ルバゴ編

第162話 クオリアさんの真剣な質問

「なるほど。それでリュウカさんは自分のことをシャルロットさんに話してしまったのですね」


 俺の家のリビング。

 俺の対面に座るクオリアさんは俺の説明に対して、驚くこともなく至極冷静な声を上げた。

 アンデット族の族長を倒したと報告してから今日で数日。

 今ではナイルーンも落ち着きを取り戻し、街中にいたいかついギルドメンバーは数を減らし、雫が巻き込まれたようなトラブルは徐々に無くなってきている。

 あれほど埋まっていた宿屋の部屋も今はすっかり空き部屋があるようになっていた。

 俺たちが来たタイミングは相当悪かったみたいだ。今では突然の来客でもほぼ全てのナイルーンの宿屋が対応できるまでところまできている。

 元々観光名所でもあるナイルーンでは人の出入りが盛んともあり、宿屋での連携が裏で完璧にとれているらしく、俺たちのように路頭に迷うようなことは普段であれば起こりえないとのこと。

 あの時は異常なまでのギルドメンバーの来襲に、宿屋も自分達のことで手いっぱいだったのだろう。その証拠に街中を歩く宿屋の店員らしき人の顔には、現在ではいい意味で余裕の笑みが垣間見えるようになった。

 俺たちが一番初めにこの街に来たときにあったあの宿屋の女性も、たまに見かければ声をかけてくれ「今だったら空いてるよ」と冗談交じりに言ってきたりするほどだ。

 街に住む人は皆顔見知りのようになる。これが本来のナイルーンの姿だと、ギルドメンバーの少なくなった市場でクオリアさんに教えてもらった。

 そして今、そのクオリアさんが族長討伐を終え、新たに1人と一刀を仲間に加えた俺たちの様子を見に来たということもあり、諸々の事情を話しているといったところだ。

 大まかな内容は2つ。シャルロットに俺が転生者だとばらしたことと、雫が転移者であること。

 話せばなにか言われるのではないかと思ったのだが、案外淡白な反応に少しだけ肩透かしを食らった気分になる。

 あれっと思って見ているとクオリアさんが俺の視線に答えた。


「別に言うこと自体悪いことではありませんからね。そこら辺も含めて自由です。我々ギルド職員が介入するところではありません」

「でもクオリアさん、異様に忠告してきたから」

「それはあくまで忠告です。転生者の待遇は異常ですからね。変な妬みの対象にならないようにとのギルド側の対応であって、最終判断は本人に一任しています」


 クオリアさんはそれだけ言うと俺から視線を外し、俺の隣に座るケモミミフードのシャルロットへと視線を動かした。

 2人の目が交差する。

 クオリアさんの顔が明らかに変わる。ここに来たときとは違い、完全にギルド職員としての真剣な顔になっていた。


「リュウカさんの報告を聞き、話の流れは理解しました。あの状況では仕方がないとはいえ知ってしまったことは事実。シャルロットさん、どうしますか?」

「え……どうって……?」

「お金のことや死なないこと、さらには恩恵のこと。知ってしまった以上シャルロットさんにはその情報をどう振るうか判断する権利があります。どのように使うかはシャルロットさんの自由です。しかし、もし得た情報を悪用するようなことがあれば人の、ひいてはギルドの信用に関わってくること。私どもは職員として、悪いですがシャルロットさんといえどそれなりの対応をしなければいけません」


 クオリアさんは厳しい言葉でシャルロットの目を見る。

 間違ったことは何も言っていない。知ってしまった事実が事実なだけに、シャルロットが悪用しようとすれば大陸を巻き込んだ騒動に発展してしまう可能性がある。そうなれば全ての転生者や天才と呼ばれている人達が危険にさらされてしまう。純粋にロンダニウスで生まれ、実力で天才と呼ばれる程の地位を勝ち取った人も、もしかしたら勝手に転生者とされて人々から迫害を受けるかもしれないのだ。

 そうなればもう大陸ロンダニウスのバランスは崩壊する。

 疑心暗鬼の世界では誰として自由に生きてはいけない。

 クオリアさん達ギルド職員はそれらの均衡を守る役割も担っている。

 分かってはいた。

 しかし、俺はどうしてもクオリアさんがシャルロットを攻めているように聞こえ、なによりもこういう展開になるなんて予想もしてなかったために、動揺のあまりついついクオリアさんに噛みつくように机をバンと叩いて前のめりになってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「なんですかリュウカさん。私はシャルロットさんに話しているのですよ」

「だからってそんな言い方ないじゃないですか!? シャルロットが情報を悪用するかもしれない? そんなのあるわけない!? なにより、シャルロットはあの場で受け入れてくれたんですよ! 私が転生者であることも男であることも、全部受け入れて、それでもリュウカさんがいいって。だから」

「だから、シャルロットさんは情報を悪いようには使わないと?」

「は……はい」


 じろりと睨まれ俺は一瞬勢いを失いかけた。

 するとクオリアさんは俺のことを見つめてため息をつくように息をはいた後、酷く冷たい声を出す。


「それはリュウカさんの主観でしかありません。なんの根拠にもなり得ませんよ」

「それはそう、ですけど……でも! シャルロットはとっても優しくて、人の気持ちが分かって、それで……」

「だからといってシャルロットさんが信用できると判断するのは軽率すぎます。なによりもあの時は死が迫っていて冷静ではなかったかもしれません。問題が終わり、こうして落ち着いた日々を取り戻した今、知り得た情報をどうしようかなど本人でしか分からないことですよ。特にこれに関していえば大陸の根幹に関わってくること。決めつけだけで納得することなど出来ないのです」

「だけど……! それでもこんなのって……そんな言い方しなくても……!」


 ヒートアップしそうな俺の体を、クオリアさんの隣に座っていた雫が静かに立ち上がり優しく支えてくれた。

 雫はこの状況で冷静さを失っていない。

 俺の肩に両手を乗せてから、俺の目をまっすぐ見て儚く笑う。


「仕方ないよ拓馬。事が事だもん。こればっかりは私たちの出る幕はないわ」

「でもさ……それでも」

「分かってるわよ。拓馬の気持ちぐらい。でも、あんただってよく知ってるでしょ。決めつけはよくないって」

「それは……」

「私たちがそうだったじゃない。お互い分かってると思って相手の感情を決めつけた。それがどんな結果を招くかは私たちが一番知ってる。結局誰も幸せになんてなれないの。本当の気持ちなんて言葉にしなくちゃ分からない。そうでしょ?」


 雫の落ち着いた声音で言われて俺は高まっていた感情が少しだけ落ち着く。それでも完全におさまった訳じゃない。

 感情をどこに向けていいのか分からず、ただただだらんとした俺に対して、雫はまるで俺の感情を誘導するかのように言葉を続ける。


「これは大陸ロンダニウスの問題。私たちはどうしてもよそ者でしかないの。見守るしかないわ」


 そう言って軽く笑う雫の顔に、俺は安心感を覚えたのか、さっきまでの衝動が息をひそめていく。

 落ち着きを取り戻した俺は静かに椅子に座り直した。

 少しだけ訪れる沈黙の後、シャルロットがゆっくりと言葉を紡いだ。

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