第191話 街の象徴のような塔
「なんじゃあの塔は」
手をおでこにやり遠くを眺めるようにして、俺の口から素直な感想がもれた。
大陸ロンダニウスにおいて一番の街といわれているルバゴに来てまず目についたのは街の中央に位置するであろう場所に建てられた大きな塔だ。
どこまでも大きくどこまでも長いその塔は、ファンタジー然とした街並みとは全くマッチすることなく、太陽の光を受けて鈍く銀色に光っていた。
正直SFじゃねぇかと思ったほどだ。
「なんだろうね。なんていうか……すっごく違和感があるわ」
どうやら雫も同じようなことを思ったのか俺と似たように塔を見つめながら呟く。
まるであそこだけ別世界の異物かのように佇む塔。
その塔に対してこの世界出身のシャルロットはどういった反応をするのか。
楽しみで見つめるが、その表情は大して変化はなかった。
俺は諦めて前を向く。
「まぁ、あれがなんであれとりあえず歩くしかないか」
いつまでも立ち止まってはいられない。
ここは多くの人が行きかう街の入り口にあたる場所だ。
3人が3人横一列で立ち止まっていたら、通行の邪魔になる。
歩き出そうと俺が足を一歩踏み込んだ時、雫の声に引き留められた。
「歩くってどこによ」
「え。そんなの」
ギルド会館だろ、っと言おうとして止まる。
そういえばそもそもギルド会館がどこにあるのか知らない。
ナイルーンのときはアイリスタから連れてきてくれた馬車の運転手が気を利かせて地図をくれたが、今回はそれがない。
もうすでにあの運転手の姿は見当たらないし、戻ってくるとは考えにくいだろう。
さすがにそこまで期待するのはおこがましい。
どうしようか迷っているとシャルロットの腕が上がる。
街の中心の塔を指さす。
「ギルド会館ならあの塔の中にあります」
「……マジ?」
「はい」
「シャルロットさんはこの街に来たことあるの?」
「いえ。来たのは初めてです。でもお姉ちゃんが昔教えてくれました。ルバゴは街の中心に大きな塔があってそこに主要な施設が集まってるって。もしルバゴに来て困ったらそこに行けば大丈夫だって」
「アーシャさんが」
「はい。だからきっとギルド会館もあの塔の中にあると思います。ギルド会館はこの大陸で一番と言っていいほど重要な場所ですから」
確かにと俺は頷いた。
ギルド会館はその名称上ギルドメンバーのために施設だ。
だがそれはギルド会館の担う仕事の全てではない。ギルド会館はストレージの配布も行っている。
大陸ロンダニウスではこのストレージこそが生活において必要不可欠なものだ。紙幣や硬貨といった概念が存在しない、お金はすべて電子マネー方式で、それをしまっておくのがストレージの役割でもある。振り込まれるのもストレージの中。さらには身分証明、物々交換、鞄や財布など多種多様な役割を担う。
そんな大事なものを配布するギルド会館を主要な施設と割り振らないわけがない。
目的地が決まった。
さぁ行こうと思ったところでまたしても声がかけられる。
「シャルロットさんの言ったことは間違ってはいませんが厳密には違います」
この落ち着いた声で人の話に割って入ってくるような話し方。
1人しかいなかった。
俺は声の聞こえた方を振り向く。
そこには案の定、髪を肩口で綺麗に切りそろえ、顔には眼鏡をかけたギルド会館の職員の制服に身を包んだお姉さんが立っていた。
人ごみの中を慣れたように俺達の方に近づいてくる。
「クオリアさん」
「リュウカさん、シャルロットさん、シズクさん。ようこそルバゴへ。お待ちしておりました」
綺麗なお辞儀をしてから、クオリアさんはいつもの無表情に戻った。
「ずいぶんと遅い到着でしたね」
「いやまぁ、いろいろありまして」
「そうですか」
クオリアさんの視線が一瞬だけシャルロットに向く。
だが何かを聞くなんて無粋なことなどせず、そのまま視線を俺や雫へと動かした。
「ひとまずはギルド会館へ向かいましょう。この場所にいては通行の邪魔になります」
「ですね」
「ちなみにですが、ギルド会館はこの街にある普通に建物ですよ」
「え。あの塔ではないんですか?」
クオリアさんが流れるように言ったので聞き逃しかけたが、シャルロットが食いつく。
「はい。ギルド会館はギルド会館としてこの街に建っています」
「そうなんですか……てっきり私はあの塔の中だと」
「アーシャさんの言ってたことが間違ってたとか?」
「いえ、姉御の意見に間違いはありません。元々ルバゴのギルド会館は塔の中にありました。シャルロットさんの記憶が幼い頃のものならばそうなっていて当然です」
「じゃあなんで今は」
「いろいろとありまして。そこら辺も含めギルド会館につくまでにお話しておきます。姉御のことについても、ですね」
そういってクオリアさんは一瞬だけ雫の方を見た。
雫も雫でお願いしますと言う。
さすがというかなんというか。俺やシャルロットは当たり前のように『アーシャさん』『お姉ちゃん』『姉御』で会話できているが、アーシャさんと面識もない、アイリスタの街も知らない雫は置いてけぼりをくらっていた。
雫は要領がいい。理解も早いからついつい放っておいても大丈夫と思ってしまっていた。だがそうだ。雫はこの世界に来たばかりで知っているのはナイルーンのことと、ちょっとした知識のみ。この世界にどんな街があり、誰と誰がどういった繋がりを持っているのか、今まで話題にしなかったために分かろうにも分かれないのだ。
「す、すみませんシズクさん」
クオリアさんのひと言でそのことに気づいたシャルロットが慌てて雫に謝る。
雫はそんなシャルロットに対して首を横に振った。
「ううん。いいよ大丈夫」
「ご、ごめんな――――あ」
咄嗟に謝る言葉を消したシャルロット。
その脳裏にはあの運転手の言葉がきっと思い出されていることだろう。
雫もそれが分かっているのか、自分の失態に気づいたシャルロットに優しく声をかける。
「私には変に気にし過ぎなくてもいいよ」
「でも、その」
上手く言葉が出なくて戸惑っているシャルロットに、雫はからかうような表情を見せた。
「ふふ。困ってる困ってる」
「あ、あう……すみません」
「また謝ってるね」
「あ……」
「こらリュウカ~シャルロットさんを困らせないの」
「い、いや、最初に困らせたのは雫で……今のは冗談っていうか」
「冗談でも場合を考えなさい」
ま、まぁ確かにこのタイミングでこのからかい方は悪い気がする。
俺は慌ててシャルロットに謝った。
「ご、ごめんねシャルロット。その、別に深い意味があった訳じゃ」
「シャルロットさん。こんな奴許さなくていいからね。ビシッと言ってやって!」
くそう雫の奴め。自分から蒔いた種だっていうのにマウントとりやがって。
俺が強く出れないのをいいことに楽しんでるな。
雫に恨まし気な視線を送りながらシャルロットを見る。
するとシャルロットはくすっと笑い表情を緩めた。
「別に傷ついたりしてませんから大丈夫です」
「ほ、ほんと?」
「はい」
「よかった~」
俺が胸をなで下ろしてる隣で雫は少しだけがっかりした表情を浮かべていた。
なんて奴。どんだけ俺が嫌われるところが見たいんだよ。
たまに見せる雫の子供っぽいところ。
そんな雫のことなどつゆ知らず。シャルロットは自分に言い聞かせるように呟いた。
「たぶん謝るのが癖になっちゃっているんだと思います。なにか言われると一番先にごめんなさい、すみませんが出てきてしまって」
「あぁまぁ、なんとなく分かるかな」
今までのシャルロットの言葉を思い出す。
確かに他の人に比べて謝罪の言葉が多いような気がしないでもない。まぁ、あんまり気にしたことがないからいまいち確証には欠けるが。
「でもそれって仕方がないんじゃ」
悪魔憑きだから。
言外にそうにじませながらもシャルロットの解答を待った。
シャルロットは頷かない。
「だとしても、あの運転手さんに言われてハッとしたのは事実です」
「シャルロットさんは治したいと思ってるの?」
「はい……一応。でも癖がついちゃったらどうしても難しいというか。咄嗟になるとついさっきみたいに」
「癖はなぁ。確かに治しずらい」
それこそどれだけ時間がかかるか。
癖なんてのは無意識のところでやってしまうことだ。それを変えるとなると、そもそも根本的な部分を変えないといけなくなる。
そんなの一朝一夕じゃあ無理な話だ。
「でもシャルロットさんは治したいと思ってる」
「はい。このままだといけないというのはなんとなく感じました。マキさんに会ってあんな風に変われたらと思って。マキさんはそのままでいいって言ってましたけど、やっぱり私は変わりたいんです」
シャルロットがそっと頭頂部の耳に意識をやる。
普通だったら見逃すほどの一瞬だったが、俺と雫はしっかりとシャルロットの目の動きを見ることが出来た。
「これと共生していくには私がもっと強くならなくちゃいけないんです」
「そっか……」
雫がなにかを思うように呟いた。
シャルロットの意思は固い。元々この子は自分で言っていたが頑固だ。引っ込み思案で自信が無い口調で忘れがちだが、心の中ははっきりとしている。こうだと思ったらこうするような子だ。危険を冒してでも自分の思ったことをする。
死ぬかもしれない場所にも迷いなくこれる子に、真剣に見つめられてはこちらとしても協力しないわけにはいかない。
俺と雫は互いに無言ながらも頷き合う。
「じゃあシャルロットさん」
「はい」
「もしシャルロットさんが必要以上に謝ろうとしてたら私たちが止めるね」
「癖は無意識だから。第三者の目線がないと治しずらいでしょ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げるシャルロットに俺達は苦笑いを浮かべた。
「そんなに真剣にならなくてもいいよ」
「そうだよ。気楽にいきましょ。なんせ私たちのリーダーはリュウカなんだから」
「ちょ、それどういう意味?」
「そういう意味」
「はい!」
「はいって……シャルロットぉ……」
雫だけじゃなくシャルロットにもいじられて俺は肩を落としながら2人の背中を追う。
一番前を歩くクオリアさんはそんな俺達を横目で見て嬉しそうに口角を上げていた。
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