第130話 魔力切れと治癒魔法の仕組み

 波の音が耳に響いてくる。

 いかにも成功するようなセリフをのたまった俺だったが、しかし、開けた扉の先は無情にももう見慣れてしまったナイルーンの景色だった。

 虚しさと共に俺はなにも言えずに固まる。


「…………」

「リュウカさん……」

「またしても失敗ということですね」


 クオリアさんの冷静な声が今の俺には鋭く突き刺さる。

 あんなに意気込んでいたのにこのざまとはなんとまぁ情けない。一言、せめて一言言いかえしてやろう。そう思って俺はクオリアさん達の方に向きなおそうとし、体の向きを変えたところで急に視界ががくりと傾いた。

 体の側面が地面の冷たい感触をとらえる。


「リュウカさん!!!」


 視界の先でシャルロットが焦ったように俺に駆け寄ってくる。


「あ、れ」

「リュウカさん! 大丈夫ですか!?」


 シャルロットが必死に俺に対して治癒魔法を使ってくれる。だが、俺は一向に立つことが出来なかった。

 というか、体全体に力が入らない。シャルロットを安心させるためになにか言おうにも口が上手く動いてくれない。

 そんな俺の様子にシャルロットはさらに焦ったように治癒魔法の強さをあげる。目には若干涙を浮かべていた。


「シャル…ロ…ット……」

「話さないでください! 今すぐに魔法でよくなります!! だから安心して」

「無理ですよ」


 すると、シャルロットの言葉をかき消すようにクオリアさんが力強い口調でそう言った。

 無表情のまま俺の方に歩いてくる。

 治癒魔法を使っていたシャルロットの腕を取ると、俺から離した。


「クオリアさん、なにを」

「治癒魔法を使っても意味がありません。というか、治癒魔法ではすぐには治せません。こちらの方がよっぽど効きます」


 そう言ってクオリアさんは自分の手からストレージを取り出すと、その中から缶ジュースのようなものを取り出した。

 プシュッとした気持ちいい音を響かせプルタブが開かれる。


「失礼しますリュウカさん」


 クオリアさんの手が俺の頭を持ち上げるように地面との間に入ってくる。

 上を向かせられるとそのまま缶の口を俺の口に持ってくる。

 若干冷たさの残る液体が俺の体に流れ込んできた。


「少しばかり飲みにくいとは思いますが我慢してください」


 まるで子供かというようにクオリアさんの膝の上に俺の頭が乗せられている。

 やった、膝枕だと思うだけの意識は今の俺にはなかった。

 あったとしてもシャルロットの顔を見ればそうも言ってられないが。

 クオリアさんとシャルロットに見つめられながら、俺はしばらくそのままゆっくりと液体を飲み空を見ていた。ぐわんぐわんだった視界が徐々にはっきりとして来る。

 目を動かせばクオリアさんの目とかちあった。


「どうですか?」

「どうって……」


 声も普通に出る。

 クオリアさんはそれを確認すると「大丈夫そうですね」とだけ言って俺の頭から膝をどかした。

 地面に寝転がったまま、クリアになりつつある視界でクオリアさんとシャルロットに問いかけた。


「あの、これはいったい」

「魔力切れです」


 クオリアさんが即答する。


「魔力切れ……」

「はい。失敗に終わったとはいえ移動系魔法の連続使用で、体内にある魔力をほとんど使ってしまったようですね」

「そうなんですか」


 魔力切れか……確かに魔法系統の物語ではありがちだけど、まさかこんな感じになるなんて思いもしなかった。

 俺は寝たままなのもあれなので体に力を入れて立つことにした。

 手も足も思い通りに動く。

 足が地面をしっかりと感じ取ったところでまたしてもくらっとする。


「やば……」

「……っと。大丈夫ですかリュウカさん」

「シャルロット……ありがと」

「構いませんよ」


 ニコッとした笑顔でシャルロットは俺の肩を抱いてくれた。

 まだすぐに行動できるわけではないらしい。情けないがシャルロットの肩をそのまま借りよう。


「まだ本調子には戻らないでしょうね。体内の血液が完全に回り切るまでは激しい運動はやめた方がいいでしょう」

「ですね」

「でも魔力切れでよかったです。心配しました……」

「ごめんね」

「ああいえ。いいんです。私の方こそ焦っちゃって……ごめんなさい」

「いいよいいよ。気にしないで」


 このままいくとお互い謝り合戦となってしまうのでここで無理やりに話を終わらせる。

 俺は思案顔になりながら違うことを呟いた。


「しかし魔力切れか……初めてなったな」


 俺自体戦いでは魔法を使わない。というかよく使い方が分からないと言った方が正しい。日常生活でも魔法なんてのはリカバリーぐらいなので、魔力切れとはほぼ無関係だ。

 こんなにも体が動かなくなるのかと実感すると、結構気をつけないとやばいぞ。


「私は何度かありますけど……でも、あんなのは初めてです。急に倒れるなんて」

「普通はそうじゃないの?」

「はい。だいたい前兆というかそういうのがあるので。ちょっと体が重いなって感じ始めて動きも鈍くなります。リュウカさんみたいに急に倒れるなんてことはまったく」

「今回のリュウカさんの倒れ方が異常なのです。別の理由を疑って治癒魔法を使ってしまうのも無理ありません」


 この大陸の現地人である2人はすらすらと会話を進めていく。

 しかし、異世界から来た俺にはよく分からない話だった。


「なんで治癒魔法じゃダメなんです? ほとんどの症状は治せるんじゃ……」


 というかそんなイメージが強い。ゲームでも物語でも、大方の状態異常は治癒魔法で治せる。

 だが、どうやらこれに関していえば違うらしく、クオリアさんが説明してくれる。


「リュウカさんの言う通り治癒魔法は万能な魔法であるのに代わりはありません。しかし、こと魔力切れにおいてはあまり効果をなさないのです」

「なんで」

「治癒魔法というのは発動者個人の魔力や空気中の魔力を使い、自分や他の人の症状を治すものです。しかし、それだけだと自分はともかく、それ以外を治すのには少々の時間がかかります。なので治癒魔法をなにかにかける場合、ほとんどがさらにもう1つの魔力を使います」

「そのもう1つの魔力というのが、治癒魔法をかける対象に元々から宿る魔力なんですよ」


 シャルロットがニコッとした笑顔でそう言った。

 クオリアさんも頷く。


「はい。発動者及び空気中の魔力でも治せることは治せるのですが、即効性は弱いのです。しかし、治したい人や物が元々持っている魔力を使えば効果は変わってきます。元々あるということはすなわちその人や物に一番馴染んでいるものということ。症状への相性は抜群です」

「あ~なんとなく分かってきました」


 つまるところ、体内の代謝を無理やりに高めて自然治癒という形で治すといった感じだろう。魔法なので奇跡のような所業だが、やっていることは地球とあまり変わらない……いや、別もんだろ。これ。


「魔力切れで体内の魔力がないんじゃ、確かに効果は薄いですね」

「はい」

「で、あのジュースみたいなのは?」

「魔力を織り交ぜた液体です。主に魔力供給として販売されてます」

「なるほど……エナジードリンクか……」

「えな……なんですかそれ?」

「う、ううん。こっちのはなし」


 ぼそっと言ったことだが肩を借りてるシャルロットには聞こえてしまっていたようだ。適当にごまかす。


「いや、でも、それにしてもびっくりした。急に体の自由が利かなくなったんだもん。正直焦ったー……」

「私もです……」

「まぁそれは仕方がないと思いますよ。移動系魔法はあまりに使う魔力が多いですから。むしろ連続使用できた段階で私としては驚きでしたね」

「そうなんですか」

「はい。空間1つを形成するような感覚ですからね。並みの魔力では1回出来るかどうか。失敗してもその段階で魔力はほとんどなくなります」

「じゃあリュウカさんの魔力量って」

「おおかた他の方よりも多いのでしょうね。まぁ、今更驚きませんけどね」

「すごい……」

「ふふん」


 シャルロットの羨望の眼差しに鼻を鳴らす俺。クオリアさんの視線が冷たい。


「でもどうしましょうか。これでは食事が……」


 ぐぅ~~ぎゅるるるる……―――シャルロットの言葉で忘れかけていた空腹感が戻ってきた。俺のお腹が盛大に訴えかけてくる。


「どうしよう……魔力切れでさらにお腹が」


 違う理由で倒れそうだ。

 シャルロットも苦笑いしながらお腹をさすっている。


「市場に行くしかありませんね」

「でも……」

「はぁ……まぁ別に高くないですし構いませんか……」


 クオリアさんがなにやらぶつぶつ呟いている。

 すると、俺とシャルロットの視界にクオリアさんの両手が映り込んできた。両手には一本ずつあの缶が握られている。


「これは」

「どうぞお飲みください」

「い、いいんですか?」

「構いませんよ。魔力も体を作る栄養源の1つ。少しは空腹感も紛れるでしょう」

『あ、ありがとうございます』


 俺とシャルロットは同時にクオリアさんにお礼を言うと、そのまま突き出されている缶を受け取った。プシュッという気持ちい音と共に俺とシャルロットはまったく同じタイミングで缶に口をつける。清涼感のある液体が喉の奥に染み渡る。


「それを飲み終わったら市場に行きますよ。場所は私が教えますから」

「ふぁーい」


 エナドリを飲みながらクオリアさんに相槌をうつ。

 シャルロットも首を縦に振っていた。

 

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