第200話 リュウカの苦悩

 リべアルト支部長の先導の下、俺達はギルド会館の内部を歩く。

 多くのギルド職員が慌ただしく行きかう中、俺達がまっすぐにリべアルト支部長の後を追う。というのも、リべアルト支部長が歩けば勝手に道が開かれていくのだ。走り回って大変だというのに支部長に道を開けないといけないとは、職員も大変なぁっと思っていたが、横にそれる職員の表情を見て俺は意見を変えた。

 大変そうではあるものの、リべアルト支部長に道を開けることに対して不満な表情を浮かべる者はいなかったのだ。

 最初こそリべアルト支部長の前、ひいては王族に呼ばれた俺達の前だからこそ、笑顔にならないといけないよなぁという印象だったが、しかし、それでも笑っている表情はどことなく嘘っぽくはなく、皆一様に純粋な思いでリべアルト支部長への道を開けている。そんなような雰囲気がすれ違う職員から感じられた。

 俺が職員の方をじろじろ見ていたからか、雫が俺に声をかけてくる。

 

「さっきから見過ぎよ」

「あ、悪い悪い」

「そんなに見てなにか気になることでも」


 そう言う雫の声が途中で止まった。

 なんでかと思ったら、先ほどすれ違った女性職員のある部分を見て目を細めている。


「ふーん。そういうこと」

「いや待って。たぶんそれは勘違いだ」

「なにが勘違いなのよ。どうせさっきの人の胸見てたんでしょ」

「違うってば」

「どーだか。あんたのことだからね」

「いやマジなんだって。今回はそんなんじゃないよ」

「ふーん……」


 納得していない様子の雫にどう弁明しようか。

 そう考えていたとき、俺達よりも若干前を歩いていたクオリアさんがすかさずこっちを見てくる。

 すると、呆れたといった表情で口を開いた。


「リュウカさん。またやっているんですか」

「またってなんですかまたって! 私は別になんにも」


 ていうかあんたが話すとどんどんややこしくなるからやめていただきたい。

 俺の思いも虚しく、隣の雫の目がより一層鋭くなった。

 もう弁解のしようもない。

 そんな時、雫の左隣にいたシャルロットがひょこっと頭だけ出して俺の方を見てくる。

 真ん丸な純粋な瞳で放たれた一言はまさに強烈だった。


「リュウカさんは大きい胸が好きなんですか?」


 俺の心にクリティカルヒット!!

 穢れもなにも無い。本当に純粋無垢な疑問が俺の心に突き刺さってくる。

 まだ雫やクオリアさんの方が優しいまであるぞ。全て分かっているうえで俺をからかってきているんだから。

 たぶんだがクオリアさんは俺が今回そんな邪な思いで職員を見ていないことは分かっているはず。それでもあえて雫の方によることで状況を楽しんでいるのは、今までのこの人の言動を見るに明らかだ。現にクオリアさんの口角は上がっている。

 雫にしてもそうだ。確かに雫は胸に自信はないし、そういった言動も割としている。巨乳に対しては少なからず何かしら思うところもあるだろう。

 しかしここはギルド会館の中で前にはギルド支部長もいる。時と場所をしっかりとわきまえる雫があからさまにここでその気持ちを出すだろうか。

 可能性としては低い。じゃあなぜここで変に突っかかってきたのか。

 よく見れば雫の表情が少しだけ楽しそうだ。口角も上がりいつもの雫の表情に戻っている。


(……なるほどな)


 だいたいそれで俺は雫の気持ちが分かった。

 たぶんこいつ、人知れず緊張していたんだろう。支部長という大きな存在に初めての街。なにがあるか分からない王族訪問に対して、自然と強張った心を俺というものをいじることにより和ませたといったところだろう。

 それも分かる。雫は俺ほど楽観的ではないし、真面目であるがゆえに細かいところを気にしがちだ。そもそもが俺もシャルロットも頼りになる側の人間じゃない。どんと任せられるほど2人とも土台がしっかりしていないし、互いに大人数でいると頼る側である。唯一そんな面子でもまだ頼れるとしたらエンシェンだが、こっちは刀だ。やはりそこは人間でない以上雫がしっかりしなくてはといった気持ちが大きくなったのだろう。

 実際そんなエンシェンを持っているのも雫だし。ちゃんとしないとなという気持ちが無意識下で大きくなってしまっていたに違いない。

 そんな気持ちを和らげるために放った言葉だったのだが、それをクオリアさんが悪ノリで拾い、最終的にシャルロットの興味を引いてしまった。

 純粋なシャルロットはずっと俺のことを真ん丸な目の中心でとらえていた。

 長考で少し落ち着いた俺でもこの視線は耐えられない。

 しどろもどろになりながら言葉にならない音を出す。


「あ、いや、その……」

「どうなんですか?」

「どう、とは……」

「好きなんですか?」


 好きか好きじゃないかと言われれば好きだ。当たり前だろ。男だもん。

 しかしシャルロットの前で堂々を言うのは正直憚られる。

 なぜか。そんなもの純粋な好きだからじゃないからだよ!!!!!

 そんなことをシャルロットに言えるわけがない。なによりも俺の心がさらに死ぬ。

 これには雫もニヤニヤとした笑みで俺を見ている。

 助けるどころかどうなのよと視線で聞いてきている。

 もちろんクオリアさんもなにも言わない。もうすでに前を向いてしまっているが後ろ姿は完全に笑っている。

 肩が若干揺れ、少し見える口角は上がっていた。

 ど、どうする俺……好きという気持ちに嘘はつけない。だがそこで好きだと言えば必ず雫が乗ってくる。

 傷ついたとか言って悲しい表情を見せて、シャルロットを味方につけ俺を殺してくるぞ。

 だからとはいえ本当のことを話しても意味がない。

 今は巨乳が好きかどうかだ。胸を見ていなくて顔を見ていたと言ったって、だから?と返されたら終わり。

 どこにも逃げ場がない。だかといって突っ込むのも自殺行為だ。

 どうしようもない俺の体に冷や汗が噴き出してくる。

 そんな時、一番前を歩いていた人物から大きな笑い声が聞こえてきた。


「アハハハハ!!! シャルロットちゃんもかわいい顔してずいぶんと非道なことをするなぁ」


 ずっと黙って歩いていたリべアルト支部長が振り返ると、本当に面白そうな顔をして俺の近くまで来る。

 するとなにを思ったのか急に俺の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。

 もにゅんという気持ちいい感触が俺の頬に来る。


「なっ―――!」


 雫の焦った顔が見える。

 しかしそんなことよりもほっぺが気持ちいい。


「男に胸が好きかなんて酷は質問だ。そんなの決まっている。好きだよなぁ」


 問いかける言葉に俺は激しく頷いた。

 すると雫が俺の腕を思いっきりひっぱる。


「離れなさいよ。なに気持ちよさそうな顔してるの!」

「だって、きもひいいから……」

「うっさい! いいから、は・な・れ・な・さ・い」

 

 ぐいっと引っ張られ俺はリべアルト支部長から離される。

 雫の俺をつかむ手はきつく握られれている。

 若干だが爪が刺さっていたいんですけど……わざとじゃ、ないですよね……?


「アハハハ!! 本当にからかいのある奴らだ! まったく面白い!」

「なにが面白んですか!」

「面白いさ面白い。こんな奴らが王族に呼ばれるなんて、他のギルドメンバーが聞いたら発狂するぞ」

「私たちは別に呼ばれたくて呼ばれたわけじゃありませんから」

「ほう。ずいぶんな言葉を吐く。王族に呼ばれたくないと?」

「そもそも私もリュウカも別の世界の人間です。この世界の権力者といってもあんまり興味がありませんから」

「それは本心か? 君は見たところ礼節を重んじるタイプだろうに」

「ええ。もちろん無礼なことはないように努めるつもりです。シャルロットさんは大丈夫ですけどリュウカはアレですから」

「おい」

「ですけど、私にとってはリュウカが一番ですから。なによりもリュウカを第一に考えます。身分だろうとなんだろうと一番はリュウカです」

「なるほど。だからこそ、そのリュウカを惑わした私に対して今のような態度を取っていると」

「はい」

「ただの嫉妬じゃなかったんだな?」

「それは……その」

「ふふっ。まぁいい」


 リべアルト支部長はそう言うとなにを思ったのか雫の頭を撫でた。

 それはまるで母親の様でどこか神秘的に映る。


「お前の気持ちは理解した。性格もな」

「え……」


 リべアルト支部長の意味深な発言に対して雫の戸惑った声がもれる。

 しかし、リべアルト支部長はそんな雫の反応を無視するようにニヤッと口元をあげると、クオリアさんに言った。


「クオリア。合格だ」

「ありがとうございます」


 2人のなにか通じ合っている会話。

 またしても俺たち3人は首をかしげることしか出来ない。

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