第197話 転移装置
ミオさんという嵐のような人が去っていってからすぐに前を歩くクオリアさんの足が止まった。
眼前には壁が広がり、通路の終わりを告げている。
そんな壁を前にして、クオリアさんはなにを思ったのか唐突に壁に手を当てると、後ろを振り返りながらこう言った。
「分からないかと思いますがこの壁をはさんだ反対側に、この塔の正規の入り口があります」
そういうクオリアさんは俺達に道を開けるようにして通路の横にずれる。
壁までの道が出来たところで代表として俺が前に出た。
クオリアさんのしていたように壁に手を当てて向こうの空間を意識する。
「…………なんにも感じない」
「耳も当ててみてください」
「はぁ」
言われるがまま俺は壁に耳を当てた。
なにも聞こえてこない。音という音からなにかが動く振動まで、まるでなにもなかった。あるのは鉄のような壁の冷たさだけ。
俺はそっと壁から顔を離す。
「……どうでした?」
「どうもなにもなんもなさすぎて」
なにも思わない。
そういった俺に対してクオリアさんは頷く。
「でしょうね」
「でしょうねって」
「塔の壁は特殊な構造になっており、今触っていた壁は音や振動、その他それぞれのものをすべて遮断する効果を持っています。壁自体は1センチほどしかありません」
「まじ!?」
「まじです」
そう言うとクオリアさんは壁とは違う方向、塔の内側の筒状の壁に手を当てた。
音もなく壁の一部分が消える。
その先には円状の空間が広がっていた。
「これは?」
「転移装置です。床に魔法陣が組み込まれており、魔力を注ぐことで発動します」
すらすらと説明しながらクオリアさんは迷いなく転移装置の中に入っていく。
俺達もそれに続くように中に入った。
人が4人いても中は比較的余裕だ。
「この塔の壁は全て魔力を通す特殊な構造で作られています。さきほど触られた壁が魔力で完全遮断を可能にする壁だとすれば、こちらは入ってきた魔力に反応して扉の開閉を行うものです」
中に入った俺達にクオリアさんは淡々と説明を始める。
そんな時でもクオリアさんの手は止まらない。
開けたときと同じように壁に手を当てて消えた壁の一部を復活させた。
一瞬真っ暗になる。が、すぐに光が差した。
「このようにして」
「はぁ……便利」
「便利ですけど、どうやって見分けるんですか? 通常はただの壁、なんですよね」
「見分け方はありません。どこかどのような壁であるか、全て記憶するしか方法はないんです」
「うわ……大変……」
「覚えられる気がしませんね」
俺とシャルロットが苦笑いをしているとクオリアさんは何の気なしに言う。
「慣れればこれぐらい分かりますよ」
「慣れって……」
クオリアさんの軽い返答に俺が渇いた笑いを浮かべていると、雫が少しだけ心配そうな声で聞く。
「でも、大丈夫なんですか? 間違って一般の人が壁に触っちゃったら」
「大丈夫ですよ。扉の開閉に使われる壁は一部分にしかありません。しかも掌の9割ほどをつけないといけないですから。さらに魔力を注いでとなると……壁の正確な位置を把握していないと不可能です」
そう言うクオリアさんの声が少しだけ下に行く。
しゃがみ何やら床の一部分を触っている。
その間もクオリアさんの言葉は続く。
「もし仮に誰かが作動させてしまっても出入り口は常に監視されていますから。もし変なことをしようものなら即座に捕まります」
すると唐突に視界に照明とは別の光が差す。
青白い幻想的な光は俺達の足元から来ていた。
床一面が光っている。
そんな様子についつい声がもれてしまう。
「クオリアさん。これって……」
「魔法陣です」
「魔法陣……」
「はい」
俺のオウム返しの言葉に返しながら、クオリアさんが曲げていた膝を伸ばし立ち上がる。
「さっきまで普通の床だったのに……」
俺と同じように雫の口からも声がもれる。
「魔法陣は通常では目に見えません。ですがこうして魔力を注ぐと、その魔力に反応して光を放つのです」
言われ床を見る。
床にはさっきまでなかった複雑怪奇な文字の羅列や模様が浮き上がっており、それぞれが個々に光りを放っていた。
まさにゲームとかで見る魔法陣そのものだ。
それがきれいに床一面に敷き詰められており、1つのもののようになっている。
「転移の準備はこれで出来ました。あとは私が少し魔力を注げば問題なく起動します。一瞬でギルド会館に行けるでしょう」
「な、なるほど」
「ですがその前に」
そう言ってクオリアさんがみたのは意外にも雫の顔だった。
雫は見たこともない技術にわくわくよりも不安そうな顔を浮かべている。
「大丈夫ですかシズクさん?」
クオリアさんが気遣うように声をかける。
それに雫は戸惑い気味の声を上げた。
「な、なんかちょっと怖いかも。爆発とかしたりしない?」
「ないない。大丈夫だって」
「はい。大丈夫ですよ。そうはならないと私が保証します」
「く、クオリアさんがそう言うなら……って、なんであんたはそんなに余裕なのよ」
「へ? だってゲームとかであるあるじゃん」
「そんなの知らないわよ。私、ゲームとかしないんだから。知ってるでしょ」
「いやまぁ、知ってるけど……」
だからって戸惑う雫を安心させる材料がなさすぎる。
あるあるだとしてもこうして本当に体験することなんてあるわけもない。
どうしようかと頭の中で言葉を探していると、俺と雫のちょうど間あたりにいたシャルロットが雫の手を握った。
優しい笑みを浮かべると、雫を見上げる。
「大丈夫ですよシズクさん。ただの移動魔法です」
「そ、そう?」
「はい。だから、安心してください」
上目づかい&寄り添う温もりのダブルパンチで雫の戸惑った心が正気を取り戻していくのが目に見えて分かる。
小動物のようなかわいらしいシャルロットにああされてしまえば誰だって心をとかされてしまう。
俺ならもうここで死んでもいいとさえ思うところだ。
クオリアさんも満足そうな顔を浮かべている。
途端、魔法陣の光が増す。
どんどん強くなる光に全員が目を瞑った。
しばらくは静かな時間が続いた。
誰もしゃべらない。そんな時間が数秒続いたところだろうか。
瞼に来る刺激が弱まった。そう思った時には俺達の耳は別の音を拾っていた。
人らしき話し声。せわしなく行きかう人の足音。
なにかと思い目を開け見た光景は、もう見慣れた服装に身を包んだ多くのギルド職員の姿だ。右に左にと忙しなく通り過ぎていく。
どうやら本当にギルド会館に来てしまったらしい。
一瞬の出来事だったがこれで確実になる。
ギルド会館はシャルロットの言った通り、塔の内部にあったのだ。
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