第190話 いい性格の御者とリュウカ

 馬車から降りた俺達が一番驚いたのは馬車の宿舎の大きさだった。

 ナイルーンの何倍もある大きさの建物に馬車が数十台置かれている。

 行きかう人の数も桁違いだ。

 多くの人がひっきりなしにルバゴに来たり外へと出ていったりする。誰が誰なのかなんにも分からない。分かるのは人が多いこと。ギルドメンバーなのかそうじゃないのかすらもうどうでもよくなっていた。

 人ごみにのまれる形で俺達はここまで来てくれた運転手の人と別れの挨拶をすませる。


「ここまでありがとうございました」

「気にすんな。頭を下げないといけないのは俺のほうだ。本当ならもっと早く着いてたのによ。変なトラブルに巻き込んじまって悪かったな」

「いえ、大丈夫ですよ。むしろよかったというか……」

「よかった? なんだぁ? 俺の馬車は居心地が悪かったってか」

「違いますってば」


 2人してあはははと冗談を言い合う。

 そんな俺達を見たからか、雫が小さな声で呟く。


「なんかちょっとうらやましい」

「……ん? なんか言った雫?」


 俺が振り返ると雫は「なんでもない」と言って微笑むだけだ。

 すると、フードを目深にかぶってるシャルロットが俺の隣まで来た。

 視線を運転手に向けるとすぐにその視線を下げる。


「あの、運転手さん」

「ん。なんだ?」

「いろいろとご迷惑をおかけしました」


 シャルロットが頭を下げ謝ろうとする。

 だがそれはすかさず出された手で制された。


「おいおい。客の嬢ちゃんが一体なにしたっていうんだ? 謝られること、された覚えはないけどな」


 無事にルバゴに着いたからか運転手のテンションは少しだけ高い。

 口調もくだけガハハハと大笑いをしてシャルロットの謝罪を受け流した。


「でも……」


 それでもシャルロットは納得していない表情のまま運転手に対して困った視線を向けている。

 運転手もさすがにこのままというわけにもいかなかったのか、笑っていた顔を真剣なものへと変えるとシャルロットと向き合う。


「なぁ嬢ちゃんよ」

「は、はい」

「腰が低いのは別に悪いことじゃないが変に気を使い過ぎるのはどうかと思うぜ」

「それはその……」

「もっと胸張りな。俺にはギルドメンバーなんてもんは分からないけどさ、こうしてルバゴの王族に会いに来るためにこの街に訪れたんだ。そんな理由でこの街に来る奴なんてこの大陸中探してもあんたらだけだんだぜ」


 運転手は迷いない口調でそう言う。

 別に驚くほどのことでもない。この馬車はルバゴの王子から手紙を受けたギルド会館側が、俺達のために手配してくれたものだ。その運転手が俺達の事情を知らないわけがない。

 だが、手紙の内容はさすがに知らされていなかったようだ。

 運転手の言った言葉は一部合っていて一部間違っている。


「それはリュウカさんだけで私は」


 案の定シャルロットはそこに引っかかる。

 だが、運転手はそれを聞いてもなお態度を変えなかった。

 笑った表情のまま少しだけ優しい顔色をのぞかせてシャルロットに話しかける。


「そんなもん気にすんな。王族に呼ばれた奴の仲間ってだけで十分あんたらの価値はある。胸張ってもいいんだよ」

「そう、なんでしょうか……?」

「そうだ」

「でも……私は……」

「あぁ!! もう、鬱陶しい!!!」


 煮え切らない態度のシャルロットについに運転手は大声をあげた。

 それにシャルロットは驚いた声を上げる。


「ひっ」


 シャルロットの小さな悲鳴に少しだけ雫の表情が険しくなる。

 シャルロットを守るように警戒色を強める。

 だが、俺はなんとなく大丈夫な気がして運転手の続く言葉を待った。

 するとすぐに今までの表情に戻って謝ってくる。


「……っとすまねぇ。驚かせちまったな」

「い、いえ……」

「あのな嬢ちゃん。謙遜するのはいいがやりすぎは相手に不快感を与えるんだよ。良いと言っているのにそれでもうだうだ言ってんのはちょっと違うぜ」

「…………」

「あーなんつうかな。嬢ちゃんはもっと自信を持て。いやそのただの御者ぎょしゃの俺がこんなこと言うなんておこがましいんだけどな。せっかくいい性格持ってんだからよ。謝り過ぎて反感をかうなんて損じゃねぇか」

「損ですか」

「あぁ。だからよ、もっと自分を出してもいいんじゃねぇかな。俺はあんたらの関係を知らないから知ったこと言うなって思うかもしれねぇがよ。もっと自分っていうものを大切にしな」


 それを言ったっきり運転手は黙ってしまった。

 シャルロットはどう受け取ったのだろうか。その返しが来る前に俺は運転手に向かって自分のストレージを向けた。


「あ? どしたよストレージなんて出して」

「お金。ちゃんと払おうと思って」

「いいっていいって。俺はあんたらを途中で降ろしたんだ。しかもこっちのトラブルでよ。そこで払わないって話で終わってることだ」

「でもこうしてルバゴまで乗せてもらいました。そこのお金は払います」

「あのなぁ」

「自分を大事にするんでしょ。お金を払わないのはあそこで終わった場合です。こうして目的地まで連れてきてもらえたのにお金を払わないのは私が気持ち悪いので」


 こう言ってしまえば運転手は何も言えまい。

 今しがたシャルロットに自分を大切にしろと言っておいて、ここで俺の意見を突っぱねては話の説得力が皆無だ。

 思った通り運転手は負けたというように体からストレージを出して、俺のストレージの上にかぶせる。


「……あんたいい性格してんな」

「まぁ、これでも王族に呼ばれた張本人なんで」

「ふん。なるほどな」


 運転手の設定した額のルペを譲渡する。

 金額はきっとマキさんの家辺りからルバゴまでの数分の額。運転手側は赤字だろうにそれでも表情はいつも通りだ。


「じゃあな嬢ちゃんたち。ルバゴは広いから迷うんじゃねぇぞ」


 運転手はそう言って自分の馬車を宿舎にしまいに行くのか、こちらを一切振り返ることなく歩いていく。

 俺もそれに対して背を向けると、未だに静かなシャルロットの頭にポンと手をやった。


「行こっか。シャルロット」

「リュウカさん」

「……私も忘れないでよね」

「忘れてないよ。雫にエンシェン」


 俺の言葉に答えるように雫は微笑み腰の刀が仄かに光る。

 そうしてシャルロットを真ん中にするように俺と雫が立ち、ルバゴの街に視線を上げる。

 ナイルーンよりも街といった感じの街並み。

 アイリスタに似たレンガ造りの街並みだが、規模と大きさが桁違いだ。

 全部が大きい。

 田舎者が都会に来たように視線は自然と上を向く。

 見上げなくてはならない建物が所狭しと並び、人が行きかっている。

 道もあまり広くなく、本当に建物しか目に入らない。

 自然なんてない。緑よりもレンガの色の方が多い街の中、その中心にだろうか。人目を引く大きな建造物が目に見えた。

 全員の視線がそこに集中する。

 

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