第124話 サキュバスはバカにできない

「ふふ。これでリュウカも私のもの。駄目サキュバスなんて呼んで、私をなめてるからそうなるのよ。さぁそのまま私にそのかわいいお口で忠誠を誓いなさい。足でもなめてくれるかしら。下僕っぽく。あら? なに固まってるのよ。ご主人の足よ。なめれるなんて光栄じゃないの。さぁ、さぁ! はやく! 私にみじめな姿を見せなさいよ下僕リュウカ―――」

「―――うるせぇんだよこの駄目サキュバスが!!!!!」


 脱衣所と浴室に俺の怒号と共に大きな音が響き渡る。

 さっきまで余裕しゃくしゃく、勝ち誇った表情だった駄目サキュバスは、俺の頭突きにより物凄い勢いで脱衣所を抜け、激しい水しぶきを上げながら浴室にダイブした。

 

「ちょ、ちょっとなにすんのよ! ご主人に向かって!」

「なにがご主人だボケ!! きたねぇ足向けやがって! くそが! こっちはM気質皆無なんだよ!!」

「なっ。信じらんない! サキュバスの足はね、誰だってお金を払ってでも舐めたいって評判なのよ!」

「んなもん知るか!!」


 お湯につかってびしょびしょになりながらも、果敢に抗議して来ようとする駄目サキュバスに対し、俺は指の骨をならせながら近づいていく。

 駄目サキュバスといえども淫魔だけあり体自体きれいなのだが、あの勝ち誇ったような顔と態度に腹がたつ。あと、普通に足の裏を向けられてムカついた。


「お前、本当に練習してきたんだろうな」

「当たり前じゃない! お姉さまたちにいろいろ聞いて、人間のことも勉強してきて、太鼓判も押してもらったのよ! 自信満々だったんだから!」

「そうか。あれが太鼓判ね」

「な、なによ。なにが悪かったのよ」

「悪いだ? そんなもんじゃない。最悪だって言ってるんだ。なんだったらまだ最初の頃の方がマシだったぐらいだぞ」

「う、うそ」

「本当だ。言わせてもらうがな――――俺はB専じゃねぇんだよ!!!」


 俺は駄目サキュバスの胸ぐらをつかみ上げ大声をあげる。

 そう。こいつはよりにもよってイケメンがダメだからと今度は俺の周りに裸のブサメンを配置しやがった。

 これを怒らずしてどうしろというんだ。


「てめぇ、いい夢とはよく言ったもんだな。トラウマもんだぞ!!」

「嘘よ! だってだって!」

「だってなんだ!?」

「だって、お姉さまが言ってたんだもん! 世の中にはそういうタイプの人もいるって! だから私、リュウカもてっきりそっち側だと」

「ざけんじゃねぇ! んなもん一言も言ってねぇだろうが!!」


 またしても頭突きをお見舞いした。

 今度は胸ぐらをつかんだまま逃がさない。


「痛ッ――!! ちょっとあんた本気で私の頭割るつもりでしょ!」

「当たり前だ! これだけしてもまだ足りないぐらいだぞこっちは!!」

「ちょっちょ、やめて! 自慢の角が……! あんた私を殺す気!?」

「まぁそれも悪くないわな。さっきの淫夢は殺気がするほどに最悪だったしよ」

「いや、さすがにそのギャグは面白くな」

「あぁ!?」

「なんでもないですぅ!!」


 俺の言葉にいちゃもんをつけようとしたサキュバスを、俺は一喝で黙らせた。

 悪いが心に余裕はないぞ。


「なーにが下僕にしてあげるだ。期待したこっちがバカだった」

「うるさいわね。これでも自信はあったんだから。本当に下僕にできたって思ったじゃない。紛らわしい態度とらないでよね」

「黙りたくもなるだろ。あんなもん見せられて。こっちの気にもなれ」


 ていうか、なんでこの駄目サキュバスはナチュラルに俺のせいにしてるんだ。

 俺は興味を失ったように駄目サキュバスの胸ぐらから手を離した。

 

「もう帰っていいぞ。駄目サキュバスはそのままだけどな」


 そう言って俺が後ろ手で手を振ったが、しかし、駄目サキュバスは湯船から動こうとはしなかった。

 顔を下に向け表情はうかがい知れない。

 やばい。言い過ぎたか?

 俺は慌てたようにフォローを口にする。


「ま、まぁでもそのお姉さまの言ったことも一理ある。俺はそれに当てはまらなかっただけで、実際に人の趣味なんてそれぞれなんだ。いつかさっきの淫夢が効果的な奴が現れるって」

「…………」

「……別に本当に殺そうなんてしてないから。確かにムカついたし吐き気もあるけど、練習の成果はよく分かった。前よりもよりリアルに感じたから」


 まぁそれが俺にトラウマをくっきり残してくれたんだけど。

 駄目サキュバスは俺の言葉に頷きはしたが、それ以上何かを言うそぶりは見せなかった。

 俺としてもそれ以上かけてやれる言葉も見つからずに、止まった足を動かして、駄目サキュバスを掴むために入った湯船から出ると、シャワーの前まで行く。

 ただでさえ熱い浴室であれだけ感情を昂らせたんだ。汗も出る。洗い直しだな。

 近場にある椅子を持ち座り込むと、シャワーを手に取り、頭の中でお湯を出すイメージを膨らませる。

 無事にシャワーはイメージ通りお湯を放出した。

 手慣れたものだ。

 ボディーソープを手に取り、泡立てて……


「へぇ、体洗うんだ~」

「……駄目サキュバス。何の用だ。帰っていいって」

「今どきみんな魔法1つなのに変なの」

「別にいいだろ。放っておけって」


 もにゅん。

 背中に何やら柔らかいものが押し付けられる。


「お、おま、サキュバス! なにして」

「なにって手伝ってあげるんじゃん。背中、洗いずらいでしょ」

「だからって、どうして」

「ん?」

「どうして、胸を押し付けるんだよ!!!」


 せ、背中に柔らかい感触が。味わったことのない感触があります。

 し、しかもこの柔らかい中にあるコリコリとした感覚……


「お前、服は」

「リュウカ、ここお風呂だよ。服なんて魔法で消したに決まってるじゃん」

「だ、だからってお前。これは」

「あれー、もしかしてリュウカ、興奮してるのー?」

「そ、そんなわけ」

「まぁ仕方ないよね。サキュバスの体は性別とか生物とか関係なく虜にさせちゃうんだから」

「だ、だったらやめろって」

「嫌だよ。私だってね殴られっぱなしってわけにはいかないの。やり返さなきゃ」

「……お前まさか」

「そうよ。どうやってやり返そうか考えて黙ってたら、リュウカったら勝手に勘違いして。なーんか慌ててフォローとか始めちゃってさ。笑いこらえるのに必死で頷くことしか出来なかったよ」

「……せっかくの良心を返せ」

「いやいや、勝手に罪悪感持ったのはそっちじゃん。こっちに落ち度はないわよ。でも……」


 サキュバスが俺の耳元に口を近づけ囁いてくる。


「おかげでもっとリュウカを欲しくなっちゃった。本当に大好き。あなたのそういうところ」

「っ…………」

「あははは!! 恥ずかしがってやんの! まるで初心うぶな男の子みたい。サキュバス心をくすぐってたまらないわ。その表情」

「う、うっさいな! 駄目サキュバスの分際で!」

「でも体はサキュバスよ。気持ちいいでしょ。私のおっぱい」

「それは、まぁ」

「やめてほしくなんて?」

「ない、です」

「うふふ。よろしい。たっぷり気持ちよくしてあげる」


 悪戯っぽくもありながら色っぽい印象を与える独特の声を出し、駄目サキュバスはその豊満な胸を俺の背中に押し当ててボディーソープを泡立てていく。

 悔しいがさすがは淫魔。くそほど気持ちいい。虜になってしまっている。


 ほんと、男じゃなくてよかったーーーー!!!


 今日一番の歓喜の瞬間である。

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