第189話 改めて知る転生者の力の大きさ

「望んでも発動しない」

「はい」

「じゃあ今の石は」

「私がリュウカさんに怪我をさせるために投げたから発動したんだと思います。まぁ、まさか斬撃が飛ぶとは思いませんでしたけどね」


 さらりと物騒なことを言うマキさんは良い笑顔で笑っていた。

 怪我をさせるって……結構賭けなことするなこの人。

 ルクスに魔物を呼ばせたのも、俺の恩恵が問題なく発動したからよかったものの、呼びすぎなぐらいの量来ていたし。石だってそのまま当たったらそれこそ雫がどうなるか分からない。

 今度こそマジで怒っていたかもしれない。下手をすればマキさんのこと自体が嫌いになる可能性だってある。

 そんなリスクを冒してでもここまでしてくれるということは、面倒見がいいのか、はたまは大切なエターナルブレードを使う俺への何らかの教示なのか……本当のところは分からない。

 しかし、笑顔を消したマキさんの目には確かな意思が垣間見える。


「大きすぎる力は思いもよらないところで本人も仲間も苦しめる。リュウカさんにはそれをしっかりと分かってほしかったんです」

「マキさん……どうしてそこまで」

「私の目も同じだったんです。常識では考えられない力。なんでも視えてしまうということは便利ではありますが、それ相応の代償というものを払っています。他人からは見えない代償をずっと払い続け、私自身が壊れかけ、周りの人に迷惑をかけた」


 そこでマキさんは俺とシャルロットを見た。


「シャルロットさんの悪魔憑きとは少しだけ意味合いが違いますが、転生者が抱えている力というものもこの世界ではありえないもの。今は人間の力になっていますが、一歩間違えれば大陸中から忌み嫌われるものになるかもしれない危うさを秘めています」


 マキさんの言葉に俺も頷いた。


「分かります。だからこそ、ギルド会館は転生者の存在を公にしていない。転生者の待遇を知れば妬みや嫉みにさらされる。そんな視線から守るために、ギルド会館は情報操作をしていると」

 

 それは初めてギルド会館に訪れ、ギルドメンバー登録してた時にクオリアさんから教わったものだ。

 ギルド会館はギルドメンバーに無理強いはしない。自由なんだと言いながら、されど、転生者には自分の存在をあまり言わないことを勧めている。全てはこの大陸のバランスを整えると共に、転生者を守るため。

 転生者の与えられた力はそれだけ強力で嫉妬の対象になり得るのだ。

 俺だってそれを身に染みて体験している。

 シャルロットのお姉さんアーシャさんだ。

 アイリスタで姉御と呼ばれ、ギルドメンバーの中でも慕われている彼女は、その真面目な性格ゆえに、ただの世間知らずなお嬢様だと思っていた俺の、あり得ないほどの力を見て嫉妬した。今までの努力が無意味に思わされ、俺にあらぬ感情を抱いてしまったと謝ってきたのは今でもはっきりと思い出せる。

 今思えばあの場にシャルロットがいなくてよかったと思う。

 姉のあんな姿は見せたくない。

 しかし、どう言おうと誰かを嫉妬させてしまった事実は変わらないんだ。

 マキさんの言葉で改めてそれを実感させられた。


「なるほどですね」


 危なかった。

 またしても同じような過ちを犯すところだった。

 ついつい忘れてしまいかねない。チートは使ってる方は楽しい。だが使われた方は面白くもなんともない。

 そんな当たり前のことが頭からすっぽり抜け落ちていく。

 使えば使うほど気持ちよく、どこか楽観的に思ってしまうが、その裏には強すぎることへの弊害があるのだ。

 

「ありがとうございます」

「いえ、お礼を言われることは。むしろ私はリュウカさんを危険にさらせ、雫さん達を怒らせてしまいましたから」


 そう言ってまたしても頭を下げようとしているマキさんに俺は間髪入れずに口を開いた。


「もう頭は下げなくていいですよ」

「え、ですけど」

「ここまで説明してもらって何も分からないほど雫も、シャルロットもバカじゃありません」


 でしょっと2人を見ると、2人ともしっかりと頷いていた。


「シズクさん……シャルロットさん……」

「こちらこそすみません。ムキになってしまって」

「シズクさん……いいんですよ。あなたの気持ちは分かります。私だってもしウィルに同じようなことをされたら怒っていましたから。大切な人は徹底的に守りたい。ですよね」

「はい」


 いい笑顔で答える雫にいい笑顔で返すマキさん。

 2人の間にあったわだかまりはすっかりなくなっている。

 まぁ、正直このノリ、聞いている俺には結構ダメージがあるからやめていただきたいのだが、楽しそうだから止めにくい。

 するとシャルロットが一歩前に出てマキさんに近づく。

 その顔はいつも通りだ。


「私はもともとそこまで怒っていません。マキさんが優しい方だということは分かっていましたから」


 そういうシャルロットは自分の耳を触る。

 それだけでいつのことを思い出しているは容易に想像できた。


「なにかあるんじゃないかとは思っていました。それでもやっぱり動揺しているリュウカさんを前に出すわけにはいかなくてつい」

「いいですよシャルロットさん。それが普通です」

「ありがとうござます」


 シャルロットがお礼を言ったところで場の空気が軽くなる。

 時間にしてはそれなりに経っただろう。

 全員がマキさんの自宅に戻るように歩き出した。

 家までは馬車の通る道を横断しなければならない。

 俺達がその道に差し掛かった時、一台の馬車がおもむろに止まった。

 なにかと思って見ていると、運転手の顔を見て全てを悟る。


「お? あんたたち。まだこんなところにいたのか」


 そう言ってきたのはナイルーンからルバゴまで俺達を送ってくれるはずだった馬車の運転手だった。

 見れば壊れていたはずの車輪が新品同様に直っていた。


「運転手さん!」


 喜びの声を上げたのはシャルロットだ。

 いの一番に馬車に近づくと嬉しそうな顔で運転手を見る。


「お、おう」

「馬車、直ったんですか!?」

「あ、ああ。あんたらが歩いていった後に同業の奴が通ってよ。運よく馬車の部品を持っててな。この通り新品同様だぜ!」


 ビシッと親指を立てて後ろに車輪を指さす。

 直った車輪の方に雫とエンシェンが近づく。

 刀を近づけ雫が呟いた。


「どう?」


 雫の問いかけに答える声はない。

 人前で武器が喋ることなんて出来ない。こうしてエンシェンの存在を知らない人がいる時、エンシェンは雫にしか聞こえない声で会話する。

 ひとしきり終えたのか雫がこっちに戻ってくる。

 運転手が若干焦ったように雫を見た。


「なんか問題でもあったか!?」

「いえ完璧ですよ」

「そっかぁ……よかったぜ……」


 ひやひやしたと肩を下ろす運転手に雫の冷静な声が続く。


「ただ、きれいに直り過ぎて均等に老朽化が進まないのが心配ですね」

「あ?……まぁ、確かにな。でも、そんなもん道走ってれば均等に負荷はかからねぇ。どっちにしろだ」

「ふふ。そうですね。すみません変ことを言ってしまい」

「べ、別に構わねぇよ……」


 満面の笑みで答えられ運転手が少しだけ照れる。

 仕方ない。運転手も男だ。だいたいの奴が雫にこんな態度を取られればこうなる。

 嫉妬なんてしない。見慣れた光景だ。

 すると今まで後ろに控えていたマキさんが口を開く。


「では私とはここでお別れですかね」


 突然の言葉に3人とも振り返る。

 見ればルクスがいない。

 いや、見えないだけでいる。マキさんの片手が無意味に後ろに隠されている。

 きっとそういうことなのだ。

 小さいとはいえ火竜を見せるわけにはいかない。

 エンシェンと同様ルクスも特異な存在だ。


「そんな」


 シャルロットが悲しそうな声を出す。

 俺としてもまだまだマキさんとは話をしたい。この世界のこと、力のこと、教わることは多そう。

 だが続くマキさんの言葉に誰も何も言えなくなった。


「せっかく馬車が来たんですから乗ってください。いくら歩いていける距離だとしても、やはり疲れます」

「ですけど……」

「それに皆さんの目的はルバゴの王族に会いに行くことです。こんなところで時間を潰しているわけにはいかないでしょ?」

「マキさん……」

「さぁさぁ行って下さいな」


 運転手にいいですかとマキさんが尋ねると、運転手からは軽快な頷きが返ってきた。

 それを確認してからマキさんは無理矢理にも片手で俺達3人を馬車に押し込む。


「マキさん!」

「シャルロットさん。心配いりませんよ。ルクスがついていますから。あなたは何も心配する必要はありません」

「は、はい」

「シズクさん。あなたにはいろいろとご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」

「いいですから。もう謝らないでください」


 雫の言葉にふふっとマキさんが笑う。


「シズクさん。彼を愛しているのならば絶対手を離してはいけませんよ」

「もちろん。死んでも離しません」

「ちょ……」


 雫が俺の腕を自分の方へと引っ張る。


「ふふ。大丈夫そうですね」

「もちろんです。私の愛は世界をも超えるぐらい重いんですから」

「確かにその通りでしたね。先ほどの言葉は忘れてください。愚問でした」


 仲睦まじく話す2人の姿はどこか似たもの同士の友人のようにも映る。

 そんな中俺達のやり取りを見ていた運転手は、良い物を見たといったように呑気な顔をしている。

 まさか世界をも超える愛がまんまその意味だとは思うまい。

 いいのか悪いのか。まぁ、ごまかせているからいいか。


「エンシェンも。またね」


 その言葉にエンシェンは何も答えなかったが、頷いているのはなんとなく分かる。

 そして最後に俺の方へと視線が映る。

 シャルロットや雫にしていたよりも少しだけ複雑な表情をしていた。


「リュウカさん。あなたはそのままでいてください。変に考えたりするよりも着飾らないそのままの方がリュウカさんには似合ってます」

「えっと……それ褒められてます?」

「はい。褒めていますよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 照れながら頭を下げると、気持ち低くなったトーンの声が聞こえてきた。


「ただ、力の使い方を誤らないでくださいね」

「大丈夫……だと思います」

「ふふ。自信が無さそうですね」

「正直分からないんです。まだまだ」

「いいんですよ。これから学べは何も問題ありません」

「そうでしょうか」

「はい。あなたの周りには素晴らしい方々がいます。もしなにかあってもきっと彼女たちが守ってくれるでしょう」


 そうだろうか。俺は2人の顔を見た。

 雫もシャルロットも確かに頷く。

 それだけでなぜだか揺らがない安心感が芽生えた。


「……分かりました。そのままでいます」

「はい」


 それを最後に馬車の扉が閉まる。

 はいやという掛け声で手綱が引かれ馬車が動き出す。

 窓から遠ざかるマキさんの姿を見た。

 手を振り大きな声が聞こえて来る。


「もしウィルにあったらよろしくね~~~」


 それだけを言いマキさんは稜線に消えていく。

 俺達も馬車の中に戻り各々座りこんだ。


「ウィルさんによろしくって」

「私たちウィルさんの顔知りません」

「ほんとに」

「大丈夫よ。エンシェンが知ってるってさ」

「そうですね」

「じゃあまぁ、いっか」


 そうして俺たちは馬車に揺られること数分、今度は何の問題もなくルバゴに到着した。

 それに一番驚いていたのは何を隠そうシャルロット本人だった。

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