第128話 現れたのはもちろん……
声のした方を見ると……ていうか、響いた声でだいたいの予想は出来るのだが……思った通り、我が家の玄関を勝手に開けてこちらを見ているクオリアさんの姿があった。
相変わらずギルド職員の制服に身を包んで、眼鏡の奥の目からは感情が読み取れない。怒っているのか呆れているのか、ツリ目がちの目からはさっぱりだ。
「クオリアさん」
クオリアさんの登場に気づいたシャルロットは椅子から立ち上がると、出迎えるようにクオリアさんの前まで歩いていく。
「おはようございます」
朝の挨拶のためにお辞儀をするシャルロットに、ついつい日本人の姿を重ねてしまう。俺が男だったらいい嫁さんをもらっただろと誰かに自慢したくなるぐらいだ。
「おはようございますシャルロットさん。なにか変なことありませんでしたか?」
「はい? 変なことですか……?」
「ええそうです。だって、ねぇ」
クオリアさんは含みのある言い方で椅子に座ったままの俺を横目で見た。
やめろこら。シャルロットは純粋な子なんだぞ。変なイメージをつけようとするんじゃない。
しかし、クオリアさんの含みのある言い方はシャルロットには全く通じなかったようで、シャルロットはキョトンとしたまま固まってしまっていた。
クオリアさんは咳払いをすると、失礼しましたとばかりに頭を下げる。
残念。クオリアさんの俺いじりはシャルロットには通じないようだ。
俺は得意げな顔になりながら椅子の背もたれに片腕を乗せると、上半身だけで2人を見た。
「おはようございますクオリアさん」
「おはようございますリュウカさん。なにやら嬉しそうですね」
「いえいえまさか。そんな。決してクオリアさんの作戦が失敗したことを笑っているわけではないので気にしないでください」
満面の笑みで俺はクオリアさんを逆にいじってやった。やり返しだ。
クオリアさんの額には小さな青筋が立っている。目だって今ならよく分かる。怒っている。
がしかし、クオリアさんは俺に危害を加えることなどできない。
なぜなら、クオリアさんの前にはなにも分かっていないシャルロットがいるのだから。
今だって「作戦……?」と首をかしげている。
こんな子の前で意味もなく俺を叩くなんて出来まいよ。はっはっは。俺の勝ち――――バタンッ!!
「リュ、リュウカさん!? 大丈夫ですか!?」
「イタタタ……椅子が急に倒れて……」
「気をつけてください。どこ打ちました? すぐに治癒魔法で治しますね」
「あ、ありがとうシャルロット。とりあえず体全体をお願い」
「分かりました」
俺の体が緑の光に包まれる。
ちょっとした痛みなどどこかに消えていく。
すると、クオリアさんがこちらに歩いてきて俺を見ながらしゃがみこんだ。
タイトスカートと黒いタイツの太ももが目の前に来る。アングル的には最高なのだが、上の顔を見ると素直に興奮も出来ない。
「大丈夫ですかリュウカさん。いくら嬉しくても椅子が倒れるぐらいまで体を前に出してはいけませんよ」
「クオリアさん……あなたの仕業ですか……?」
「なんのことかさっぱり分かりませんね」
「いやおかしいでしょ。急に椅子が傾いたんですよ。まるで私を倒れさせるためかのように急に」
だいたい俺は体を乗り出していない。
いくらクオリアさんがシャルロットの純粋さにやられ失敗していたとしても、普通に椅子に座っていただけだ。なのに急に椅子が背もたれから地面に傾いた。明らかにおかしい。人為的だ。この人、魔法使ったな。
倒れている俺にクオリアさんが手を差し伸べてくる。俺はその手を恨まし気に見つめながらも掴んだ。
引き上げられた俺の近くにクオリアさんの顔が来る。
すると、シャルロットには聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「すみません。ニヤニヤしている顔があまりにも我慢ならなくて」
「あんたどんだけ俺のこと嫌いなんだよ……」
「嫌いというわけではありません。ただ、あなたにバカにされるとどうしてもやり返したくなるんです」
「そうですか。それはそれは……認めるんですね。魔法で椅子を倒したこと」
「はい。もちろん」
この人は……なんていい笑顔で認めるんだ。
しかも、シャルロットにうまいこと表情を隠しながらこちらに皮肉たっぷりの表情を見せてくる。
勝てる気がしない。
俺はクオリアさんから離れると、シャルロットが戻しておいてくれた椅子に座り直した。
「……まったく、こっちは転生者だぞ。もっと丁重に……」
「? なにか言いましたかリュウカさん」
「う、ううん! なんでもないよシャルロット! なんでもないよ!」
「そうですか?」
「うんそう! それよりもありがとシャルロット! 元気になったよ!」
「よかったです。でも気をつけてくださいね」
「うん。ありがと」
ほんとシャルロットは優しいなぁ。女神の様だ。悪魔憑きなんてありえない。
むしろ悪魔憑きは……
「シャルロットさんの言う通りですよリュウカさん。いくら嬉しくても落ち着きがなさすぎます。たとえ空腹で倒れそうでも、まずは落ち着いて状況を見極めなければギルドメンバーとして長く生きていけませんよ」
さも倒れたのは俺の落ち着きのなさが原因かと言うように、自分への疑いを消しているクオリアさんではなかろうか。悪魔並みの白々しさだ。
ていうか、この人なんで当たり前のように俺たちの対面に座っているのだろう。歓迎した覚えはないぞ。
しかし、シャルロットはクオリアさんの登場に歓迎しているのか、対面に座った途端助けを求めるように体を前のめりに出す。
「そうなんですよクオリアさん。私たち困っているんです」
「分かっていますよ。聞こえてきましたから」
「それで……瞬間移動みたいな魔法があるって本当なんでしょうか?」
「はい。嘘は言いません。瞬間移動系の魔法は確かに存在します」
クオリアさんは先ほどの砕けた空気から一転して、ギルド職員のような硬い空気を醸し出す。
俺は方肘をついた体勢でクオリアさんの目を見つめた。
「嘘は言いませんねぇ……証拠はあるんですか?」
「私です」
「はい?」
「私がここにいる。それが全ての証拠です」
「はぁ……」
この人は何を言っているんだろうか。そう呆れかけたが、しかし昨日の夜の説明を思い出して俺は納得した。
ギルド会館は裏で全ての支部と繋がっている。ここにアイリスタ支部所属のクオリアさんがいることそれが、この大陸に瞬間移動系の魔法が存在する決定的な証拠だ。
まぁ、実は昨日からナイルーンに泊まって、朝になってこっちに来たというのなら話は別だが。
「これでは証拠として弱いですか?」
クオリアさんは俺の疑いの眼差しに、さらに眼光鋭くして見つめてきた。
いろいろ思うところがあるが、クオリアさんが俺たちに嘘の情報を伝えても何の得もないことから、変な疑いはかけないことにした。
どっちにしろ、先ほどの言葉で忘れかけていた空腹感も自覚してしまった今、こんなことに時間をかけたくない。
「分かりました。信じます」
「ありがとうございます」
「それで? どうやったら使えるんです? 瞬間移動ってのは」
「それは……」
「それは?」
「……原理は説明できますが、瞬間移動系の魔法は特異中の特異魔法。使えるかどうかは分かりません」
「どういうことですか?」
シャルロットが少し不安げに眉を寄せる。
「瞬間移動系の魔法は常識よりも多くの魔力を使います。そのため使える方は限られてきます。それこそ支部長クラスにならなければ使えません」
「そんな……」
「? ごめん。よく分かんないんだけど」
「簡単に説明しますと、この大陸全土でも指折り数えられる魔法の使い手にでもならなければ瞬間移動なんて出来ないということです。もちろん、ギルド職員の私たちも使えません」
「まじか……じゃあ職員の人はどうやって移動を?」
「支部長が各支部に繋がる扉を会館内部に設置してくださっているのです。職員はその扉を利用して支部間を自由に行き来しています」
「あー……どっかの青いロボットの道具みたいだな……」
妙に納得してしまった。
「つまり、原理をクオリアさんから教えてもらっても、実際に上手くいくか分からないと」
「はい。十中八九失敗するはずです」
「おー言ってくれるね。これはやりがいがあるじゃない」
「リュウカさん? まさか……」
「やってみようよ。物は試しでさ」
俺はそう言って若干あきらめ気味のシャルロットをおいて1人椅子から立ち上がった。
「クオリアさん。扉は何でもいいんですか?」
「はい。扉自体に決まりはありません。ですが……本当にやるんですか?」
「もちろん。こっちは空腹で死にそうなんです。なにがなんでも成功させます」
気合バッチリ。俺は手っ取り早くこの家の玄関の扉の前に陣取った。
「普通に市場に買いに行った方が早いような……」
「ま、まぁリュウカさんがやる気になっているのでここは。それに、もし瞬間移動が使えるようになれば私としても便利というか……」
「シャルロットさん……あなた意外にいい性格してますね」
「そうですか? でももしそう感じるならきっとリュウカさんのおかげですよ」
「はぁ。そうですか。まぁ、あまりあの人を見習うのはオススメしません。シャルロットさんの未来のためにも」
「え? いったい……」
「いずれ分かります」
シャルロットとクオリアさんも合流してくる。
さらりとクオリアさんがシャルロットに釘を刺していたが、今は聞かなかったことにしよう。俺はどっかの誰かとは違って心が広いからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます