第198話 クオリアの後輩
ギルド会館の内側に来た。
直感でそれだけは分かる。まぁ、クオリアさんがギルド会館に行くと言っていたからそれは分かって当然なんだが、まさかギルド職員が仕事をしている側だとは思ってもいなかった。
行くとしても俺達のようなギルドメンバーがいつも見る会館の表だろう。そう高をくくっていたために全員が若干言葉を失う。
そんな中せわしなく行きかう職員が皆一様に突然現れた俺達に視線を送っていた。忙しいからか足を止めてまで何かを言ってくる人がいないのは好都合だが、どうも居心地が悪くてたまらない。
すると、一人の人物が俺達の前で足を止めた。
クオリアさんと同じ制服に身を包んだギルド職員の女性だ。顔立ちはまだ幼く、クオリアさんとは違い身長も高くない。どことなく後輩感のにじみ出る彼女は、俺達というよりもクオリアさんを見て足を止めたらしい。
視線はクオリアさんに一直線だ。
「クオリア先輩! お久しぶりです!」
「あなたは……」
「はい! 昔アイリスタ支部でお世話になったナタリー・バーンです!」
そう名乗った彼女は朗らかな笑顔を見せクオリアさんに頭を下げる。
2つに結ばれた髪が元気よく揺れる。
「そう言えばナタリーはルバゴ出身って言ってましたね」
「はい! 念願かなってルバゴ支部所属になったんですよ!」
「そうだったのですか。おめでとうございます」
クオリアさんは嬉しそうに話すナタリーにまるで、親のように接していた。
この人もこんな表情出来るのか。そう感心していたらクオリアさんと目が合う。
「どうかされましたかリュウカさん? 物珍しく私を見て」
「いえ別に」
「もしや、私にもこんな表情出来たんだとでも思っているのではないですか」
「…………」
……なんで分かったんだよ。
まったく相変わらずの鋭さを誇るクオリアさんの視線を、俺は無言で受け流した。
するとシャルロットが少しだけ前にでる。
ナタリーとクオリアさんを見ながらクオリアさんに聞いた。
「この方は?」
シャルロットがこうして自分から聞くのは意外と珍しい。
どっちかといえば彼女はあまり初対面の相手に対して前に出ない。元々の性格からしてそうだ。
しかし、ナタリーに対してだけはなぜだか自分からクオリアさんに聞いている。
俺が聞かず雫も何も話さないからシャルロットが自分が前に出るしかないと思ったのかもしれないが、どことなくそんな雰囲気を彼女からは感じられない。
まるでナタリーには警戒心が薄れているように、友人ような対応に俺もクオリアさんも少しだけ驚いた顔を浮かべた。
「……ナタリー・バーンといって私の直属の部下だった子です。今では独り立ちもして、1人の立派なギルド職員としてここルバゴ支部に勤めています」
「そんな! 私はまだまだ全然です! クオリア先輩に比べたらもうミジンコ以下ですよ」
「ミジンコって……」
いくらなんでも悲観し過ぎやしないか。
そう思っているとシャルロットが小さく笑った。
「ふふっ。なんだか面白い子です」
「ええ!? そうですか!?」
「あ……いえその……ごめんなさい。つい……」
ナタリーの大きなリアクションに冷静になったシャルロットが謝る。
楽しそうだった表情が一転して申し訳なさ全開になり、場に少しの静寂が訪れた。
そんな時だった。雫が優しくシャルロットの背中に触れる。
「シャルロットさん」
「は、はい」
「悪い癖、出てるよ」
雫のその一言でシャルロットはハッとした顔をする。
どうやら無意識だったようだ。
全員の顔を見渡し、シャルロットは最終的にナタリーの顔でその視線を止めた。
ナタリーは首をかしげつつも状況を察して言ってくる。
「大丈夫ですよ~。私は気にしていません! よく言われますから!」
「そ、そうですか?」
「そうそう! だから何も気にしなくていいよ!」
友達のような口調はどうであれ、この状況判断能力はまさしくギルド職員だった。
初めて会ったというのにシャルロットが求めている答えを提示している。
するとナタリーの方からシャルロットに近づく。
なにをするのかと思いきやシャルロットの手を握った。
「シャルロットさん、ですよね」
「は、はい。どうして名前を」
「王族の方に無礼がないよう、王族に呼ばれたギルドメンバーは職員が全員把握することになっているんです。リュウカさんのこともシズクさんのことも、この場にいる全員が知っていますよ」
俺や雫を見ながらナタリーが笑った。
話してる最中も俺達の傍をギルド職員が忙しそうに通り過ぎていく。
その皆の視線の正体はそういうことらしかった。てっきり職員の制服を着ていない俺達がこんな場所にいるために変に注目を集めているんだとばかり思っていたが、どうやら皆俺達が誰なのか知って視線を送ってきているようだ。
そうやって思えばギルド職員の視線に不信感が微塵も感じられないことが分かる。
どちらかというと興味の方が多いだろうか。
俺が周りの意識を飛ばしている間にもシャルロットとナタリーの会話が続く。
「すごいですよ! 私と同い年なのに王族に呼ばれるなんて!」
「お、同い年?」
「はい! リュウカさんやシズクさんは少し特異なんで呼ばれるのはなんとなく分かるんですけど、シャルロットさんは正真正銘この世界の人です! こんな若くしてギルドメンバーで王族に呼ばれる人なんて数えるぐらいしかいないんですよ!」
興奮気味にしゃべるナタリーにシャルロットは少し気圧される。
しかしその顔は困ったようには見えない。
手放しでほめられることになれていないのか、シャルロットがどう反応していいのか困っていると頭上から咳払いが聞こえてきた。
「ナタリー。シャルロットさんをあまり困らせないでください」
指摘したのはクオリアさんだ。
同じギルド職員としてナタリーの所作に苦言を呈した。
「あ……ごめんなさい! つい!」
「い、いえ、大丈夫ですよ。むしろ私の方こそ」
ごめんなさい合戦になろうとしていたところでクオリアさんからため息が聞こえて来る。
「どうしてルバゴ支部の職員はこうも距離が近いんでしょうか」
はぁ……と珍しく見せるクオリアさんの疲れたような表情。
しかしその実、眉が思っている以上に下がっていないのは見れば分かる。
職員として呆れているというよりも友人として呆れているといった方が近い印象だ。
あくまで仲のいい友人や先輩としてミオさんやナタリーのことを思っているよう。
シャルロットとナタリーは未だ頭を下げ合っている。
その様子はどことなく似た者同士のような雰囲気だ。性格の根っこはまるで逆だというのに、この2人は仲良くなれる。そんな気さえ感じさせるほど、2人の間に流れる空気は親し気に映る。
まだ会って数分。なのにシャルロットがあそこまで気楽にしているのは初めてのことだ。2人を間近で見ている雫の顔もどこか嬉しそう。
そんな時だった。
カツカツというヒールのような音が急に鳴り響いた。
かと思えばその音はどんどんどんどん大きくなり、最終的に俺達の近くで止まった。
今まで慌ただしかったギルド会館内の空気がそれだけでピリッと張り詰める。
その人物は口元をニヤつかせると呆れ交じりのクオリアさんを見て開口一番こう言った。
「距離が近いことは悪いことじゃない。むしろお前が事務的すぎるんだクオリア」
「支部長……」
クオリアさんの淡々とした声が続いた。
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