第192話 ルバゴの街

 クオリアさんの先導の下、大陸ロンダニウス最大の都市ルバゴの街を歩く俺達3人と一刀。

 俺は前のクオリアさんから意識をそらさずに街並みに目をやる。

 馬車から降りたとき思ったように、ルバゴはアイリスタと同じレンガ造りが特徴的な街並みだ。

 だが、アイリスタとは違い所々に木造建築の建物も見受けられる。

 ダークオークというのだろうか、焦げ茶色の木で出来た建物がレンガ造りの家々の合間にあり、アイリスタよりも少しだけ現代に近づいた、なんというかファンタジーの中でも街といった印象が強い風景が広がっていた。

 歩く道はどこか狭く、馬車が行きかうには少しだけ不向きな感じだ。

 人の行き来も絶えることがなく、地元の人だろか、中には家と家の間の路地裏から顔を出す人もちらほらと見受けられる。

 そんな街をクオリアさんは慣れたように抜けていく。

 人をよけ、後ろを気にしながら歩くこと数分、ルバゴの街のある程度中まで進んだところで視界が広がった。

 広場のような丸い空間に噴水がある。

 周りには噴水を囲むように置かれた花壇があり、ベンチが数個、噴水の方に向けられて置かれていた。

 すると、前を歩くクオリアさんが不意に足を止める。

 振り返りながら俺達に向かって言葉を発した。


「皆さん。ここがルバゴの街の1つの特徴でもあるイーストスクェアです」

「イーストスクェア?」


 聞きなれない単語に俺はオウム返しで答えた。

 隣の雫もシャルロットも同じように頭で?マークを浮かべている。

 クオリアさんはそんな3人の前でおもむろに体にしまってあったストレージを取り出すと、1枚の紙を俺達に見せてきた。

 どうやらこの街を俯瞰して書かれた地図の様だ。

 現在地を指さしながら説明を続ける。


「今、私たちは街の東側、つまりは地図で言うと右側の出入り口から入ってきて、まっすぐここまできました」


 地図をなぞりながらこれまで歩いてきた道をたどり、ちょうど半分、街の真ん中から出入り口と言われた端までとの間の丸く空いている空間に来た。

 クオリアさんの指がそこで止まる。


「つまり今いるここがイーストスクェア。まぁ、言ってしまえばそのまま東側の広場ということです。他に3か所、ここと同じような場所があります」


 クオリアさんに促されるように地図の全体を見る。

 すると、ここと同じような丸く空いた空間があと3か所、きれいに等間隔に設けられていた。

 イーストが東だとすれば……。

 俺は地図の下にある丸い空間を指さす。

 そのまま時計回りに指を動かしていく。


「ここがサウススクェア、でこっちがウェストスクェア、一番上がノーススクェア……ってことですか?」

「その通りです」

「なるほど」


 分かりやすいのなんの。

 東西南北、きれいに分かれた4か所の広場がこの街には存在していた。

 俺がそこまでいったところで隣で同じように地図を見ていた雫の口から声が漏れる。

 俺とは違いその声はどこか気味悪いものを見たかのように硬い。


「なるほどってあんた、これ見てなんにも思わないの?」

「え? なにが?」

「なにがってねぇ……」


 そういって雫が地図の外周をなぞる。


「こんなにきれいな六角形の街、どこにあるっていうのよ」


 雫の指摘に俺はもう一度地図に目を落とす。

 まぁ、といっても正直地図が差し出されてから一番目がいったのがそこだから今更でもあるだろう。

 ルバゴの街は言ってしまえば病的なまでに綺麗な区画整理がされた街だった。

 街自体が六角形の形をしており、東西南北それぞれに街の出入り口が存在する。

 その出入り口からまっすぐ進んだところで、これまた綺麗に東西南北、4か所に広場と称される丸い空間が存在している。さっき言ったイースト、ウェスト、サウス、ノースと名のつく場所だ。さらにはその広場どうしが一本の道で繋がっており、六角形の中に大きな丸が存在する形となっている。

 そこから街の中に伸びる道は、全てが1つの場所に集約されている。

 そう。それこそ、この街に入って一番最初に目が向いた大きな塔。

 つまりルバゴの街は上から見たとき、塔を中心に丸と六角形で覆われた、そんな感じの街並みをしている。

 雫はそのことに驚いているようだ。


「ここは日本じゃないんだぞ。こんな街があっても別に驚きはしない」

「いや、そう言われたらそうだけどさ……」


 納得いかない雫に俺はさらに追い打ちのように言う。


「そんなこと言ったらナイルーンだって扇形だぞ」

「でもさぁ……なんか機械的っていうか……うーん……」


 それでも苦悶の声を上げる雫に今度はエンシェンが加勢する。


「今しがた雫の記憶を見ましたが、日本というのはどこに行っても建物があるところの様ですね」


 街中で人の目があるからか浮くことはしないまでも、ギリギリ届く声でそう言う。


「街という概念がそもそもなさそうですね」

「そうなんですか?」

「まぁ」


 正確には街という概念はあるが、境界線というか、この世界のように街なら街で独立していないので何とも言えない。


「確かに、今思えばリュウカさんの記憶を見たとき、そんな風景が見えましたね」


 クオリアさんも過去のことを思い出しながらそう言った。

 

「え、クオリアさんも知ってるんですか?」

「ええ。ギルド職員はギルドメンバー登録のときにその人の経歴を見ます。そこには過去や今までの経験全てがその人の視点となって見えるのです。シャルロットさんも見られましたでしょ」

「は、はい」

「私はリュウカさんの担当ですから、見ていて当然です」

「そうれもそうですね……なんかびっくりしちゃって」

「いえ、それも仕方のないことですよ。まさか違う世界があるなんて思わないですからね。魔法でそこまで見られるとは思えません」


 さらっとクオリアさんはそうシャルロットに説明したが、正直結構危ない会話をしている。

 ここはアイリスタじゃない。多くの人が行きかうルバゴだ。誰かに聞かれかねないぞ。

 ほら、現に今、俺達のすぐ隣を人が通っていった。

 1人勝手に肝を冷やしていると、エンシェンの極限まで抑えられた小さな声が届く。


「リュウカはこの世界に来て結構経ってますから慣れてしまっているのではないでしょうか」

「あぁ……それはあるかも」


 エンシェンに影響されて俺も小声になる。

 大陸ロンダニウスに慣れた。エンシェンの言ったことは一理あるだろう。

 誰でも、ずっとその場所にいれば慣れてくる。

 慣れてしまえば、それは普通になるからおかしいなんて思わない……でもそれだけじゃないと俺は思っている。

 俺がここまで驚かないのはゲームや漫画の影響が強い。

 綺麗な区画整理された街はよく出てくる。近未来を表現したアニメや漫画ではあるあるだ。

 逆に雫はそこら辺に疎い。ゲームもあまりしなければ漫画も読まない。どちらかというと体を動かす方が好きだった印象がある。

 俺と雫じゃあそもそもファンタジー適応力に差があるということか。

 まぁ、だとすればこの綺麗なまでの区画に違和感を覚えるのも無理もない。

 正直日本にいてもきれいな区画整理を見ると若干の変な感覚になることもあるしな。

 するとこの世界の元からの住人のシャルロットも少しだけ地図を見て眉を寄せた。


「私は雫さんほどではないですけど、でも、なんか嫌な感じがしてしまいます」

「シャルロットさんも?」

「はい。ナイルーンのときは何も感じなかったんですけど……なんででしょう……」


 そう言ってシャルロットは首をかしげるも、それに答える人は誰もいなかった。

 唯一地図を持つクオリアさんだけが口を開く。


「なぜか詳しくは分かりませんが、シャルロットさんや雫さんのように地図を持て同じように不快感を感じる人は珍しくありません。きっと暖かみというのがないんでしょう」

「暖かみ」

「ですか」

「はい。私もあまり分かりませんが人間心理上、きれいに区分けされ過ぎている、というのはなにかと変に感じるんじゃないんでしょうか」


 クオリアさんが分からないまでも2人に助言をした。

 俺もそれに頷く。こっちの世界でなんというのか分からないが、日本だとここまできれいなものは機械的と言われて、人間独自の暖かみというのが感じられないと言われる。ちょっとした違いが味だといった感性もあるぐらいだ。

 ルバゴの街並みはそれらからかけ離れており、きれいに分けられすぎている。

 世界どこに行っても人間の感覚は同じらしい。

 クオリアさんの説明が続く。


「分けられているとすればさらにルバゴの街の特徴として、広場と広場を繋ぐ道の、外側を商業区域、内側を住宅区域と用途によって街自体が分けられています」

「うそ、そこもなんだ」

「まぁ、そうは言っても圧倒的に住宅の方が多いんですけどね。今では人も増え、道の外側、外周近くに住居を構えている人もいます。ただ、武器や防具、食料からなにまで、ほとんどすべて街の外側に位置していますので、そこだけはお気を付けください」


 と言ったところで俺は今までの道を思い出しす。

 1つ納得するところがあった。


「あぁ、だからさっきまで歩いてきた道は人があんなにもいたんですね」

「そういうことになります」


 外側に店が多いならあそこまで人が行きかうのも頷ける。

 確かに、今思えば店らしき内装の建物が多かった気がする。

 するとシャルロットが疑問の声を上げた。


「えっと、ちなみにギルド会館はどこにあるんですか?」

「ああそれはですね」


 ギルド会館も一応は商業施設ともいえる。

 誰もが道の外側だろう。そう思った時、クオリアさんの指が意外な場所で止まった。


「ここです」

「ここって……」


 広場と広場を繋ぐ道。今俺達のいるイーストスクェアと地図の下サウススクェアを繋ぐ道の途中、その内側を指さしていた。


「すっげー中途半端な場所」


 俺の口から素直な言葉がもれてしまった。

 やばっと思ってクオリアさんを見るが、クオリアさんの表情は大して変わらず、ましてや俺の呟きに賛同するように頷いた。


「それは分かります」

「あ、いや、その……」

「そこら辺も歩きながらお教えしましょう。どうしてこんな場所になってしまったのか。なぜ塔にないのかも含めて」


 クオリアさんはそうして広場と広場を繋ぐ道を左に進んでいった。

 俺は雫に肘で小突かれながら後を追う。

 シャルロットな何やら不思議そうに塔を見ていた。

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