第125話 1日の終わり

 駄目サキュバスとはいえ、淫魔らしい豊満な体で素晴らしい体験をさせてくれた後、あいつはニヤニヤしながら来たときと同じく、天井をすり抜けるように去っていった。

 俺の反応が楽しかったのか、また来るねと捨て台詞を残した程だ。

 俺は適当に悪態をついて見送ったが、内心ちょっと楽しみでもある。男としてまたあの体験が出来るとなるとわくわくが止まらない。

 いいのか悪いのか、駄目サキュバスのおかげで俺が悲観していたこと1つの活路が見えた気がした。

 つまり、見えなくても感触は分かる。そういうことだ。あとは思春期男子の妄想力でカバーすれば割といける!

 火照った体にリカバリーをかけ、気持ちを落ち着かせたところで風呂のドアを開ける。


「リュウカさん」


 すると、ドアの前にシャルロットがいた。

 なにやら少しだけ心配そうな表情なのは気のせいではないだろう。 

 俺は少しばかりびっくりしながらも冷静にシャルロットを見つめる。


「シャルロット。どうしたの?」

「いえその、ずいぶんと長いお風呂だなと思って」

「もしかして心配してくれた?」

「はい……」

「そっか、シャルロットは優しいね。ありがとう」


 俺はそう言って後ろ手でドアを閉めると、ネコミミがかわいらしいシャルロットの頭を撫でた。

 心配で垂れ下がった耳が徐々に上がる。


「でも大丈夫だよ。私は元気だから」

「みたいですね。お肌もなんだかつやつやしています」

「まぁ、いい体験できたから」

「はい?」

「なんでもないよー」


 俺はシャルロットの頭から手を離すと、そのまま歩きだす。

 まさかドア1つはさんだ先に上級悪魔がいたとは言えまい。しかもサキュバスで、生の胸を押し付けられていたなんて、純粋なシャルロットに聞かせたらどうなることか……俺の良心が痛む。

 しかし、それにしてもシャルロットの態度をみるに、あれだけ暴れても音も何もシャルロットには聞こえていなかったみたいだ。音を遮断する魔法は完璧に効力を発揮している。シャルロットが俺とクオリアさんの会話を聞いている可能性はこれで完全になくなったと言ってもいいだろう。

 歩き出した俺にシャルロットが後ろをついてくる。

 リビングに向かうと、とりあえず近場の椅子に座る。


「ふぅ~」


 俺が一息入れると、シャルロットが俺の前にコップをおいてくれた。中には水が入っている。


「どうぞ」

「ありがと」


 火照った体を冷ますように俺は出された水を一気に飲み干した。


「っぷは~! いや~、おいしい!」

「ふふっ。なんだがオジサンっぽいですよリュウカさん」

「えぇー! そうかなぁ?」

「はい」


 シャルロットはニコニコ笑顔で俺の言葉を肯定すると、隣の椅子を引き自分も腰を下ろした。


「よかったです」

「ん? なにが?」

「リュウカさんに笑顔が戻って」

「あぁ、それはその……まぁね」

「リュウカさんがお風呂に行ってから、私、少しだけ後悔していました」

「後悔ってどういうこと?」

「その……なにも知らないのに軽い言葉をかけちゃったんじゃないかなって」

「そんなこと。気にしなくていいのに。それに、私は普通に嬉しかったよ。シャルロットの言葉」

「でも!……私はリュウカさんのことをまだよくは知りません。たびたび出てくるしずくさんとの関係性も、なにも知りません。なのに会えますなんて簡単なこと言っちゃって。冷静になったら私,なに言ってるんだろうって思ったんですよ。ごめんなさい」

 

 シャルロットが頭を下げたので俺は慌てて大きな声をあげる。


「いやいやいや! 謝らなくていいよ! 本当に!」

「でも」

「いいの!」


 やや無理やり気味だがシャルロットは頭をあげてくれた。


「お世辞でもなんでもなくシャルロットの言葉は嬉しかったよ。1人じゃないって思えたし、雫雫ってなってた私の視野を広げてくれた。それだけでありがたかったから。謝らないで」

「リュウカさん……」

「シャルロットに謝られたら私の方が悪くなっちゃうよ」

「そう、ですか?」

「そうそう。それに私たちはパーティーなんだから。気の遣いあいなんて疲れちゃうよ。だから今後私に対して迷惑だったかなとか、余計な言葉だったのかななんて思わなくていいの。分かった?」

「……はい」

「よーし。じゃあもう今日は寝よう。多分いい時間だと思うから」


 時計なんてない。

 でも、街中を歩き回り完全に夜になってからこの家を買ったんだ。それからいろいろとあり、夜も相当遅い時間のはず。

 シリアスな話はやめて、今日のところはひとまず終わりにしよう。

 俺が椅子から立ち上がると、シャルロットもついてくる。


「っとその前に」


 コップを手に持ち、シンクの中に戻す。

 洗うのは明日でもいいな。正直まだこの世界に慣れていない。水を出すのも、洗い物をするのも、どこまでが手でやれて、どこまでが魔法なのかも見当がつかない。

 そこら辺のことはひとまずこれから徐々に覚えていくとして、俺はシャルロットと一緒に階段をのぼり2階へを向かう。

 廊下を進んで初めの部屋が俺の寝室で、奥がシャルロットとなっている。

 俺は自分の寝室で足を止め、シャルロットと言葉を交わす。


「お休みシャルロット」

「はい。おやすみなさいリュウカさん」


 簡単な夜の挨拶をすませ、俺はドアを開けると中に入ろうとした。

 しかし、シャルロットの目が何か言いたげに感じた俺は、体を止めてシャルロットともう一度だけ向き合った。


「シャルロット。言いたいことがあるなら言えばいいよ。変な気を使わないで」

「は、はい。その……じゃあ1つだけ聞いてもいいです?」

「1つじゃなくてもいいよ」

「いえ、今は1つで」

「そう? じゃあなにかな?」

「あの……しずくさんとは会えるんですよね」

「え……」

「なんかその、自分でも分からないんですけど、ずっと気になってて。会えるんですよね?」

「それは……」


 俺は言葉を詰まらせる。

 まさかここでそれを突き詰められるとは思わなかった。

 雫と会えるか。そう聞かれては答えは決まっている。


『二度と会えない』


 しかしそれを口にしてもいいのだろうか。

 シャルロットの会えるんですよねという言葉に込められた意味を理解できないほど、俺もバカじゃない。

 シャルロットは会えると言うのを待っている。

 俺はどう答えるべきか……。


「分からない」


 迷ったあげく、俺は一番中途半端な答えを口にしてしまった。


「分からないって……」

「言葉通りだよ。分からないんだ。雫には会いたいよ。でももう」

「そんな……まさか」


 シャルロットが俯く。

 目には涙が浮かんでいた。

 変な勘違いをしてしまっているのか。俺は慌てて言葉を繋ぐ。


「あぁちょっと待って。今の言い方じゃ勘違いするよね。違うよ。雫は死んでないから」

「そ、そうなんですか?」

「うん。生きてる。でも、会うのは難しいかな。それこそ奇跡でも起きない限り」


 シャルロットに言えるのはここまでだろうな。

 これ以上詳しいことを言えばシャルロットの常識を壊してしまう。


「なんでかは教えてはもらえないんですよね……」

「ごめん。いろいろと複雑なんだ」

「そうですか……」


 シャルロットは1回だけ顔を下げる。だが、今度はすぐに顔をあげた。表情はいつも通りに戻っている。


「分かりました。もうこれ以上は聞きません」

「ありがとう。あとごめんね」

「いいですよ。誰だって話したくないことはありますから。私もずっとこの耳のこと黙ってましたし。お互い様です」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 俺はそうして話を終わらせて部屋の中に行こうとする。

 しかしシャルロットの話はまだ終わってなかったようだ。


「でも、やっぱり会えるといいですね。リュウカさんがこれだけ会いたがってるって知ったらしずくさんもきっと喜びますよ」

「どうかなぁ。分かんないよぁ。雫のことだし、女々しいって言われるかも」

「それでも嬉しいんじゃないですかね。誰かから会いたいと思われるのって」

「そうかもね」

「……奇跡、起こってほしいです」

「ありがと。でも、会ったら会ったで困るんだろうけどね」

「え……どういうことですか」

「ううんなんでもない。じゃあお休みシャルロット」

「リュウカさん……?」


 シャルロットの不安げな呟きを遮るように、俺は部屋の扉を閉める。

 廊下の方の足音を聞く。ドアの開け閉めの音がし、シャルロットが部屋に入ったことを悟る。

 シャルロットには悪いことをしちゃったかな。遮ったことに対する後悔を浮かべながら、俺は備え付けのベットに横たわった。

 家人が今日までいなかったというのにベットからはほのかな花の香りが漂ってくる。

 真っ暗な天井を見ながら俺は先ほどの会話を思い浮かべていた。


「奇跡、か……」


 もし、奇跡で雫に会えたとしても、それはそれで辛い現実を見ることになるんだろうな。

 ただそれは俺が自分で決めたこと。シリアスなのは嫌いだからと、笑っていて欲しいからと思い俺が願ったこと。

 だから受け入れよう。

 俺はそのまま思考を手放し目を閉じた。

 夢ではなぜだか雫とあのキツネ耳のイケメン神様が出てきた。

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