第194話 情報操作の理由

 薄暗い裏道を歩くクオリアさん。

 さして早くもない足取りのためすぐに追いつくことは出来た。

 だが、なぜかクオリアさんの背中が少しだけ遠く感じられる。

 まるで今は話しかけるなといったように、歩くスピードのわりに振りまく空気が冷たい。

 それから数分もした頃だろうか。

 途端に前を歩くクオリアさんから冷たい雰囲気が消えていた。

 俺はそれを見計らってクオリアさんの隣に並ぶ。


「いったいどうしたんですか突然」

「すみません。少しばかり予定を変更することにいたしました」

「変更って……」

「勝手なことをして申し訳ないとは思っています。ですがこれはあまり人には見せられないことなんですよ」


 意味深な発言をするクオリアさんに俺は少しだけ訝し気な視線を送る。

 クオリアさんは俺の視線に気づきながらもあえて無視する形で口を開いた。


「ギルド会館は昔まであの塔にあった……私はそう言ってリュウカさん達をギルド会館まで案内していました」

「はい。そうですね」

「ですがそれは間違いです」

「……は?」


 俺の口から素っ頓狂な声がもれた。

 続けて雫も聞く。


「間違いって?」

「私がシャルロットさんの言葉を受けて一番初めに言ったことを覚えていますか?」


 質問を質問で返された雫は少しだけ勢いを殺され考え込む。

 するとそれにシャルロットがすぐに答えた。


「確か……厳密には違うって言ってましたね」

「はい。ではその前は?」


 続けざまの質問にシャルロットも一旦黙る。

 俺も俺で数分前の記憶を探ろうと試みる。

 だがしかしここまでいろいろと初めてのことがあり過ぎで、そんな些細なセリフまで思い出せなかった。

 雫やシャルロットも同じの様で、難しい顔をしたまま考え込む。

 すると不意に緑の光が俺達の視界に入り込んできた。

 見ればエンシェンが雫の腰から離れ独りでに浮いている。

 周りに人の気配がないからなのか浮きながら普通に声を発した。


「シャルロットさんのいっていることは間違っていないが厳密には違う。そう言いましたね」

「はい。その通りでございます」


 エンシェンの解答に対してクオリアさんが肯定する。

 

「あのときシャルロットさんはルバゴでは塔の中に重要な施設があるとおっしゃっていました」

「……はい。確かにそう言いました」

「さらに続けてギルド会館も大陸にとって重要な施設だから塔の中にあると。そう言いましたね」

「はい」

「私はリュウカさん達に合流するがてらそれを聞き、先ほどエンシェン様の言ったように反応した。つまりはそういうことです」

「…………えっと、そういうことってどういう」


 いまいち理解できないぞ。そういうことってなんだよ。

 だが、俺が困惑している間でもどうやら他の2人は理解をしたのか、あぁっといった表情を浮かべている。

 代表して雫が聞いた。


「間違ってない。ってことはシャルロットさんの言ったことはおおむね当たっているってことですか」

「はい」

「なるほど」

「…………ごめん。マジでなに言ってるのか分かんない……」


 俺が情けない声で言うと、雫が説明してくれる。


「シャルロットさんはギルド会館も重要な施設だから塔の中にあるって言ってたでしょ」

「うん」

「それに対してクオリアさんは間違ってないって言ったのよ。つまり?」

「ギルド会館も塔の中にあるってこと……?」

「はい」


 クオリアさんが迷いなく頷く。


「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあなんであんなこと。私てっきりギルド会館だけは違うから厳密には違うって言ったんだと思って」

「そう思って当然です。そう思ってもらうためにそう言ったんですから」

「つまりは厳密には違うって言ったあたりから全部嘘だったってことよ」

「そういうことになりますね。聞こえは悪いですけど」


 え、え……分からない。

 なにがどうしてそんなことを……。

 するとシャルロットが少しだけ前に出る。自信なさげにしながらもか細い声でクオリアさんに聞いた。


「ギルド会館が塔の中にあるって知られたらまずいんですか……?」


 シャルロットの質問に対してクオリアさんは「はい」と短く続けた。


「あの場には多くの人がいました。ですのでああ言うしかなかったんです。別に騙そうとかそう言ったことではなく、ルバゴではそうなっているんです。ギルド会館が塔の中にあるとは誰にも悟られてはいけないと」

「なんでです?」

「それは、塔の構造に問題があるんですよ」


 そういってクオリアさんは家々の間からのぞく空へと目線をあげた。


「このルバゴは今いる地上の街の他にさらに上に二層、違う地面が存在しています」


 突然の言葉に一瞬思考が固まる。


「は、は? え、ごめんなさい。もう一回いいですか」

「構いませんよ。ではもう一度今度は分かりやすくいきますね」

「お、お願いします」


 生唾を飲み込むクオリアさんの言葉を待つ。

 言った通りクオリアさんの言葉は短くまとめられていた。


「このルバゴの街は三層に分かれているんです」

「…………三層?」

「はい」


 ………ええっとどういうことなんだ。

 俺は空を見上げる。きれいな青空が広がっていた。どこにも地面なんて存在しない。

 確かに短い。すごくよく分かる。分かるだけに分からない。

 一体俺は何を言っているんだろうか。それすらももう分からない。


「……ごめん。ちょっと理解が追い付かないや……雫、頼んだ」

「ちょっとそこで私に頼んないでよ」

「だってお前の方が頭いいじゃん」

「私、こういったファンタジーに関してはなんにも分かんないんだから。正直言って今も若干フリーズしてる」

「そっか……」

「ええそうよ……もうなにがなにやら……」


 あの雫もお手上げの様。

 まぁ、分かってはいたがな。

 俺は最後の一人に全てを任せた。


「じゃあシャルロット、お願い」

「え!? わ、私ですか!?」

「頼むよ。もう私たちには分からない時空の話だから。なに? 三層の街って。空、普通に青いけど……」


 呆然と空を見上げる転生者と転移者の2人。

 想像の遥か斜め上を行きすぎて頭がまるで働いていない。

 諦め混じりの2人にシャルロットの申し訳ない声が届く。


「ごめんなさい。私もなにが何やら」


 元々この世界の住人のシャルロットでもお手上げの様だ。

 諦めた空気ばんばんの3人にクオリアさんの落ち着いた声が飛んでくる。


「まぁ、理解せずとも自ずとリュウカさん達は理解せざるを得ないと思いますけどね」

「はぁ……」

「簡単な話です。ルバゴの王族はその三層の内、二層目に住まいを構えています」

「……まじ?」

「まじです。そして二層目に行くにはどうしても塔を使うほかありません」


 クオリアさんはそう言ってまたしても歩き出した。

 狭い路地裏を進みながら言葉を発する。


「この事実はこの世界でも限られた人にしか伝えられていないことなのです。塔を使うことになるギルド職員並びにそれらを倒閣している重役の方々。王族は当然のことながら、その王族と親交のある貴族などなど、ごく少数の人にしか知られていません。ルバゴで生まれルバゴで育っていても、二層目三層目を知らないというのは珍しくないんですよ」

 

 というか意図的に隠しているんですけどねっとクオリアさんはそう付け加える。


「層にはそれぞれ透過の魔法がかけられており、通常では見ることが叶いません」

「じゃあ空が青いのは」

「透過の魔法で透けているからです。見えないだけでしっかりとありますよ」


 クオリアさんの迷いない言葉にもう一度俺は空を見上げる。

 青い。空も雲も太陽も見える。まさかその間に二つの地面があるなど想像できない。


「いったいどうやって……」

「これも魔法……?」


 俺と雫の口からそれぞれ声がもれる。

 クオリアさんはそれに丁寧に答えてくれた。


「魔法といえば魔法です。ですがどのようになっているのかは分かっていません」

「それも、ですか」

「はい。初めて塔の中に入った者が魔法陣を発動させて見つけた未開の地でしたから」

「つまりその層自体あの塔の力ってこと……」

「すげぇな。マジで」


 あまりのことに素の声が出てしまった。

 しかし誰一人として、俺自身そんな声が出たことに気づけない。

 ただただ目の前のあり得ないことに呆然とするだけだ。

 クオリアさんの説明は淡々と続く。

 

「それぞれの層の行き来には、塔にある特殊な魔法陣を使います。それは職員だろうと王族だろうと同じことです」

「まさかギルド会館もその層のどこかに……」

「いえ、会館自体は塔の中に作られています。どこかの層に属しているといったわけではありません。ただ……」

「ただ?」

「中といっても地上から入ってすぐというわけではありませんから。ギルド会館自体はあの塔のちょうど中間、層で言うなら一層目と二層目に間に位置する場所に建てられています。ですので行くにも魔法陣が必要不可欠なんです。それがギルド会館が塔の中にあると知られてならない一番の要因となっているんです」


 クオリアさんはそこでいったん話を止めるとおもうろに後ろを振り返る。

 そして俺達を見つめ、ある質問をしてきた。


「皆さんギルドメンバーというのがこの世界でどういった地位に位置しているかご存知ですか?」


 その質問に対して俺と雫、シャルロットがそれぞれ顔を見合わせる。

 この世界に来たばかりの雫はもちろんわかるわけがない。すぐに首を横に振った。

 俺とシャルロットはというと分かっているような分かっていないような微妙な顔を浮かべる。


「やはりちゃんとは理解できていないようですね」

「すみません」

「いえ謝ることではないですよシャルロットさん。大丈夫です」


 いつものように謝るシャルロットに対してクオリアさんが笑顔を浮かべる。

 シャルロットもそれには安心感を覚えたのか表情が少しだけ和らいだ。

 クオリアさんが自然と歩きだす。

 それについていきながらクオリアさんの話を聞く。


「正直に言ってしまうと私たちギルド職員でもその質問にはっきりとした回答は出来ないのが現状なのです」

「どういうことです?」

「ギルドメンバーというのは王族や貴族といったはっきりとした身分が提示されているわけではないんです。『自由』それがギルドメンバーなのですから」


 確かにそうだ。大陸中を行き来し魔物を倒したり、街を守ったりする。依頼を受けてもいいし受けなくてもいい。ただの討伐をするだけでもかまわない。なにをしても、許される範囲内であればそれでいい。それがギルドメンバーだ。

 そして、そう言ったことを受け持つ人らを総じて『ギルドメンバー』と呼ぶだけのこと。呼称であって身分証明ではない。


「ギルドメンバーは魔物が跋扈するこの世界になくてはならない存在です。誰もがありがたがり、羨ましがる対象でもある。ですが、だからといってギルドメンバーに全てのことが知らされているわけではないんです」


 まぁ、だろうなとは思う。

 自由になれてしまうギルドメンバーは言ってしまえば、それに見合っていないただの喧嘩っ早い奴も入れてしまうということ。過去に犯罪歴がなければ入れるんだから、ギルドメンバーの仕事上、そういう輩が多いことは致し方ないだろう。

 いくら職員が過去の様子を見るにしても、完璧にそういう輩を突っぱねることなど不可能だ。

 血の気の多い奴に世界の秘密など握らせれるはずもない。


「ですのでギルドメンバーは大陸に必要不可欠ではあるが、王族や貴族よりも発言権はない。言ってしまえばすごく中途半端なところに位置する職と言っても差し支えありません。さらには血の気も多く問題もよく起こす。そんなギルドメンバーが王族や貴族と同じものを使うとしたら……考えなくてもどうなるかは分かります」

「なるほど。それで塔の中にあると悟られてはいけないと」


 塔の中はこの大陸の全ての重要なものが集まっているといっても過言じゃない。

 ましてや女神にまで必要不可欠と直感で言わせるほどのものだぞ。その中に王族や貴族と一緒にいれば……衝突は避けられないだろうな。


「はい。つまりはそういうもしかしたらというのを避けるために、ギルド会館は塔の外にあるというのを徹底しているのです」

「じゃあ私たちが行こうとしていた場所っていうのは」

「支部長の方々が用意した簡易移動魔法のかかった扉です。開けたらすぐにギルド会館に繋がるように設定されています」

「なるほど」


 別に驚くことでもない。前にクオリアさんが教えてくれたギルド会館の裏の仕組みと同じこと。扉を設置してその先の空間をある場所に設定する。

 それだけでまるでなんらたドアのようにどこにでも移動できるということだ。

 そうすることによって王族や貴族との衝突を回避したといったことか。

 あとは情報操作を徹底してしまえば、ギルド会館にしか用がないギルドメンバーは塔に近寄らないという寸法。


「だいたいのことは理解しました。でも、なんで私たちには」

「言った通り、王族に会うにはどうしても塔の魔法陣を使うしかありません。リュウカさん達には黙っていも仕方ありませんからね。ならばいっそのことと思い一気に話させていただきました」

「はっはっは~クオリアさんもなかなかえぐいことしてくれますね」

「そうでしょうか?」

「そうですよ。見てください2人を」

 

 そう言って俺は隣にいる雫とシャルロットの方へと視線を誘導した。

 2人とも綺麗に心ここにあらずだ。


「シャルロットはギリギリ耐えてますけど雫の方はもうダメですよ。たぶん頭がパンクしてます」


 あの要領のいい雫がまるでバカの子のようにニパーッとした生気のない顔を浮かべている。あと少ししたら頭から湯気が出そうなほどだ。

 まだシャルロットの方が大丈夫そう。

 まぁ、そんなシャルロットも物凄く眉間にしわが寄っているけども。


「そう言えばリュウカさんは大丈夫なんですね」

「へ?」

「だってあなたが一番こういう話に弱いじゃないですか」

「なっ失敬な! それぐらい分かりますよ!」

「最初の方は分かってなかったのにですか?」

「それとこれとは話が違いますよ! こういうのはなんかまぁ、分かるんですって。難しいことでもないから」


 それにそういう設定はあるあるというか。

 だいたいそんなもんだろうといった部分がある。

 その点は雫よりも俺の方が強い。

 

「ファンタジー耐性みたいなもんですよ」

「ふふっ。なんですかそれ」

「さぁ。分かりません」


 適当な会話をしていると突然視界が開けた。

 明るい太陽の日差しの下、銀に輝く大きな建物。

 見れば見るほど近未来を思わせる様子にさすがの俺も言葉を失う。

 気づけば俺達は塔のすぐ下まで来ていた。

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