第129話 移動系魔法のやり方
「……本当にやるんですか?」
「何度言われようとやりますよ。むしろそう言われれば言われるだけ果然やる気が湧いてきます」
1人で玄関の扉を前にして燃えている俺に対し、シャルロットの苦笑いした声が後ろから聞こえて来る。
「あははは……リュウカさんって意外と負けず嫌いですよね」
「そうなのですか? 私には単に出来ないと言われてムキになっているだけの子供の様にしか」
「あー……まぁたぶんそれも」
「違いますー。別にクオリアさんが失敗するって言ったから、その顔を驚きで歪めてやろうなんて思ってませんよー」
「これは思ってますね」
「……ですね。ごめんなさい」
「シャルロットさんが謝る必要はありませんよ」
俺の子供っぽい反応に、残りの2人が大人の対応をしていた。
「まぁ、動機はともかくとしてやる気だけは伝わってきました。では今から瞬間移動系の魔法の発動方法をお教えします。まず、ドアノブを掴んでください」
「よっし。そう来なくっちゃ」
俺は言われた通り目の前にあるドアノブに手を伸ばした。
「掴みましたよ。あとはどうするんですか」
「簡単ですよ。ドアノブに魔力を注ぎながら自分が行きたい場所を想像するのです」
「それだけ?」
「はい」
「なーんだ。じゃあ簡単じゃん」
「と、思うでしょう。まぁやってみれば分かります」
クオリアさんの挑発するような言葉に眉をひそめながらも、俺は目を閉じドアの先に広がる空間をイメージした。
今俺が一番行きたい場所はリーズさんの宿屋。あの、食堂兼ロビーとなっている1階を想像する。
扉を開けると木造の机と椅子。空間の真ん中にはリーズさんが立っている受付。そしてコの字になっている2階部分の廊下と部屋の扉。
事細かく鮮明に頭の中でイメージをおこしていく。
そして俺がこれ以上ないぐらいリーズさんの宿屋を頭の中で作り上げたところで、体の中心から手にあるドアノブへと温かい何かを送っていく。
ちなみに魔力の動きは俺の想像でしかない。魔力が見えているとかそんなことはまったくないので、温かい何かという表現も想像だ。本当に魔力が温かいかといえばはたしてどうだろうか。分からん。
しかし、シャワーとかもこういった感覚でやっているので魔力を注ぐということに間違いはないはずだ。
俺は確固たる確信の元、目を見開くと勢いよく扉をあけ放った。
「リーズさん! 私にご飯を食べさせてください!」
はたして扉の先に見えてきたのは―――何も変わらないこの家から見えるナイルーンの風景だった。
アイリスタでは聞こえるはずのない波の音もバッチリと耳に入ってくる。
「…………」
「失敗ですね」
クオリアさんが驚くことなく事実だけを伝えてくる。
「なんで! イメージは完璧だったのに!」
「たとえイメージが完璧だとしてもそうそう簡単にできるものじゃありません。初めからそう言っています」
「だって!」
俺がクオリアさんに涙ながらに詰め寄ろうとすると、シャルロットが近づいてなだめてくれる。
「まぁまぁリュウカさん。まだ1回の失敗じゃないですか。大丈夫ですよ」
「シャルロット……優しい。大好き」
「ありがとうございます」
シャルロットに手を引っ張ってもらいまたしても玄関の前に立つ。
ドアノブを握ると目を閉じた。
「クオリアさん。他にアドバイスはないんですか?」
「そうですね。強いて言えばあまり大きい空間は想像しない方がいいということでしょうか。移動系の魔法は先の空間が小さければ小さい程成功率が上がります」
「分かりました」
小さい空間……小さい空間……そうだ。部屋を想像しよう。俺がこの世界に来てお世話になり続けていたあの部屋。窓とベットとクローゼットと化粧台のみのこじんまりとしていながら、シンプルで落ち着くあの部屋だ。
それだったらイメージするのも苦じゃない。
すぐに俺は扉を開けようとした。
「ちょっとお待ちください」
しかし、クオリアさんのぴしゃりとした声が俺の手を止める。
「なんですか。今完璧なイメージを」
「どこのイメージですか」
「そんなの決まってます。宿屋リーズの一室です」
「やっぱり……すみません。説明不足でした」
クオリアさんは頭に手を当てると、少しだけ前に出て不足した内容を説明し始めた。
「移動系魔法といっても使用には条件があります」
「条件?」
「はい。移動系魔法で移動していいのは公共に開けてある場所もしくは、魔法使用者がその場所を使ってもいいと事前に許可を取ってある場所のみとなっています。つまり、たとえいくら宿屋リーズが客入りの悪い宿屋だとしても、誰かが使用する可能性のあるチェックアウト済みの宿屋の一室に入るのは規定違反になるのです」
クオリアさんの説明はすべてにおいて納得のものだった。
まぁ確かにいきなり自分の部屋に見知らぬ誰かが入ってきたら、おちおちのんびりもしていられない。それこそ移動系魔法が使える奴は不法侵入しまくりの犯罪者ということになってしまう。
だが、クオリアさんの説明は的確すぎてやばかった。宿屋リーズが客入りの悪い宿屋とは……ごめんなさいリーズさん。言い返せませんでした。
「確かにそれもそうですね……どうしましょうか。リュウカさん」
「諦めるのが賢明だと私は思いますけどね」
「諦めませんよ。私はやります」
俺はクオリアさんの助言を無視して目を瞑るとイメージを再開させた。
「リュウカさん。規定違反は拘束の対象となります。無理にでも強行しようものなら、私としてもギルド職員として見過ごすことはできません。あなたに手荒な真似をしなければならなくなります」
「その必要はありませんよ。一室は一室でもちゃんと許可はとってありますから」
「どういうことですか?」
「簡単な話です」
俺はそのまま目を開け、ゆっくりと扉を開けていった。
「私、宿屋を出るときチェックアウトの手続きしてないんですよ」
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