第195話 人と神の時の違い
「さぁ着きましたよ」
クオリアさんのその声に俺達3人は眼前にそびえる塔を見上げるように首を上に向けた。
現在塔との距離は数メートル。にもかかわらず上空を見上げても塔の全貌は分からない。いったいどれだけ高い位置にまで伸びているというのか。見上げる俺達の視線の先には雲よりも高い位置にまで塔が伸びているというのが分かる。
『はぁ~~~…………』
打ち合わせも何もしていないというのに、3人が3人とも一斉に同じ言葉をはいた。
誰も彼も感嘆とした声にクオリアさんが笑う。
「どうですか? 塔を間近で見た感想は」
「そうですね……なんていうか」
「おっきい……」
雫が素直な感想を述べる。
全長は一体どれだけなのだろうか。
試しに聞いてみる。
「どれだけ高いんですか?」
「そうですね……正確なことは分かりませんがだいたい50キロほどでしょうか」
「50キロ……」
「上に、ですもんね」
「はい」
「いやぁ、なんていうか……わっかんね」
残念かな。50キロと言われても地上でもどこまでか想像がつかない。
まぁ言えることはめちゃくちゃ高いということだけ。
そりゃあこの短時間も首が痛くなる。
だが驚いたのは高さだけじゃない。
近づいて初めてわかる。
この塔、高さだけではなく幅も相当なものがあった。
さっきいた広場『イーストスクェア』もそれなりの広さがあったというのに、ここはその何倍にもなる空間が設けられている。
その中央に塔は鎮座していた。
ついでにそのことも聞いてみる。
「ちなみに幅はいくつ」
「そうですね。約1キロですかね」
「直径……?」
「はい。そうですね」
うーん。なんだろうか。もう50キロという単位を聞いてしまった手前いまいち驚けない。
それでも大きいことは確かなんだけど……聞く順番を間違えたな。
塔の周りは本当に塔のためだけに作られた空間だ。
広場にみたいに休憩するベンチなどなく、完全に塔以外なにも無い空間が広がっている。
周りに人などいるわけもない。
大陸の中心の街だというのに寂しい限りである。入り口付近の喧騒が嘘のようだ。しかしそれはある意味好都合でもある。
誰もいないということは誰にも会話を聞かれる心配がないということ。エンシェンが動き出す。さも当たり前のように刀身を宙に浮かせ全員に聞こえる声で話し始めた。
「圧巻ですね」
俺達と似たような声音についつい反応してしまう。
「エンシェンもそう思うんだ」
「はい」
俺の発言にエンシェンがこちらを向く。
相変わらず顔がないのに視線をしっかりと感じるから不思議だ。
「なにかありましたか?」
「いや、なんか女神なのに意外だなって思って」
「驚くことが、ですか?」
「うん。そう」
「そうでしょうか……」
エンシェンが首をひねっていると、意外な方向から俺への賛同がくる。
「分かります分かります。なんかもっと大きな、それこそ壮大な神殿が設けられているんだと思ってましたから」
そう言って話に加わってきたのはシャルロットだ。
塔に向けていた意識をエンシェンへと向け、俺の言わんとしていることを代弁してくれる。
「てっきりこれぐらいの塔では驚かないとばかり」
「なるほど。そう思われていたのですね」
「違いました?」
「ええまぁ。正確にはあっています。ですが神殿があったのは昔も昔の話。それこそあなたたちにとってみれば何世紀も前のことです。今ではただの神話上の女神でしかありませんから。空想上の女神に神殿を作るほど、今の人間は信仰深くはありませんよ」
表情はないので分からないが、そういうエンシェンの顔はきっと笑顔だ。別にエンシェンにとっては何の含みもなくいったセリフなんだろうが、なんというか、心に来るものはあった。
俺もシャルロットも黙っていると、何も気にした素振りを見せない雫が言葉を発する。
「神殿はなくても世界は見てたんでしょ?」
「そうですね。見ていました」
「だったら別に驚くことないんじゃない? 見慣れた光景でしょ」
まるで友達にでも話すように雫は女神に何の気ない言葉を投げかける。
お前自分の言ってる言葉が結構ぶっ飛んでるって自覚しているか?
そうツッコミをしようとしたが、エンシェンがそれに対して普通に答えるのでタイミングを見失った。
「確かにそうですけど、ここまで近くで見たためしはありませんでしたから」
「なんでよ。さすがにこれだけ大きいと気になるもんでしょうに」
「まぁ、端的に行ってしまえば興味ありませんからね」
「興味ないってエンシェン、あなた割とドライよね」
「そういう意味ではありませんよ。女神にとって人間の時は一瞬なんです。その一瞬一瞬にいちいち反応していては疲れてしまいます。私たち神は肉体も持たない存在。建物などどこにできたところで別に気にしません。ただ大地を汚さない限りは何の感情ももてないんです」
人と神は生きている世界が違う。何十年、何千年も生きる神にとって人のすることはほんの一瞬の出来事でしかない。
生きる時間が違うからこそ起こり得る現象。
その言葉に普通に俺は納得していた。シャルロットのまた同じような顔をしている。
だが、それでも雫にはピンときていないようだった。
さらに聞く。
「でもさすがに突然建った塔は気になるでしょ」
「ええまぁ、雫の言う通りですね」
「ほら」
「ですが言わせてください。確かに必要不可欠と感じました。でも、私はてっきりそれは人間が作ったものとばかり思っていたんです。だからこそ関心もしていました。世界に必要不可欠なものを人が作れるのだと。しかし、感心しているとはいえ、興味を持つかは別です」
「どういうこと?」
「人が作るものは出来るのも一瞬ですが壊れるのも一瞬ですから」
「なるほど」
エンシェンの説明に雫は納得したように頷く。
まぁ、確かに家が出来るのを一瞬といえるほどの時間間隔だったら、無くなるもの一瞬に思うわな。
そんな一瞬の出来事にいちいち興味津々だったら疲れてしまう。
エンシェンの説明は筋が通っている。
すると、ここまでの話を聞いていたクオリアさんが確認というようにエンシェンに聞いた。
「では、エンシェン様はこの塔が人が作ったのではなく自然に創られたと知らなかったのですね?」
「はい」
分かってはいてもはっきりと肯定されると驚くところがある。
神も知らない塔の出現。いったいなんのために作られたものなのか、なにが目的なのか、未だ詳しいことが解明されていない。なのに神にも必要不可欠と言わせるもの。
いったいなんなのか。分からないことだらけだが、1つだけ完全に分かったことがある。
つまりこの塔はこの世界に確実にいるということ。
人も神も分からないそんな代物が、何の理由もなく大地に突然建つはずがない。
その認識を新たに確固たるものにしたところでクオリアさんが塔に近づいた。
なにやら側面を手で触れるとちょっとしていきなり、塔の側面が扉のように横にスライドした。
そんな様子も近未来的。
中に入ったクオリアさんが俺達を手招きする。
俺達はそれにつられるようにして塔の内部に入る。
クーラーでもつけているんだろうか。
スッとする空気を感じたところで扉が音もなくしまった。
真っ暗になることもなく機械的な照明が辺りを照らす。
内部もやはり近未来チック。
まるで機械の中に入ったようだ。
そんな塔の内部を俺達は進んでいく。
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