第188話 恩恵の実態

「一時はどうなるかと思いましたけど、上手くいってよかったです」


 マキさんはニコッと笑って俺達の方を見てくる。

 それに対して俺は苦笑いを浮かべながら答えた。


「まぁ、なんとかってとこですね」

「すごかったですよ。本当に斬撃が飛んで竜巻が起こってました」

「疑ってたんですか?」


 俺は冗談で聞いてみる。

 思った通りマキさんは首を振った。


「まさか。ただ、実際見てみないと信じるものも信じられないでしょ?」

「確かに」

「エターナルブレードにあんな力があるとは知りませんでしたね」


 そうしてマキさんが慈悲深い目で俺の手にあるエターナルブレードを見つめた。


「よかったね」


 ニコッと笑うと、前傾姿勢だった身体を元に戻す。

 すると隣の雫が少しだけ固い声でマキさんに問いかけた。


「もしうまくいかなかったらどうするつもりだったんですか?」


 マキさんを責めるような言い方に俺は咄嗟に雫を止めようとした。

 だが、俺と雫の間に緑の刀が一刀、立ちふさがる。


「リュウカさん。ここは」

「エンシェン」

「雫の気持ちも分かってあげてください」

「……分かった」


 エンシェンにそう言われては俺も引きさがるしかない。

 実際、雫は俺のことを本気で心配してくれた。死なないとか関係なく力が出ない俺を心配し、あまつさえ傷つくのが嫌だとはっきりと言い止めている。

 いくらマキさんに悪気はなかったとしても、雫にとってはリスクのある実験に俺を巻き込んだことに納得がいかないのだろう。

 俺は雫とエンシェンの気持ちを尊重して、出そうとした言葉を喉までで押しとどめた。


「リュウカさんはもちろんですが、雫さん達にも申し訳ないことをしました。ごめんなさい」


 マキさんはまず親身に頭を下げて謝る。


「……別に、それはもう十分です」

「いえ、説明不足だったのは認めます」

「そう、ですか」


 気まずくなった空気にすかさずエンシェンが入り込んだ。


「それで、なぜマキは何も言わずにリュウカを前線に出したのですか?」

「それは……」


 一瞬マキさんは俺を見て言葉を詰まらせた。

 俺はその視線に答える。


「別に私に気を使わなくてもいいですよ」

「……ありがとうございます」


 またしても頭を下げると、マキさんは説明を開始した。


「リュウカさんには難しく話すよりも実際にやっていただいた方が理解していただけるかと思いまして」


 マキさんのはっきりとした物言いに一瞬雫の体が止まる。

 そして俺を見ると、仄かに笑った。


「……確かに……」

「まぁ、確かにその通りですね」


 俺も俺でマキさんの言葉を肯定した。

 すると、シャルロットが話に加わってくる。


「つまりマキさんはルスク君に魔物を呼ばせてそれをリュウカさんにぶつけようとしたってことですか?」

「はい。その通りです」

「どうしてそんなこと……下手したらリュウカさんだけじゃありません。ルクス君も危険な目にあうかもしれないのに」


 シャルロットはシャルロットらしく自分達よりもルクスを真っ先に心配していた。

 それを受けてルクスが甲高く鳴く。


「きゅるる!!」


 まるで自分は大丈夫かのように、シャルロットに対して元気な声で答えた。

 少しだけシャルロットの表情が綻ぶ。

 タイミングを見計らってマキさんが言葉を紡いだ。


「もちろんその危険はあります。ですが、リュウカさんの問題を解決するにはそうするしかなかったんです」

「ですけど……」

「はい。シャルロットさんが納得しないのも分かります。私はルクスを意図的に危険にさらした。飼い主として、親として失格です」


 有無を言わせないマキさんの言葉にシャルロットが詰まる。

 マキさんはそれら全てを受け入れてながら続きを話した。


「それでもリュウカさんには魔物をぶつけるのが一番良いと判断しました」

「……その判断材料は何ですか?」


 未だ表情が固い雫がマキさんに聞く。


「ルクス君を危険にさらして、私達に反感をかうことを分かっててもそれをする理由はなんですか?」

「……リュウカさんの力は桁外れに強いです。それは皆さんの方が知っていると思います」


 俺、雫、シャルロットが各々頷く。


「常識をも変えてしまいかねない力は、本人や、その仲間を守るのには最適は代物。ですが、裏もあります」

「裏、ですか」

「はい。大きすぎる力は使い方を誤れば全てを滅ぼしかねない。その危険を常に含んでいるんです」

 

 マキさんの重たい答えに俺達は全員押し黙る。

 唯一、何かを理解しているエンシェンだけが、マキさんの言葉に答える。


「マキはそれをリュウカ達に教えようとしたということですか?」

「それもある……けど、これは後付けで本当のところは違うかな」

「ではなにを」

「リュウカさんにはしっかりと自分に与えられた力を理解していただきたいと思いまして」


 マキさんの真剣な目に見つめられて俺も姿勢を正す。

 手に持ったエターナルブレードを一瞥いちべつし、その大きな刀身を振るう自分の姿を想像する。


「草原でエターナルブレードを振っている時、斬撃や竜巻が出ないと焦っていましたね。それでもしかしたらリュウカさんはまだ自分の力のことを分かっていないのかと思いました」

「……その通りです」


 ただただ与えられた力を使っていた。

 武器を持ったらもう後は考えずに振るだけ。今まではそれだけでエターナルブレードが光り、斬撃が飛んだり竜巻を起こしたりしていた。

 俺自身は何かを考えたことがない。エターナルブレードを持ったときには体が勝手に動く感じだ。なにをすればいいのかなんとなく分かる。

 しかし、草原で、なにも無いところでエターナルブレードを持ったとき、俺の中にはなにも無かった。どこをどうすればいいのか、全くと言っていいほど分からなかったのだ。ただ単にむやみにその大きな刀身を振っていた。なにも出ないことを焦りながらも、解決策は何一つとして浮かばなかったのだ。


「ですので、もしかしたらと思いルクスに頼んで周囲の魔物を呼んでもらいました」

「それで思った通り力が発動した」

「はい」


 もう一度あの時のことを思い出す。

 ただ振っていたときとは違ってなにをどうすれば分かっていた。

 ルクスを狙う魔物に対してエターナルブレードを横一線に振り抜く。竜巻の時だって不思議とルクスがどう動き、俺が何を言えばいいのか全てが分かっていた。

 計算とかそんなのじゃない。ただ思うがまま動いていたといったほうが正しい。

 結果としてはうまくいった。だが、思い出しても詳しい要因は分からない。


「きっと、今力を使おうとしても使えないと思います」

「そうなんですか?」

「はい。試してみます?」

「一応……」


 俺はエターナルブレードを持ち少しだけ前にでる。

 誰にも被害が及ばない場所まで来るとエターナルブレードを振るう。

 ブンという重たい風を切る音が響く。

 だが、それだけだった。


「……ほんとだ」

「どういうことなんですか?」

「敵がいなきゃ使えないってこと?」

「そうですね。雫さんの言ったことが一番近いですかね」


 すると突然後ろになにかの気配がした。

 俺は咄嗟に振る向くとエターナルブレードを振り抜く。

 小さな斬撃が出る。

 見れば俺に向かってきていた小さな石がきれいに空中で半分に割れている。

 その直線上には意味深に腕を振り抜いたマキさんの姿があった。


「マキさん……?」

「すみません。ですがこれではっきりとしました」


 一度謝ると、俺が戻ってくるのを待ってマキさんが口を開いた。


「リュウカさんの力はそれが必要だと判断される場合にのみ発動する」


 そこでマキさんは一呼吸を置く。


「つまりは、必要がなければ一切、主のリュウカさんが望んでも発動しないということです」

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