第163話 嘘偽りのない言葉
「私は、私は決して情報を悪用しようなんて思っていません」
開口一番、シャルロットはそう言ってクオリアさんと対峙した。
俺はそれにホッと胸をなで下ろす。
しかし、すぐにクオリアさんの言葉で場に緊張がもどる。
「本当ですか?」
「はい」
「転生者がどういう扱いなのか知っていますよね」
「分かっています。全てリュウカさんから聞きました」
「お金のこと、力のこと、それらを聞いてシャルロットさんは本当に何も思わなかったんですか?」
クオリアさんは簡単には許してくれない。
シャルロットの真意を確かめようとして来る。決して嘘は許されない。うわべだけの言葉などすぐに見破ってしまいそうなほどにクオリアさんの目は鋭かった。
シャルロットはもう一度しっかりと自分の気持ちを確認するように、少しだけ間を置いた後、素直な気持ちで答える。
「何も思わなかった……そういえば嘘になります」
その言葉に俺の心がチクリとする。
自分の中でどこかシャルロットはなにも思っていないと決めつけていた部分があった。しかし、そんなことあるわけもなく、シャルロットだって思うところはある。
またしても雫と同じように決めつけてしまっていたと、少しだけ自己嫌悪に陥りかけた。
目を伏せたい気持ちの中、シャルロットの独白は続く。
「羨ましいなと思うことばかりです。私たちが必死になっても稼げない量の大金が、ただ他の世界から来たってだけで無償でもらえる。それに嫉妬しないとなったらそれはたぶん、人間じゃありません」
シャルロットの澄んだ声が、避けては通れない甘くない現実を突きつけていく。
「どうしてったずるいなって部分があります。不公平だって感情は少なからずあるんです。私も、きっと同じ立場だったらクオリアさんだって」
「そうですね。否定はしません」
クオリアさんも冷静に頷いた。
「せっかく頑張って強くなったのに簡単に超えられた。しかもそれがその人の実力じゃない。それじゃあ私達のいる意味は? この大陸で生まれた意味はどこにあるのってなります。嫉妬はしますよ。ごめんなさいリュウカさん。それにシズクさん」
シャルロットはそうして少しだけ潤んだ瞳で、俺と雫の2人に謝ってくる。
俺たち2人はそれに対して首を横に振る。
むしろこっちが謝らなければならないと思うぐらいシャルロットは誠意をもって接してくれていた。
それはまさに俺の力に嫉妬し、それでも自分が未熟だと責め謝ってきたアーシャさんと同じだった。姉妹だ。
あのときのアーシャさんと今のシャルロットはそれだけ同じ顔をしている。
「それで、シャルロットさん自身はどうします? 嫉妬して、やはり不公平だとして不満に思いますか? ギルドに不信感を抱きますか?」
クオリアさんが追い打ちようにシャルロットに迫っていく。
迫力満点のその言葉には、しかしどこかシャルロットに同情する部分も垣間見える。複雑な想いがあるのだろう。
シャルロットはクオリアさんの言葉を受け、すぐに首を横に振った。
そこには一切の迷いが見られない。
「思いません。確かにクオリアさんの言ったように不公平だとして抗議したくなる人もいるかもしれない。でも、少なくとも私はそう思いません。なによりそうなってはリュウカさんが困っちゃいます。私はそれが一番嫌なんです」
シャルロットはそっと自分の胸の前で手を握りしめる。
昔のことを思い出すかのように、ギュッと握った手を見つめて紡がれる言葉は、誰に対してでもなくただただこの空間に広がっていく。
「リュウカさんは私を受け入れてくれました。この世界の人間ではないとしても、悪魔憑きというのがどういったものと知ったあとで、リュウカさんは私を仲間だと言ってくれました。それが私には嬉しかった。なんて優しい人なんだろうって思ったと同時に、真っ暗だった私の視界に一筋の光が差し込みました。リュウカさんが暗いどん底の海に沈んでいた私を引き上げてくれたんです」
少しだけ恥ずかしくなる。
自然と俺の頬が熱くなるが、この場で誰一人としてシャルロットのその言葉を茶化すことなどしない。
あまつさえ雫までもが俺の方を見て優しい、それでいて呆れたような表情を向けてくる。
「私はそんなリュウカさんが、そして同じように思いやりのあるシズクさんが不利になるような状況は望みません。あの時に言ったあの言葉。あれに嘘偽りは全くありません。たとえずるかろうと、生まれた世界が違おうと、そして男だろうと、私はリュウカさんに守られたい。そうして願わくばいつか私も2人の隣に立って戦えるようになりたい。そう思っています」
「…………」
シャルロットの強くはっきりとした言葉が終わる。
クオリアさんは真剣にその言葉を聞き、本当に真実かどうか見極めるかのように目を合わせた。
シャルロットも珍しくそこだけは譲らないかのように視線をずらさない。
緊迫した空気の中、不意に笑い声が響く。
それはクオリアさんの方からだった。
「ふふっ。どうやら問題なさそうですね」
緊迫した空気が弛緩する。
柔らかくなったところでクオリアさん自身が優しい声音で話しかけた。
「すみませんシャルロットさん。試すようなことをしてしまい」
「いえ、私は全然」
「そしてリュウカさん、雫さん。この度の失礼な態度謝らせてください」
クオリアさんが俺と雫に1回ずつ頭を下げる。
俺たちはそれに慌てるように遅れて頭を下げると、もうそこには厳しい雰囲気をクオリアさんはいなかった。
「リュウカさんの言った通り、シャルロットさんは紛れもなく心の優しい方です。シャルロットさんであれば心配ありません。これからもよろしくお願いします」
最後に全員に向かって頭を下げると、クオリアさんは笑っていた。
それは今まで見たこともないほどの優しい笑顔で、きっとこれから2度としてこの笑顔を見ることは叶わないだろうと思い、俺は心の中にしっかりと保存する。
きっと他の2人も同じだろう。
こうして俺と雫が別の世界から来たことはシャルロットを含めこの場にいる4人全員の隠し事になった。
「私もいることをお忘れなく」
すると突然雫の刀が俺に話しかけてきた。
俺は驚くと同時にふっと笑って先ほどの言葉を訂正する。
これは俺たち5人の共通の隠し事だ、と。
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