第196話 塔の内部
機械の独特は光が通路を照らす。
まさか魔法がはびこるファンタジー世界に来てこんなことを思う日が来るなんて思いもしなかった。
ルバゴの街の象徴ともいえる全長50キロの塔の中に入った俺達は、クオリアさんに案内されるように塔の内部を進んでいた。
内部の構造はいわゆる機械の中身みたいなもの。よくSFで出てくるように近未来を模した風景がまんま目の前に広がっているといった感じだ。
中央には外壁を沿うように大きな金属の塊が上へ上へと伸びており、俺達が歩いているのはちょうどその中央の塊と外壁との間にできた隙間だ。
人1人が通れるギリギリの狭さをクオリアさんを先頭に俺、シャルロット、雫といった順番に歩いている。
そんな折、一番前を歩くクオリアさんがさして変わらない歩調のままいつも通りの口調で言った。
「驚かれましたでしょ。まさか内部がこうなっているとは」
「は、はい」
「なんか別の世界に来た気分」
「ほんとね。未来的だわ」
それぞれがそれぞれ素直な反応を見せる。
クオリアさんはそれを聞いて短く笑った。
「ふふ。リュウカさんとシズクさんがそれをいうと説得力が違いますね」
「まぁ、ね」
「実際別の世界から来たんだし」
「もしやこういった景色は見慣れていますか?」
「私たちがです?」
「はい」
「まさか」
「そうですよ。クオリアさんは私とリュウカの記憶を見たんですよね」
「はい。見させて頂きました」
「だったら分かりますよね。私たちの世界がこんなに発展していないってことぐらい」
「ええまぁ。ですが一応と思いまして。お2人ともシャルロットさんほど驚いていらっしゃらなかったので」
そう言って横目で後ろの様子を確認してくる。
塔の内部に入ったとき、俺達はそれぞれ別の反応を示した。
俺はさほど驚かず、雫は物珍しいように目をはためかせ、そしてシャルロットもあまりの光景に言葉を失った。
今でも普通にクオリアさんと会話する俺達とは違い、シャルロットはまるで恐ろしいものを見るように辺りを警戒して、何やら光ればそれに体をビクつかせている。
そんなこともあり俺と雫でシャルロットをはさむ今の順番になった。
クオリアさんの薄い笑みに俺は少しだけ嘆息する。
というのも、このクオリアさん、実を言うと俺以外に雫の担当でもあるのだ。
この世界に来たばかりの雫は、神様の助言でギルド会館に顔を出している。
その時ストレージをもらうために諸々の手続きをしたのだ。
その手続きをしたのが、偶然にも俺のことをサポートするためにナイルーンに来ていたクオリアさんだったというわけである。
まぁ、考えてみれば当然のことで、俺が雫とこの世界で初めて会った時。その時クオリアさんと雫はお互い顔見知りだった。俺が戸惑っている間にも2人は普通に会話を繰り広げていたのはよく覚えている。
あれは雫じゃない。そう信じたかった俺は雫にだけ意識が行き、その点に気づけなかった。
後々から思えばあの時のクオリアさんは何かとあの時怪しいところが多かった。
俺を栗生拓馬と呼んだり、初対面と認識しているはずなのに次の日には俺達の家を雫に教えたり。普通に考えたらあり得ないことだ。転生者について知り得た情報を外で言うのも、初対面の人の家を本人の了承なく言うのも、俺の知っているクオリアさんならやらない。
諸々の説明、所謂雫とクオリアさんのつながりについて教えてもらってからすべてを察した感じだ。
相変わらず情けない自分の洞察力に落胆しながらも、雫の担当がクオリアさんでよかったと思ったのも事実。
今のところこれほど安心できる人はいない。クオリアさんがいなかったら俺と雫は最悪出会えなかったことだろう。
今こうしてシャルロットも含めた、3人、いや3人と一刀で歩いていられるのもクオリアさんのおかげのところが大きい。
改めて目の前の頼りになるお姉さんに感謝しつつ、淡々と歩を進める。
そんな中、塔の中に入って圧倒されてばかりだったシャルロットが口を開く。
「ほ、本当にこれが建物の中なんですか……?」
未だ怯えた感じが残っているのか、そういう言葉は震えている。
クオリアさんが冷静に答えた。
「はい。間違いなく塔の中ですよ」
「な、なんだか信じられません。木もレンガもない。まるで人がいないみたいです」
なるほど、機械というものがないとそう感じるのか。
俺は新たな感情の理解したと同時に、やはりこの空間はどことなく冷たいと再認識する。
エアコンが効いているとかではなく、なんというか冷たいのだ。
ルバゴの街の地図を見た雫とシャルロットが思ったように、ここもまた人のぬくもりが感じられない。
どうやらシャルロットはそこに怯えているようだった。
「確かにシャルロットさんの言う通りね。この中に会館があるなんて思えないわ」
一番後ろを歩く雫も、シャルロットに同意するように頷く。
「まるで建物の裏口みたい」
そういう雫にクオリアさんが食いついた。
「まさしくその通りです」
「その通りとは?」
「シズクさんの言うように私たちが入ってきた場所は、主にギルド職員が使う塔の裏口のようなもの。貴族や王族など、塔を利用するのに訪れた人のための入り口は北側に位置しています。ちょうど私たちが入ってきたところとは真逆ですね」
「なるほど。そりゃあ気づかないわけだ」
この塔は幅一キロもある。
そう簡単には逆の様子が見られない。
となると、この通路の造りの簡素さにも納得がいく。
「じゃあここがこんなに狭いのは」
「裏口、だからですか?」
「はい。その通りです」
クオリアさんがシャルロットの問いに頷いた。
「ギルド会館は、前にも言った通り裏で全ての支部と繋がっています。私もそうですが、ほとんどが別の街に家を持つ者ばかり。この通路はそれこそ、ルバゴに住んでいるギルド職員しか使いません」
「だからこんなに狭くて人通りもないと」
「はい。まぁ、といっても」
クオリアさんがそう言ったとき。
前から急いでいるような足音が聞こえてきた。
「おっとっと。あぁ!! ごめんね! ちょっと通らせて!!」
前から来たのはクオリアさんと同じギルド職員の制服に身を包んだ茶髪の女性だった。
なにやら急いでいるのか走りと歩きの中間のような、変なステップでこっちの来る。
クオリアさんが慣れたように横にずれた。
俺達のならうようにそれに続く。
「ご、ごめんねぇ! 今急いでて~!」
「いいわよミオ。気にしないで」
「ありがと~~……ってクオリア!? あんたがここにいるなんて珍しいじゃない!!」
どうやら女性はクオリアさんの知り合いの様だ。名前をミオというらしい。
どことなくミルフィさんに雰囲気が似ている。
明るい女性と言った感じだ。
ミオさんは珍しそうにクオリアさんの顔を覗き込む。
「なんでクオリアがルバゴに! え!? ルバゴ支部所属になったの!?」
「違うわよ。ただこの後ろの3人を案内しているだけ」
「後ろって……」
そこで初めてミオさんは俺達の方に意識を向けた。
俺達の背格好を見てなにかを理解する。
そしてなぜがクオリアさんに詰め寄った。
「ちょっとちょっとダメじゃないクオリア!!! ギルドメンバーをここに呼んじゃあ!!」
「大丈夫よ」
「なにが大丈夫なのよ!? いくらクオリアでもこれは規約違反になるわ! このことは黙っておいてあげるから早く出てってもらって」
「だから大丈夫だって言ってるでしょ」
チョップというようにいろいろ捲し立てるミオさんの頭にクオリアさんの手がさく裂した。
なんというか珍しいクオリアさんだ。
俺には時折あんな感じだが、やっぱりギルド職員とギルドメンバー。どことなくクオリアさんからは仕事オーラが出ている。
でも今はどちらかというと普通の女性と言った感じ。
お調子者の友人を諭すようにいつもより少しだけ柔らかい口調で言う。
「この人たちはリュウカさんの仲間よ」
「リュウカ……あぁ!! そういうこと!」
「はぁ……やっと分かってくれたのね」
「ごめんごめん」
あはははっと笑うと唐突にミオさんは俺の顔を見てくる。
クオリアさんにしていたように物凄い至近距離で覗き込まれ、ついつい顔を逸らしてしまった。
近い近い!! ただでさえ狭い通路でそんな見られたら体が引っ付いちゃうでしょうが。
お胸が、お胸がお当たりに……
「……こほん」
クオリアさんの咳払いが聞こえてきた。
見れば鋭い目つきで俺とミオさんの2人を見つめている。
「あ、あはははは……ごめんねリュウカさん。怒られちゃった」
てへっと舌を出すミオさん。
そんな姿もあざとかわいい。
「ミオ。あなた急いでるんじゃなかったの?」
「―――あぁ!! そうだった! 今日はリュウ君の誕生日!! 早く帰らないと!!! それじゃあね!」
そう言ってミオさんは怒涛の勢いで俺達が来た方向へを向かっていってしまった。
隣からため息が聞こえて来る。
「まったく……」
「な、なんだか嵐の様な人でしたね」
「確かに……ちなみにリュウ君って?」
「ミオの弟です。歳が離れているからまるで我が子のようにかわいがっているんですよ。職員内ではブラコンのミオとして有名です」
「あはははは……それはそれは」
まぁ、なんというか憎めない人でもあった。
俺はクオリアさんを見る。
いつもの様子に戻ったことを確かめるとお礼を言った。
「ありがとうございます。助けていただいて」
「別に。私はむしろミオを助けたつもりですよ。あなたという女の皮を被ったオオカミから」
「ちょ……」
なんという人だ。相変わらずの冷たさに肩を落とす。
まぁ、確かに俺自体まったく困ってなかったしな。むしろ幸せだったまである。ミオさんはかわいかった。それにお胸もそこそこ……最高でした。
いやはや女になってよかった。
そう楽観的に思っていると唐突に腕が後ろに惹かれる。
ぼふっという音と共に人の温かさが体に染み渡ってくる。
緑色の髪は間違いようがない。
雫がシャルロットの横まで来ると前を歩く俺を抱き寄せたのだ。
「しずく……?」
「嫉妬とかじゃないから。ただ、なんかなぁっておもっただけ」
それだけ言うと雫は何事もなかったかのように俺を離し、シャルロットの後ろに下がった。
突然のことで理解が追い付かない。
ただ間にいたシャルロットだけは雫に優しい笑みを向けていた。
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