第187話 仲間あっての発言

「リュウカ、あんたは下がってなさい」

「そうです。ここは私達に」


 前線に立とうとした俺を雫とシャルロットが止める。

 手で制して俺の進路を塞ぐように2人は迫りくる魔物に対峙する。

 そんな中、マキさんの声が響いた。


「いえ、ここはリュウカさんに任せましょう」


 その無情にも聞こえる言葉に全員の視線が注がれる。

 引きつっていた頬は元に戻っており、今は冷静な表情で群れとルクスとを見ていた。

 しかし、そんな顔が今は冷たく映る。

 すぐに雫とシャルロットが噛みついた。


「悪いですけど、いくらマキさんの言葉でもそれは聞けません」

「はい。今のリュウカさんを前に出させるのは危険です」


 珍しくきつい眼差しの2人に、マキさんはなにを思うのか。

 マキさんは表情を変えることなく告げた。


「いえ、リュウカさんがいかなければ意味がありません」


 変わらぬ言葉に雫の目がきつくなる。


「どういうことですか?」

「やってみれば分かります」


 頑なに理由を話さないマキさんに雫も引く気がない。

 ちゃんとした理由を聞かなければ動かないという意思が垣間見える。

 シャルロットも雫ほどではないが同じようだ。

 俺の前に立ちながらも自分の耳を気にする。

 その目はどこか申し訳なさそうだ。

 シャルロットには先ほどマキさんが呟いた言葉が聞こえていなかったのだろうか。

 静かに呟いたマキさんの言葉はこの状況を自分が作ったと白状しているようなもの。たぶんだが、魔物を呼んでくれといった感じのことをルクスに頼んだのだろう。

 俺ははっきりと言葉尻の下がったマキさんの声を聞いていた。

 シャルロットはその時俺の隣にいたのだ。

 聞こえていないわけがない。聞いて分かってもなお自分のせいという可能性を捨てきれなかった。癖なのかなんなのか、それでも少しだけ申し訳なさそうな顔に俺の心が痛む。

 俺は気づけば2人の間を通って前に出ていた。

 後ろを振り返ると、ニコッと笑う。


「まぁまぁ。いいじゃないの」

「ちょっとリュウカ」

「リュウカさん」

「2人の気持ちも嬉しいけど、どうせ私死なないし、どうにかなるって」

「そう、ですけど……」


 シャルロットが困惑ながらも肯定した。

 まぁ、死なないんだし別になぁ。そうなるのは分かる。

 なにがどうでも死なない奴が前に出るのが一番安全だ。

 シャルロットはそれを心で分かっている。

 この世界で生まれ、魔物がいることが当たり前の生活をしていれば当然の感覚だ。

 否定できなくても無理はない。

 だがそれでも納得しないものが1人いる。

 さっきからずっと俺を睨みつけている雫だ。

 そんな雫に俺が呆れた視線を送る。


「そんな目で見つめるなよ」

「私はね、あんたが傷つくのが嫌なの」

「はぁ? 別にいいだろ。どうせ」

「あのね!」

 

 雫が詰め寄ってくる。


「面倒な女だと思われていいから言うけど。私はあんたが痛がるその声が嫌なのよ。あんたの腕取れたときのあの悲鳴。あれ聞いてから私はもう」

「はいはい。悪かったって」


 俺はそんな雫と適当に流すと前を向いて歩く。

 

「ちょっと!」

「そんなに心配するなってば」

「自己犠牲するっていうの? またそうやってかっこつけてさ」

「違うってば」


 違う。これは本当に違う。

 自己犠牲でもなんでもない。ただ単に怪我しても大丈夫という気持ちが俺の心にはある。


「今は雫がいる。治癒の女神エンシェンと契約した雫がいるだろ。だったら大丈夫だってば。取れた腕も元通りの力だぞ。ちょっとやそっとの怪我なんて問題ないって」

「そりゃあそうだけど……」


 納得しかけた雫にさらに追い打ちするようにエンシェンの声が響く。


「迷っている暇はありませんよ。早くしなければここにいる全員、魔物に飲み込まれてしまいます」

「だってさ雫」

「……はぁ……もう分かったわよ」


 雫が諦めたように刀を地面に突き刺す。

 それだけで温かい領域が広がる。


「ここにエンシェント・フィールドを張ったから。いつでも戻ってきなさい」

「へいへい」

「分かってんでしょうね」

「分かってるって……母ちゃんかよ……」

「なんか言った?」

「別に」


 俺はそれを皮切りにエターナルブレードをつかんで走り出した。

 魔物の大群に真っ正面から突っ込む。

 何回目になるだろうこの光景に、不思議と心は軽い。

 雫と話したからだろうか、力が使えないという不安はどこ吹く風のように、俺はまっすぐ群れの真ん中に向かう。

 

「きゅるる!」

「ルクス。退いててね!」

「きゅる」


 ルクスが上空高くに飛ぶ。

 俺はそれを合図にするかのように群れに向かってこれでもかとエターナルブレードを振った。

 ブンという音と共に光が斬撃となり魔物の群れを一掃する。

 草原の一角を覆うような魔物の群れはそれだけで一匹残らず靄となって消えた。


「リュウカさん!!」


 シャルロットの喜んだ声が響く。

 だがしかしそれに反応するのは無理だった。


「きゅるるるっきゅ」


 ルクスの切羽詰まった声が轟く。

 見れば上空に上がったはずのルクスが勢いよく下降してきていた。周りにはこれまた鳥型の(地上の奴が鶏ならこいつは鷲だ)魔物が大きな翼をはためかせて、360度全方位からルクスを追っている。

 俺はそれを見ると、エターナルブレードを回した。

 ブンブンという音が感覚を狭め、俺の視界が早くなる。

 そんな中、視界に映るルクスに向かって叫ぶ。


「そのまま! そのまま私の頭の上まで直下して!」

「きゅる!」


 俺の頭一直線上には風が起こらない。

 それをすぐさま理解したルクスが軌道を変え、俺の真上に来る。

 瞬間、俺の周りに風の壁が出来上がる。

 それと同時にルクスを狙うように追ってきた魔物が俺の作り出した風に飲み込まれ、姿を消す。


≪キュエ――――!!!≫


 甲高い断末魔をあげて、鷲型の魔物が霧散する。

 俺の頭の上にドカッとした重みが来た。

 それを確認して俺は足を緩め、エターナルブレードを止める。

 暴風が収まり風が優しく草原を揺らす。

 俺は頭の上に来た住人に意識を向けた。


「無茶なことする」

「きゅる」

「まぁ、元気そうならいいんだけどね」


 俺は嘆息しながら、ルクスを乗せたまま見守っている人達の下へと戻る。

 俺は雫とシャルロットの下へ。ルクスはマキさんの下へと戻り、言葉をかけられていた。


「ごめんねルスク。危険なことさせちゃって」

「きゅるきゅる」

「そうね。結果はよかったけど」


 よしよしというようにマキさんに抱かれるルクスを見ながら、雫が俺を見る。


「……普通に撃ててるし」

「なんでだろうねぇ」

「分かんないの?」

「さっぱり」

「必死だったからではないですか?」

「いや、そんな感じでもないんだけどなぁ」


 エンシェンの問いかけに間延びした声で答えると、シャルロットが嬉しそうな顔を見せてくれる。


「でもでも、元に戻ってよかったです!」

「ね。確かに」


 俺もそんなシャルロットに笑顔を向けると、それだけでポアポアとした空間が出来上がった。

 雫とエンシェンだけはのんきな俺達2人に微妙な視線を送っているが今は気にしないでおく。

 すると、ルクスを肩に乗せたマキさんがこちらに近づいてくる。

 ニコニコ顔で俺の方を見ているあたりどうやら作戦が成功したようだ。

 俺達は静かにマキさんの説明を待った。

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