第186話 苦笑い

「あれー……?」


 俺は困惑しながら自分の持つエターナルブレードを確認する。

 別になにかあるわけでもない。いつも通りの背丈以上もある刀身が太陽に照らされて光っている。

 俺はもう一度エターナルブレードを構える。

 刀身に力を蓄えるイメージで振り抜いた。


 ブンッ―――!

 

 大きな刀身が空気を切る音が聞こえて来る。

 だがそれだけ。刀身が光ることもしなければ斬撃が飛ぶこともない。

 どうしたのか。とりあえず今度は竜巻を起こそうと体を回転させる。

 視界がぐるぐるとまわり速度が増す。

 もうすでに雫たちの顔ははっきりとは見えない。普通、ここまでの回転数を出したら足がもつれてこけそうなものだが、そこは恩恵の力でどうにかなっている。どのタイミングでどう足を動かせばいいのか、感覚的に分かっている感じだ。

 だがしかし、ここでもどこまで回転数を上げたところで、なにも無かった。

 ちょっとの風が起こる程度で、竜巻なんて代物が形成される様子は微塵もない。

 俺は回転数を落とした。

 そしてゆっくりと止まったところで見ているみんなを見つめる。


「…………ない」

「なに?」

「で、出ないんだ……」

「リュウカさん?」

「出ないって」

「だから、斬撃も竜巻もでないんだよ!!!!!」


 俺も叫ぶ声が草原に木霊した。

 両手に持つエターナルブレードが重たい。

 ドスンと切っ先を地面において、その刀身を見つめる。


「ど、どうして……」


 俺の困惑する声に見ていた全員が駆け寄ってきた。


「で、出ないって一体……なにかあったんですか? 体の調子が悪いとか……」


 シャルロットが俺を心配して顔を覗き込んでくる。

 垂れた目がこちらをどれだけ心配しているのか伝わってきてやばい。

 俺はそれに情けなく首を振った。

 雫も後に続いて近くに来る。

 シャルロットほど心配した風ではないが、少しだけ俺の方を気にしながら呟いた。


「あんた、なんか変なの食べた?」

「食べてねぇよ。ていうか、雫も同じもの食べてるだろ」

「そうよね……」

「なんで……」


 こんな現象は初めてだ。

 何度も何度も振っても斬撃が出るイメージがわかない。

 いつもだったら勝手にエターナルブレードが光って、それが斬撃となって相手に飛んでいく。

 でも今は、なんにもない。

 光ることもなければ斬撃なんて飛ぶこともない。

 もう分からなくなっていた。

 エンシェンもマキさんも近くに来る。

 マキさんがそっとエターナルブレードに触れた。


「……私が見たところ、エターナルブレードに対して変化はありませんね。エンシェン。あなたは?」

「マキがなにも無いというのならないのでしょうね」

「そうね……私の目でも何も視えないし……」


 うーんと悩んでいると、不意にエンシェンの視線が俺へと注がれているのが分かった。

 なにを見ているのか、目がないので詳しいことは分からない。 


「もしかして、私が触ってしまったからかしら……」


 マキさんの申し訳なさそうな声が聞こえて来る。

 それに対して雫とシャルロットが反応した。


「まさかそんなことあるわけがないですよ。武器が触る人によって変わるなんて、それじゃあ生きてるみたいじゃないですか」

「はい。それに私も前にリュウカさんのエターナルブレードを使ったことありますけど、その後リュウカさんは問題なく使ってました」

「そう、ですよね」


 じゃあなんで……そう呟くマキさんに場違いながらも俺は優しさを感じていた。

 マキさんはエターナルブレードを普通に大剣として使っていた。斬撃や竜巻など飛ばしたことも起こしたともない。

 出ないとなれば普通そこを疑う。嘘を言っているのではと。特に、自分が元々大事にしていた武器なら、勝手も分かっているだろう。なのに、普通に俺や雫、シャルロットと同じように頭を悩ませてくれている。

 なんていい人なんだと思っていると、不意にエンシェンが動いた。

 俺に向けていた視線をマキさんへと移し、ちょっとした提案をする。


「マキ。あなたの目でリュウカを見てはくださいませんか?」

「リュウカさんを? いいけど……」

「もしかしたら、なにか分かるかもしれません」


 マキさんはエンシェンに言われるように俺の目を見つめてきた。

 初めてギルド会館でギルドメンバー登録を行った時の様に、目と目を合わせる。

 よく見ればマキさんの目が仄かに紫色に光っていた。クオリアさんがしていたのと同じだ。相手の素性を調べる魔法。

 マキさんの目は常にそれを発動しているようなもの。吸い込まれるような感覚が来る。俺の奥の奥まで、全てにマキさんの意識がくるよう。

 その感覚がしばらく続いた後、マキさんの目が終わりを告げるように閉じられた。

 現実に戻った感覚で俺はマキさんの言葉を聞く。


「……なるほどね」

「なにか分かったんですか?」

「うーん……これといって確信はないんだけど、なんとなく原因は分かったかな」

「それはいったいなんなんですか!?」


 がばっとマキさんに詰め寄る。

 自分でも驚くぐらいマキさんの発言に食いついてしまった。

 全員が俺の態度に驚く。

 特に雫の目が一番驚きを表現していた。


「……意外。そんなに食いつくなんて。いっつも適当なのに」

「いや、その」

「まぁ、分からないでもないけどね」


 そうしてそっとエターナルブレードに触れる。


「武器なんて持ったこともない平和な国から来たんだもん。強くて圧倒的な力をもってても所詮はもらったもの。無くなったら焦るわよね」

「うん……」

「ごめん。気づいてあげられなかった」

「いや、別にいいけど……」

「…………」


 雫の静かな笑みが俺の心を少しだけ穏やかにさせる。

 そのまま雫は何も言わなかった。ただ黙って俺の近くに来る。そこから一切動かずマキさんの言葉を待つ。

 1人ではないと言われているようだ。

 シャルロットもエンシェンもそんな雫に続くようにちょっとだけ体を俺の方に寄せてきた。

 優しい空間の中、マキさんは立ち上がる。

 肩に乗るルクスを手のひらに移動させ、何か短い会話をはさんだのち空に向かうように掲げた。


「頼むわね!」

「きゅる!」


 元気よく飛び出したルクスを見守ると、マキさんはくるりと俺達の方に笑顔を向けてくる。


「少しだけ待っててください」

「あの、ルクス君は何をしに」

「ちょっと呼びに行ってもらってるだけです」

「いったいなにを……」

「ふふっ。それはきてのお楽しみ、ですよ」


 意味深なマキさんの笑顔が妙に気になるが、俺達は静かにその時を待つことにした。

 何を言っても答えてくれそうにない。そう感じたからだ。

 すると、その時はすぐにやってきた。

 草原の遠くの方。そこにはここからでも見えるほど土煙が舞っていた。

 ドドドドドドドドッと地面が揺れる音とともに、確実に何かが近づいてきている。

 咄嗟に立ち上がってみた光景は大量の魔物の群れ。

 2速歩行の鳥の魔物が、おびただしい量でこちらに向かってきている。

 

「きゅる!」


 ルクスの甲高い鳴き声が聞こえる。見ればルクスはその魔物の大群の前で、小さな体で優雅に空を飛んでいた。

 鳥の魔物はそれを追うようにして、がむしゃらに走っている。

 この状況に俺も雫もシャルロットも、エンシェンまでもが警戒の色を強める。


「雫! 私を手に!」

「分かってる!」


 即座に雫がエンシェンを引き抜く。

 それだけで背中には緑色の大きな翼が生えた。


「私も戦います」


 シャルロットもストレージを取り出すと中から杖を呼び出し、自身の前で構える。

 そんな緊迫した状況の中唯一マキさんだけは、変わらぬ態度で状況を見ていた。


「言葉で言うよりも実際にやってみた方がいいと思ったのですが……」


 マキさんが自分の頬を触る。

 少しだけその頬が引きつっているは気のせいだろうか。


「ちょっと、多すぎましたね」


 てへっと笑うマキさんの口角は残念かな、上がっていない。

 仕方なく俺はエターナルブレードを手に持ち前線に向かった。

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