第165話 ストレージから出されたもの

「それにしてもな……」


 クオリアさんに言われ俺は一度自分の周りを見回す。

 頭頂部の獣のような耳が特徴的な白髪美少女シャルロット。そのかわいらしい容姿とは対照的に、耳は大陸中から忌み嫌われる不幸の象徴。悪魔憑き。

 長い黒髪を緑に変え、黒を基調としたゴシック調の服に身をまとったクールビューティー桐沢雫。この世界とは別の世界で生まれ、そのまま大陸ロンダニウスに来た転移者。大陸の影響でなかったはずの魔力を体に宿し、魔法も使うことが出来る。しかし、その根っこは普通の人間だ。生身で魔物と戦うことなど出来ないし、普通に致命傷を受ければ死ぬ。

 だが、そんな雫でもアンデット族の族長と相対することが出来る。

 その役割を担っているのが、今雫の横で机に立てかけられている刀だ。

 刀はロンダニウスに存在しない。地球の日本発祥の武器だ。

 刀身を鞘に収め、敵を苦しむことなく一閃することのできる切れ味を誇る。そんな武器だが、中身はロンダニウスの神話より伝わっている治癒の女神『エンシェン』となっている。心優しく他者を思いやる気持ちに長けている女神だ。

 雫の心が本当に欲している者へと姿を変え、何の力も持たない雫に己の力を貸している。刀でも意思疎通ができ、俺やシャルロット、クオリアさんとも言葉を交わすことが可能だ。

 そして最後に俺、栗生拓馬ことリュウカだ。

 世界はおろか性別も変わりこの世界にやってきた転生者。栗生拓馬のときの記憶をそのままに、突然終わりを迎えた人生をもう一度、寿命まで生きるためにロンダニウスでリュウカとして第二の人生を歩んでいる。

 死なない、どんな武器でも操れる、武器を持てばチート級に身体能力も上がるという大盤振る舞いでこの世界を謳歌している。

 別にこれといって確固たる目的はない。強いて言えば「百合ハーレムをつくる」ことぐらい。まぁ、それもだんだんと薄れていっている感じがする。なによりも肝心なところが俺の目からは規制されているのだから仕方がないだろう。しかも、よりにもよって幼馴染の雫まで来てしまった今、ロンダニウスに来たときの様な一緒にお風呂イベントも簡単にはいかない。まず、雫が許さないだろう。殺される寸前まで行くかもしれない。そうなると百合ハーレムも難しくなってくる。

 シャルロットはまぁ、そういった対象には入っていないし、目の前のクオリアさんは論外。俺的には全然大丈夫な範疇なのだが、後が怖すぎる。ギルド職員の権限を行使してなにがなんでも俺という存在を消しにきそうだ。

 転生者に悪魔憑き。この2人のパーティでも驚かれたというのに、今は転移者と女神まで加わった。

 確かにクオリアさんの言う通りイレギュラーを1つに固めたよな構成だ。

 ここのいる面子だけで大陸ロンダニウスの常識を180度変えれる気がする。

 そんな集団がナイルーンの中心街から少し離れた場所に家を設けているなど、誰が想像するだろうか。

 幸い今までの俺の行動はギルド会館の意向により大きく取りざたされていないため、こうしてのんびりとしていられる。ミルフィさんに言われたが、俺の力ははた目から見れば明らかに異常だ。分かる人には分かる。

 だからこそ、ここまで俺の、リュウカという存在が目立っていないことがありがたい。

 出来ればこのまま自由にやっていきたい。

 しかし、そんな希望など簡単に崩されるのがだいたいだ。

 目の前のクオリアさんが動く。

 なにやらストレージを取り出すと、中から手紙のようなものを取りだしてきた。


「これは……?」


 俺の声と共に全員の視線が集中する。

 クオリアさんはそれを確認すると、なんの前ぶれもなくその手紙を俺の前へと滑らせた。


「ルバゴの王子からの招待状です」

「え!?」


 シャルロットが今までで一番大きな声を上げた。

 俺と雫はいまいちピンと来ずリアクションが遅れる。

 俺はそのままその手紙を手に取ると、封を切った。


「ルバゴってなんですか?」


 俺の代わりに雫がクオリアさんに質問する。

 こうなることなど分かっていたかのようにクオリアさんはすぐに答えた。


「大陸ロンダニウスの中心にある一番大きな都市です。ルバゴから食料、武器、衣類と様々なものが出荷され、大陸全土に行きわたります」

「うーん……つまり首都みたいなものってこと? 東京みたいな」


 雫が思いついたことそのまま言う。

 この世界の人間に東京なんて言っても分からないだろう。俺はツッコミを入れたい衝動に駆られるも、内容に目を通していてそれどころじゃない。

 すると、雫の正面に座るシャルロットが反応した。

 思っていた通り首をかしげ思案顔だ。


「シュト、トウキョウ……ごめんなさい。分かりません」

「あぁそっか。そうだよね。ごめんごめん」

「お2人の元の世界の話ですか?」

「そうそう。そこになんでも集まるの。それこそ今言った食料とか衣類とか……えぇっとどう言えばいいんだろう……」


 適切な言葉が浮かばないのか、雫が困った声を出す。

 助け舟でも出してやろうかと、手紙から目線をあげたところ、クオリアさんの口が開いた。


「まぁ、おおむね当たっているのではないんでしょうか。つまりどちらも中心ということで間違いないんですよね」

「は、はい。そうです」

「共通の言葉が見つからないのは少々面倒かもしれませんが、これに関していえば認識に違いがなければ問題ありません。シュトやトウキョウというのが私たちの言うところのルバゴということで構わないのではないでしょうか」


 クオリアさんの言葉。それに反応したのは意外にも刀のエンシェンだった。

 緑に光らせ俺たち全員に話しかけてくる。


「問題ありませんよクオリア。雫の記憶を通して私にもそれがどう言ったところか伝わってきましたが、おおむね当たっています」

「そうですか。ありがとうございます女神」

「いえ。お役に立てたならそれで構いません」

 

 落ち着いた2人の会話でシャルロットも雫も納得というように表情を戻した。

 俺はそれを合図に手紙を開いたまま机に置く。


「つまり、そんなところの王子から直々に王宮にお呼ばれされたってわけだ。私が」


 正直規模が大きすぎて実感がわかない。

 なによりも生粋の日本人には王族というのがさっぱりなんだ。

 王子と言われても空想上のものでしかない。

 それこそ女神に会うようなものだ。

 雫も同様その顔に変化はない。

 だがシャルロットだけは違った。

 目を輝かせて俺を見つめてくる。


「すごいですよ! そんな王子と会えるなんて……羨ましいです!」

「羨ましいって……そんなもんかなぁ。いまいちよく分からないんだけど……」

「なに言ってるんですか!? ルバゴの王子と会うなんてギルドメンバーでも上位も上位の人しか無理なんですよ! それがリュウカさんに、しかも王子側から手紙が来るなんてさすがです!!」

「て言われてもなぁ」


 盛り上がっているところのシャルロットには申し訳ないが俺にはその感覚がない。

 正直めんどくさいとしか。

 せっかく平和になったんだ。ナイルーンの街を静かに歩きたいんだけど……さすがにこのシャルロットの前でそう言うわけにはいかなかった。

 雫がニヤニヤとこちらを見ている。

 そして机に開かれた手紙の内容に目を通す。

 するとポツリと呟いた。


「ん……これ」

「どうかされましたか?」


 クオリアさんが雫の呟きに反応する。同じように手紙の内容を覗き込むとその目を怪しく細めた。


「これはまた。なるほど、よく知られていますね」

「はい」

「リュウカさんもずいぶんと有名になられて……」


 2人の怪しい会話に俺はシャルロットの羨望の眼差しから少し逃れて聞く。


「何がだ?」

「あんたもう一回よく見てみなさいよ。しっかりと」

「はぁ?」


 仕方なく俺は雫から手紙を受け取るとその内容にもう一度目を通した。

 隣のシャルロットも俺の肩口から覗き込む。



 

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