第203話 英雄とその御一行
「リべアルト支部長。この騒動は一体なんなのですか?」
金髪の男がリべアルト支部長に話しかける。
そんな男に対してリべアルト支部長は正面から相対せず周りの女性陣を見てから、ニヤニヤ顔で呟いた。
「相変わらずのモテモテぶりに羨ましい限りだよ英雄君」
「茶化すのはやめていただきたい」
「ほんとよね」
「ええ。私たちは別に恋愛感情で一緒にいるわけではありません」
「ああ分かっている。3人ともこの男に危機を助けられたんだったな」
「はい。だから恩を返すために共に行動しているのです」
三者三様、それぞれがリべアルト支部長の言葉に噛みついた。
恋愛感情はないと言っているが、傍から見たらそうは感じられない。どこか強がっている、そんな印象を上から見る俺は感じ取っていた。
なによりも女性陣は男の傍から離れようとしない。まるで私たちのモノだと主張するように左右と後ろにぴったりだ。唯一、最後の発言した女性だけは他の2人よりも少しだけ距離を開けている。しかしそれも単なる性格の違い。些細なことだろう。
恩を返すためだけとしてはくっつき過ぎ。明らかにそれ以上の感情が見え隠れしているのは明白だった。
リべアルト支部長もそんなこと分かっている。証拠にそう言う女性陣3人をニヤついた顔で見ていた。
変な沈黙の中仲間を抑えるように金髪の男が動いた。
少しだけ前に出ると、話を戻すように視線を大柄の男に移した。
「それで、いったいなにがあったというのですか?」
「この男が私の大切な従業員に難癖をつけたんだ」
「なるほど。それで支部長のあなたが出てきたと」
「ああ」
「ですがそれにしては床が荒れていますね。ただのいざこざとは思えません」
男のグループの一人、比較的物腰が柔らかそうな女性が、大柄の男に近寄る。
髪は長く腰のところまできれいにまっすぐに伸びている。サラサラなのか歩くたびに長い髪が滑らかに揺れている。
どこか癒し要素のあるその女性は大柄の男に対して手を掲げた。手が緑に光る。
すると見る見るうちに大柄の男の体にあった傷が治っていく。
どうやら女性は大柄の男に治癒魔法を使ったようだ。
そんな優しい行動に大柄の男も素直に礼を言う。
「わ、わりぃな」
「いえ、構いませんよ」
優しい笑みに一度は柔らかい表情を見せた大柄の男は、しかし、続く質問に苦い表情を見せる。
「なにがあったか教えてはいただけませんか?」
女性の純粋な質問に対して大柄の男がぐっと息を詰まらせる音が聞こえる。
バツの悪いようにリべアルト支部長を見ると続く言葉を紡げなかった。
「…………」
「?」
男とリべアルト支部長を交互に見る長髪の女性。
その視線に対して答えたのはリべアルト支部長だ。
ため息をこぼし仕方ないとばかりに告げる。
「言いにくいだろうな。いくら激昂していたとはいえこの私に武器を向けたんだからな」
リべアルト支部長の言葉に金髪の男を含めた4人全員が驚いた表情を浮かべる。
「それは本当なんですか?」
長髪の女性が大柄の男に聞く。
優しい声音で語り掛けられ男は素直に頷いた。
「あ、あぁ…………」
「まぁ」
「感情に任せてついな」
「そうなんですか。それはそれは」
慰めるでも同情するでもなくただただ言う言葉が思いつかないような女性の反応にさらに男の居心地は悪くなる。
今にも逃げ出したいと言わんばかりの表情に、意外にもリべアルト支部長が助け舟を出した。
「ただまぁ、そいつの怒った原因はこちら側にもある。一方的に悪いわけではない」
意外なところからの言葉に大柄の男の表情が変わった。
さすがと言うかなんというか、やはりそこはギルド会館の支部長を言ったところだろう。リべアルト支部長はしっかりと冷静に物事を見ていた。
「うちのナタリーが裏で少しだけ話し込んでしまってな。承っていた仕事を遅らせた」
「それで待たされて怒ったと?」
「ま、まぁ、そんなところだ」
金髪の男に問いかけに素直に頷いた大柄の男。
その表情はやはりどこか居心地が悪そうだ。自分のやってしまった事態の大きさに今になってやっと自覚したといったところか。
そんな男に対してまるで面白がるような、嘲るような甲高い笑い声があがった。
「アハハハハハハ!!」
声の主は金髪の男の後ろ。英雄と揶揄された男のグループの一人、長髪の女性とは対照的に、髪はベリーショートで服装もかわいさというよりも戦闘向きで動きやすさ重視だ。
ツリ目もあってかどこかアーシャさんに似た印象を覚える。
しかし動きやすさ重視のへそ出しのショートパンツという出で立ちはアーシャさんとは真逆。
発せられる言葉もどこか棘がある。
「待たされただけで激昂とか、あんた短気にも程があるんじゃない?」
バカを見るような目で大柄の男を見る。
やはりそうだ。アーシャさんに似ているがこの女性はとことん人を見下している。言う言葉にも暖かみがない。
「う………」
「それで仲裁に入った支部長に武器を出して返り討ちでしょ? ダサ過ぎ」
「ちょっとチャコ!」
仲間のあまりの言葉に長髪の女性が大きな声を上げる。あまりそういった印象を覚えなかっただけに少しだけおどろいた。
チャコと呼ばれた女性は表情を変えずに仲間を見る。
「なによユイ。私別に何も悪いこと言ってないじゃない」
「そうだけど言葉は選んでっていつも言ってるでしょ。チャコの言い方はいつもきついんだから」
「そんなこと言ってあんたは優しすぎるのよ。そんな態度してるから悪い奴に付け込まれるのよ」
「私ただ…………」
「はいはい。そこまでにしなさい2人とも」
言い合いを始めてしまった2人にもう1人の、黒に近い紫色の髪を伸ばした、チャコやユイよりも大人びた女性が話に入る。
服装は髪と同じ色のドレスのようで、片目が長い前髪で隠れている。チャコやユイが肌が白いのに対してこの人の肌はどこか黒い。褐色なのかまるでエルフのようにも思えるその出で立ちは、気怠くもありどこか母性も垣間見える不思議な雰囲気を放っていた。
リべアルト支部長と似ている。しかし明らかにこちらの女性の方が纏っている雰囲気は丸い。だが、ただ丸いわけではないのはなんとなく分かった。
「チャコは言い過ぎ」
「ごめんなさーい」
「ユイもユイで優しすぎるわよ」
「で、でも……」
「事実は事実として受け入れなきゃ。支部長に手をあげた、まして武器を振るったなんて庇いようもないことよ」
「はい……」
項垂れてしまったユイに変わって褐色の女性が前に出る。
いたって平坦な声で大柄の男と対峙した。
「チャコには言い過ぎといったけれど、別に間違っているとは思ってないわ。あなたそんなだったらいつか痛い目見るわよ」
「…………」
「痛い目にあった後でそれ言うとか、イザベル鬼畜ー」
チャコが茶々を入れる。
イザベルと言われた褐色の女性は仲間の茶々にため息をこぼす。
「これ以上あわないように言ってるの。支部長に手をあげてそれだけの被害ですんでむしろ良かったと思うのね。下手をしたら殺されていたかもしれないわよ」
イザベルの言葉に誰一人として反論するものはいない。大柄の男だって生唾を飲み込むだけだ。
あれほどの実力を見せられた後ではそれも仕方ないだろう。リべアルト支部長の力は明らかに人を簡単に殺せるほどだった。しかも一瞬にして。
男の反応に満足が行ったのはイザベルは静かに元の位置に戻っていった。
ユイもユイでゆっくりと男から離れて自分のいた場所に戻る。
戻ってきた2人を見てチャコは言う。
「2人とも優しーね」
「ユイはともかくとして私は優しくないわよ」
「私から見たらイザベルも十分優しいけどね」
「むしろチャコはその性格をどうにかしなさい。ユイやトルバ様がいたから今まで問題という問題に発展しなかっただけで、あの男と大して変わらないわよ」
「うそ、マジ? それは嫌だなぁ」
「チャ、チャコ、そんなに大きな声で言ったら聞こえるよ」
「へ? 当たり前じゃん。聞こえるように言ってるんだから」
キャハハハ!っと嘲るように笑うチャコにユイとイザベルは頭を抱えた。
そんな中ずっと成り行きを見守っていただけの金髪の英雄、トルバが口を開いた。
「チャコ、それ以上はいけない。ただの悪口だ」
「はいはい。分かりました」
「すまない。私の仲間が無礼なことをした」
トルバは大柄の男に頭を下げる。
その潔さに血の気の多い男も落ち着いた声で返した。
「いや、別にいい。あのチャコという奴の言った通りだからな」
「へぇ、ちゃんと自覚してるんだ」
「チャコ」
「なによトルバ。別に私は感心してるだけなんだけど」
「君の言葉はそうはとれないんだ。ここは下がっていてくれ」
「ふーん。そ。まぁ、トルバがそう言うなら分かったわよ」
「悪いな」
「別にトルバは悪くないし。謝んないでよ」
そう言ってチャコはまるで興味を失ったかのように近くにあった椅子に腰かけた。
「ユイもイザベルも助かった。ありがとな」
「いえ。私は当たり前のことをしただけで」
「私も別に何もしてないですよ」
「それでも助かったよ。ありがとう」
トルバの感謝の言葉にユイとイザベルは何も言わなかったが、互いに顔を見合わせて微笑んでいる。
そして2人は流れるようにチャコの座る椅子の近くに行った。当たり前のように動いた2人だが俺はそれを見て正直驚いた。
あのまま2人はトルバの傍にいてもよかった。しかしそうはしなかった。1人で座るチャコを放っておくことはしないその姿勢が、なんというか以外で、あぁなんだかんだで仲間なんだなと思わせられる。
チャコもチャコで隣に座ろうとする2人を受け入れている。言い合っていても見放しはしない。そんな雰囲気が上からでも見てとれる。
そしてなによりも後をすべて任せても大丈夫といったトルバの雰囲気がまた心強い。そこはリべアルト支部長に英雄と言われていただけあるのだろうか。
いくら女性陣が主体で話していても最終的にはトルバに決定権があるというか、まさしくリーダーという言葉がふさわしい。そんな感じがトルバからは常に流れている。
さらには人を引きつけるようなカリスマ性も溢れ出ており、なるほど英雄だなといった感じだ。
ただ…………。
「大方の話は理解できました。すみません支部長。貴重はお時間を取らせてしまい」
「別に構わん。英雄に変にマイナスイメージを持たれては会館側としても損だからな」
「ありがたいお言葉ですけど……その呼び方はやめていただけませんか」
「断る」
「……そうですか」
「問題なければ私は仕事に戻るぞ。ナタリー! お前もだ」
「は、はい!!」
突然に呼ばれたナタリーは急いで会館の裏に消えていく。
リべアルト支部長もまたこっちに戻ってこようくるっと体の向きを変えた後、なにを思ったのか顔を英雄の方に向ける。
「そうそう。悪いが英雄。あの男にいい武具屋を紹介してやってくれ。先ほどのことで武器が壊れてしまっていてな」
「分かりました」
「頼んだぞ」
リべアルト支部長が軽い足取りで飛んだ。
階段を使うことなく一気に俺達のいる2階へと来る。
英雄と俺の目が一瞬合う。しかしすぐに興味を失ったようにそらされてしまった。英雄はそのまま談笑する仲間の3人のところに戻る。
リべアルト支部長も欄干に静かに着地した。
俺は英雄の顔を見ながら正直な感想を述べる。
「俺、なんかあの英雄好きになれないな」
「ふん。同感だ」
リべアルト支部長が同意したのは以外でもなんでもなかった。
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