第127話 人間の暮らしに大切な3つのこと
シャルロットとの幸せな朝を迎えた俺は、1階におりると外から入ってきたシャルロットと一緒にリビングの椅子に腰かけた。
「やっぱり海沿いの街の朝は清々しいね」
「はい。私もつい外に出てしまいました。そのせいか朝から髪がごわごわです」
「ああそっか。潮風だもんね」
「そうなんですよ。だからしっかりとリカバリーしないと」
シャルロットはそう言うとフードを取り自分の髪の毛を下から上に払いあげた。
少し透明がかった真っ白な髪が舞い、朝の光に照らされる。
「これで大丈夫です」
「綺麗になった?」
「はいもうばっちりです。リュウカさんはしないんですか?」
「私? 確かにそうだね」
気にも止めていなかったが、シャルロットに言われ俺は自分の髪を触る。
そのごわごわ加減に眉をひそめた。
手で梳いても引っかかりもしなかった髪が、今は少しだけ引っかかる。
男のときなど気にもしてなかったことだ。男から女になり、今まで結構適当に手入れしてきたこの髪。それでも大したダメージも入ることなくサラサラストレートだった髪でも、さすがに自然の猛攻には耐えられなかったようである。
俺もシャルロットにならって自分の髪を払いあげた。
しっかりと元の艶と清潔感が戻ったのを確認し、シャルロットに笑顔を向ける。
「こっちもばっちり」
「よかったです。これからはこのリカバリーが欠かせませんね」
「だねー。女は髪が命だもんね」
「はい!」
俺のどこかで聞いたセリフをそのままいった発言にシャルロットは勢い良く頷いた。
世界が変われど女性の美意識の高さは共通の様だ。
魔法で一瞬で元通りになるぶん、こちらの世界の方が女性からしてみれば楽なことこの上ない。地球の女性たるや、男の俺では想像もできないほどの時間と労力を費やして日々美容を保っている。頭が上がらないな。
「リュウカさん。これからどうします? ナイルーン2日目ですけど……ギルドメンバーの私たちに出来ることといったら会館に行き依頼を達成することぐらいしか」
「うーんそうだな……」
シャルロットの提案はもっともなことだが、俺は首をかしげて少し考えた。
アイリスタのときはノリと勢いだけでやっていたが、失敗も多々あった。なによりも魔物に追われることが何度もあり、走り回ってしかいないような気がする。ストレージを落としピンチにもなったし、シャルロットがいる今、それがどこまでいくのか分からない。
もちろん今の実力であればまずそこらの魔物に負けることはないが、永続的にお金が入ってくる今、それよりも低い報酬の依頼をこなす必要はないに等しい。
俺たちにとってはまず、この新しい生活を安定させることの方が大事だ。お金とかではなく生活能力向上が当面の課題となるだろう。
俺はそう1人で結論付けると、シャルロットと向き合った。
「依頼は少しだけやめておこうか。別にお金にも困ってないし、やらなくてもいいでしょ」
「リュウカさんがそう言うなら私は異論ありません。もっとも、頼ってばかりもあまり心地よくありませんけど」
「まぁ、だよね」
気にしないでいいって言いたいが、シャルロットの真面目な部分がそれを許さないことはもう聞くまでもない。
シャルロットのためにまったく依頼をこなさないわけにはいかないが、ひとまず今最も大事なことは他にある。
「依頼は後々ってことでさ。シャルロット」
「はい」
「……料理できる?」
「はい?」
俺の急な質問にきょとんとするシャルロット。
真ん丸な目が点になっている。こんなちょっとのこともめちゃくちゃかわいい。
「いや、昨日から私たち何も食べてないでしょ。もうお腹が空いて空いて」
俺は自分のお腹を触りながら、空腹感を紛らわそうと机に上半身を預けた。
今現在、俺たちの目下でくすぶっている地雷はこの空腹感だ。
衣・食・住のうち、すでに衣と住は手に入れた。
しかし、人間生きていくうえで一番重要といってもいいのが残りの食だ。
そして俺たちはその食を手に入れるすべを持っていない。
「確かに。そう言われると私もお腹が空いてきました」
今まで自覚していなかったのか、シャルロットは自分のお腹を押さえると、苦笑いを浮かべてこちらを見てきた。
「それで料理なんだけど……シャルロットできる?」
「一応ちょっとしたのならできますよ。リュウカさんは……無理な感じですかね。私にその質問をするってことは」
「うん。まったく」
俺は自身満々に頷いた。
レンジでチンッとか、お湯注いで3分とかを料理に加えてもいいのならまったくできないというわけではないが……ここは異世界で電子レンジなんてものはない。カップ麺なんてもってのほかだ。
「少しだけ確認しますね。もしかしたらってこともありますから」
シャルロットはそう言い立ち上がるとキッチンの方へと歩きだした。
シンク兼ストレージとなっている場所に手を入れ、中を確認する。しかし、出てきた手には何も持たれていなかった。
「さすがに食材はありませんね」
「だよねー……」
「買いに行きます? 一応、もらった地図に市場みたいなのは書いてありましたから」
「それがベストなんだろうけど……」
きゅるるるるる……―――
虚しい音が俺のお腹から聞こえて来る。
自覚してしまったが最後、昨日歩きまわった疲れと相まって空腹感が限界へと達してしまった。
今から地図に書かれている市場に行こうにしても、歩くだけの気力は俺には残されてはいない。
「あはははは……無理そうですね。お腹がそう言ってます」
「ごめんねシャルロット……」
「いえいえ。でもどうしましょうか……私だけでもその市場に行きたいところなんですけど、手持ちがありませんし」
「あぁそっか……私のストレージを貸すことは」
「無理です無理です。いくらパーティーメンバーとはいえ、他の方のストレージで買い物はできません。特別な魔法で本人以外金銭の取引はできない、そういう仕様になっていますから」
「だよねー」
「第一、もし私1人で市場に行ったとして、食材を買って帰れるかは50%あるかどうかです。自慢じゃありませんけど、悪魔憑きをなめないでください!」
シャルロットは胸を張ってそう言い張る。
「胸張って言うことじゃないよ。シャルロット」
「あはははは……ごめんなさい。私も空腹でおかしくなっているのかもしれませんね」
万事休すとはまさにこのこと。
2人して空腹にやられてしまい、どうすることも出来ないでいた。
リーズさんのご飯が恋しい。
「あぁ……アイリスタに戻れればいいのにな」
「ですね」
「こうパッと瞬間移動でもして、リーズさんの宿屋に行けたらな……そんな魔法あるわけないよね。あったらみんな使って」
「―――ありますよ。瞬間移動系の魔法」
すると突然、俺の愚痴を遮るように、家俺やシャルロットと違った凛とした女性の声が家の中に響き渡った。
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