第199話 ルバゴの支部長
クオリアさんの言葉で全員の目が現れた人に集まる。
支部長と呼ばれた人はギルド会館のトップに君臨するには場違いなほど、派手な格好をしていた。
花魁といった表現が一番しっくりくる。
ルバゴの支部長はそれほどに派手な和服に身を包んでいた。
切れ長の目にすらっとした手足はどこか鋭利な刃物の様。
それでいて胸の部分は大きくはだけさせ、豊満な谷間を強調している。長く伸ばした艶のある黒髪と相まって、どこか凛としているというよりも艶めかしい印象を周囲に与えている。
身長の方はクオリアさんと同等かそれ以上。
カツカツという音はヒールではなく下駄の音だったみたいだ。足には下駄を履いている。
そう思えば支部長の方がクオリアさんよりも身長は低いことになる。
しかし、明らかに支部長の方が大きいと感じられる。
きっと纏っている空気のせいだ。
場違いなほどの花魁姿だが、放っている空気はまさしく組織のトップに君臨するにふさわしいものを持っている。彼女が来ただけで慌ただしさの中にあった暖かみが薄れ、皆一様に真剣な眼差しで仕事に取り組んでいる。
誰一人として俺達の方を見てこない。
いかに目の前の人がこの場所でどういった存在であるか見せつけられている気分だ。
そんな支部長は手に持った長いパイプを一度吸うと若干ピンク色のした煙を吐き出す。
対してクオリアさんがつっこむ。
「いくら支部長でもここでの喫煙はご遠慮ください。仕事に差し支えます」
「別にこれぐらいなんともないさ。それにこれはたばこじゃない」
「承知しております」
「だったら別に」
「それとこれとは関係ありません」
クオリアさんが素早い動きで支部長の手からパイプを抜き去った。
空になった右手を見ながら支部長がなんの表情も変えずに呟く。
「まったく、これだからクオリアは。そんなんじゃモテないよ」
「別にモテるモテないで仕事をしていませんから」
「相変わらず冷たいねあんたは。まぁ……」
そう言って支部長は俺達の隣で立ち止まっているナタリーを見つめた。
音もなく近づくと顔と顔がぶつかるほどの距離でニコッと笑う。
「いくらうちがゆるゆるでも仕事放り出してお喋りは感心しないなぁ。そうでしょう? ナタリー?」
「は、はいぃ!! 申し訳ございません!!!」
「次からは気をつけなさい」
「了解いたしました!!!!」
シュバッと敬礼をするとナタリーはそのまま足早に走り去っていってしまった。
シャルロットや雫、俺までもナタリーの走っていった方向を見つめる。
中座になっていた支部長が立ち上がると、ナタリーの去っていった方向を見つめて若干のため息をこぼした。
「ったく。仕方のない奴だ」
「支部長のあなたがそんなんだから職員もああなるのではないのですか?」
「ほう。ずいぶんなことを言うなクオリア。私を誰だと思っているんだ? お前をクビにすることなどいつでも出来るんだぞ?」
「支部長の方こそなにを言っているのですか? ギルド職員の処遇をどうするか。それが出来るのは所属支部の支部長のみ。私はアイリスタ支部ですよ」
「ならあのじいさんに私が言っておいてやろう。クオリアはルバゴ会館の支部長リべアルト・ドードリーに失礼な態度を取ったとな」
「果たしてヘイバーン支部長がどこまで信じるでしょうか。私はただ仕事に関して一言言っただけに過ぎませんが?」
互いが互いまるで牙の研ぎ合いのように犬歯をむき出しにして不敵に見つめ合っている。
なんだかよく分からない空間に置かれた俺達三人を助けてくれる人は誰一人としていない。
リべアルト支部長が来てからというもの、他の職員は完全に仕事モードだし、ナタリーも脱兎のごとくかけていった。
唯一頼れるはずだったクオリアさんもこの通りだ。
困り果てていると、睨み合っていたどちらもが同時にため息をこぼした。
「……すまない。ムキになった」
「私の方こそすみません。支部長に無礼な態度を取りました」
クオリアさんが腰を曲げて頭を下げる。
綺麗な礼にリべアルト支部長の方もいいというように手をぶらぶらさせた。
「……あのー、もう大丈夫ですか?」
一番後ろにいた雫が2人を見て聞く。
その問いどちらも頷いた。
特にクオリアさんは本当に申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません皆さん。お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、全然。というよりも、お2人は仲がいいんですね」
「確かに。クオリアさんがここまでの態度を取るのも珍しい気がする」
クオリアさんは相手の立場を尊重する。
転生者の俺に対してもセクハラまがいのことをしたのに様呼びをしていたし、ヘイバーン支部長にも丁寧な言葉づかいで対応していた。
同じ支部長でも今とは大違いだ。
意外な一面に対して答えたのは、これまた意外でリべアルト支部長の方だった。
親指でクオリアさんのことを差すと、まるで十年来の友人をほうふつとさせるような親し気な言葉で言う。
「まぁな。私とクオリア、あとお前達が知っているかどうかは知らんがこの支部に所属しているミオという女。この3人は同期なんだ」
「同期?」
「簡単に言ってしまえばギルド職員になった時期が同じということです」
「私とクオリア、ミオは同じ日にギルド会館に職員として入った。だから今でも昔の癖でこうなる」
慣れ親しんだ距離感で立つ2人の姿は、確かにどこか職員と支部長といった感じではない。
ミオという人がきっと裏口で出会ったあの人をさすのだったらクオリアさんの態度も納得だ。
近しい存在だからこそ立場関係なく軽口を言い合えるということだろう。
「支部長ってギルド職員の中から選ばれるんですね」
そう言ったのはシャルロットだった。
少しだけ威圧感のあるリべアルト支部長に怯えながらも、しっかりと目は彼女の方に会わせている。
「当たり前だ。会館のトップになる奴が外部でどうするだ」
「は、はい。そうですね……」
ぶっきらぼうな物言いに気圧されるシャルロット。
すかさずクオリアさんが補足説明を加える。
「ギルド支部長になるのは職員の中でも特に優秀な、それこそ前の支部長の方に認められた人でしかなれません。職員になれたからといって誰でも支部長になれるかと言われればそうではないんです」
「じゃあリべアルトさんは前の支部長に認められて今の地位に?」
俺の何気なく放った一言だったが、それを言った瞬間リべアルト支部長の顔が俺の眼前に来る。
ナタリーにしたような瞳の見えないニッコリとした笑顔で詰め寄るその様はまさに輩だ。
「なにか文句があるような言い方だな」
「いや、まぁ、そりゃあ」
「私が支部長らしくないと?」
「だって、ねぇ」
仕事場でパイプ吸う人だしなぁ。
いくらたばこじゃないとはいえ服装と相まってやばい奴にしか見えない。
大陸の中心とも言われる街ルバゴの支部長にしてはちゃんとしていないというか。
顔に若干の冷や汗をかきながらも素直なことを思っていると、リべアルト支部長の顔が元の位置に戻っていった。
表情としては何も変わらない。
むしろ機嫌がよさそうなのは気のせいだろうか。
「まぁ、言いたいことは分かる。正直こう言ったことはクオリアの方が向いている。そもそも私は3人の中では一番仕事の評価は低かった」
「え、じゃあなんで」
「さぁな。私も気づいたら支部長なんてものになっていた。まぁ、おかげで自由にやれているからいいんだがな」
そう言ってリべアルト支部長は歩き出す。
コツコツと下駄を鳴らして向かったのはシャルロットの前だった。
見下ろすと突然手を伸ばしフードを払いのけた。
「え……」
「ここではフードは被るな」
「でも……」
「気にするな。ここにいる奴らは皆お前のことを、お前達のことを知っている。今更隠す必要もない。それにフードを被り続けるのは失礼だろ?」
「は、はい」
うつむくシャルロットにリべアルト支部長の手がまたしても伸びる。
そっと頭に手をのせると、言動とはうって変わって優しい手つきで耳を撫でる。
「……ふっ。なるほどな。これはまたずいぶんと面白いことになっているな……」
リべアルト支部長の小さな呟き。
その本当の意味を知るにはまだこの時の俺達には知識が足りなすぎた。それを知れるのはまた少し先の話。
今はただ意味深なリべアルト支部長の横顔を記憶するほかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます