ギルドメンバーにもたくさんの種類がおり、俺やシャルロットの用に手持ちの武器をストレージにしまい一般の人と変わらない生活をしているものもいれば、武器をむき出しで歩いている奴だって存在する。どちらかというと武器をしまう方が珍しいようだ。いつ何時なにがあるか分からないからな。

 いちいちストレージから取り出す方が面倒と思う輩が多いのだとか。クオリアさんにいつだったか教えてもらったことがある。

 大陸中をとび回る可能性のあるギルドメンバーがナイルーンにいる。そのこと自体には大して不思議じゃないが、なんとなく、本当になんとなくだが多い気がする。

 もちろん体格がいいから目立つというこのあるが、それにしても観光名所というにはいかんせん威圧的な奴がたくさん。

 ほら、今でも目の前を図体のでかい奴が通りかかる。鋭い目にスキンヘッド。背中には大きな剣。明らかにナイルーンに不釣り合いな男。近くにいた人が勝手に道を開けていくぞ。


「どうかしましたかリュウカさん」


 いつの間にやらシャルロットとの買い物を終わらせたクオリアさんが、俺の視線の先にいるあのでかいギルドメンバーであろう男を気にしながら俺に声をかけてきた。


「いや、なんか多いなと思いまして。ギルドメンバーらしき人たち」

「ああそれ、私も思いました。なんとなくですけど、もっと市場って普通の、なんていうんでしょう……武器を持たない人たちの方が多いイメージだったので」


 シャルロットも合流し俺の意見に賛同する様に頷いた。

 なんとなくで感じた違和感だったがシャルロットの頷きを見て、間違いじゃなかったと俺は胸をなで下ろした。

 時々ミスるからな俺。こういった発言も最新の注意をしないとシャルロットに変な印象を与えてしまう。いやはや大変大変。まぁネタ晴らしすればいいだけだけどね。


「こんなもんなんですか?」


 俺はクオリアさんに問いかける。


「いえ、お2人の言った通りギルドメンバーが多いのは確かですね」

 

 俺やシャルロットの視線にクオリアさんはさも驚くことなく淡々と答えた。


「理由でもあるんですかね」

「ギルドメンバーがどの街にどれだけいようと別に不思議ではありません。まぁですが、今回に関しては理由があります。というかお2人とも知らなかったのですね」


 クオリアさんの意外そうな顔にいまいちピンとこない俺とシャルロットは、お互い顔を見合わせた後同時に首を傾けた。


「ええっと、ごめんなさい。さっぱり」

「はい……」

「別に謝らなくていいですよ。犯罪以外ならなにをしても自由なのがギルドメンバーなのですから。ただ、知っておいて損はないと思いますので話しておきます」


 そうしてクオリアさんは市場の行きかう人を見ながらその理由を話してくれた。

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