第126話 幸せな朝
ナイルーンの初めての朝は、海から吹く心地よい潮風で目を覚ました。
俺の寝室には窓が1つだけあり、家の立地が海に面した崖の上であることもあってか、潮風が簡単に部屋の中に入ってくる。
これで雀の鳴き声でも聞こえて来ようものなら、朝チュンといったところだが、残念ながらベットには俺1人だし、雀の鳴き声はするわけもなく、さざ波の音だけが耳に届いてくる。
俺はベットから立ち上がると開け放たれた窓を閉めるように歩き出した。
「ん……閉めてなかったっけ?」
小首をかしげながらも、とりあえず窓を閉めようと外枠に手をかけたところで、不意にそれをやめた。
窓の下の崖の上に人影が見える。
長く白い髪に体に纏っている白いローブ。そして頭頂部に生える人間にはあるまじき獣のような耳。
シャルロットが朝日を浴びながら潮風で揺れる髪を耳にかけていた。
どこか幻想的な光景に俺は少しだけ目を奪われる。
すると眼下のシャルロットは俺の視線に気づいたのか、こちらを向き笑顔で挨拶をしてくる。
「おはようございますリュウカさん」
「……あ、ああ。おはよシャルロット」
見惚れていた俺は少し慌てたような返答になってしまった。
シャルロットはそれが面白かったのか、ふふっと表情をほころばせると、今度は手を振ってくる。
俺もそれに手を振り返しながら話しかけた。
「シャルロットが窓開けてくれたの?」
「はい。勝手に部屋に入ってごめんなさい。とても気持ちよくてつい」
「全然いいよ。確かにいい風だね」
俺も朝日に照らされた海を見つめながら、慣れた手つきで男のころにはなかった風に流れるほどの長い髪を耳にかけた。
まさに深窓の令嬢。外から見ればどこか神秘的な光景にも見えるであろう自分に、ふとに笑みがこぼれる。
毎朝この光景が見られると思うと、この家を買い取って正解だったな。朝から気持ちいい風に起こされるのはちょっとした憧れがあったのだ。
観光名所な街なだけある。朝起きるだけでもわくわくしてたまらない。
「……幸せだな」
ついつい素直な言葉が口から勝手に出てしまう。
眼前には広大な海。その海が造り出す心地よい潮風。そして眼下に佇むケモミミ白髪美少女。
勝ち組だと言っても過言ではない情景に、幸せなため息がもれる。
「リュウカさん! 私、生きるの諦めてなくてよかったです! こんな綺麗な景色があったなんて知りませんでした」
シャルロットの楽し気な声に合わせるように、頭頂部の耳もピョンピョンと動いている。
俺も笑顔で頷いた。
「そうだね」
「お姉ちゃんにも見せてあげたいです」
「アーシャさんもきっと喜んでくれるよ」
「ですかね」
「絶対にね」
「ふふ。楽しみです。お姉ちゃんがこの景色を見たときにどういった表情をするのか。想像できません」
「まぁ確かに、景色を愛でるってタイプじゃないよね」
「はい。お姉ちゃんこういうの見てなに思うんだろう……リュウカさんならどう思うと思います?」
「さぁ。妹のシャルロットが想像できないなら、私にも分かんないかな。ただ一つだけ言えるとしたらさ」
俺は一拍置いて、窓の冊子に手を乗せながら体を少しだけ前に出すと、下のシャルロットの目を見つめニコッと笑って見せた。
「笑顔になるんじゃないかな」
「………はい」
シャルロットは俺の言葉を噛みしめるような間を置いた後、静かに頷いた。
たぶん間違っていない。アーシャさんは喜ぶだろう。
それは景色がいいからとかそういうのじゃなく、ただ単純に悪魔憑きとして一度は心を閉ざそうとしてしまったシャルロットが、笑顔で自分の知らない景色を教えてくれるということに対してだ。あの不器用で素直になれない、誰よりも妹想いの姉にはどうしようもなく嬉しいはずだ。もしかしたら泣くかもしれない。
アーシャさんが見せようとした世界を今、シャルロットは見ている。
決して一人じゃたどり着けなかった場所。悪魔憑きで自分の命をないがしろにしかけていたシャルロットが、生きててよかったとも思える景色。
こんなシャルロットを見たら俺の選択も間違ってなかったと改めて思えてきた。
パーティー継続してよかった。
心からそう思い、俺はナイルーンでの2日目を始めた。
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