第135話 どす黒い感情

「―――おいおい。嬢ちゃん。いいじゃねぇかよ。少しぐらい」

「ほんと。俺たち親切で言ってんだよ」

「そうそう。君が人を探してるっていうから親切にエスコートしてあげようとしてるのに」

「だったらなんですかこの手は。離してください」

「いやいや、こんなガラの悪い連中がいっぱいのところではぐれたら危ないだろ」

「だから、俺たちが丁寧にエスコートしてやるって言ってんの」

「俺たちの部屋までナ」

『あはははははは!!!!』


 なんだこれ。いかにも三下くさいセリフの数々に俺は呆れ交じりに声のした方を見る。

 すると、市場の一角でそれこそ絵にかいたようなチンピラふぜいの男共3人が、女の人の絡んでいた。

 女性の体は男達に隠れて見えないが、声だけ聞けば困っているのは明らかだ。


「気持ち悪い。あなたたちにエスコートしてもらうぐらいなら1人の方がよっぽど安心です。それでは」


 女性は強気な態度で男共の身体をおしのけて先に行こうとする。

 しかし、すぐに無理やり手を引かれ壁に押し付けられる音がした。


「おっと、嬢ちゃんそりゃあねぇぜ。せっかくの出会いだってのによ」

「そうそう。俺たちこれでもギルドメンバーなんだぜ。強いぜ。ボディーガードとしちゃあ安いもんよ」

「ああ。金をとるつもりはねぇよ。ちょっといい気持ちにさせてくれればいいだけだよ。その身体でな」

「最低ですね。ほんと気持ち悪い」

「そんな強気でいいのかな?」

「言っただろギルドメンバーだって」

「じっとしてれば殺さないって。大丈夫。嫌なのは最初だけだから。すぐに気持ちよくなるって」


 チンピラ3人衆はどんどんと調子に乗り始めた。

 ここが公共の場だとも忘れてしまっている。もう自分達のことしか頭にないようだ。

 あれは完全に脅しだ。犯罪行為に他ならない。

 男たちは女性の体を舐め回すように見つめている。

 徐々に男達で見えなかった女性の全体が見えてきた。

 身長は一般的な女性と変わらない。体格も普通だった。男たちがそこまで惹かれるという体もさして出ているわけでもない。というか胸なんてない方だろうに。

 こんな人に欲情してるとか、あれか、君たち巨乳好きじゃないね。

 とかその女性に比較的余裕を持った心で失礼なことを思っていた俺だったが、余裕でいられるのもそこまでだった。

 男達の体がずれ女性の全体が見える。

 

「え―――」


 俺は信じられない光景に言葉を失う。

 その女性を見た瞬間、記憶の奥底に沈めていたはずの懐かしい記憶が蘇る。

 あれは高校に入学したばかりのとき。お互いなれない制服に身を包み、苦笑いをした記憶。と同時に幼馴染のあり得ない変貌ぶりに驚愕した日。

 男たちに絡まれていた女性は体はあれでもそれを覆い隠して余りある容姿をしていた。こんな異世界では浮く格好もまた男たちの下半身を反応させたのかもしれない。

 女性の格好は浮いていた。それもそのはずだ。

 だってあれは―――高校の制服だから。

 黒を基調としたスカートにブレザーも黒を基調としたゴシック調のデザイン。

 女子高生がみたら明らかに憧れるかわいらしい制服は、彼女の整った顔立ちとあいまるで一つの芸術品の様。

 なんで、どうして。

 分からない。分からないのに俺はその女性から目が離せなかった。

 2度と会えないと思っていた。もう会わないと思っていた。だから諦め記憶の奥底にしまった、はずなのに。

 嫌でも出てくる。嫌でも思い出してしまう。

 俺の大事だった人。子供のころから隣にいた人。その人の笑顔を見れば心が温かくなり、困った顔を見れば笑わせてあげたいと思っていた人。

 桐沢雫。俺の幼馴染が今―――目の前に出てきたのだ。

 

≪ブチッ―――……≫


 俺の中でなにかが切れた音がした。

 ここは異世界。日本にいるはずの雫がどうしてここにいるのか。第一目の前のあいつが本当にあの桐沢雫なのか。そして、俺が雫に2度と会えないという事実に悲しくもあり、少しだけ安堵していたこと。

 それらすべてがどうでもよくなるぐらいに、俺の視界は狭まっていた。

 そんな顔見たくない。嫌いだ。雫には笑っていて欲しい。

 もうチンピラ3人衆を下らないと見下すことはできなかった。

 触るな。その手をどけろ。気持ち悪い目で見るんじゃねぇ。彼女を困らすな。気持ちよくしてくれだと、ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。

 体に力が入る。

 後ろに控えていたシャルロットとクオリアさんも俺の隣に並んだ。

 下卑た3人衆を見てクオリアさんが職員として注意するために近づこうとする。俺はそれを手で制した。


「リュウカさん……?」

「クオリアさん。1つ聞かせてください」


 自分でも驚くくらい物凄い低い声が出る。シャルロットなんて俺の声を聞いた瞬間体をビクつかせたぐらいだ。

 でも止められない。


「ギルドメンバーはなにをしても自由なんですよね」

「はい」

「だったら、犯罪行為に手を染めようとしているギルドメンバーに手を出すことは許されますか」

「許されます。相手がどうであれギルドメンバーの主は困っている人の救済ですから」

「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」


 俺はスッと右手を横に伸ばした。

 手のひらには真っ黒のストレージ。

 俺は静かに自分の武器の名前を口にする。


「……エターナルブレード……」


 俺の声に反応するように光の粒子が、俺の背丈以上もあるエターナルブレードを形作る。

 程なくして武骨な大剣は華奢な俺の右手に顕現した。

 周りの人だかりから少しだけ戸惑った声が聞こえる。

 それは俺の隣にいる2人も変わらなかった。

 シャルロットがエターナルブレードを凝視しながら、か細い声を上げる。


「リュウカさんそれ……」

「リュウカさん。確かに彼らは不当な行いをしようとしています。手を出すのは許可しましたが流血沙汰、ましてやそれ以降は」

「大丈夫ですよ。これは誰かを傷つけるために出したんじゃありませんから」


 そう。武器を振るつもりはない。ただ俺には恩恵が必要だっただけだ。

 俺の恩恵は武器を手にとって初めて発揮される。武器がなければそこらのチンピラにも勝てないほどに弱い。

 だから、エターナルブレードを出した。振るためじゃなく、相手を殺すためでもなく、ただ彼女を絶対に助けられるように。

 男の1人の手が雫の体に触れようとする。明らかに腕ではない。その先、胸へと伸びていた。

 俺はそれを目にすると、頭に血が上ったように無理やりに地面を蹴った。

 大きな音と共に地面が抉れ粉塵を巻き上げる。俺の視界が一気に早くなった。

 男の手があと少しで胸の触れようとしたその瞬間。


≪バチンッ――!!≫


 肌と肌がぶつかり合う乾いた音が市場に響き渡った。

 弾かれた男は宙を舞い、鈍い音を立てて地面に落ちる。恩恵によって上がった身体能力は手を弾くだけでも強力な力を発揮したらしく、宙を舞った男は地面に叩きつけられた衝撃で気を失ったようだ。よく見れば弾かれた手の指数本があらぬ方向に曲がっている。

 しかし、そんなの気にしていられない。それぐらいに珍しく俺は怒ってるんだ。自分でも驚くほどに目の前の奴らを許せない。

 残りの2人は俺の急な登場に驚き、口をあんぐり開けている。

 後ろの雫はというと、突然現れた黒髪美少女に驚きはしたものの、安堵したように息をはいた。

 その音で雫の無事を確認した俺は動かない2人を睨みつける。

 これほど人を睨んだことがあっただろうか。どんな顔をしているか自分でも分からない。睨まれた男2人は恐怖で動けなくなる。


「おい」

『は、はい』

「この子に何してんだ」


 許せない。エターナルブレードを握る手に力が入る。このまま一薙ぎにしてやろうか。真っ二つにして2度とその手が後ろの子にいかないようにしてやる。いけないと分かっていても強い憎悪が俺の心を支配してしまう。

 自分の中にこんなどす黒いものがあったなんて知らなかった。人を殺したいと思ったのはこれが初めてだ。

 怒ったら何をするか分からない。そういった輩がいるのは知っていたがまさか俺もその人種だとは思わなかった。

 でも、どうにかして残っている理性でそれを押しとどめる。

 ダメだ。ここは街中。多くの人の目がある。男たちの後ろではシャルロットとクオリアさんがこちらを見ている。

 そしてなによりも後ろの子の前で血なまぐさいのはごめんだ。

 彼女はそういったのが苦手なのだから。


「失せろ」

『…………』

「聞こえなかったのか。失せろって言ってんだよ」


 低く野太い声が喉から出る。

 本当に女になったのだろうか。疑わしくなる。それぐらいにドスのきいた声が、黒髪美少女の口から発せられている。

 しかし、男たちはそれでもその場から動こうとしなかった。


「もう一度言うぞ。失せろ」

「……う、うるせぇ。誰だてめぇ!」


 恐怖で言葉を失っていた1人がハッとした様に俺に突っかかってくる。

 体を見て胸の1点で止まる。


「へぇ。お前もいい体してんじゃん。後ろの子と一緒に気持ちよ――がはっ……!」


 男の体が浮く。

 何かを言う前に俺が男の顎下から思いっきり手を突き上げた。話している途中だった男の顎はガチンという音と共に閉じられ、かけた歯が飛び散る。

 男はそのまま地面に倒れ動かなくなった。

 静かに顔をあげる。

 俺は残った1人を睨みつけた。


「失せろっつってんだよ。てめぇらの顔なんて見たくもねぇ。声なんて聴きたくもねぇ。いいから早く消えろ。じゃないと」


 俺はエターナルブレードの刃先を立ちつくしている男の喉元に突き立てた。


「―――殺すぞ」


 この時の俺はたぶん誰にも見せられないほど冷徹な顔をしていたのだろう。

 目の前の男が美少女を前にした顔ではなくなっていた。目からは涙があふれ、鼻からは鼻水を垂らし、ありとあらゆるところから液体をもらしていた。


「分かったら行け」


 男は頷くと、そのまま倒れた2人を回収して市場の先へと消えていった。

 絡まれている女の子を助けた。

 いいことをしたはずなのに俺には清々しい気持ちは1つもなかった。まだ怒りが収まらない。後ろのギャラリーでさえも俺の方を見ようともしないぐらいだ。相当顔が強張っている。

 これではどちらがヒーローか分かったもんじゃないな。

 もっとスマートに助けられれば。そう思ったが許せなかったんだ。彼女を。雫を困らせたこと。雫で下卑たことをしようとしたことを。ムカつく。はらわたが煮えくり返るとはこういうことを言うんだと実感した。

 どうしようか。俺はその場で立ちつくした。

 このままじゃせっかく助けたのに怖がらせてしまう。

 怒りが収まらない。どう処理していいのか分からない。苦しい。

 そう俺が心の中で苦々しい葛藤を繰り返していると、不意にエターナルブレード持つ右手にそっと手が添えられた。

 雫が、桐沢雫らしき女性が俺の腕に触れまっすぐに俺の顔を見ている。

 怖がると思っていた。なのに、どうして。


「ありがとうございます。助けていただいて。本当に嬉しかったです」


 そう言って彼女は笑って見せた。

 お世辞でもなんでもない、心の底から出る安堵の表情。

 そんな彼女の顔が、俺の葛藤を吹き飛ばし、苦しみから解放してくれた。

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