第193話 あの塔はいったい……
「元々ルバゴの街自体あの塔を中心として出来たものなんですよ」
イーストスクェアから伸びる道、東から南、サウススクェアへと続く道を歩きながら前を行くクオリアさんがこの街の経緯について話し始めた。
「ただの草原だった場所に何世紀も前に突然塔のようなものが立ち、時代を重ねるごとに動植物が近づき、気づけば人が1つの街を建設していました」
話すクオリアさんの足取りは少しばかり遅い。
というもの、身長の問題からしてこの中で一番歩くのが早いのはクオリアさんだ。続いて雫、俺、そして最後にシャルロットとなる。
足の長さがだいたいのその人の歩く速度に影響することから、この面子で並んだ時、必然的にシャルロットが一番遅くなってしまう。
ついていくことに必死になってしまえば話など聞いていられない。
クオリアさんは意図的に今までよりも速度を、シャルロットでも余裕を持ってついて来れるほどの速度を保ち歩いている。
一切こちらを見ることなくそうする辺りさすがの手際だ。
気にしすぎるシャルロットにとってこれはありがたいことだろう。よく気にしていなければ気づくことも出来ないほど、クオリアさんの足取りは変わらないように感じる。
だからか、一番初めにクオリアさんの言葉に反応したのはシャルロットだった。
塔を見ながら声を上げる。
「へぇ、塔が先だったんですね。てっきり街をつくった後に塔を建てたとばかり思っていました」
「普通はそう思って当然です。私もこのことを初めて聞いたときは正直驚きましたから」
ロンダニウスに生まれ、ロンダニウスで育った2人は当たり前のように共感しあっている。
だからといって俺達別の世界の住人がそれに共感できないと言えばそんなことはない。
塔はレンガや木造と違い明らかに金属製の光を発している。
近未来的な見た目なのにこの街で一番古い代物だとは誰も思わない。ましてや人の手で作られていないなどまず考えないことだろう。
世界は違えどその完成は同じだ。
その証拠に雫が自分の腰から刀を引っ張る。
小さな声でささやく雫の声が俺の耳に届いてくる。
「エンシェンは知ってた? あの塔のこと」
「はい。知っていますよ」
「じゃあ街より前にできたのも」
「はい。本当です」
「そっか……なんだか不思議……」
雫も感嘆とした声で塔を見つめる。
俺も同じように塔を見つめた。
塔はまっすぐ空に伸びておりその頂上は雲に隠れて見ることが出来ない。
あれが誰の手でもなくいつの間にか地上から生えていたなど、言われたところで信じられるかどうか。
うっそだーっと、その事実を言った人をからかうまである。
だが、それを話すクオリアさんの声は真剣そのものだ。
話は続く。
「ですが今言ったことはすべて本当のことです。怖い話あの塔がなぜ存在し、どのようになっているか分かっている者は今でもいません」
「それはギルド会館の人でもですか?」
たまらず俺は聞く。
するとクオリアさんは何の迷いもなく頷いた。
「はい。ギルド会館含めこの世界に何人といる重役の方々ですらあの塔について詳しいことを知っている者はいません」
「じゃあ塔の意味は」
「ただの象徴ってこと?」
雫の素直な呟きにクオリアさんは首を振った。
「いえ、象徴ってだけではありませんよ。あの塔は今もしっかりと使われています」
「まったく何も知らないのに使うって……」
「変ですか?」
「まぁ、はっきり言ってしまえば」
「ふふ。そうでしょうね。ですが全く分からないのは塔の存在理由であって、塔が全く使えないというわけではないんです。少なくとも内部の空間を利用することは誰にでも可能です」
「ルバゴの塔は有名で、その内部には巧妙な魔法が複数かけられているんです。その魔法のおかげでこの世界ロンダニウスは回っている」
シャルロットが得意気にそう言う。
胸を張りまるでお姉さんのように。たまに見るシャルロットのかわいい仕草だ。
だが、それも長くは続かない。
張っていた胸を元に戻すと照れたように笑ってこう続けた。
「……ってお姉ちゃんから教わりました」
そういうシャルロットの顔はどこか嬉しそうでもある。
なんだかんだいってお互いがお互いのことが好きな姉妹だ。
早くこの姉妹が何のしがらみもなく一緒にいられる日が来るといいのになと思いながら、俺はシャルロットに笑いかける。
「シャルロットさんの言う通り、あの塔には複雑で高位の魔法が数多く張り巡らされており、そのほとんどがこの世界を回していくのに使われている……と言われています」
「言われている?」
「はい」
「クオリアさんでも分からないんですか」
「もちろんです。私といえどなんでも知っているわけではありません。というかですね、その魔法というのは未だ誰として解読できていないんですよ」
するとクオリアさんの視線が雫に向かった。
なにかと思えば意外な提案をしてくる。
「シズクさん」
「は、はい。なんでしょう」
「エンシェン様に聞いてみてくださいませんか? もしかすれば女神なら、あの塔のことを何か知っているのかもしれません」
「分かりました」
言われて雫はもう一度エンシェンに語り掛ける。
待つ時間は数分もなかった。
すぐに顔をあげた雫は首を横に振る。
「ダメです。女神でもあの塔のことは分からないと」
「そうですか」
「でもエンシェン曰くあの塔は本当にこの世界に無くてはならない存在と言っています。あれが無くなればバランスが崩れるって。なんか女神の直感で分かるって」
「直感て……なんかバカらし―――!」
俺が呆れた声を上げていると横腹に猛烈な衝撃がはしった。
見れば器用に雫の体から鞘ごと刀身を伸ばしているエンシェンの姿がある。
無言でも突っ込まれたことが分かった。
「すみません」
『よろしい』
エンシェンの満足そうな声が頭の中に響いてきた。
ていうか雫以外にも聞こえるのかよその声。
まったくペットは飼い主に似るというのか。治癒の女神が打撃を加えるってどうなのさ。
俺が1人勝手に横腹をさすってる間も話は続いていた。
雫の返答を聞いたクオリアさんは表情を変えることなく淡々と答える。
「なるほど。見解は間違っていなかったんですね」
「みたいです」
「つまりあの塔はこの世界に必要不可欠ですけど、私たちは何も知らないし、分からないってことですか?」
「そうなりますね。未だにあの塔がどのような目的で存在し、なにをしているのか、なにを動力にして動いているのか分かっていませんから」
なにも分からない。なのにこの世界に存在感をいかんなく発揮し、無くてはならないと女神に言わせるまでのもの。
いったいなんなのか。それは別の世界から来た俺には到底分からないことだ。なんせ元々の住人ですら誰として分かっていないのだから、口をはさむだけ無意味だろう。
答えのない質問をするぐらいだったら大人しくしている。
俺は静かにクオリアさんの説明の続きを待った。
クオリアさんの口からは新たなことが語られる。
「何も分からない塔ですが、あの中に昔重要な施設が集まっていたのは事実です。ギルド会館もありました」
「でも、今はないんですよね。いったいなにが……」
シャルロットの少し不安げな声に、しかしクオリアさんは少しだけ考える素振りを見せる。
「クオリアさん……?」
「ああ、いえ、すみません。少しだけ待ってください」
そう言われ俺達は互いに顔を見合わせた後、静かにクオリアさんを待つ。
ある程度してから、何かを決意したような表情で後ろを振り返る。
「リュウカさん達はルバゴの王子に呼ばれたんですよね」
「はい。ていうか王子の手紙を渡してきたのはクオリアさんですよ」
「そうでしたね」
「私たちはその手紙の通りに王子の会うためにルバゴに来たんですから」
「はい。重々承知しております」
何かを確認するように一度深く頷くクオリアさん。
いったいどうしたというのか。いつものなんでも知っていますといった感じで、淡々と進めるクオリアさんにしてはここまで何かを迷うのは珍しい。
そのことに少しだけ首をかしげていると突然クオリアさんの足が止まった。
くるりと振り返ると唐突にこんなこと言ってくる。
「進路変更です。このまま塔の方に向かいます」
そう言ってクオリアさんは家と家の間の薄暗い裏道のような場所へと足を踏み入れた。
俺達は慌ててその後を追う。
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