第202話 リべアルトが支部長である理由

「まぁ、十中八九こうはなるだろうと思っていたが、まさか本当に殴り掛かってくるとはな」


 ハンマーの下にいるリべアルト支部長から冷静な声が発せられる。

 自分よりも何倍もの重さと大きさを誇る武器を片手で止めたとは思えない、何も変わらない声にあたりの人からは驚きというよりも畏怖に似たような感情が芽生え始めていた。

 全員が、ギルド職員以外のこの場にいる全員が恐怖で言葉を発せられない。

 十分離れているであろう2階にいる俺達でもその緊張感から誰としてなんの反応も出来ないでいた。

 皆一様にリべアルト支部長から意識を離せない。

 そんな中リべアルト支部長はあろうことか、笑い出した。


「くくくくく……!! あはははは!!!!」

「な、なんだよ、なにがおかしい!!???」


 大柄の男が焦りで額に大粒の脂汗をかき始めた。

 さらにはハンマーへの力を強めたのか、腕が震えている。

 しかし、ハンマーはびくともしない。

 リべアルト支部長の右腕一本の前に力負けしている。


「どうなってやがる……なんで……」

「なんでだと? ふん。それすらも分からないとは、愚かな奴め」


 リべアルト支部長の右腕が光る。

 と同時にドンッという鈍い音が会館に鳴り響いた。

 何かと思って見ればリべアルト支部長が右腕を動かし、あろうことかハンマーの表面を握り始めたのだ。

 最初に握られた場所はひび割れており、さらに徐々に徐々にそのひびが全体へと広がっていく。

 ついにはひびが全体に回り、バリンというハンマーからは一生でないであろう音と共に粉々に砕け散ってしまった。

 ハンマーの破片が舞い、窓から入る光を反射させている。

 男はその場で静止。あまりのことに思考が追い付いていないのか、未だハンマーを持っていたときの体制のまま止まっている。

 間抜けなその姿にリべアルト支部長に笑みがさらに増す。

 ゆっくりと近づきとこう続けた。


「よくそんな貧弱な武器で今まで生きて来れたな」


 バカにしたような言葉に、しかし男は何も反応することが出来ない。

 目だけでリべアルト支部長を見るのみで体はおろか、口すら動かせない始末となっている。

 

「……ば、ばけもんかよ……」


 何とかして唇を動かし出た声は、屈強な体とは似つかわしくないひどくか細く掠れた声だった。

 リべアルト支部長はそんな男に対照的な声で応じる。


「化け物? はははは! なるほど確かにそうかもな。だが、違うぞ」


 リべアルト支部長が右腕を振る。

 纏っていた光が消えた。


「お前のハンマーの強度を見極め、それ以上の固さを右腕に与えたに過ぎない。こんなこと魔法が使える奴ならば誰でも出来る付与魔法だ」

「は……あの一瞬でかよ……」

「まぁ、そうでもあるがそうじゃない」


 リべアルト支部長の顔が男の顔に近づいた。

 男としてきれいな女性の顔が近くに来るのは意味もなく緊張し胸が張り裂けそうになるものだが、今はそんな生半可なそれじゃない。

 死を前にしたような緊張感を男は体験していることだろう。

 リべアルト支部長が顔を近づけただけだというのに男の顔がいっそうの恐怖で歪んだ。

 囁くような小さなリべアルト支部長の声が、今の会館では俺達のところまではっきりと届いてくる。


「お前、さっきの武器ルバゴで買ってるだろ」

「あ、あぁ……」

「だろうな。であれば見ただけで分かる」

「ど、どいうことだよ」

「私はルバゴの支部長だぞ。この街に出回る全ての武器の値段から耐久値まで、すべてを網羅している」

「全部記憶してるっているのか」

「あぁ。私が支部長になってから売れていったもの、新たに生産されたものまで全て形からなにまで記憶している」

「どんな頭してやがる……」

「支部長としてそれぐらい当然のことだ」


 そう言うリべアルト支部長の顔は文字通りさも当然と言ったように笑っていた。

 その様子に男の方は戦う気が失せたのか、肩を落とし後ろのナタリーに頭を下げていた。

 ナタリーの方も頭を下げることで一連のいざこざは終わりを迎えた。

 ただ見ていることしか出来なかった俺たちはリべアルト支部長の行動に呆気にとられるばかりでお互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 何かを言うという感情が湧いてこない。

 あると言えば支部長になる人が一様にやばいということぐらいだろうか。

 思えば血の気の多いギルドメンバーが多く利用する施設の長だ。生半可な人物ではなることは不可能に近い。ただ仕事ができる、管理ができるだけでは務まらないほどギルド会館の運営は難しいのだろう。

 その点からしてもあの行動の速さやその先の容赦のなさ、圧倒的な威圧感はリべアルトが支部長に向いていること示していた。

 俺達のことを止めていたクオリアさんの手が離れていく。

 代わりというわけではないだろうが、クオリアさんが俺の隣まで来て俺たちと同じように階下のリべアルト支部長に視線を送る。


「皆さんも見て分かっていただけたと思いますが、あれが私やミオではなくリべアルトが支部長に抜擢された理由です」

「なるほどです」

「確かに、あれはなんとういうか」

「圧巻、でしたね」


 そう言ったのは刀のエンシェンだった。

 意外なことに俺は驚く。


「女神でも驚くのか」

「もちろんです。リべアルト支部長は簡単におっしゃいましたが、街で出回っているすべての武器のそれぞれのステータスを覚えているなど誰にでも出来ることではありません。神だろうとそれは無理の類。天性の記憶力といったところでしょう」

「しかも、それに合わせて咄嗟に付与魔法の強さも操れる。あんなのギルドメンバーでも選ばれた人にしか出来ませんよ」


 エンシェンの説明に補足を加えたのはシャルロットだ。

 若干の羨望の眼差しでリべアルト支部長の背中を見つめている。


「支部長になる方があれほどの力を秘めていたとは、なんとなく理解していましたけど実際に目の当たりにすると全然違いますね」


 シャルロットの感嘆として言葉に、クオリアさんが反応した。


「リべアルトの場合は特別ですよ。支部長でもあそこまで強気で飛び出すのはリべアルトぐらいでしょうから。恐れていないというか、少々強引な部分はあります」

「まぁ確かに、あれだけのギルドメンバーの前でお前たちは自分達がいないと仕事も出来ないと言ってのけましたからね」

「下手をすれば暴動もおこりかねないわね」


 雫が1階のギルドメンバーの数を見て呟く。

 大陸の中心の都市だけあってルバゴの会館にはアイリスタやナイルーンに比べても人が明らかに多かった。

 中には大柄の男と同様かそれ以上の体格をしている者も少なくない。

 皆今は武器をストレージにしまっているが、誰一人として例外なく所持品には人を殺せる武器を持っているのだ。しかも全員命をかけて魔物と戦っている。

 そんな血の気の多いギルドメンバーが多く集う会館において、大声でしかも恫喝にも似たような言い方で、あんな過激ともとれる言葉を放ったのだ。

 雫の言う通り会館対ギルドメンバーの闘争になりかねない。

 クオリアさんがそれを含めてリべアルト支部長を見ながら頷く。


「事実、リべアルトの振る舞いは支部長としてあまり褒められたものはありません。ギルド会館側としてもギルドメンバーがいなければ仕事のほとんど失ってしまうのですから。持ちつ持たれつの関係です」

「確かにね」

「本人の言葉を借りるのならば、我々職員はギルドメンバーがいなければ仕事もろくにできず生活できなくなります」


 クオリアさんの冷静な説明に雫が反応する。


「そんなことリべアルト支部長だって分かってそうだけど」


 柵に手をやりながら階下のリべアルト支部長を見る。

 楽しそうな笑みに誰一人として噛みつくものはいない。


「もちろん分かっていますよ。それでもああやってはっきりと職員の方が立場が上だと言ってしまえる。その根幹にあるのは」

「ギルド職員の安全、ですか」


 雫が短くいった。

 クオリアさんが頷く。


「その通りです」

「考えてみればそうよね。血の気の多いギルドメンバーの相手をするんですもの。職員だってただでは済まされない事態は多いはず。よく分かるわ」


 雫が自分の腕を抱く。

 なにを思いだしているのか。そんなものは考えなくても分かる。

 俺は軽く雫の方へと体を傾けた。

 とんと俺の肩が雫の腕に触れる。

 言葉は発さなくても俺の思いは届いたようで、雫の体から震えが消えた。

 それを待ってかクオリアさんが少し間をあけて付け加えるよう話し始める。


「ルバゴは大陸の中心ともあり、多種多様な人が出入りしています。ギルドメンバーがトラブルを起こすのは少なくありません。しかもこちらの方がアイリスタよりもトラブルが拗れやすいのです」

「どういうことですか?」


 シャルロットがクオリアさんに聞く。

 クオリアさんが流れるように答えた。


「アイリスタはギルドメンバーとギルドメンバーのトラブルが多いですが、ルバゴはギルドメンバーとそれ以外の方、商人やギルド職員とのトラブルが多いんです」

「あー………」

「なるほどね」


 確かに拗れやすい。

 ギルドメンバー同士であれば、なんだかんだ言って力で勝負するといった解決方法が取れる。さらに言ってしまえばより強い実力者が出てくれば誰一人として逆らえない。アイリスタではそう言った役割を姉御と姫、つまりアーシャさんとミルフィさんが担っている。あの2人がいるからこそ、アイリスタでもトラブルは水面下で終わることが多いんだと前クオリアさんが教えてくれた。

 なまじ魔界に近いだけあってそれなりの実力とモラルを持ったギルドメンバーが集まっているんだろう。

 だが、ルバゴは違う。多種多様な、それこそギルドメンバーになったばかりの人や、ただ喧嘩っ早いだけでギルドメンバーという職種を選んだ人もいる。

 前者はどうか分からないが、後者は変にプライドが高い。

 まさにさっきの男みたいに、立場が下だと思った人に恐喝まがいのことをする傾向が強い。そんな奴らが起こした問題がただの力比べで解決するなんてありえないのだ。

 だからこそ問題が複雑化し、大きくなる。

 つまりはそれら全てを無理やりにでも押さえつける必要がある。

 職員や一般人をギルドメンバーから守るためにも。

 リべアルト支部長はその点において、理不尽な優劣のつけ方をしても頷くしかないほどの圧倒的な強さと雰囲気を持っている。

 俺達のなにかを納得した雰囲気を察してクオリアさんが言う。


「ギルド職員になるためにはそれなりの難易度の試験に合格する必要があります。その試験の中には戦闘力を測る分野もあります。一定数の要領と常識、加えて戦闘力を会館に認められたものしかギルド職員の制服に袖を通すことは許されません。そんな面々の中で誰よりもトップに立つ、特にトラブルの多い大都市ルバゴの支部長に選ばれたのがリべアルトになった、その理由は分かりますね?」

「はい……」

「嫌というほどね」

「あれほどの適任者は確かに他にはいないな」


 もしクオリアさんが支部長になっていたら、理詰めで相手をひれ伏せさせることだろう。

 だがそれではいけない。理詰めで屈服されられても心の奥で沸々と黒い感情が残るだけだ。そうなればいつか爆発する。

 リべアルト支部長はその圧倒的な実力と天性の記憶力、そしてなにに対しても揺るがない精神力でそれら全ての黒い感情を、火種が出来る前に無理やり消していっている。

 あんなものを間近で見せられたら誰だって黙ってしまう。

 いくら言っていることが横暴でも、この人には逆らってはいけないというのが本能的に分かってしまうのだ。

 あの人がいるだけで空気がひりつく意味がよく理解できた。

 加えてギルド職員が皆その空気に嫌という感情を持っていないのもまた理解できる。

 リべアルト支部長は味方である以上これほど心強いものはいない。

 一連の騒動で静まり返った会館に数人の足音が響く。

 入り口近くに新たに会館に来た面子がいたようだ。

 数としては4人。女性3人に金髪の男が1人、ガチャガチャと身に着けている鎧が音を立てている。ただのギルドメンバーだろう。そう思ったが明らかに1階の空気がおかしい。

 先ほどまでのひりついた空気とはまた違う、なんというか来ただけで誰の視線をも釘づけにしてしまうような、カリスマ性とでも言いたげな空気を一番前の金髪の男から放たれている。正直リべアルト支部長とは真逆だ。

 そんな4人はカウンターに行くことなくリべアルト支部長の元へと向かった。

 代表というように金髪の男が一歩前に出てリべアルト支部長を見る。

 意外だったのはリべアルト支部長の顔だ。

 激昂する大柄の男を前にしても変わらなかった表情が、金髪の男を見ただけで変わったのだ。

 なんというか面倒な人に会ったというような複雑な表情をしていた。

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