第185話 やられるリュウカ
見せてくれませんかと言われて軽々しく前に出たものの、さすがにこの場で斬撃や竜巻なんて起こすわけにはいかない。
目の前にはマキさんが丹精込めて作った花畑が広がっている。
ここであんな大技を出そうものなら、瞬く間にきれいな花畑が土の色になってしまう。残念ながら出し方は分かっても、強弱の調節までは出来ない。0か100でしか出せない以上、この場で出すのは危険だ。
どうしようかと固まっていると、後ろの雫も俺の固まった理由を察してか辺りを見渡し始めた。
「さすがにここじゃあ無理よね」
「ああ……」
「あんた、調節とか出来なさそうだものね」
「まぁ、間違ってないが、なんか言い方に悪意がないか?」
「気のせいでしょ。別にそんな意図はないけど?」
といっているが若干語尾が上がっているのを俺が見逃すわけがないだろう。
細かな調節が無理な性格なのは認めるが、人に言われるとなんか癪だな。
まぁ、幼馴染だから今更感があるが……。
俺はため息をつきながらマキさんに問いかける。
「場所を変えてもいいですか? さすがにここだと花畑を巻き込みかねないので」
「あぁ! それもそうですね。分かりました」
マキさんは頷くと、シャルロットの頭の上にいるルクスを呼んだ。
「ルクス。敷地から外に出るけど、頼める?」
「きゅる」
「ふふっ。ありがと」
なにやら会話のようなものをしてルクスがマキさんの肩に乗った。
それを合図のようにマキさんが家を囲む柵の扉を開けて草原へと歩き出した。
俺達もその背中を追って敷地から外に出る。
比較的周りに誰もいない広い場所があれば好都合だ。そんなことを思いながら歩くと、すぐにマキさんは立ち止まった。
家の敷地を出て数歩のところ。馬車や人が通るための道がある方向を向きながら、近づいてくる俺たちに言う。
「ここら辺でどうですか?」
そう言われ俺はマキさんの向いている方向を見る。
といってもそもそもがこの家を発見した時、歩いてきた方向がそっちだ。今更確認しなくてもいいが、一応念のため見ておいたほうがいいだろう。
「リュウカさんの出す斬撃や竜巻がどれほどの規模のものなのか私には分からないので……どうですか?」
マキさんの問いに俺は素直に答えた。
「たぶん大丈夫だと思うんですけど……」
「なにか心配事でもあるんですか?」
「えっと、まぁ……」
煮えきらない俺の態度にマキさんの頭の上には?が浮かぶ。
見れば雫も同じような顔をしていた。
「なにかあるの?」
案の定雫がマキさんと同じように聞いてくる。
まさかここで、斬撃の攻撃範囲が分かりませんとは言いにくい。
別に変に気にする必要もないんだろうが、マキさんとエターナルブレードの秘話を聞き、あそこまでの踊るような動きを見せられた後だとなんとも情けなくなる。
せっかくエターナルブレードを活躍できるところに出したのに持っている俺がこんなでは申し訳がない。
俺は視線をさまよわせる。
すると、シャルロットとばっちり目が合った。
シャルロットは微笑むと何やら頷きながら少しだけマキさんに近づき、同じように目線を道の方にやる。
「えっと、たぶんですけど、この距離だと斬撃が道にまで行ってしまうと思います。それに、リュウカさんの出す竜巻はそれなりの規模があるので、ここだとマキさんの家の方にも被害があるかもしれません」
「そうなの?」
「はい。リュウカさんの斬撃は魔物の群れを一掃するほど。竜巻も、キングウォーターを飲み込むほどですから」
「あら。じゃあここだと無理ですね」
シャルロットの冷静な説明に全てを理解したマキさんは、またしても移動を開始した。今度はどうやら道の反対側に行くようだ。
俺達も後を追う。
合流してきたシャルロットに俺は小声でお礼を言った。
「ありがと」
「いえ、これぐらいはなんでもありませんよ」
「でも助かったよ。よく範囲が分かったね」
「やっぱり、リュウカさんは分かってなかったんですね」
そう言ってシャルロットが少しだけ笑う。
「う……面目ない」
「ふふ。リュウカさんらしいです」
「そうかな……あはははは……」
らしいと言われてはどうしようもない。
渇いた笑いを浮かべていると、シャルロットが笑顔そのままに言った。
「といっても、珍しいことじゃありませんよ。大きな技を出すその人自身があまり技の全体像を把握していないのは割とあることですから」
「そうなの?」
「はい」
言って、シャルロットが人差し指をあげた。
胸も少しだけ張り、まるで説明してあげますというように振る舞う。
なんだか背伸びしている子供の様でかわいらしい。だが、この世界においてはシャルロットが先輩だ。
俺は静かに彼女の言葉を待った。
「技が大きければ大きい程、当事者にとってはあまり周りを見渡せません。自然と、どこからどこまでその技の効果があるかは肉眼ではなく感覚で把握するようになります」
「確かに」
俺もそんな感じだ。
といっても俺の場合は恩恵により、体が勝手に動くのでそこまで深く考えたことがない。体が動くのに任せてエターナルブレードを振っているに過ぎないので、こういったとき困るみたいだ。
すると、俺の隣にいる雫が、なるほどねと呟く。
ふっと俺はそちらを見る。
「バカにしないのか?」
「は?」
俺の言葉に意味が分からないというように真顔が返ってきた。
しかしすぐに雫ははぁっとため息をするように呟く。
「あんたね。私を何だと思ってるのよ」
「隙を見ては俺のバカにする幼馴染」
「ちょ……! あんたそんなこと思ってたの!?」
「まさか……」
「そうよね」
「ちょっとだけしか……」
「ちょっとって、ちょっとは思ってるってこと!?」
「あはははは…………」
だってたまに怖いときあるもん。
思いの外詰め寄ってきた雫に対して俺がどうどうと手で制す。
シャルロットも慣れたもので、こんなやり取りを見てもただ笑って見守っているだけだ。
ずいずいと詰め寄ってくる雫。そんな雫の腰の部分から声がした。
「まぁまぁ落ち着きなさい雫」
言うまでもなくこの声はエンシェンだ。
腰にある自分の体を浮かして俺達2人を見てくる。
「なによエンシェン」
「リュウカが本気でそんなこと言っているわけないこと、あなたが一番よく知っているではありませんか」
「さぁね。どうだか。分からないわよ。もしかしたら本心かもね」
そして雫が俺をじろっと見つめる。
「今だって怖いとか思ってるんじゃない?」
「げ……」
「ほらね」
俺の反応に分かり切っていたというように嘆息する雫。
そんな雫にエンシェンは変わらない声をかける。
「よく分かっているじゃないですか」
「まぁね。幼馴染だし」
「だったらあなたもリュウカの気持ちが分かるでしょう?」
「……そうね」
雫が納得したところでエンシェンが俺の方を向く。
「そんなに恐れなくても大丈夫ですよ」
「別に恐れてなんか……」
「もちろん雫を恐れているとは私も思っていません」
「じゃあなにに」
「知識の無さです」
核心を突かれて俺は唾を飲み込んだ。
エンシェンはそんな俺の反応を見て一瞬だけ間をおいて話し始める。
「たとえ雫より少しだけ早くこの世界に来たとしても、我々のような元からこの世界に生まれた者からしてみれば、お2人とも赤子も同然。分からないことばかりで当然です」
「そりゃあそうだけどさ……」
それでも雫よりかは知っていないと恥ずかしい。
それになによりも―――。
「ふふ。やはりリュウカは男の子ですね」
「へ?」
突然のエンシェンの言葉に素っ頓狂な声を上げる。
いったいなにを言ってるのか、嫌な予感が俺の中を駆け巡った。
「ちょっと待ったエンシェン! それ以上は―――」
「好きな女の子の前ではかっこつけたい。なにも恥ずかしいことじゃありませんよ」
「ちょ、マジ―――」
こいつはなに言ってやがる。
ばっと俺は雫の表情を伺う。
しかしそんな雫は大して気にしていないかのように普段通りの顔だった。
「な、なんか言えよ」
「は? 別に何も言わないわよ」
「言ってくれないと困るんだよ」
「そうなの? むしろ言った方が恥ずかしいわよ」
「そんなことあるわけないだろ」
「じゃあ言うね」
雫は息を吸い込んだ。
そして優しい声音でこういった。
「嬉しい。すっごく嬉しい。でも別に気にしなくてもいい。だって、そのままでもあんたは十分かわいくて、かっこいいから」
はっきりとそこまで言い終え雫は満足そうにニコッと笑った。
バタッという音が響く。
俺は地面に膝をついた。両手も地面につき、さながら四つん這いになる。
下に広がる草原の緑から目が離せない。
「ど、どうかしましたか?」
突然響いた音に前を歩いていたマキさんがこちらを気にした声を上げる。
それに俺は片手をあげて答えた。
「だ、大丈夫です! ちょっとやられただけで」
「はい? やられたって……」
「気にしないでくださいマキ。リュウカが男としてもだえ苦しんでいるだけですから」
「もだえ……へ? どういう」
マキさんは困惑しながらも、それ以上は何も言わなかった。
四つん這い状態の俺の隣に誰かがしゃがみこんでくるのが分かる。
俺の頭をツンツンしているあたりからして雫だろう。
思った通り雫のちょっとからかう声が頭上から聞こえて来た。
「ほらね」
「お前、よくもそんなこと恥ずかしげもなく言えるな」
「今更恥ずかしがってどうするのよ」
「いや、普通に恥ずかしいだろ」
「そりゃあ私だって普通なら言わないわよこんなこと」
「だったらなんで……」
「あのね。私、あんたに会うために世界を超えてきちゃったのよ。こんなこと自分で言うのならもう恥ずかしくもなんともないわよ」
「あぁ……そりゃあそうか……」
世界を超える愛とか胸やけするぐらい重たい。
それを雫はすでにしてしまっているという自覚がある手前、自分からの愛情表現に対しては鉄壁のメンタルを手に入れているということだ。
こんなやつに童貞くそ野郎の俺は初めから勝ち目なんてなかった。
助けを呼ぶようにシャルロットに震えた手を伸ばす。
「シャルロット……」
「よかったですねリュウカさん!」
シャルロットの純粋な祝福が頭上から降り注ぐ。
そうじゃないんだよシャルロットさん……!! そうじゃない。俺が求めてた反応はそれじゃなくて……。
俺は心でそう思いながら、伸ばした手を掴んだシャルロットに促されるように立ち上がった。
あぁ……顔が熱い。
なによりも普通にこんなバカップルもいいところの発言に、誰も彼もが呆れることもせずににこやかなのが余計に恥ずかしい。
なんだ? 雫が言ったからいいのか? 雫がかわいいからなんでも許しちゃうのか? 訳が分からないぞ。教えてくれよ恋愛の神様!
が、そんな神様は全く反応することもなく、静かな風が俺たちの髪を揺らすだけ。
普通に呆れられた方がどれだけよかったことか。
俺は恥ずかしさを紛らわすかのように足早にマキさんに合流する。
「あら、顔が真っ赤ですよリュウカさん」
「気にしないでください」
俺はそう言って前を見る。
そこには広大な草原がどこまでも広がっていた。高い木々もなく近くに建物もない。
何かを試すには絶好の場所だ。
「これぐらいなら問題ないですか?」
「たぶん」
本当のところは分からないが、ここまで何もない広大な平地があればなにかあっても問題ないんじゃないだろうか。
俺に続いて雫とシャルロット、エンシェンが合流してくる。
目の前の草原を見てシャルロットが頷く。
「これぐらいあれば大丈夫ですね」
「じゃあ」
「いきますか」
そう言って俺は少しだけみんなと離れると、自分のストレージを持ちエターナルブレードを呼び出す。
ドンという音を立てて地面に突き刺さったエターナルブレードを両手で掴む。
それだけで俺の体には力が溢れてくるのが分かる。
あとは簡単だ。意識を刀身に集中させる。
光がその大きな刀身を包み込み、一気に振り抜く。
それだけで斬撃が質量を持ち目の前の空間を敵もろ共どこまでも切り裂いていく。
いつもと変わらない。ただ振ればいい。
それだけなんだ。2回、3回、4回。俺はエターナルブレードを振り続ける。
空気を切り、草を揺らし、刀身が何度も俺の前を通り過ぎては戻ってくる。
いったいどれだけ振ったのだろうか。
額に汗が浮かび上がり始めたとき、俺はそっとエターナルブレードを振るのをやめた。
「あれ……」
困惑の言葉が口からもれる。
斬撃は―――――一度たりとも発生しなかったのだ。
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