第164話 おかしな人たち
クオリアさんの厳しい確認が終わったあと、リビングには静かな時が流れていた。
隠し事が無くなったというのはすごく楽だ。今まで、シャルロットにばれないように言葉の端々まで気を使っていたのだが、それら全てが無くなった。男だったこともばれてしまった以上もう取り繕う必要もないわけだ。
だからといってこの見た目で急に一人称を「俺」に変えることなどできないだろう。違和感がすごいし、そもそも「私」と言うのに慣れてしまっている俺には必要のない変化だ。
雫もそこら辺はもう慣れてしまったのか、普通に会話していても気にした素振りも見せない。
「そういえば、お姉ちゃん達は知ってるんですか? その……リュウカさんが転生者だってことは」
不意に隣のシャルロットに話しかけられる。
秘密を共有すればこういった話も簡単に出来る。
俺はそのままのリラックスした体勢で答えた。
「いや、アーシャさんは知らないよ。知っているのはミルフィさんだけ」
「あ、そうなんですか」
「アーシャさんはその……」
と、俺は言葉を濁す。
「どうかした?」
雫が俺の異変にすぐ気づき声をかけてきた。
相変わらずよく見ている。まぁ、なんでかは言うまでもないから言わないけど。ていうか、俺の考えている予想が正しかったら恥ずかしくて言えないというのが大きい。
俺はそのまま雫の言葉に反応することが出来ず隣のシャルロットを見た。
少なくともアーシャさんの妹であるシャルロットは、姉に対してそれなりの理想を抱いている。
アイリスタで姉御とまで呼ばれているのだ。実の妹としては誇らしいところもあるだろう。
思えばお姉ちゃんに嫌われているとシャルロットはよく言っていたが、自分がお姉ちゃんのことを嫌っているとは一言も口にしていない。これまで一緒にいてもそれはよく感じられる。
あんなにきつい態度を取られていてもシャルロットにとってアーシャさんは大好きなお姉ちゃんなんだろう。
この家で初めて朝を迎えたときだって、きれいな朝日をお姉ちゃんに見せてあげたいと言っていた。
そんな子に君の姉は転生者を知らない、むしろ変な天然を発揮して勝手に勘違いしてくれた―――なんて言っていいものだろうか。
下手をすると姉への尊敬の念に靄をかけてしまわないう可能性すらある。
俺がそんな思いで口をもごもごしていると、シャルロットがなにかを察して微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私、一応お姉ちゃんがどんな性格か知ってますから」
「それってつまり」
「はい。変なところで天然なのもです」
「あはははは……そっか」
考えてみれば当たり前かもしれない。
同じ家で生まれ育ったんだから、ある程度の性格は自ずと分かってくる。
俺と雫がそうのように、シャルロットもアーシャさんの性格は熟知しているということだ。
俺は諦めて事の詳細を口にした。
**********
「ぷっ、あはははは。ほんとお姉ちゃんらしいです」
「あ、いや、その、一応ね。一応姉御としての威厳を守るっていうなら。ほんと、戦ってるときはかっこいいんだよ」
自身の姉の行動を知って、シャルロットは落胆することも失望することもなく、目を細めて笑っていた。
俺はなぜだか必死でその無くなりそうな威厳を守ろうとついついフォローをいれてしまう。
「大丈夫ですよ。なんとなく想像できますから」
「いや、これって結構びっくりすると思うんだけど」
「それは、姉御としてのお姉ちゃんしか知らない人だけですよ。私は大丈夫です」
「……そっか。まぁ、シャルロットがそう言うならいいけどさ」
「はい」
そこでシャルロットは自分のストレージを取り出した。
なにを思ったのか真剣な表情でじっと見つめる。
「そっか……お姉ちゃんも嫉妬したんだ。それで修行を……負けられないな」
シャルロットの口から小さな声がもれた。
その内容はアイリスタにいるアーシャさんに向けられていたことは誰にだって分かる。
俺は邪魔をしてはいけないと思ってシャルロットから視線を外した。
すると、なにやら雫がこちらを向いている。
俺と目が合ったからか、そっと口につけていたコップを離して、口を開く。
「いろんな人と出会ってたんだね」
「まぁな。おかげさまでこうして別の世界でも上手くやれてる」
「じゃあ私もお礼言っとかないとね。その、アーシャさんとミルフィさんに」
「別にいいって。それに、きっと雫が礼を言っても素直に受け取らないと思うぞ」
あの2人のことだ。
きっとしたいからしたと言ってそのまま流してしまうはずだ。
「それでもよ。私の大切な人を守ってくれた」
「なっ……やめろよ。そういうこと言うの」
「ふふっ。ごめんねーリュウカ」
「まったく」
顔を真っ赤にして俺がそっぽを向くと、雫は面白がるようにニッコリと笑った。
恥ずかしくないんだろうか。横目で雫の表情を盗み見るがいつも通りの顔のままシャルロットとなにか話し始めてしまった。
「しかし初耳ですね」
すると、今まで黙っていたクオリアさんがコップを机においてそう言った。
視線は俺の方へと向いている。
俺は熱くなった顔をどうにか冷ますと、冷静を装ってクオリアさんに向き合う。
「なにがですか?」
「ミルフィ、姫の方にばれていたことです」
「ああ……まぁ。なんか、ミルフィさんこの世界に転生者がいるっていうの知ってたみたいで。それで……」
「なるほど。自ずと分かったというところですかね」
「まぁ……ていうか、クオリアさんもさして驚かないんですね」
「別に驚くことのほどではありません。転生者というのが悪用されていない以上気にする必要もないですし、なにより彼女がそのようなことをするなど考えられませんから」
「確かに。転生者って認めたからって何もして来ませんでしたね。むしろ感謝されました」
「そうでしょう。なにがどうであれリュウカさんはサキュバスからアイリスタを守った張本人なんですから。知っている人はしっかりとあなたに敬意を払っていますよ」
ふふっと笑うクオリアさんから嘘は感じられなかった。
改めて自分のしてきたことを思いかえしてみると、ここまでいろいろとあったなぁと感慨にふけってしまいそうになる。
すると、目の前のクオリアさんの目が動く。
視線は雫へと注がれていた。
「私が驚くと言えばシズクさんの変わりようです。正直、声を聞くまで誰か分かりませんでした」
そういうクオリアさんの言葉に雫が苦笑いを浮かべた。
雫はその原因でもある緑になった髪をさする。
確かに、思い出してみればアンデット族の族長を倒した後、ギルド会館にそのことを報告しに行ったとき、雫を見てクオリアさんは一瞬だが言葉を詰まらせていた気がする。
すぐに声を聞いて元の調子に戻っていたから気づきにくかったが、まぁこんな変われば驚くことも無理ない。クオリアさんの知ってる雫は黒いゴシック調の服装と同じ、黒い髪をした女の子だったんだから。
こんな短期間で急に髪色が緑に変わっていたら誰だってそれが同一人物だとは思わないだろう。
「女神エンシェンの影響といっておられましたが、未だに信じきれないというか……女神エンシェンなどてっきり空想上の存在としか」
「分かります。私もびっくりしました」
クオリアさんの言葉に同じ世界のシャルロットはうんうんと首を縦に振っている。
「シズクさんがエンシェント・フィールドって言ったときはまさかって思いました。でも実際シズクさんの背中には翼が生えていましたし」
「なによりも切られて無くなった右腕が治ったからな」
しかも時間を戻したかのように傷の1つもないぐらいに。
さすがにそれを目の当たりにしたのだから、俺もシャルロットも治癒の女神を信じざるを得なくなったわけだ。だが、体験していない、口だけでの説明を受けたクオリアさんには簡単には信じられないんだろう。
フィクションだと思っていた存在が実際にいたなんてのは特に、いないのが当たり前だと思っていればいるほどに、信憑性があるかどうか疑ってしまうはずだ。
クオリアさんのもっともな疑問に、一番答えられるはずの雫がこの場で一番困った顔をしていた。
頬をかきバツの悪そうな声を上げる。
「えっと、その……私もどう説明していいか分からないというか……」
主人のピンチに当の本人はどうするのか。
もちろん心優しい治癒の女神が黙っているわけもなく、机に立てかけられるように置かれていた刀が独りでに動き出す。
刀身全体を緑に光らせ、ふわふわと宙に浮き、そして雫とクオリアさんの間に割って入ると、その刀身のどこから発せられているのか分からない声でこう言った。
「信じられないのも仕方ありません。私はそもそもが実体を持たない存在」
「エンシェン」
突然のことに雫は本人の名前を呼び、クオリアさんは驚きのあまり口をわなわなさせていた。
「ぶ、武器が喋って……」
「驚かせてすみませんクオリア。ですがこうして私がここにいる。それは紛れもない事実なのです。なので、あまり雫を困らせないであげてください。彼女もある意味成り行きでこうなっているので詳しい説明は難しいのですよ」
エンシェンの言葉を聞いてクオリアさんはどうするかというと、さすがの対応力を見せていた。
すぐに頷くと、いつもの表情に戻った。
「分かりました。女神にこう言われては仕方ありませんね」
「ありがとうございます」
エンシェンはそのまま元の位置に戻る。
「あの……ごめんなさい」
「謝らないでください。これでもイレギュラーには慣れているつもりですから」
といってクオリアさんは俺と雫、シャルロットを見つめた。
「元男の女転生者リュウカさん。転生者ではなく体そのままでこちらの世界に来た転移者のシズクさん。そして悪魔憑きのシャルロットさん」
そして嘆息するようにふっと息をはくとそのまま諦めのこもった声音で告げる。
「イレギュラーもイレギュラーのところに、今更女神の1人入ったところで驚きませんよ」
その言葉に俺たち3人は苦笑いしか浮かべることが出来なかった。
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