第131話 何気ない移動でも大変です
エナドリのおかげかどうかは分からないが、先ほどまで感じていたどうしようもない空腹感は感じなくなっていた。
今はクオリアさんの先導の元、ナイルーンの市場に行こうとしているところだ。
初めて魔力切れというものを体験した俺にとっては、回復してからもう一度移動魔法に挑戦しようという気概はわいてこなかった。
また倒れるとか勘弁してほしい。というか、どうやっても失敗という結果になりそうで踏み出す勇気がなかったともいえる。
俺が出来ないのだ。シャルロットはやる前からあきらめ気味。
いや、やってみればと俺が復活した後に話を振ったのだが、シャルロットは首を横に振った。
「私はリュウカさんより魔力ありませんから。できませんよ。それに、悪魔憑きの私がもし移動系魔法を成功させたとしてもどうなるか分かったものじゃありません」
シャルロットの冗談交じりのその言葉に俺は言葉を失った。
しかし、クオリアさんだけは余裕そうにシャルロットの言葉に反応する。
「その心配はないですよ。移動系魔法は行ったことのある場所にしか行けません。移動すると言っても魔法ですからね」
イメージできないものは最初から無理ということだ。
空間を鮮明にイメージしてその場所に行く。行ったことのない場所の物の配置や構造なんてイメージのしようもないということなのだろう。鮮明に思い出さなければ無理なのだからなおさらだ。
なら、イメージできるなら世界が違っても出来るのだろうか。そんな疑問が俺の脳内を横切ったが、さすがにそれはありえないと割り切った。だって本当にそれが実現可能ならば転生者は皆試していることだろう。しかし、他の世界は知らないが、俺のもといた世界の地球においてそんなことがあった例は存在しない。よって不可能だと勝手に決めつけた。
まぁ、俺のことはともかくとして、そんなクオリアさんのアドバイスを聞いたシャルロットは、納得はしたもののじゃあ挑戦しようとはならなかった。
俺の失敗を見て無理だと悟ったのだろう。シャルロットは自分に関してあまり期待をしていない。頭頂部に生えている耳もそれを肯定するかのように垂れ下がっていた。
俺たちは大人しく買い物に行くことにした。
エナドリのおかげで空腹も紛れたし大丈夫だろう。
そう思ってクオリアさんの先導のもと
そして今もまた目の前で問題が発生している。
ちょっとした坂道に差し掛かったところで、前を歩いていた子供連れのお母さんがその子供にちょっかいをかけられていた。不意のことで驚いたお母さんが、持っていた紙袋を落としてしまう。
中に入っていた丸い果実が坂を転げ落ちる。
「あ、あぁ……」
「あはははは!」
困った声のお母さんとは対照的に、いたずら盛りの子供は坂を転げ落ちる果実に大笑いだ。しかし、それを呑気に見ている時間は俺たちにはない。
坂を転げ落ちる果実はきれいに道いっぱいに広がり俺たちの方へと向かってきている。こんなものを無視できるならそれは本当に性根の腐った奴か、自分以外に無関心の奴だけ。俺はその両方でもないので果実を受け止めるように腰を曲げた。
隣のシャルロットも慌てたように果実を拾おうと道の反対側に行く。
「これ、全部とれるか……」
果実は予想以上に多い。一個取ったら数個横を通り過ぎていく可能性は十分にあり得る。少しだけ意気込む俺とシャルロット。しかし、その心配はある人物のひと言で回避される。
「ウインドストーム」
道の真ん中に立つクオリアさんは冷静にそう呟くと発生した風を上手く使い果実を1つ残らず自分の前に集めた。さらにはそれをきれいに空中で並べて元の紙袋に戻すなんてこともやってのけたのだ。
ポカンとする俺とシャルロットに子供の感嘆とした声だけが届く。
「わぁ……すごいすごい! お母さん見た! 戻ってきたよ!」
「ええそうね……って! なに悪戯してるあんたは!」
「いてっ!……ごめんなさい」
「まったく……すみませんね。ギルドの職員さん。ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、これぐらい普通ですから」
「ありがとうございます~。ほら、あんたも」
「う、うん。ありがと、お姉ちゃん」
「ううん。大丈夫だよ。でも、もうしたら駄目だからね。お母さんが困っちゃう」
「うん! 分かった!」
げんこつをくらった子供は頭にたんこぶを作りながらも、今度はお母さんと一緒に手を繋ぎながら坂を上っていく。手を振る親子が見えなくなってから、俺たちがずっと黙っていることに気づいたクオリアさんがこちらを振り返る。
「お2人は何をそんなに身構えていらっしゃるのですか」
「いやその、転がってきた果実を取ろうかと思いまして」
「は、はい」
「自力でですか?」
「まぁ、そうですけど」
「魔法、使わないんですか?」
クオリアさんはさも当然の様に言ってのける。
いや、そんな魔法を日常的につかってないもんで、咄嗟になると体が動くんですよ……とは言えないか。ここは常に魔法というものがある世界なのだから。むしろ体が動く方がおかしいのかもしれない。
この場にいるのがクオリアさんだけなら思ったことを普通に言えるのだが、シャルロットの前だとさすがに難しい。そう思ってシャルロットを見ていたら不意にある疑問が浮かんできた。
俺は転生者だ。だから魔法に不慣れだし咄嗟だと体が動く。しかし、シャルロットは元々この世界の住人。アーシャさんみたいに武闘派というよりもどちらかというとシャルロットもまた魔法使いより。
こういったときに俺と同じように体が動くのは少々おかしいような。
そうやって疑問の眼差しを送っていると、シャルロットは苦笑いを浮かべながら疑問の答えを口にした。
「私がこういうときに魔法を撃つとかえって二次被害に及ぶ可能性があるのでつい」
「あ……そっか」
「はい」
耳がぴくぴく動く。
かわいらしいのにその表情は暗い。
「あまり気にし過ぎではないでしょうか。たとえそうだとしてもこのぐらい」
「その気のゆるみが後々大きな問題に発展するんですよ。私の場合は気にし過ぎがちょうどいいんです」
そう言ってシャルロットは俺の方を見る。
気にするなとは言えないだろう。なにがどうであれあの事はシャルロットにとっては、自分の出したちょっとの甘えが原因だと思っているのだから。そう信じてまだ疑っていない。
本当の意味でシャルロットが悪魔憑きとしての自分を受け入れるのにはまだまだ時間がかかりそう。
俺たちの視線にクオリアさんはなにも言わずにただただ口元を緩めるだけにとどめた。
「それに―――」
バシャンッ!!ガコ……。
なにか言いかけたシャルロットの顔が突然武骨なバケツで覆われる。
中に入っていた水がシャルロットにかかり純白のマントが体にまとわりつく。
「おわっ。やべっ」
上の方から慌てた声が聞こえて来る。
おじさんが家の窓から体を乗り出してやってしまったという顔でこちらを見ていた。
犯人み~つけた。ドンドンドンという激しい音で1階に降りてきたおじさんは、そのままシャルロットのところまで来るとぺこぺこと頭を下げる。
シャルロットはそれを笑顔で流すとそのままバケツを返した。
「それに、こういう時のために魔力は温存しとかないと」
シャルロットは何食わぬ顔で言うと、自分の体全体にリカバリーの魔法をかける。水が引いていき服もシャルロットも元通りだ。
「確かにそうですね。温存は大切です」
「ですね」
クオリアさんが頷く。俺もまたそれに続くと先ほどの様にクオリアさんを先頭にして俺とシャルロットは隣り合って市場まで目指すのだ。
え? 俺とクオリアさんの反応が淡白だって?
そりゃあそうだろう。だってこのやり取り歩き始めて5回目だもん。さすがに慣れるさ。
悪魔憑きというのは恐ろしい。数メートル進むたびに何かしらの小さなトラブルが起こる。しかも立て続けに何度も。そりゃあ誰だってなれるし、誰だって疲れるというもの。
市場まではまだ時間がかかりそうだ。
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