第201話 変わる声
意味深な言葉に確認を取る隙も無くリべアルト支部長はそのまま歩みを再開させた。
俺達3人はただただお互いに顔を見合わせて後ろを着いていくしかない。
リべアルト支部長を先頭に、クオリアさん、そして俺たち3人の順番で歩く。
その間、全てを分かっているクオリアさんは一切俺達の方を向くこともなく、リべアルト支部長と俺達の間で黙ったままだった。
まるで自分からは何も話さないと言っているように、その背中から感じる空気は固い。さっきまでのからかっていたクオリアさんとは違い完全に仕事モードだ。
先頭のリべアルト支部長も一切後ろを気にしていない。どことなく固くなった雰囲気のまま誰一人として喋ることなく、ギルド職員の仕事の音を聞きながら階段をのぼる。
階段の先は見覚えのある空間が広がっていた。
アイリスタのときも見たような少しだけ広くなった床に大きな扉。その先には部屋が設けられていた。
支部長室だ。
扉を見た瞬間俺はそう思った。
その直感は正しかったらしく、欄干に近づけば下の様子が見れる。
ちょうど今俺たちがいる真下がカウンターとなっていて、扉近くの掲示板から依頼の紙を取ったギルドメンバーがゆっくりとカウンターの列に並ぶ。
大きな机と椅子の数々には作戦会議中なのか何かを広げて話し込んでいる集団も見える。かと思えば疲れてよだれを垂らしながら眠っている人もいる。
いわゆるこの世界のギルド会館の風景だ。
アイリスタでもナイルーンでもよく見た光景にどこか安心感のようなものが感じられた。
木で出来た柵に手を駆けながら雫が感嘆とした声を上げる。
「本当に全く同じなんだ」
「知ってたのか」
雫から出た言葉に俺は意外な声を漏らした。
「まぁね。クオリアさんからこの世界の情報は何かと教えてもらったから」
雫は当然というように後方にいるクオリアさんを見つめた。
俺も同じようにクオリアさんに視線を送るがその目つきは少しだけ鋭い。
「なんですかリュウカさん。そんなに私を睨みつけて」
「いえ、別にぃ。ただ雫とずいぶんと対応が違うなって思って」
俺は視線を階下に戻しながら悪態をついた。
するとコンという乾いた音とともにクオリアさんの気配がすぐ後ろに来る。
話し出す声も近い。
「当たり前です。リュウカさんとは違いシズクさんの場合なにかあったらどうすることも出来ません。安全のためにお教えしておいたのです」
「まぁ、確かにその通りですけど」
「それにそもそもギルド会館の仕組みなんてものわざわざ教えなくても自ずと分かってくるものです。ギルドメンバーに裏の情報などいりませんから」
確かに、その通りだ。
ギルドメンバーにとってギルド会館はただの仕事を受ける場でしかない。
諸々の手続きに関してはカウンターに行ってしまえば職員が全てやってくれるし、会館の内装が全て同じなど、街を行き来していれば勝手に分かることだ。
会館が裏で全ての支部と扉で繋がっている、職員はその扉を使いそれぞれの支部を自由に行き来できるなど、普通のギルドメンバーならば知ってようが知らなかろうが関係ない。
必要だとするならば担当がつく転生者ぐらいなものだろう。
しかしそれも、数々の街を渡り歩くうちに説明するタイミングは絶対に訪れる。だってどこにいっても同じ人が受付をするんだもの。疑問に思わない方がバカだ。
俺は納得しながら柵に頬杖をついた。
「あ………」
すると1階に見知った顔を見つけた。
先ほど裏であったナタリーだ。
小さな体で大柄の男と何やら話し込んでいる。
よく見ればナタリーの方が相当焦っているのかブンブンと頭を下げている。
2つに結われた髪が影しく上下に揺れている。顔には脂汗らしきものをかき、なにやら懸命に謝っているようだ。
周りの視線も集まりひどく居心地の悪い空気が1階に充満している。
しかし、それでも大柄の男の顔は優れない。
遂には上階にも聞こえるほどの大きな声で何かを言い始めた。
「いつまで待たせてくれるんだ!! こっちは急いでるんだぞ!!!」
「誠に申し訳ございません!!」
「謝っても俺の時間は帰って来ねぇんだそ!! あーあ、これだけの時間があれば依頼の1つや2つこなせたっていうのによ!!」
「本当に申し訳ございません……」
どうやらあのギルドメンバーはナタリーにひどく待たされてご立腹のようだ。
と、他人事に見ているわけにもいかない。
明らかにナタリーが遅れた原因は俺たちと話していたからだ。
階下を見つめるシャルロットが今にも飛び出していきそうな表情で2人を見ている。
「あれって、私たちのせい、よね」
雫もシャルロットほどじゃないにしても顔を歪ませて柵を握りこむ。
もちろん俺だって黙っているほど大人しくはない。
柵を思いっきり掴み今にも飛び出そう、そうした時後ろから腕を掴まれる。
驚いて後ろを向くと冷静な顔をしたクオリアさんが俺とシャルロットの腕を押さえ、ひどく冷静な声で言う。
「飛び出すことは許しません」
「どうし――――」
「どうしてですか!!!」
珍しくシャルロットが俺よりも先にクオリアさんに食らいついた。
怒っているというよりも困惑の方が多い顔をしている。
そんな顔のシャルロットにクオリアさんは分かるというように頷いて見せた。
その態度に若干俺とシャルロットのボルテージが下がる。
「お2方の気持ちは痛く分かります。ですが、ここはこらえてください」
「でも」
「ナタリーさんが遅れたのって私たちのせい」
「そうではありますが、そうじゃありません」
「お前たちと話し込んだのはナタリーの判断だ。その点に関してはあいつは怒鳴られても当然。そういうことだよ」
リべアルト支部長も冷静な顔で柵に両肘をつくと、下の様子を覗き込む。
先ほどからずっと下から聞こえて来る激しい声は鳴りやまない。
どんどんと内容が酷くなっていっている。
「そもそも、なんでお前みたいな子供がギルド会館で職員なんてやってんだ!!?? 時間管理もろくにできねぇお子ちゃまは大人しく家に帰ってな!!! お前みてぇな奴に受付されるギルドメンバーがかわいそうだぜ」
がははは!!っとガラの悪い声まで聞こえてきた。
これにはさすがに誰もが眉根を寄せる。
だが俺たちはクオリアさんにがっちり押さえつけられてどうすることも出来ない。
下を見たまま謝ることも出来ず、ただ項垂れているだけのナタリーに心が痛む。
今にも飛び出していきたい。なんだったらそのままあの男をぶっ飛ばすことだってできる。だが、そう思えば思うほどクオリアさんの抑える腕の力が増す。
クオリアさんだって悔しいはず。
だって直々に教えた後輩が理不尽に怒鳴られているんだ。いくらナタリーの判断でおこったミスとはいえ、大柄の男はやり過ぎている。
よほど眉根にしわが寄っていることだろう。そう思ってクオリアさんの表情を見てみたが、クオリアさんの表情はまるで変わらなかった。
むしろ、笑っている?
そう思った時、今までずっと怒鳴り続けていた男の声が突然におさまった。
代わりにズドンという重たい音が鳴り響く。
すぐにナタリーの高い声が会館に響き渡る。
「支部長!?」
その声は驚きと戸惑いでグラグラだった。
俺達もその声で下を見る。
するとさっきまで俺の隣にいたリべアルト支部長が、いつのまにやら1階にいた。しかも普通に降りたわけじゃない。
なんと怒鳴り散らしていた男の頭上に乗っていたのだ。
男は頭を踏まれうつぶせに会館の床に倒れこんでいる。いくら男の体が屈強だからといっても、2階から降ってきた人間を支えることは無理だったようだ。
男の頭をリべアルト支部長は下駄のまま踏み続ける。
顔はひどく冷たかった。
「おい」
ドスのきいた声が会館に響く。
一言だけだというのにそれだけで会館の空気が一変するほどの迫力を放っていた。
声の主はリべアルト支部長。
この場の全員の視線を奪い取り、そのまま床に潰れている男へと言葉を放つ。
「よくもうちの従業員にそんな口をきいてくれたな」
聞いたことのない声。
これがあの花魁から出ていると思ったら寒気がするほど怖い。
女性はたくさんの声を出せると言うが、それでもリべアルト支部長のこの変わり様は想像以上だ。
リべアルト支部長は周囲の反応などお構いなしのようにその声のまま続ける。
「誰の会館だと思ってる」
「だ、だれだ……てめぇ……」
下駄の下の男の顔が動く。
なんとかして目だけで自分を踏みつけている人物の顔を確認する。
男の表情が変わった。
さっきまでの威厳はどこへやら。
まるで天敵と出会った野生動物用に体中が震えだした。
「リ、リべアルト……」
「ご名答。さて、お前の言い分を聞こうか」
「き、聞くの何もそこのチビが」
「チビじゃない。ナタリーだ」
「ナ、ナタリーが俺様をずっと待たせやがって」
「なるほど。それで頭にきて怒鳴っていたと」
「あ、あぁ……」
「だが、ナタリーは謝ったぞ。何度も何度もお前に頭を下げた。確かに今回のことはナタリーの責任だ。待たせたことに関してはこちらに非がある」
「だ、だったら」
男が何やら言おうと、そうした時メキッと木がきしむ音が聞こえる。
見れば男の顔がさらに床にめり込んでいる。
怒鳴っていた顔も違う意味で今は歪んでいる。
「だったらもなにもない。それで終わりだ。そうだろ?」
「そ、そうだけどよ。それでも俺の気が」
またしてもメキッと音がする。
男の言葉が止まる。
「お前の気なんて知ったことか。それが=ナタリーを怒鳴っていい要件にはならない」
そう言うとリべアルト支部長はこの場にいる全員を見るように会館中を見渡すと、静かでいてそれでよく通る冷淡な声であることを告げる。
「分かっていると思うがギルド職員はお前たちギルドメンバーの道具じゃない。いいか。お前たちは私たちギルド職員がいなければ仕事すらまともにできないことをよく覚えておけ」
有無を言わせないリべアルト支部長の迫力にその場にいたギルドメンバーは誰一人として文句も言えず、ただただ頷くほかない。
かく言う俺もそのうちの1人だったりする。
あまりの迫力に不満なんて出て来ず、生唾を飲み込むしかない。
リべアルト支部長の視線が男に戻った。
今度は男個人に言うように続ける。
「ナタリーはしっかりとギルド職員としての試験に受かってここにいる。ギルド会館に認めれられて仕事をしているんだ。いかにも脳筋で戦うことと威嚇することしか頭にないお前みたいな奴とは大違いにな」
「なん、だと……!!」
必死に男がリべアルト支部長に抵抗する。
だが、その抵抗も空しくドンという音と共に床にめり込んだ。
「ナタリーはこの会館の必要な戦力だ。そんなナタリーを頭ごなしに否定するのはいくらギルドメンバーだろうと私が許しはしない。分かったか?」
「…………」
「分かったかと聞いている。返事ぐらいしろ」
「…………ッ、あぁ……」
「ふん。それでいい」
リべアルト支部長はそのまま足を男からどかすと、めり込んだ男をそのままにクルリと後ろを向いた。
見ているのはナタリーだ。
なにか言うのだろう。そう思った時だった。
めり込んでいた男が勢いよく立ち上がると、腕を振り上げた。
見れば両手には男の体格以上もあろうかというハンマーが握られていた。
男の顔は怒りに満ち溢れていた。まるで状況が見えていない。青筋の立った顔で振りかざすハンマーの先は明らかにリべアルト支部長の頭に向かっている。
『危ない!!!』
上から見ていた俺達3人の声が重なった。
それと同じように下からも悲鳴らしき声が聞こえて来る。
会館内が阿鼻叫喚の中、クオリアさんやナタリー含めたギルド職員だけはまるで何の心配がないとでもいうように取り乱すこともなく状況を見守っていた。
男のハンマーが勢いよくリべアルト支部長に向かう。
ドンという音と共にリべアルト支部長もろ共会館の床が吹き飛ぶ――――こともなく、ハンマーを振りかざしたときに起こった風だけが俺達の頬をかすむ。
「え…………」
まさかのことに隣の雫から声がもれた。
1階を見ても何も変わったところがない。
めり込んだ床にいつもの見慣れた内装。
ナタリーの姿も見える。
まるでなにも無かったかのような風景に唯一、怒りに身を任せていた男の顔だけが変わる。怒りで真っ赤だった顔が覇気をなくしたかのように引きつっている。
視線の先はハンマーの下。
自分よりも何倍もの重さと大きさのあるハンマーを、リべアルト支部長はあろうことか片手で防いでいたのだ。
しかもその顔は上からでも分かるほどに笑っている。
その異様ともいえる笑みに、男は引きつった表情のまま視線を逸らせないでいた。
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