第134話 ナイルーンの街に隣接する問題

「今、ナイルーンでは少々困ったことが起こっているんです」


 開口一番にそういうとクオリアさんは視線を街並みの先、俺たちが歩いてきた方へと向けて続ける。


「ナイルーン近海には大昔に建てられたとされている神殿が沈んでいるのです」

「ほうほう。海底神殿とな」

 

 これはこれはファンタジーらしくなってきた。


「ですがその神殿が最近になり変わってきているという報告がギルド会館にありました」

「変わってきているというのはいったい」

「ボロボロになったとか?」

「いえ、元から海に沈んでいるので管理自体あってないようなもの。景観はまるで変わりません。変わったのは中身です」


 中身?

 よく分からないことを言う。神殿なんて無機物だ。人間でも意思を持った生物でもない。異世界の神殿に意思があるなんてとんでも設定でなければいまいち今の説明では理解が及ばない。

 シャルロットもよく分からないという顔をしていた。


「ギルド会館への報告をそのままお伝えすると、数日前、神殿にある魔物が住み着いたとの噂があります」

「魔物って」

「元々海の中にも魔物は存在します。ただ単に魔物が住み着いたというのならなにも問題ありません。しかし、そこに住み着いた魔物というのがアンデット族だというのが問題なのです」

「アンデット族……」


 ゲーム知識だけで言うならばいわゆるゾンビとかスケルトンといった具合の奴だ。

 つまり生死という理から抜けた存在。死んでいるのに生きている。

 だがそれがどうしたのだろうか。俺の想像しているアンデット族ならば呼吸という概念も存在しないし海に住み着いたとしても大して不思議じゃない。まぁ意外だとは思うけどないこともないんじゃないか程度しか思えない。

 しかし、クオリアさんの話を聞いたシャルロットは驚いたように目を見開いた。


「そんなことあるんですか」

「私たちも初めは疑いました。しかし、海底神殿の探索に行ったギルドメンバーが口々に言うのです。アンデット族は本当にいると」

「うそ……」

「さらに言えば神殿の奥にはアンデット族の長がいるとの噂です」


 クオリアさんのたたみ掛けるような言葉にシャルロットは驚愕の表情で言葉を失っている。

 こういったとき周りとの温度差がある俺は困る。

 どう反応していいのか分からない。

 だから、変だと思われるのを承知でクオリアさんに問いかける。


「あの、そんなに驚くことなんですか?」

「驚くもなにもあり得ないことなのです」

「あり得ないというと?」

「アンデット族は魔界にしか生息していません」


 クオリアさんの端的な言葉で俺は納得した。

 魔界にしかいない奴がこんな街の近くの神殿にいる。確かにおかしいし驚く。


「なにを目的としてアンデット族が神殿に住み着いたのかまでは分かりませんが、幸いアンデットたちがその神殿から出てくる気配はありません。ですが放っておくことも出来ない。ただでさえ神殿はナイルーンから近いのです。なにかある前では遅い。ということもあり、現在各支部では神殿に関する情報が公開されています」


 なるほど。だから今ナイルーンにギルドメンバーがこんなにも多いということか。

 納得した。シャルロットも得心がいったように頷いている。

 目の前をまたしてもギルドメンバーらしき集団が通る。誰も彼もが血に飢えたような顔をして、通行人を怖がらせていた。


「ですがこの現状を見ると少々よくないこともありそうですね」

「トラブルですか」

「はい」


 アイリスタで市場をしない理由がギルドメンバー同士のトラブルを避けることだった。しかし、幸か不幸か今ナイルーンにはそのギルドメンバーが多い。

 職員としてクオリアさんも心配なのだろう。


「でも仕方ないんじゃないですか。こればっかりは。だって、守らないといけないでしょ」

「そうですよ。クオリアさん達が悪いわけじゃありません。それに、あれだけギルドメンバーがいてもアイリスタでトラブルに出くわしたこと、私、ありませんよ」


 眉を寄せたクオリアさんを心配して俺とシャルロットはそれぞれに思ったことを言っていく。

 だが、クオリアさんの表情は変わらない。


「アイリスタは少し特別なのです。血の気が多いとはいえアイリスタにいるギルドメンバーはほとんどが移住者です。顔見知りであればある程度トラブルは回避できます」

「気の合わない者同士は顔を合わせないとかですか?」

「はい。それにアイリスタには圧倒的支持でギルドメンバーをまとまる方がいますから」

「それってまさか」

「お姉ちゃんたち……?」

「はい。ほとんどのトラブルは彼女たち『姉御と姫』が解決してくれます。だからアイリスタに暮らしていても表だってのトラブルは見えないのです。もちろん見えないだけで、ないわけではないのでそこは間違わないでくださいね」


 クオリアさんはしっかりと最後には注意を加えた。

 だがそれでも、久しぶりに聞いた名前についつい俺もシャルロットも頬が緩む。

 やっぱりあの2人はすごいんだな。改めて姉御と姫の影響力に感心してしまう。


「ですが、今のナイルーンの現状は異なります。ほとんどが別の街から来たアンデット族の討伐目当ての人たちばかりです。賞金目当てのガラの悪い方も多く見受けられます。ギルド職員としては街の方に迷惑をかけてほしくないのですが、深く干渉することも出来ません」


 自由にしていいと言っているのだから仕方がないだろう。

 大陸中を渡り歩き、その力で困った人を助けたりするのが仕事のギルドメンバーは、大陸ロンダニウスにとっては必要不可欠な存在。変な規則で縛らないおかげで広い世界全般において柔軟に対応できているが、それが逆に街に迷惑をかけていることもある。

 今のナイルーンの現状がそれだ。

 魔物の影響が街に及ばないようにと大陸中のギルドメンバーを使って神殿の鎮静にかかっているが、それはつまり大陸中のギルドメンバーがナイルーンに集まることでもある。

 神殿の鎮静なんて大きな仕事をちょっとした報酬で出すわけがない。それなりの豪華な報酬が予想される。

 前にステラさんも言っていたが、ギルドメンバーすべてがアーシャさんやミルフィさん、シャルロットのような人助けを主として行動している優しい人ばかりではない。むしろ報酬がもらえればいいといった考えの奴の方が多いのだ。

 そんな周りなど気にしない自分本位な奴らが、一定の場所に固まればどうなるかなんて誰にだってわかる。

 どうしようもない現状に職員のクオリアさんとしても良心の呵責かしゃくがあるのだろう。しばしば威圧的なギルドメンバーを見ては目を鋭くさせる。


「もし何かあるようでしたら私どもにお伝えしてください。権利を持ってして鎮静化させますから」

「わ、わかりました」

「は、はい……」


 クオリアさんのあまりの迫力に押され、俺たちはぶんぶんと首を縦に振った。

 怖い。というか恐怖でしかない。

 今のクオリアさんの顔は俺に悪態をつく時とは明らかに違ったベクトルで冷たかった。それこそ使えるだけの権力をこれでもかと行使し意地でも鎮静化するという圧倒的な威圧感があった。さっきの奴らなんてウサギさんに見えてしまうぐらいに怖い。


「……すみません。つい熱が入ってしまいました」

「い、いえ大丈夫ですよ」

「クオリアさんの気持ちわからなくもないですしね。気分は良くないですよね」

「リュウカさん達が神殿に行って倒してきてくれませんかね」

「え……」

「いやいやなに言ってるんですか。まだ暮らしも安定してないのにそこまでは」

「分かっています。冗談です」

「クオリアさんの言葉は時々冗談に聞こえないんですよ。ほら、シャルロットなんて固まっちゃってるじゃないですか」


 倒してきてくれとクオリアさんが言ってから、シャルロットは魂が抜けたように真っ白になっている。

 クオリアさんもシャルロットの様子に気づき慌てて自分の言葉を撤回させた。


「あ、ごめんなさいシャルロットさん。まさかそこまで驚かれるとは。冗談です冗談」

「あ、あははは……びっくりしましたよ。アンデットなんて。い、いくらリュウカさんが強くてもさすがにそれは……」

「やっぱり強いんだ。アンデット族……まぁ、不死だし当たり前か」


 銃で撃っても頭に当たらなければ意味ないんだろうか。じゃあ無理だな。RPGはやったことあるけどFPS系はほとんどやったことがない。恐怖で弾薬バラまく自信がある。


「強いなんてもんじゃないですよ。倒すのは不可能です」

「そんなに?」

「はい。だってアンデット族の長って魔界では魔王軍幹部クラスって言われているんですから」


 言われているんですね。魔界の内部情報筒抜けか。セキュリティがばがばだな。別にいいけど。

 しかし幹部クラスというのが、はたしてどれだけの強さを言っているのか知識のない俺にはさっぱり分からない。だが、シャルロットの恐怖におののいた顔を見れば十分だった。 

 幹部クラスねぇ……あの駄目サキュバスは上級悪魔だったか。どっちが強いんだろう。

 係長とか課長とかか? いや幹部って言ってるから部長副部長か。

 そりゃあ強いな。権力的にも。

 まぁ、死なないってとこを見れば転生者の俺も同じだから関係ないけど。

 もし戦ったら勝つか負けるかよりもどっちが根負けするかの勝負になりそう。

 なにそれ。全然面白くない。

 

「とにかくどれだけリュウカさんが強くてもさすがに倒すまでは無理ですよ」

「いやまぁ、別に倒すつもりないけど」

「第一、アンデット族の長を倒すには強力な治癒魔法がいると言われています」

「そうなの?」

「はい」

「アンデット族の長に限らず全般的にアンデット族というのは死んでいるので痛覚がありません。ハンマーといった打撃系の武器で再生不可能なぐらい粉々に叩き潰すか、治癒魔法での攻撃となります」


 治すはずの治癒魔法が攻撃になるとか、字面だけ見たら訳が分からない。

 しかし、そういった設定はゲームで時々あるので別に違和感は感じなかった。


「なるほど。私には無理だね」


 残念かな。俺に与えられた恩恵は武器系のみだ。魔法はそこら辺の一般人より劣る。


「そんないい笑顔で言われましても困るんですけど。覚える気ないんですか」

「ない。シャルロットがいるから大丈夫」

「リュウカさん……!」


 シャルロットが目をウルウルさせている。うんうんわかるよ。人に必要とされるのっていいよね。特にシャルロットの場合かかえているものがものだけに。抱きしめてあげたい。

 しかしクオリアさんの手前、理性でぐっと抑え込んだ。

 クオリアさんがため息をつく。


「はぁ……まぁ、シャルロットさんがいいなら私は何も言いませんけど」

「だったら何も問題ないですよね」


 ニコッと笑って俺は止まっていた足を動かした。

 目下今はアンデット族のことではなく腹の虫をどうにかしなければ。いつ何時お腹から這い出てくるとも限らない。困ったもんだよ。

 そう思って歩き出したときだった。

 市場の奥の方からガラの悪い声が聞こえて来る。

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